上 下
69 / 247
 領境の街・リッカー=ポルカ

69話 みんなで社会科見学でーす!

しおりを挟む
「へえ! いいじゃない、市内一周してから向かいましょうよ!」

 交通局に来て、お休みの日なのでお洗濯物を干していたノエミさんに、かくかくしかじかしました。いいんでしょうか、私用に蒸気バス使っちゃって。「どんな理由でも、勇気を出して住民の方が乗りたいって思ってくれたんだもの。その気持ちに寄り添いたいわ」とおっしゃってくださり。ありがとうございます!
 さっき派出所でお話した警備隊員さんは、涙目で「せめて先に上長へ報告させてください」と哀願され、交代の方を待たず派出所を一旦閉めて、大急ぎで領境警備隊基地へ馬車で向かわれました。去り際に始末書……というつぶやきが聞こえました。がんばえー!
 ので、ちょっと時間かけて向かうのがよさそうなのです。それでノエミさんが市内一周を提案してくれたわけですね!

「それと……ソノコ。その服、かわいいわね。似合ってるわ」

 やったー、ほめられたー! 借り物ですけど。うれしい。かわいい服似合うって言われるのうれしい。お洗濯物ぜんぶ干し終わったら、本当に蒸気バスを出してくださいました。ありがたや。みなさんわたしに続いて恐る恐る乗車されます。席についてもちょっとそわそわしながら座り直したりしていました。
 ドアが自動で閉まります。みんなビビってました。これ、空気圧縮のなにかで、運転手さんが操作すると閉められるんだそうです。質問して説明してもらったんですが空気圧縮のなにかということだけわかりました。運転席の後ろの天井についている伝声管から、ノエミさんの声が響きました。

『リッカー=ポルカ市国営バスのご利用、まことにありがとうございます。本日は、リッカー=ポルカ市内を巡回し、終点・マディア北東部領境警備隊基地まで参ります。走行中は危険なため、手すりなどにおつかまりになり、席から立ち上がらないようにお願いいたします』

 みなさん息を呑んでうなずきました。お若いころには都会に住んでいらしたコラリーさんも、蒸気バスは初めて乗るんだそうです。本当に最近の技術なんですね、蒸気自動車関連。それは、たしかに田舎では怖がられるかもしれませんねえ。
 アナウンスって日本では車掌がやるんでしょうが、アウスリゼの蒸気バスは最初からワンマン仕様なんですよね。なので運転席にしか伝声管がなくて。そして、今回わたしは本当に臨時で期間限定の雇用なので、そこまでのお仕事は求められていません。来た初日の夜、眠れなくて小声で発声練習とかしたんですけど。おおむね無駄でした。はい。

『本日の運転手はわたくし、ノエミ・バダンテール。車掌はソノコ・ミタが務めます。安全運転で目的地まで運行いたします。車内でなにかございましたら車掌、もしくは運転手にお知らせください。それでは、発車いたします。目的地までおくつろぎくださいませ』

 事前に教えていただいた通り、わたしはみなさんに向かってぺこっとおじぎしました。制服じゃなくてふりふりワンピですけど。でも、初めてのちゃんとした車掌さんです! こんなにたくさんの人が乗ってくれたの初めてですから!

「わっ、動いた!」

 赤毛マダムが驚いて声を上げました。他の方たちはおっかなびっくりで声も出せない感じです。ノエミさんが大きくハンドルを切って、蒸気バスを反転させ市道に出ました。がたんがたん。舗装されていない道は、ノエミさんのやさしいゆっくり運転でも車体を揺らします。酔ったときに新鮮な空気がほしいかもと思って、みなさんに窓の開け方をお知らせしました。それぞれ真剣な表情で聞いて、おそるおそる実践していました。「開けられた!」とうれしそう。
 小春日和のさわやかな風が車内にあふれます。みなさんうれしそうに、いつもの街をいつもとは違う目線で眺めていらっしゃいました。

「あっ、もうすぐウチだわ! すごい、こんなに早い!」

 白髪マダムがおっしゃいました。そして「ウチの人見てないかしらね」とちょっとそわそわ。それは見てほしくないというそわそわではなくて、見てほしいっていうものな気がします。

「あっ、いた! あんたー!」

 開けた窓から大きな声で呼びかけます。ご主人はお庭いじりをされていたんでしょうか、きょろきょろしてからバスを見て、遠目にもぎょっとされました。

「おっまえ、なにやってんだあ⁉」
「蒸気バス乗ってんのよー!」

 あわてて道路まで走ってこられたので、ノエミさんがバスを徐行させ停めました。

「ばかやろう、今すぐ降りろ!」
「なんでさ、あんたも乗りなよ。臓物なんか抜かれないよ!」

 プシューと音がして、乗口が開きます。ご主人はそれにたじろいで後ずさりました。わたしは外に出て、「だいじょうぶです! みなさん楽しんでいらっしゃいますよ!」と乗車を促しました。

「――のっ乗らん! 乗らん!」

 頭を振って逃げて行ってしまいました。蒸気バスの中にちょっと失望感が流れました。

『次は、旅籠・メゾン・デ・デュ。旅籠・メゾン・デ・デュー』

 ノエミさんのアナウンスとともにプシューとドアが閉まります。「不思議だねえ、勝手に開いたり閉まったりする」と黒髪マダムがおっしゃいました。みなさんうんうんとうなずかれます。空気圧縮のなにかです。はい。
 メゾン・デ・デュに着きました。近づいているときにすでに大女将のベリテさんは気づいていらして、道路まで出てこられていました。それに、レアさんも続いて。

「なにやってんのよソノコ……」

 そのセリフを聞くのは本日二度目な気がします。「車掌のお仕事です! 領境警備隊基地への観光バスです!」と言うと、レアさんがぎょっとしました。

「領境基地⁉ 行くの⁉ このバスで⁉」
「はい!」
「ずるいずるい、わたしも入れて!」

 ベリテさんはそうおっしゃると思いました。乗り込まれるお手伝いをして、レアさんに向き直ります。

「レアさんも行きます?」
「――行くわよ。行くに決まってんでしょう! でも自分の自動車でついていくわ。アシモフもいるから」

 そう言って踵を返されました。そうよねー、アシモフたん、バスに乗せられないものねー。「ソノコは予想外すぎよ!」とレアさんが心の叫びを残されました。すみません。
 そして、他のお二人の奥様方のお家の近くも通りました。ご主人がぎょっとして逃げて行かれるのはいっしょでした。奥様方に生まれるさらなる連帯感。でも途中で男性が二人乗り込んでくれたんです。コブクロさんがコラリーさんのお店で管巻いていたときにいらした、お客さんのおじさんとおじいちゃん! やったー!
 おじいちゃんは、コラリーさんの姿をご覧になってちょっと黙り込みました。

「……あんたが、この街に来たときみたいだなあ」
「ずいぶんおばあちゃんになっちゃったわよ」
「やんや、きれいだよ。ぜんぜん、前と変わらん」

 コラリーさんは口の端をきゅっと上げて、「ありがとっ」とおっしゃいました。おじいちゃんはコラリーさんの後ろの席に座って、外じゃなくてずっとコラリーさんの後ろ姿をご覧になっていました。
 なんでしょう、この。なんかエモい。
 街を出るあたりでレアさんの自動車が追走してきているのを確認しました。森の中の道へ入ります。

『これよりマディア北東部領境警備隊基地へ向かいます。林道のため車体が揺れます。安全確保のため、立ち上がっての席の移動はご遠慮願います』

 さてー、参りましょうか! マディア北東部事変食い止め作戦下見! そう、下見に行くんです! 遊びじゃないです!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

宰相夫人の異世界転移〜息子と一緒に冒険しますわ〜

森樹
ファンタジー
宰相夫人とその息子がファンタジーな世界からファンタジーな世界へ異世界転移。 元の世界に帰るまで愛しの息子とゆったりと冒険でもしましょう。 優秀な獣人の使用人も仲間にし、いざ冒険へ! …宰相夫人とその息子、最強にて冒険ではなくお散歩気分です。 どこに行っても高貴オーラで周りを圧倒。 お貴族様冒険者に振り回される人々のお話しでもあります。 小説投稿は初めてですが、感想頂けると、嬉しいです。 ご都合主義、私TUEEE、俺TUEEE! 作中、BLっぽい表現と感じられる箇所がたまに出てきますが、少年同士のじゃれ合い的なものなので、BLが苦手な人も安心して下さい。 なお、不定期更新です。よろしくお願いします。

処理中です...