48 / 247
王都ルミエラ編
48話 こんな夜が、あってもいい
しおりを挟む
アシモフたんがいるので、一般車両ではありません。最初は「一両ぜんぶ借りよう?」ってレアさんに言われたんですけど、リシャールの個人資産(不動産王。まじ儲けてる。王族がアウスリゼの土地を牛耳っている国なので)から資金が出ているにしても、それはさすがに散財しすぎでしょ、と思ったんですよ。ので、個室がみっつある車両の一番端にしてもらいました。ベッドが両端にひとつずつ。汽車が動くとガコンガコンいうので、ある程度アシモフたんが鳴いてもだいじょうぶそうです。最初本当に怯えちゃって、ずっとくぅんくぅん言っていました。レアさんとわたしにコンバたんで励まして、二時間もすれば窓の外に釘付けです。この部屋で二晩過ごします。
ごはんはサラマンジェという名前の車両で食べるみたいです。でもアシモフたんをひとりにできないので、レアさんとわたしがかわりばんこで食べることにしました。ペット乗車の特別料金を払っているとはいえ、粗相をしてしまってはいけないですしね。
夕飯、先にレアさんに行っていただきました。アシモフたんがちょっと乗り物酔い気味で、用意してあったお薬も戻しちゃって。「さっと食べて戻ってくる。ソノコはゆっくり食べてきてね」とのこと。心配でしかたがないの、にじみ出てます。そしてサングラスを装着して行かれました。外出するときの彼女の必需品です。美人ってたいへんですよね。
レアさんが戻るころには、アシモフたんはちょっとお水を飲んで眠りました。体力回復したらきっと元気になってくれます。
わたしが部屋のドアを開けて廊下に出ると、なんか知らない男性が立っていました。ちょうびびった。出てきたわたしをじっと見てちょっとがっかりしていたので、サラマンジェでレアさんを見て着いてきたんじゃないですかね。ここ特別車両なんですが。しらんぷりしてごはん食べに行きました。
「ねえねえ、君さあ、どこの出身? 黒髪キレイだね。ブロンドの女性と同室だよね?」
……着いてきました。最悪ですね。やっぱりリシャールの懐とか気にしないで一両借りすれば良かったです。まさかこんなあふぉーにつきまとわれるとは思いませんでした。ごはん食べるのに座った席にも勝手にいっしょに着いて。最悪。あんただれ。
レアさんがわたしに最初から優しくしてくれたのってこういうのが日常茶飯事だからなんだろうな、などと思いました。きっとトラウマとか言っていられないくらい嫌な思いたくさんしたんだろうな。あんなにきれいだもの。こけし顔のわたしでさえ嫌な気持ちになることがあるんだもの。
レアさんがわたしにつけられた理由を考えてみました。そもそも、彼女は対男性、かつ対高級官僚・貴族の専属諜報員だったはずです。それがどこの者ともわからぬ、こんな日々の生活にあくせくするようなド庶民女へつけられたわけです。カテエラもいいところですね。なんででしょう。
でもねえ、ちょっと思いました。わたしたち、ちょうど良かった。わたし、容姿で問題抱えるとか初めてだったけれど、だからこそ意味がわからなくて怖かった。ずっとびくびくしてて、なにするにも不安で。でもね、レアさんは違うの。キレイな容姿をことさら見せびらかすようなことはしないけど、だからって自分の見た目を否定するようなこともしない。堂々としてるの。かっこいいと思う。わたしもそうしなきゃって、思った。あんな風に、背筋伸ばして立たなきゃ。
わたし、レアさんといっしょに居て、いろんなこと学べたと思う。それってどんなことって聞かれると、ちょっと言語化が難しいけど。レアさんでよかった。本当にそう思う。レアさんがわたしのことどう思っているのかわからないけど。でもわたしは感謝してるんだ。レアさんに。そして、きっとわたしにレアさんをつけてくれた、アベルに。伝えようがない、感謝だけど。
そんなことを考えながらごはんを食べていました。なので、勝手にいっしょに座った男性のことはガンスルーしてました。というかわすれていました。ふっと意識が浮いたとき、男性は舌打ちして去って行くところでした。ああ、こういうあしらいでいいんだ。なんだ。
部屋に戻ると、アシモフたんはすぴすぴ言って夢の中で、レアさんはお家にいるときみたいにぐでーとくつろいでいました。ちょっと嫌なことがあったの、言うか言うまいかと思って結局言いませんでした。せっかくの楽しい旅行に水を差したくないですし。あの男、どこで降りるんでしょう。明日降りてくれればいいなあ。
気が張ってあんまり眠れなくて、ごそごそしてたらレアさんが「眠れないの、ソノコ?」と声をかけてくれました。
「はいー、なんだか。こういう夜行列車で移動するのも初めてですしー」
「そう? あたしはひさしぶりって感じー。懐かしいわあ。サンカイムに移住するとき、あたしとママンで、こうやって二人で個室に乗ったのよ」
「前におっしゃってた、十三歳のとき?」
「そう。パパは仕事で先に行ってたからね。今回みたいに、荷物は先に送って、旅行かばんだけ持って」
暗くて、レアさんの姿は見えません。なのでその表情をみることはできなくて、本当のことなのか、諜報員としての設定なのか、窺うことはできませんでした。
ガコンガコン。蒸気機関車はずっと騒がしくて、でもとても静かに思えて、なんだか特別な夜と感じました。
「――さみしかったなあ。友だちと別れることになっちゃったし。行きたかった学校もあった」
嘘でも本当でも、どっちでもいいかなあ、なんて思うんです。レアさんがわたしに話してくれること。それが、わたしとレアさんの真実。それでいいかなって。わたしだって群馬のことを話していなくて。レアさんはそんなわたしを受け入れてくれていて。それでいいんじゃないかな。だめかな。
「だからね、今回はうれしいの。帰れる家があって。帰って来てって、言ってくれる人がいて。それに、こうやってずっと、いっしょにいてくれる友だちがいる」
……それは卑怯。レアさん卑怯。泣くじゃんそんなの。布団を口元まで引き上げて、涙をこらえました。
「……わたしもレアさんがいっしょでうれしいです」
本心で言いました。たとえこれが、偽りから出た友情だとしても。
ごはんはサラマンジェという名前の車両で食べるみたいです。でもアシモフたんをひとりにできないので、レアさんとわたしがかわりばんこで食べることにしました。ペット乗車の特別料金を払っているとはいえ、粗相をしてしまってはいけないですしね。
夕飯、先にレアさんに行っていただきました。アシモフたんがちょっと乗り物酔い気味で、用意してあったお薬も戻しちゃって。「さっと食べて戻ってくる。ソノコはゆっくり食べてきてね」とのこと。心配でしかたがないの、にじみ出てます。そしてサングラスを装着して行かれました。外出するときの彼女の必需品です。美人ってたいへんですよね。
レアさんが戻るころには、アシモフたんはちょっとお水を飲んで眠りました。体力回復したらきっと元気になってくれます。
わたしが部屋のドアを開けて廊下に出ると、なんか知らない男性が立っていました。ちょうびびった。出てきたわたしをじっと見てちょっとがっかりしていたので、サラマンジェでレアさんを見て着いてきたんじゃないですかね。ここ特別車両なんですが。しらんぷりしてごはん食べに行きました。
「ねえねえ、君さあ、どこの出身? 黒髪キレイだね。ブロンドの女性と同室だよね?」
……着いてきました。最悪ですね。やっぱりリシャールの懐とか気にしないで一両借りすれば良かったです。まさかこんなあふぉーにつきまとわれるとは思いませんでした。ごはん食べるのに座った席にも勝手にいっしょに着いて。最悪。あんただれ。
レアさんがわたしに最初から優しくしてくれたのってこういうのが日常茶飯事だからなんだろうな、などと思いました。きっとトラウマとか言っていられないくらい嫌な思いたくさんしたんだろうな。あんなにきれいだもの。こけし顔のわたしでさえ嫌な気持ちになることがあるんだもの。
レアさんがわたしにつけられた理由を考えてみました。そもそも、彼女は対男性、かつ対高級官僚・貴族の専属諜報員だったはずです。それがどこの者ともわからぬ、こんな日々の生活にあくせくするようなド庶民女へつけられたわけです。カテエラもいいところですね。なんででしょう。
でもねえ、ちょっと思いました。わたしたち、ちょうど良かった。わたし、容姿で問題抱えるとか初めてだったけれど、だからこそ意味がわからなくて怖かった。ずっとびくびくしてて、なにするにも不安で。でもね、レアさんは違うの。キレイな容姿をことさら見せびらかすようなことはしないけど、だからって自分の見た目を否定するようなこともしない。堂々としてるの。かっこいいと思う。わたしもそうしなきゃって、思った。あんな風に、背筋伸ばして立たなきゃ。
わたし、レアさんといっしょに居て、いろんなこと学べたと思う。それってどんなことって聞かれると、ちょっと言語化が難しいけど。レアさんでよかった。本当にそう思う。レアさんがわたしのことどう思っているのかわからないけど。でもわたしは感謝してるんだ。レアさんに。そして、きっとわたしにレアさんをつけてくれた、アベルに。伝えようがない、感謝だけど。
そんなことを考えながらごはんを食べていました。なので、勝手にいっしょに座った男性のことはガンスルーしてました。というかわすれていました。ふっと意識が浮いたとき、男性は舌打ちして去って行くところでした。ああ、こういうあしらいでいいんだ。なんだ。
部屋に戻ると、アシモフたんはすぴすぴ言って夢の中で、レアさんはお家にいるときみたいにぐでーとくつろいでいました。ちょっと嫌なことがあったの、言うか言うまいかと思って結局言いませんでした。せっかくの楽しい旅行に水を差したくないですし。あの男、どこで降りるんでしょう。明日降りてくれればいいなあ。
気が張ってあんまり眠れなくて、ごそごそしてたらレアさんが「眠れないの、ソノコ?」と声をかけてくれました。
「はいー、なんだか。こういう夜行列車で移動するのも初めてですしー」
「そう? あたしはひさしぶりって感じー。懐かしいわあ。サンカイムに移住するとき、あたしとママンで、こうやって二人で個室に乗ったのよ」
「前におっしゃってた、十三歳のとき?」
「そう。パパは仕事で先に行ってたからね。今回みたいに、荷物は先に送って、旅行かばんだけ持って」
暗くて、レアさんの姿は見えません。なのでその表情をみることはできなくて、本当のことなのか、諜報員としての設定なのか、窺うことはできませんでした。
ガコンガコン。蒸気機関車はずっと騒がしくて、でもとても静かに思えて、なんだか特別な夜と感じました。
「――さみしかったなあ。友だちと別れることになっちゃったし。行きたかった学校もあった」
嘘でも本当でも、どっちでもいいかなあ、なんて思うんです。レアさんがわたしに話してくれること。それが、わたしとレアさんの真実。それでいいかなって。わたしだって群馬のことを話していなくて。レアさんはそんなわたしを受け入れてくれていて。それでいいんじゃないかな。だめかな。
「だからね、今回はうれしいの。帰れる家があって。帰って来てって、言ってくれる人がいて。それに、こうやってずっと、いっしょにいてくれる友だちがいる」
……それは卑怯。レアさん卑怯。泣くじゃんそんなの。布団を口元まで引き上げて、涙をこらえました。
「……わたしもレアさんがいっしょでうれしいです」
本心で言いました。たとえこれが、偽りから出た友情だとしても。
2
お気に入りに追加
299
あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
月が隠れるとき
いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。
その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。
という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。
小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。

(完結)王家の血筋の令嬢は路上で孤児のように倒れる
青空一夏
恋愛
父親が亡くなってから実の母と妹に虐げられてきた主人公。冬の雪が舞い落ちる日に、仕事を探してこいと言われて当てもなく歩き回るうちに路上に倒れてしまう。そこから、はじめる意外な展開。
ハッピーエンド。ショートショートなので、あまり入り組んでいない設定です。ご都合主義。
Hotランキング21位(10/28 60,362pt 12:18時点)

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。


(完結)私より妹を優先する夫
青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。
ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。
ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。

だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。

(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・
青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。
「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」
私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・
異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる