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 領境の街・リッカー=ポルカ

64話 みんな幸せになーれ!

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 なんだか、その警備隊員さんは下っ端なので判断できない、上長に指示を仰ぎたい、たのむから早まらないでくれみたいなことを言われました。なんでわたし自殺志願者みたいな言われようなんでしょうか。「いいですよー、おかまいなくー、自分で行ってきますのでー」と言って帰ろうとしたら全力で引き止められて詰め所に招かれてお茶なんか出されて、あと三十分くらいで交代の人間が来るので、それまで待ってくれと言われました。まあそれくらいなら。
 事情聴取みたいなことをされました。氏名に所在地、なんでリッカー=ポルカに来たのかとか。「観光ついでに短期のお仕事ですー」と言ったら納得したようなしないような微妙なあいづちが返ってきました。カツ丼は出ませんでした。わたしも合いの手を返していたらなんとなく警備隊員さんの個人情報も話してくれました。エヴラール・ブグローさん。二十七歳だそうです。「同い年ですねー」と言ったら全身全霊全力で驚いていらっしゃいました。こちらでは年相応に見られないのはもう慣れました。
 そんなこんなでちょっと仲良しになりました。地元の人たちが蒸気バスに乗ってくれないということもグチりました。「そりゃあーそうでしょ。こんな片田舎でさー。いまだに馬車が普通でさー。オレもはやくバスが走るところ帰りてーよ」とブグローさんもグチりました。で、いろいろ話しているうちに気づいたというか、思い出したんですけど。
 ブグローさん、マディア北東部事変で逆上した王国軍兵さんに射撃される被害者の方ですね。はい。
 ゲーム中に名前は出てこないんですけど、お顔はばっちり出てました。しかもあれです、フラグ立ててました。「オレ、ここの任務終わったら、彼女にプロポーズしようと思う」っていっしょに警備にあたっていた同僚さんに話してました。横なぎの雪の中で。今の制服の上に、防寒でもふもふの帽子と、コート着て。アカンだろそれ。どう考えてもしぬやつだろそれ。
 たぶん、左肩の、鎖骨のあたり。撃たれてました。その部分を見てしまって、吐き気がしてきました。ゲーム中では、重体って言われてました。その後どうなったかは描写されていません。名前のない、NPCなので。開戦合図のためだけの、NPCなので。
 しんじゃう。この人、たぶんしんじゃう。エヴラール・ブグローっていう名前があって、二十七歳で、田舎なんて嫌だーって言ってて、プロポーズしたい彼女さんがいて。今こうやって生きている。それなのに、ゲームでは名前も出ずに。ぞっとして、心底ぞっとして、わたしはいただいたお茶をもう一度口に運びました。でも空でした。

 よし! まずフラグ折ろう!

「コブクロさん!」
「え? いやブグロー!」
「わたしの故郷にある言い伝えです! 昇進や転勤が決まったあとにプロポーズすると、失敗するそうです!」
「いきなりなに⁉ ――まじ?」
「そして一番承諾してもらえやすいのは、冬の暖かい日だってマックのJKが言ってました! ということで、行きましょう! 今行きましょう!」
「マック・ノ・ジェーケーってだれ⁉ てゆーかなんでオレがプロポーズするか悩んでたのわかるの⁉」

 ふっとわたしは余裕の笑みを浮かべてみました。たぶん浮かんでます。はい。

「顔に描いてありますよ……恋するオトメンの瞳です」

 はっとした感じでコブクロさんは目を伏せました。ちょっと恥ずかしげです。
 事情聴取しました。コブクロさんはここへ配属になって二年目だそうです。例年だとたぶん年明けに異動の辞令が出るそうです。年齢的にも昇進ありえるみたいで。むしろありえてほしくて。ここに来てから仲良くなった、地元の女の子がいて。今は隣村にいる。かわいくて。何回かデートみたいことして。自分は付き合ってるつもりで。好きで。で、昇進決まったら、勇気出してプロポーズしようって最近思ってて。着いてきてくれって。とつとつと語るわけですよ。くぅーっ! いいねえいいねえ、若人よ、幸せにな! とりあえずしぬな、まじでしぬな‼

「あのですね、コブクロさん」
「ブグロー」
「昇進決まったあとで受けてもらえるプロポーズと、平のまんまで受けてもらえるプロポーズ。――どっちが本気であなたのこと好きだってことですかね?」

 はっとした顔でコブクロさんがわたしをご覧になりました。いける! もうひと押し!

「『なんにもないけど君が好きだ』って言ってもらえるのと、『昇進が決まった。君が好きだ』って言ってもらえるの。その女の子にとってもぜんぜん違いますよ。権威とか、地位とか、好きって気持ちになにか関係ありますか? あなたのこと本当に好きだったら、なにもなくたっていいはずですよ。コブクロさんだって、どっちがいいですか? 昇進に魅力感じて受けてもらえるのと、今のままで受けてもらえるの?」

 すっごく長い沈黙のあとに、「……自信ないんだよ」とコブクロさんがおっしゃいました。恋するオトメンが健気で泣けます。しかししぬな。しんだら元も子もないぞ。

「とりあえず、会ってみたらどうですか。だいじょうぶです、マックのJKはだいたい正しいこと言うって設定です!」
「なんだよ設定って!」

 コブクロさんが爆笑しました。で、ちょっと遠くを見て、「……信じていいかなあ。マック・ノ・ジェーケーさん」とおっしゃいました。

「信じたいよ」

 泣ける。なんか泣ける。どのみち今しとかないと後がない、まじでない、行けー‼

「隣村、ここからどれくらいの時間で行けますか」

 立ち上がってわたしが言うと、「馬車で一時間……え、なに。どゆこと」とあわてます。「行きましょう。今から行きましょう。交代の方来るんですよね? さあ行きましょう!」と急かすと、「あああああ⁉」とおっしゃいました。

「いや、オレのことだし。オレが決めるよ! そんな大事なこと!」
「わかりました! じゃあわたし今日は紅葉見に行ってきます!」
「なにそれ脅迫⁉ てゆーかオレのプロポーズって観光見物扱い⁉」
「こまかいことはいいんですよ! わたし先に行ってますね! ご武運を!」
「まじで待ってくれ!」

 いろいろやりあっていたら交代の方がみえました。とりあえずわたしが暇を持て余してこんなこと言っているんだろうとコブクロさんは思ったらしく、上長に領境警備隊基地見学のことを尋ねに行くついでに、隣村に寄って彼女さんの顔を見てくる、と約束してくれました。ちょっとひさしぶりに会うんだそうです。なんだかんだうれしそうなちょっと不安そうな。幸せになれよ、まじで。
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