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領境の街・リッカー=ポルカ
75話 うそつき
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「サルちゃん、頼みがあります」
「きっちり理由を説明してくれるならいいよー」
「そこをなんとか。これでいかがですか」
「それどう見てもノエミさんからコリちゃんへって持ってきた食材だよね? ちゃんと渡しなよー」
「はいすみません。コラリーさん、ノエミさんからですー」
こちらの手の内が見透かされています。さすがだな将軍。土建バイトしなくてもいいんじゃないでしょうか。これならたぶん将軍で食べて行けます。「とりあえず、頼みってなにさ? 聞くだけは聞いてみるよ」と言われました。
「しばらくの間、吹雪の日は領境警備隊員さんを外出禁止にしてください」
は? って顔されました。すっごくこの子なに言ってんの、という感じです。大真面目に言っていることは伝わっているようです。はい真面目です。まじです。わたしもなにも考えずにこんなこと言ってるわけじゃないんですよ。
あのですね。マディア北東部事変が起こるのは横なぎの雪の日。その日におそらくマディア領側から王国直轄領へ渡り、犯行に及んだ人間がいる。そしてわたしはこの目でその場を見てきました。なので、それが一般の人には実行が難しいことなのは身にしみてわかります。だって、領境警備隊基地、めっちゃ近くにあるんだもん!
このことから導き出せるのは、領境に近づける人間……たぶん――本当にマディアの陣営のだれかが王国騎士団の下士官二人を殺害した、ということです。
「で、なんでさ?」
目をそらさずにサルちゃんが尋ねてきます。わたしはふっと視線をわきにやって、「言えません」と言いました。ら、椅子をくるっと回されてがっつり目を合わされました。「言いなよ」「いやですー」「気になるじゃん」「言いませんー!」くるくるされて酔いました。むり、ギブ。椅子から降りて逃げました。
「あのね、ソナコ。僕ね、けっこうあなたのこと気に入ってるの。顔見たらなに考えてるのかわかるのに、底のところはわからなくて、面白い。だから、なにをする気なのかもとても気になる」
左右にくるくるされて最後には一回転されたので、ちょっと目が回りました。サルちゃんの方を見ると、「今は僕とコリちゃん、それにバーさんしかいないよ。みんな口が固くて、あなたのことを好ましく思っている人だ。だから、なにかおかしなことを言ったとしても、咎めたり言いふらしたりしない」とおっしゃいました。お客さんおじいちゃん、バーさんっておっしゃるんですね。おじいちゃんなのに。バーさん。
「……笑わないって約束してくれますか」
「もちろん」
「さっき、理由を話したら頼みを受けてくれるっておっしゃっていました」
「覚えてたかー」
「はい、はっきり。なので、わたしが話したら、お願いきいてくださいね」
にこっと笑ってサルちゃんがごまかそうとしたので、「お返事は?」と詰めたら、「……わかったよ」とおっしゃいました。やった、言質。
わたしは大きく息を吸い込んで、そして言いました。
「……わたしの故郷にある言い伝えです。どうか落ち着いて聞いてください」
そう前置きするとサルちゃんは固まった無表情で、コラリーさんは「えっ、なに⁉」っと期待の瞳で、じーちゃんバーさんはなにを言われたのかちょっとわからない感じの表情のキョトン顔で応じました。
そして、わたしは語り始めました。ずっと考えていた、煙に巻く作戦、決行です!
「――『敷居を踏んではいけない』……これはなにかとなにかの境目には、それをつないだり分けたりする特別な力がこめられているので、踏んだりまたいだりすることはとても不敬であるという古来からの考え方に基づいた言葉です。――境を保てる理由は人の力だけには依らない。そのことを念頭におかず行動した結果、生まれた悲劇がどれだけあることか……」
どれだけあるんでしょうか。知りません。コラリーさんが息を呑みました。じーちゃんバーさんはキョトーンとしています。わたしは言葉を続けます。
「わたしには、わかります。とりわけ今、この領境には、大きな力が働いている。とてもまがまがしいものが。それを確認したくて、先日はパイサン河を見せていただきました。それが……人手に依るものか、そうではないのかは、正直わかりません。それでも、わたしは警告せざるを得ないのです。――雪が吹きすさぶ中、あの河に近づいてはならないし……ましてや渡ろうとしてもならない」
「なんでさ?」
せっかく全力でハリウッド女優したのに、サルちゃんがひとことで覆してきます。ふうううううう、手強い、わかってたけど、手強い! でもだいじょうぶ、こんなこともあろうかと! ちゃんと理由も考えています! ちゃんと!
「そもそも、視界が悪い雪の中で、境界の位置ちゃんとわかります?」
沈黙が落ちました。「……まあ、わからんね」と納得していない声でサルちゃんが言います。「そういうことです」とわたしは深くうなずきました。
「ソナコ。ちょっとおいで」
にっこりとサルちゃんが手招きしたので近づきました。はいなんでしょう。椅子に座っていらっしゃるので目線がちょうどいっしょくらいです。ら。……ひぎゃあああああああああああああ。
「いたいいたいいたいいたい!!!」
頭ぐりぐりされました! めっちゃいたい! サルちゃんさてはクレしん観てたな! ぎゃああああああああああ。
コラリーさんが止めに入る前に終わりました。涙目。わたし涙目。将軍様のぐりぐり最強。軍規違犯者にはこれやったらいいんじゃないでしょうか。清く正しく美しい軍になりますよきっと。わたしはなにを違犯したんでしょうか。まるで心当たりがありません。あっ、群馬の友だちの愛ちゃんに三千円返してないこと⁉ それ⁉ ごめんなさい踏み倒す気はなかったんです本当です‼ でも愛ちゃんなら許してくれるかなって‼
「ソナコ。僕はちょっと怒ったよ」
「刑執行前に言ってくださいそれ!」
「あなたは、僕に約束させた。僕は約束した。それはあなたがしっかりと理由を言ってくれると思ったからだ。見立て違いだったかな。そうやってあなたは言い伝えなんていうあいまいなことを言って、僕をバカにするつもりかい」
「まさか!」
まさかまさかです。よりによってサルちゃんを。バカにしてないからですよ。それに、もしかして。
「サルちゃん、説明しなくても、わかってませんか」
怒った顔のまま、ちょっとひと息ついてから「なにをさ?」とサルちゃんが言いました。いやですね腹のさぐりあい。こっちは確信も確証もないんですよ。当たって砕けろなんですよ。起きてほしくないし、起こしてもほしくないんですよ、マディア北東部事変。
「わたし、サルちゃんが好きです」
「そりゃありがとう。うちに来るかい」
「コラリーさんもおじーちゃんバーさんも。マダムたちもノエミさんもベリテさんも。ここにいる人たち、みんな大好きです」
「そうだろうとも」
「サルちゃんは、好きですか、嫌いですか。リッカー=ポルカ」
すっとサルちゃんが、いつもの表情に戻りました。窓際係長みたいな、どこにでもいそうな空気感。
それで、わたしは確信してしまいました。
「――好きだよ。とても愛着がある土地だ」
うそつき。
――グレⅡにて、リシャールとクロヴィスが決定的な衝突……王杯を巡る内戦へともつれこむきっかけのマディア北東部事変。
たぶん実行犯、サルちゃんです。
「きっちり理由を説明してくれるならいいよー」
「そこをなんとか。これでいかがですか」
「それどう見てもノエミさんからコリちゃんへって持ってきた食材だよね? ちゃんと渡しなよー」
「はいすみません。コラリーさん、ノエミさんからですー」
こちらの手の内が見透かされています。さすがだな将軍。土建バイトしなくてもいいんじゃないでしょうか。これならたぶん将軍で食べて行けます。「とりあえず、頼みってなにさ? 聞くだけは聞いてみるよ」と言われました。
「しばらくの間、吹雪の日は領境警備隊員さんを外出禁止にしてください」
は? って顔されました。すっごくこの子なに言ってんの、という感じです。大真面目に言っていることは伝わっているようです。はい真面目です。まじです。わたしもなにも考えずにこんなこと言ってるわけじゃないんですよ。
あのですね。マディア北東部事変が起こるのは横なぎの雪の日。その日におそらくマディア領側から王国直轄領へ渡り、犯行に及んだ人間がいる。そしてわたしはこの目でその場を見てきました。なので、それが一般の人には実行が難しいことなのは身にしみてわかります。だって、領境警備隊基地、めっちゃ近くにあるんだもん!
このことから導き出せるのは、領境に近づける人間……たぶん――本当にマディアの陣営のだれかが王国騎士団の下士官二人を殺害した、ということです。
「で、なんでさ?」
目をそらさずにサルちゃんが尋ねてきます。わたしはふっと視線をわきにやって、「言えません」と言いました。ら、椅子をくるっと回されてがっつり目を合わされました。「言いなよ」「いやですー」「気になるじゃん」「言いませんー!」くるくるされて酔いました。むり、ギブ。椅子から降りて逃げました。
「あのね、ソナコ。僕ね、けっこうあなたのこと気に入ってるの。顔見たらなに考えてるのかわかるのに、底のところはわからなくて、面白い。だから、なにをする気なのかもとても気になる」
左右にくるくるされて最後には一回転されたので、ちょっと目が回りました。サルちゃんの方を見ると、「今は僕とコリちゃん、それにバーさんしかいないよ。みんな口が固くて、あなたのことを好ましく思っている人だ。だから、なにかおかしなことを言ったとしても、咎めたり言いふらしたりしない」とおっしゃいました。お客さんおじいちゃん、バーさんっておっしゃるんですね。おじいちゃんなのに。バーさん。
「……笑わないって約束してくれますか」
「もちろん」
「さっき、理由を話したら頼みを受けてくれるっておっしゃっていました」
「覚えてたかー」
「はい、はっきり。なので、わたしが話したら、お願いきいてくださいね」
にこっと笑ってサルちゃんがごまかそうとしたので、「お返事は?」と詰めたら、「……わかったよ」とおっしゃいました。やった、言質。
わたしは大きく息を吸い込んで、そして言いました。
「……わたしの故郷にある言い伝えです。どうか落ち着いて聞いてください」
そう前置きするとサルちゃんは固まった無表情で、コラリーさんは「えっ、なに⁉」っと期待の瞳で、じーちゃんバーさんはなにを言われたのかちょっとわからない感じの表情のキョトン顔で応じました。
そして、わたしは語り始めました。ずっと考えていた、煙に巻く作戦、決行です!
「――『敷居を踏んではいけない』……これはなにかとなにかの境目には、それをつないだり分けたりする特別な力がこめられているので、踏んだりまたいだりすることはとても不敬であるという古来からの考え方に基づいた言葉です。――境を保てる理由は人の力だけには依らない。そのことを念頭におかず行動した結果、生まれた悲劇がどれだけあることか……」
どれだけあるんでしょうか。知りません。コラリーさんが息を呑みました。じーちゃんバーさんはキョトーンとしています。わたしは言葉を続けます。
「わたしには、わかります。とりわけ今、この領境には、大きな力が働いている。とてもまがまがしいものが。それを確認したくて、先日はパイサン河を見せていただきました。それが……人手に依るものか、そうではないのかは、正直わかりません。それでも、わたしは警告せざるを得ないのです。――雪が吹きすさぶ中、あの河に近づいてはならないし……ましてや渡ろうとしてもならない」
「なんでさ?」
せっかく全力でハリウッド女優したのに、サルちゃんがひとことで覆してきます。ふうううううう、手強い、わかってたけど、手強い! でもだいじょうぶ、こんなこともあろうかと! ちゃんと理由も考えています! ちゃんと!
「そもそも、視界が悪い雪の中で、境界の位置ちゃんとわかります?」
沈黙が落ちました。「……まあ、わからんね」と納得していない声でサルちゃんが言います。「そういうことです」とわたしは深くうなずきました。
「ソナコ。ちょっとおいで」
にっこりとサルちゃんが手招きしたので近づきました。はいなんでしょう。椅子に座っていらっしゃるので目線がちょうどいっしょくらいです。ら。……ひぎゃあああああああああああああ。
「いたいいたいいたいいたい!!!」
頭ぐりぐりされました! めっちゃいたい! サルちゃんさてはクレしん観てたな! ぎゃああああああああああ。
コラリーさんが止めに入る前に終わりました。涙目。わたし涙目。将軍様のぐりぐり最強。軍規違犯者にはこれやったらいいんじゃないでしょうか。清く正しく美しい軍になりますよきっと。わたしはなにを違犯したんでしょうか。まるで心当たりがありません。あっ、群馬の友だちの愛ちゃんに三千円返してないこと⁉ それ⁉ ごめんなさい踏み倒す気はなかったんです本当です‼ でも愛ちゃんなら許してくれるかなって‼
「ソナコ。僕はちょっと怒ったよ」
「刑執行前に言ってくださいそれ!」
「あなたは、僕に約束させた。僕は約束した。それはあなたがしっかりと理由を言ってくれると思ったからだ。見立て違いだったかな。そうやってあなたは言い伝えなんていうあいまいなことを言って、僕をバカにするつもりかい」
「まさか!」
まさかまさかです。よりによってサルちゃんを。バカにしてないからですよ。それに、もしかして。
「サルちゃん、説明しなくても、わかってませんか」
怒った顔のまま、ちょっとひと息ついてから「なにをさ?」とサルちゃんが言いました。いやですね腹のさぐりあい。こっちは確信も確証もないんですよ。当たって砕けろなんですよ。起きてほしくないし、起こしてもほしくないんですよ、マディア北東部事変。
「わたし、サルちゃんが好きです」
「そりゃありがとう。うちに来るかい」
「コラリーさんもおじーちゃんバーさんも。マダムたちもノエミさんもベリテさんも。ここにいる人たち、みんな大好きです」
「そうだろうとも」
「サルちゃんは、好きですか、嫌いですか。リッカー=ポルカ」
すっとサルちゃんが、いつもの表情に戻りました。窓際係長みたいな、どこにでもいそうな空気感。
それで、わたしは確信してしまいました。
「――好きだよ。とても愛着がある土地だ」
うそつき。
――グレⅡにて、リシャールとクロヴィスが決定的な衝突……王杯を巡る内戦へともつれこむきっかけのマディア北東部事変。
たぶん実行犯、サルちゃんです。
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