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領境の街・リッカー=ポルカ
69話 みんなで社会科見学でーす!
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「へえ! いいじゃない、市内一周してから向かいましょうよ!」
交通局に来て、お休みの日なのでお洗濯物を干していたノエミさんに、かくかくしかじかしました。いいんでしょうか、私用に蒸気バス使っちゃって。「どんな理由でも、勇気を出して住民の方が乗りたいって思ってくれたんだもの。その気持ちに寄り添いたいわ」とおっしゃってくださり。ありがとうございます!
さっき派出所でお話した警備隊員さんは、涙目で「せめて先に上長へ報告させてください」と哀願され、交代の方を待たず派出所を一旦閉めて、大急ぎで領境警備隊基地へ馬車で向かわれました。去り際に始末書……というつぶやきが聞こえました。がんばえー!
ので、ちょっと時間かけて向かうのがよさそうなのです。それでノエミさんが市内一周を提案してくれたわけですね!
「それと……ソノコ。その服、かわいいわね。似合ってるわ」
やったー、ほめられたー! 借り物ですけど。うれしい。かわいい服似合うって言われるのうれしい。お洗濯物ぜんぶ干し終わったら、本当に蒸気バスを出してくださいました。ありがたや。みなさんわたしに続いて恐る恐る乗車されます。席についてもちょっとそわそわしながら座り直したりしていました。
ドアが自動で閉まります。みんなビビってました。これ、空気圧縮のなにかで、運転手さんが操作すると閉められるんだそうです。質問して説明してもらったんですが空気圧縮のなにかということだけわかりました。運転席の後ろの天井についている伝声管から、ノエミさんの声が響きました。
『リッカー=ポルカ市国営バスのご利用、まことにありがとうございます。本日は、リッカー=ポルカ市内を巡回し、終点・マディア北東部領境警備隊基地まで参ります。走行中は危険なため、手すりなどにおつかまりになり、席から立ち上がらないようにお願いいたします』
みなさん息を呑んでうなずきました。お若いころには都会に住んでいらしたコラリーさんも、蒸気バスは初めて乗るんだそうです。本当に最近の技術なんですね、蒸気自動車関連。それは、たしかに田舎では怖がられるかもしれませんねえ。
アナウンスって日本では車掌がやるんでしょうが、アウスリゼの蒸気バスは最初からワンマン仕様なんですよね。なので運転席にしか伝声管がなくて。そして、今回わたしは本当に臨時で期間限定の雇用なので、そこまでのお仕事は求められていません。来た初日の夜、眠れなくて小声で発声練習とかしたんですけど。おおむね無駄でした。はい。
『本日の運転手はわたくし、ノエミ・バダンテール。車掌はソノコ・ミタが務めます。安全運転で目的地まで運行いたします。車内でなにかございましたら車掌、もしくは運転手にお知らせください。それでは、発車いたします。目的地までおくつろぎくださいませ』
事前に教えていただいた通り、わたしはみなさんに向かってぺこっとおじぎしました。制服じゃなくてふりふりワンピですけど。でも、初めてのちゃんとした車掌さんです! こんなにたくさんの人が乗ってくれたの初めてですから!
「わっ、動いた!」
赤毛マダムが驚いて声を上げました。他の方たちはおっかなびっくりで声も出せない感じです。ノエミさんが大きくハンドルを切って、蒸気バスを反転させ市道に出ました。がたんがたん。舗装されていない道は、ノエミさんのやさしいゆっくり運転でも車体を揺らします。酔ったときに新鮮な空気がほしいかもと思って、みなさんに窓の開け方をお知らせしました。それぞれ真剣な表情で聞いて、おそるおそる実践していました。「開けられた!」とうれしそう。
小春日和のさわやかな風が車内にあふれます。みなさんうれしそうに、いつもの街をいつもとは違う目線で眺めていらっしゃいました。
「あっ、もうすぐウチだわ! すごい、こんなに早い!」
白髪マダムがおっしゃいました。そして「ウチの人見てないかしらね」とちょっとそわそわ。それは見てほしくないというそわそわではなくて、見てほしいっていうものな気がします。
「あっ、いた! あんたー!」
開けた窓から大きな声で呼びかけます。ご主人はお庭いじりをされていたんでしょうか、きょろきょろしてからバスを見て、遠目にもぎょっとされました。
「おっまえ、なにやってんだあ⁉」
「蒸気バス乗ってんのよー!」
あわてて道路まで走ってこられたので、ノエミさんがバスを徐行させ停めました。
「ばかやろう、今すぐ降りろ!」
「なんでさ、あんたも乗りなよ。臓物なんか抜かれないよ!」
プシューと音がして、乗口が開きます。ご主人はそれにたじろいで後ずさりました。わたしは外に出て、「だいじょうぶです! みなさん楽しんでいらっしゃいますよ!」と乗車を促しました。
「――のっ乗らん! 乗らん!」
頭を振って逃げて行ってしまいました。蒸気バスの中にちょっと失望感が流れました。
『次は、旅籠・メゾン・デ・デュ。旅籠・メゾン・デ・デュー』
ノエミさんのアナウンスとともにプシューとドアが閉まります。「不思議だねえ、勝手に開いたり閉まったりする」と黒髪マダムがおっしゃいました。みなさんうんうんとうなずかれます。空気圧縮のなにかです。はい。
メゾン・デ・デュに着きました。近づいているときにすでに大女将のベリテさんは気づいていらして、道路まで出てこられていました。それに、レアさんも続いて。
「なにやってんのよソノコ……」
そのセリフを聞くのは本日二度目な気がします。「車掌のお仕事です! 領境警備隊基地への観光バスです!」と言うと、レアさんがぎょっとしました。
「領境基地⁉ 行くの⁉ このバスで⁉」
「はい!」
「ずるいずるい、わたしも入れて!」
ベリテさんはそうおっしゃると思いました。乗り込まれるお手伝いをして、レアさんに向き直ります。
「レアさんも行きます?」
「――行くわよ。行くに決まってんでしょう! でも自分の自動車でついていくわ。アシモフもいるから」
そう言って踵を返されました。そうよねー、アシモフたん、バスに乗せられないものねー。「ソノコは予想外すぎよ!」とレアさんが心の叫びを残されました。すみません。
そして、他のお二人の奥様方のお家の近くも通りました。ご主人がぎょっとして逃げて行かれるのはいっしょでした。奥様方に生まれるさらなる連帯感。でも途中で男性が二人乗り込んでくれたんです。コブクロさんがコラリーさんのお店で管巻いていたときにいらした、お客さんのおじさんとおじいちゃん! やったー!
おじいちゃんは、コラリーさんの姿をご覧になってちょっと黙り込みました。
「……あんたが、この街に来たときみたいだなあ」
「ずいぶんおばあちゃんになっちゃったわよ」
「やんや、きれいだよ。ぜんぜん、前と変わらん」
コラリーさんは口の端をきゅっと上げて、「ありがとっ」とおっしゃいました。おじいちゃんはコラリーさんの後ろの席に座って、外じゃなくてずっとコラリーさんの後ろ姿をご覧になっていました。
なんでしょう、この。なんかエモい。
街を出るあたりでレアさんの自動車が追走してきているのを確認しました。森の中の道へ入ります。
『これよりマディア北東部領境警備隊基地へ向かいます。林道のため車体が揺れます。安全確保のため、立ち上がっての席の移動はご遠慮願います』
さてー、参りましょうか! マディア北東部事変食い止め作戦下見! そう、下見に行くんです! 遊びじゃないです!
交通局に来て、お休みの日なのでお洗濯物を干していたノエミさんに、かくかくしかじかしました。いいんでしょうか、私用に蒸気バス使っちゃって。「どんな理由でも、勇気を出して住民の方が乗りたいって思ってくれたんだもの。その気持ちに寄り添いたいわ」とおっしゃってくださり。ありがとうございます!
さっき派出所でお話した警備隊員さんは、涙目で「せめて先に上長へ報告させてください」と哀願され、交代の方を待たず派出所を一旦閉めて、大急ぎで領境警備隊基地へ馬車で向かわれました。去り際に始末書……というつぶやきが聞こえました。がんばえー!
ので、ちょっと時間かけて向かうのがよさそうなのです。それでノエミさんが市内一周を提案してくれたわけですね!
「それと……ソノコ。その服、かわいいわね。似合ってるわ」
やったー、ほめられたー! 借り物ですけど。うれしい。かわいい服似合うって言われるのうれしい。お洗濯物ぜんぶ干し終わったら、本当に蒸気バスを出してくださいました。ありがたや。みなさんわたしに続いて恐る恐る乗車されます。席についてもちょっとそわそわしながら座り直したりしていました。
ドアが自動で閉まります。みんなビビってました。これ、空気圧縮のなにかで、運転手さんが操作すると閉められるんだそうです。質問して説明してもらったんですが空気圧縮のなにかということだけわかりました。運転席の後ろの天井についている伝声管から、ノエミさんの声が響きました。
『リッカー=ポルカ市国営バスのご利用、まことにありがとうございます。本日は、リッカー=ポルカ市内を巡回し、終点・マディア北東部領境警備隊基地まで参ります。走行中は危険なため、手すりなどにおつかまりになり、席から立ち上がらないようにお願いいたします』
みなさん息を呑んでうなずきました。お若いころには都会に住んでいらしたコラリーさんも、蒸気バスは初めて乗るんだそうです。本当に最近の技術なんですね、蒸気自動車関連。それは、たしかに田舎では怖がられるかもしれませんねえ。
アナウンスって日本では車掌がやるんでしょうが、アウスリゼの蒸気バスは最初からワンマン仕様なんですよね。なので運転席にしか伝声管がなくて。そして、今回わたしは本当に臨時で期間限定の雇用なので、そこまでのお仕事は求められていません。来た初日の夜、眠れなくて小声で発声練習とかしたんですけど。おおむね無駄でした。はい。
『本日の運転手はわたくし、ノエミ・バダンテール。車掌はソノコ・ミタが務めます。安全運転で目的地まで運行いたします。車内でなにかございましたら車掌、もしくは運転手にお知らせください。それでは、発車いたします。目的地までおくつろぎくださいませ』
事前に教えていただいた通り、わたしはみなさんに向かってぺこっとおじぎしました。制服じゃなくてふりふりワンピですけど。でも、初めてのちゃんとした車掌さんです! こんなにたくさんの人が乗ってくれたの初めてですから!
「わっ、動いた!」
赤毛マダムが驚いて声を上げました。他の方たちはおっかなびっくりで声も出せない感じです。ノエミさんが大きくハンドルを切って、蒸気バスを反転させ市道に出ました。がたんがたん。舗装されていない道は、ノエミさんのやさしいゆっくり運転でも車体を揺らします。酔ったときに新鮮な空気がほしいかもと思って、みなさんに窓の開け方をお知らせしました。それぞれ真剣な表情で聞いて、おそるおそる実践していました。「開けられた!」とうれしそう。
小春日和のさわやかな風が車内にあふれます。みなさんうれしそうに、いつもの街をいつもとは違う目線で眺めていらっしゃいました。
「あっ、もうすぐウチだわ! すごい、こんなに早い!」
白髪マダムがおっしゃいました。そして「ウチの人見てないかしらね」とちょっとそわそわ。それは見てほしくないというそわそわではなくて、見てほしいっていうものな気がします。
「あっ、いた! あんたー!」
開けた窓から大きな声で呼びかけます。ご主人はお庭いじりをされていたんでしょうか、きょろきょろしてからバスを見て、遠目にもぎょっとされました。
「おっまえ、なにやってんだあ⁉」
「蒸気バス乗ってんのよー!」
あわてて道路まで走ってこられたので、ノエミさんがバスを徐行させ停めました。
「ばかやろう、今すぐ降りろ!」
「なんでさ、あんたも乗りなよ。臓物なんか抜かれないよ!」
プシューと音がして、乗口が開きます。ご主人はそれにたじろいで後ずさりました。わたしは外に出て、「だいじょうぶです! みなさん楽しんでいらっしゃいますよ!」と乗車を促しました。
「――のっ乗らん! 乗らん!」
頭を振って逃げて行ってしまいました。蒸気バスの中にちょっと失望感が流れました。
『次は、旅籠・メゾン・デ・デュ。旅籠・メゾン・デ・デュー』
ノエミさんのアナウンスとともにプシューとドアが閉まります。「不思議だねえ、勝手に開いたり閉まったりする」と黒髪マダムがおっしゃいました。みなさんうんうんとうなずかれます。空気圧縮のなにかです。はい。
メゾン・デ・デュに着きました。近づいているときにすでに大女将のベリテさんは気づいていらして、道路まで出てこられていました。それに、レアさんも続いて。
「なにやってんのよソノコ……」
そのセリフを聞くのは本日二度目な気がします。「車掌のお仕事です! 領境警備隊基地への観光バスです!」と言うと、レアさんがぎょっとしました。
「領境基地⁉ 行くの⁉ このバスで⁉」
「はい!」
「ずるいずるい、わたしも入れて!」
ベリテさんはそうおっしゃると思いました。乗り込まれるお手伝いをして、レアさんに向き直ります。
「レアさんも行きます?」
「――行くわよ。行くに決まってんでしょう! でも自分の自動車でついていくわ。アシモフもいるから」
そう言って踵を返されました。そうよねー、アシモフたん、バスに乗せられないものねー。「ソノコは予想外すぎよ!」とレアさんが心の叫びを残されました。すみません。
そして、他のお二人の奥様方のお家の近くも通りました。ご主人がぎょっとして逃げて行かれるのはいっしょでした。奥様方に生まれるさらなる連帯感。でも途中で男性が二人乗り込んでくれたんです。コブクロさんがコラリーさんのお店で管巻いていたときにいらした、お客さんのおじさんとおじいちゃん! やったー!
おじいちゃんは、コラリーさんの姿をご覧になってちょっと黙り込みました。
「……あんたが、この街に来たときみたいだなあ」
「ずいぶんおばあちゃんになっちゃったわよ」
「やんや、きれいだよ。ぜんぜん、前と変わらん」
コラリーさんは口の端をきゅっと上げて、「ありがとっ」とおっしゃいました。おじいちゃんはコラリーさんの後ろの席に座って、外じゃなくてずっとコラリーさんの後ろ姿をご覧になっていました。
なんでしょう、この。なんかエモい。
街を出るあたりでレアさんの自動車が追走してきているのを確認しました。森の中の道へ入ります。
『これよりマディア北東部領境警備隊基地へ向かいます。林道のため車体が揺れます。安全確保のため、立ち上がっての席の移動はご遠慮願います』
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