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王都ルミエラ編
46話 ね、行くでしょう、これは
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「……なにを話せばいいのでしょうか」とわたしが小声でお尋ねすると、「そうですね。単刀直入にお尋ねします。なぜ、マディア公爵領レテソルへ行こうと思ったのですか」とオリヴィエ様が即答されました。
――オリヴィエ様、怖いです。主に声色がとっても優しいところとか。いろんな意味でご尊顔を仰げません。わたしはしどろもどろになりながら、「あの、あったかいところだっていう話でしたし、わたし、オレンジ好きですし」と言ったら、「ああ、そういえば以前もオレンジジュースを飲んでいらっしゃいましたね」と言われました。やだ、覚えててくださってる。すき。でもこわい。
「――ソノコ。あなたは自分がこの国で、どのような立場であるか覚えておいでに違いない。リシャール殿下の『友人』であり、私の庇護下にある方だ。あなたの一挙手一投足に、私たちの名が記されると考えてもいい」
噛んで含めるようにおっしゃいます。はい。そのことは重々。はい。
「ですから、あなたには私たちへの説明責任がある。あなたはとても勤勉な方だから、きっと我が国の現況も把握しておいででしょう。日々新聞沙汰になっているように、リシャール殿下とマディア公は、対立関係にあります。そのような者の管理にある土地へ行くことを、あなたが選んだ理由はなんですか。きちんと教えていただけないと、私たちはあなたの心が私たちから離反したと、疑わなくてはならなくなる」
そうですよね、やっぱ、説明しなきゃだめですよね……。ちょっと胃が痛くなってきました。しんどい。どうにか本当のことを言わずにかわす方法なんて、思いつきもしません。そもそもオリヴィエ様とミュラさんを納得させることができるような方便なんか、わたしの頭で生成できるわけもないですけど。
「――さあ、ソノコ。腹を割って話そうじゃないですか。あなたは酒が苦手だったはずですし、シラフで問題ないですね?」
やだ、覚えててくださってる。すき。でもなんて言えっていうんでしょう。言えるわけないじゃないですか、本当のことなんて。この冬にマディア公爵領レテソルへ行く理由。正直に話したとして、それを信じてくれるかはわからないですし。なによりわたしがこっ恥ずかしい。……いやむり、やっぱ言えない。
なんて感じでもじもじしてたら、オリヴィエ様がため息をつかれました。わたしへのため息です。ありがとうございます! と思いつつ心に来ます。推しに失望のため息をつかれるんですよ。ありがとうございます! そりゃ凹みますよ、それなりに。
「……なにも、話す気はありませんか」
お声がさらに低いです。ありがとうございます! こわい、ちょうこわい。……わたしは腹をくくりました。よし、話そう。立ち上がり、そして「……資料をお持ちします。少々お待ちください」と言いました。
自室へ戻り、この家に来てから作ったスクラップブックを、日記を置いている戸棚から出しました。パラパラとめくって、たしかミュラさんが初めてこの家へ来た数日後に作ったページを見ました。新聞の切り抜き。このときから、この記事を見たときから、わたしの道筋は決まっていたのかもしれません。
リビングに戻りました。わたしが手にしているものを見て、レアさんが真顔で吹き出しました。ちょっとレアな表情ですね。レアだけに。そうですね、彼女は知っているはず。わたしが日夜このスクラップブックに向かい合っていたことを。
「――こちらを、ご覧ください」
非難されることは覚悟の上です。それでも、わたしはやっぱり行きたい。そう、それはひとときの気の迷いではなくて。
――わたしの中の情熱が、わたしを駆り立てるんです。
なにもおっしゃらずにオリヴィエ様はそれを受け取りました。ページをめくる姿を、わたしは立ちつくしたまま祈るような気持ちで見つめます。やがて困惑するような表情で、「これは……一体」とオリヴィエ様はわたしをご覧になりました。
オリヴィエ様から受け取り、ミュラさんもページをめくりました。そしてやはり同じ反応で声なくわたしを見、その場は静まり返りました。イネスちゃんがアシモフたんに「きゃん!」とひと声怒りました。なにしたのアシモフたん。
「ご理解いただけるかどうかはわかりません。けれど、それをご覧になればわたしの本気度は測れると思います。そして、わたしがこの冬、マディア公爵領レテソルへ行きたいと切に願った理由も……その中にあります」
オリヴィエ様がもう一度スクラップブックを手に取られました。何度か中を見返してから「……わかりません。どれですか」とおっしゃいました。受け取り、わたしはさきほど自室で見たページを開き、ローテーブルの上へ置きます。三人が身を乗り出してスクラップブックを覗き込みました。
そこにはこの冬、とある方がマディア公爵領レテソルにて過ごすことが確定したことを示す見出しの記事が貼られています。レアさんが目を見開きました。気づいたようです。――レアさんなら、きっとわかってくれると信じていました。そしてわたしの行動を是としてくださるでしょう。なぜならわたしたちはルームメイトであると同時に、志を同じくする者たちだからです。彼女はわたしの顔を見て、にやり、と微笑みました。
「降参です……説明してください、ソノコ」
オリヴィエ様がおっしゃり、ミュラさんもうなずきました。イネスちゃんが「ぎゃうー!」と言い、レアさんが「アシモフ、め!」と大きめの声で言いました。
記事の見出しは『オフシーズン予定』という簡素なもので、番号順に一覧表となっているものです。わたしのことをいくらか知っている人ならば、わたしがどの番号に注目するかをすぐに理解できることでしょう。十四。そう、十四です。わたしがそこを指差すと、オリヴィエ様とミュラさんが身を乗り出しました。
「――背番号14……T・ロージェル。わたしの推しのラキルコンバタンのティモテ・ロージェル選手です。今回、冬季リーグに参加されます。初めてのことです。キャンプ地は……マディア公爵領、レテソルです」
沈黙が落ちました。レアさんがアシモフたんをちゃんと叱るために立ち上がりました。
――オリヴィエ様、怖いです。主に声色がとっても優しいところとか。いろんな意味でご尊顔を仰げません。わたしはしどろもどろになりながら、「あの、あったかいところだっていう話でしたし、わたし、オレンジ好きですし」と言ったら、「ああ、そういえば以前もオレンジジュースを飲んでいらっしゃいましたね」と言われました。やだ、覚えててくださってる。すき。でもこわい。
「――ソノコ。あなたは自分がこの国で、どのような立場であるか覚えておいでに違いない。リシャール殿下の『友人』であり、私の庇護下にある方だ。あなたの一挙手一投足に、私たちの名が記されると考えてもいい」
噛んで含めるようにおっしゃいます。はい。そのことは重々。はい。
「ですから、あなたには私たちへの説明責任がある。あなたはとても勤勉な方だから、きっと我が国の現況も把握しておいででしょう。日々新聞沙汰になっているように、リシャール殿下とマディア公は、対立関係にあります。そのような者の管理にある土地へ行くことを、あなたが選んだ理由はなんですか。きちんと教えていただけないと、私たちはあなたの心が私たちから離反したと、疑わなくてはならなくなる」
そうですよね、やっぱ、説明しなきゃだめですよね……。ちょっと胃が痛くなってきました。しんどい。どうにか本当のことを言わずにかわす方法なんて、思いつきもしません。そもそもオリヴィエ様とミュラさんを納得させることができるような方便なんか、わたしの頭で生成できるわけもないですけど。
「――さあ、ソノコ。腹を割って話そうじゃないですか。あなたは酒が苦手だったはずですし、シラフで問題ないですね?」
やだ、覚えててくださってる。すき。でもなんて言えっていうんでしょう。言えるわけないじゃないですか、本当のことなんて。この冬にマディア公爵領レテソルへ行く理由。正直に話したとして、それを信じてくれるかはわからないですし。なによりわたしがこっ恥ずかしい。……いやむり、やっぱ言えない。
なんて感じでもじもじしてたら、オリヴィエ様がため息をつかれました。わたしへのため息です。ありがとうございます! と思いつつ心に来ます。推しに失望のため息をつかれるんですよ。ありがとうございます! そりゃ凹みますよ、それなりに。
「……なにも、話す気はありませんか」
お声がさらに低いです。ありがとうございます! こわい、ちょうこわい。……わたしは腹をくくりました。よし、話そう。立ち上がり、そして「……資料をお持ちします。少々お待ちください」と言いました。
自室へ戻り、この家に来てから作ったスクラップブックを、日記を置いている戸棚から出しました。パラパラとめくって、たしかミュラさんが初めてこの家へ来た数日後に作ったページを見ました。新聞の切り抜き。このときから、この記事を見たときから、わたしの道筋は決まっていたのかもしれません。
リビングに戻りました。わたしが手にしているものを見て、レアさんが真顔で吹き出しました。ちょっとレアな表情ですね。レアだけに。そうですね、彼女は知っているはず。わたしが日夜このスクラップブックに向かい合っていたことを。
「――こちらを、ご覧ください」
非難されることは覚悟の上です。それでも、わたしはやっぱり行きたい。そう、それはひとときの気の迷いではなくて。
――わたしの中の情熱が、わたしを駆り立てるんです。
なにもおっしゃらずにオリヴィエ様はそれを受け取りました。ページをめくる姿を、わたしは立ちつくしたまま祈るような気持ちで見つめます。やがて困惑するような表情で、「これは……一体」とオリヴィエ様はわたしをご覧になりました。
オリヴィエ様から受け取り、ミュラさんもページをめくりました。そしてやはり同じ反応で声なくわたしを見、その場は静まり返りました。イネスちゃんがアシモフたんに「きゃん!」とひと声怒りました。なにしたのアシモフたん。
「ご理解いただけるかどうかはわかりません。けれど、それをご覧になればわたしの本気度は測れると思います。そして、わたしがこの冬、マディア公爵領レテソルへ行きたいと切に願った理由も……その中にあります」
オリヴィエ様がもう一度スクラップブックを手に取られました。何度か中を見返してから「……わかりません。どれですか」とおっしゃいました。受け取り、わたしはさきほど自室で見たページを開き、ローテーブルの上へ置きます。三人が身を乗り出してスクラップブックを覗き込みました。
そこにはこの冬、とある方がマディア公爵領レテソルにて過ごすことが確定したことを示す見出しの記事が貼られています。レアさんが目を見開きました。気づいたようです。――レアさんなら、きっとわかってくれると信じていました。そしてわたしの行動を是としてくださるでしょう。なぜならわたしたちはルームメイトであると同時に、志を同じくする者たちだからです。彼女はわたしの顔を見て、にやり、と微笑みました。
「降参です……説明してください、ソノコ」
オリヴィエ様がおっしゃり、ミュラさんもうなずきました。イネスちゃんが「ぎゃうー!」と言い、レアさんが「アシモフ、め!」と大きめの声で言いました。
記事の見出しは『オフシーズン予定』という簡素なもので、番号順に一覧表となっているものです。わたしのことをいくらか知っている人ならば、わたしがどの番号に注目するかをすぐに理解できることでしょう。十四。そう、十四です。わたしがそこを指差すと、オリヴィエ様とミュラさんが身を乗り出しました。
「――背番号14……T・ロージェル。わたしの推しのラキルコンバタンのティモテ・ロージェル選手です。今回、冬季リーグに参加されます。初めてのことです。キャンプ地は……マディア公爵領、レテソルです」
沈黙が落ちました。レアさんがアシモフたんをちゃんと叱るために立ち上がりました。
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