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王都ルミエラ編
44話 油断大敵とはこのことを言うのか……
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「――なんだって……よりによってレテソルに」
そろそろ初雪かもね、とレアさんと話していたとある日の冷え込む夕方。そんな中でも元気なアシモフたんとイネスちゃんがお庭でじゃれ合っているのを、コートのポッケに手を入れて眺めながら。行ってきますのでしばらく留守にします、とお伝えしたら、ミュラさんが絶句の後、思わずといった感じでそうつぶやきました。ミュラさんは高そうな手袋をはめています。
そうですよねえ、わたしもそう思います。よりによって。グレⅡクロヴィスサイドシナリオの舞台。レアさんが先日まで潜伏していたであろう場所。リシャールの専属秘書官であるミュラさんにとっては、きっとえんがちょー! て感じでしょうね。知らんけど。
「なんです? よりによって? なにかまずいんですか? スギ花粉がすごいとか?」
わたしのすっとぼけスキルもたいしたもんですよね。「……ああ、あなたは、異国の方だから知らないのですね」とミュラさんは少し悩ましげな表情をします。おお、さすがミュラさんちょろい。さくっといい感じに誤解してくれました。
「マディア公爵は……リシャール殿下にとっては好ましくない人物なのですよ。そんなところへ、リシャール殿下の『友人』であるあなたと……レアさんが行くのは、わたしは反対です」
意外です。正面切って反対されると思わなかったし、その理由も伝えてくれるとは。ちょっとは信用してもらえたんでしょうか、わたし。だとうれしいな。
「んー……でも、わたし名ばかりの『友人』ですし。なんなら殿下とちゃんとお会いしたことあるのって、二回だけですし。殿下の嫌いな人って言われても、ピンとこないっていうか。それでなんで行っちゃいけないんでしょうって感じ」
「じゃあこう言いましょう。友人としてわたしから。マディア公爵はわたしが嫌いな人です。行かないでください」
……感動するやんけ。やだ、ミュラさんから友情宣言されちゃった。心でちょろミュラとか呼んでごめん。口にはしないから許して。もうあちらの物件、契約済んじゃってることはどのタイミングで言えばいいですかね。すみません行きます。
「感動ー! ミュラさんがわたしのこと友人とか言ってくれたー!」
「……嫌ですか」
「ぜんぜーん」
「そうですか」
イネスちゃんがアシモフたんを撒いてミュラさんのところに来ました。ミュラさん、あんなにわんこ怖がってたのに、しゃがんでイネスちゃんをなでる様子はもう愛犬家です。小さいころに、わんこに追いかけられて噛まれた経験があるって前におっしゃってました。それで怖かったらしいです。「もうわんちゃん平気なんです?」って聞いてみたら、「犬というか、イネスは、イネスというわたしの家族なんですよ」とおっしゃいました。はい、愛犬家ですね。
レアさんが「ごはんできたよー」と窓から声をかけてくれました。今日はレアさんの得意なビーフシチューっぽいけど牛が入っていないやつです。ミュラさんの説得はレアさんに任せます。だって、わたしじゃ折れてくれなさそうだもん。
ミュラさん、強硬でした。びっくり。レアさんに対してもぜんぜん引かなかった。びっくり。最終的にレアさんが、「……冬季休暇中に、ミュラさん遊びに来てくれるかなって思って、たくさんお部屋があるコテージ借りたのに……」とちょっと涙目でうつむいたところでぐらっとしました。それはもうぐらっと。最終的には「遊びに来てくれる?」というレアさんの問いかけにしっかりとうなずいていました。リシャール専属諜報機関のハニトラが、リシャール陣営に効果ばつぐんなのが実証された瞬間でした。
出発前にもう一度いっしょにごはん食べようねー、と約束しました。荷造りは終わって、大きいものは先に送っちゃいました。いくらこれから寒い時季とはいえ、食材を残してはいけないので、この年のこの家での最後の晩餐はありあわせながら豪華になりそうです。
で、明日の午後に出発! という日の夕方。いつもの通りブザーが鳴り、アシモフたんが風のように玄関へ飛んでいき、とことこわたしもそれに着いていきました。アシモフたんが千切れそうなくらいしっぽを振ってお座りしています。かわいいったら。
「はーい、いらっしゃいませー」
ドアを開けると同時に、「不用心ですね。相手を確認してから開けなくては」と、麗しいバリトンの声が振ってきました。完全に不意をつかれました。顔を上げられません。ミュラさんが来ることしか想定していなかったのですっぴんだし産毛剃ってない。どうしよう眉毛つながってたら。しかも今着てる黒のセーター普段着だから毛玉ついてる。そのうえ髪の毛も適当にくくって前髪も適当に上げてピンで留めてるだけ。むりむりむりむり、完全に干物姿‼
アシモフたんが足元を通り抜け外のイネスちゃんのところまで走って行きました。ミュラさんはちょっと離れたところに立っています。ということはやっぱりブザーを鳴らしたのは。
「お久しぶりです、ソノコ。長期旅行に行かれると聞いて、その前に顔を見に来ました」
見せられない見せられない見せられない‼ 昨日ムダ毛処理サボったわたし、おととい来やがれ‼ なんで来るって知らせてくれなかったのよレアさんんんんんん‼
顔を伏せながら「どうぞ……」とオリヴィエ様ともう一人と一匹を中にお招きしました。泣きたい……。
そろそろ初雪かもね、とレアさんと話していたとある日の冷え込む夕方。そんな中でも元気なアシモフたんとイネスちゃんがお庭でじゃれ合っているのを、コートのポッケに手を入れて眺めながら。行ってきますのでしばらく留守にします、とお伝えしたら、ミュラさんが絶句の後、思わずといった感じでそうつぶやきました。ミュラさんは高そうな手袋をはめています。
そうですよねえ、わたしもそう思います。よりによって。グレⅡクロヴィスサイドシナリオの舞台。レアさんが先日まで潜伏していたであろう場所。リシャールの専属秘書官であるミュラさんにとっては、きっとえんがちょー! て感じでしょうね。知らんけど。
「なんです? よりによって? なにかまずいんですか? スギ花粉がすごいとか?」
わたしのすっとぼけスキルもたいしたもんですよね。「……ああ、あなたは、異国の方だから知らないのですね」とミュラさんは少し悩ましげな表情をします。おお、さすがミュラさんちょろい。さくっといい感じに誤解してくれました。
「マディア公爵は……リシャール殿下にとっては好ましくない人物なのですよ。そんなところへ、リシャール殿下の『友人』であるあなたと……レアさんが行くのは、わたしは反対です」
意外です。正面切って反対されると思わなかったし、その理由も伝えてくれるとは。ちょっとは信用してもらえたんでしょうか、わたし。だとうれしいな。
「んー……でも、わたし名ばかりの『友人』ですし。なんなら殿下とちゃんとお会いしたことあるのって、二回だけですし。殿下の嫌いな人って言われても、ピンとこないっていうか。それでなんで行っちゃいけないんでしょうって感じ」
「じゃあこう言いましょう。友人としてわたしから。マディア公爵はわたしが嫌いな人です。行かないでください」
……感動するやんけ。やだ、ミュラさんから友情宣言されちゃった。心でちょろミュラとか呼んでごめん。口にはしないから許して。もうあちらの物件、契約済んじゃってることはどのタイミングで言えばいいですかね。すみません行きます。
「感動ー! ミュラさんがわたしのこと友人とか言ってくれたー!」
「……嫌ですか」
「ぜんぜーん」
「そうですか」
イネスちゃんがアシモフたんを撒いてミュラさんのところに来ました。ミュラさん、あんなにわんこ怖がってたのに、しゃがんでイネスちゃんをなでる様子はもう愛犬家です。小さいころに、わんこに追いかけられて噛まれた経験があるって前におっしゃってました。それで怖かったらしいです。「もうわんちゃん平気なんです?」って聞いてみたら、「犬というか、イネスは、イネスというわたしの家族なんですよ」とおっしゃいました。はい、愛犬家ですね。
レアさんが「ごはんできたよー」と窓から声をかけてくれました。今日はレアさんの得意なビーフシチューっぽいけど牛が入っていないやつです。ミュラさんの説得はレアさんに任せます。だって、わたしじゃ折れてくれなさそうだもん。
ミュラさん、強硬でした。びっくり。レアさんに対してもぜんぜん引かなかった。びっくり。最終的にレアさんが、「……冬季休暇中に、ミュラさん遊びに来てくれるかなって思って、たくさんお部屋があるコテージ借りたのに……」とちょっと涙目でうつむいたところでぐらっとしました。それはもうぐらっと。最終的には「遊びに来てくれる?」というレアさんの問いかけにしっかりとうなずいていました。リシャール専属諜報機関のハニトラが、リシャール陣営に効果ばつぐんなのが実証された瞬間でした。
出発前にもう一度いっしょにごはん食べようねー、と約束しました。荷造りは終わって、大きいものは先に送っちゃいました。いくらこれから寒い時季とはいえ、食材を残してはいけないので、この年のこの家での最後の晩餐はありあわせながら豪華になりそうです。
で、明日の午後に出発! という日の夕方。いつもの通りブザーが鳴り、アシモフたんが風のように玄関へ飛んでいき、とことこわたしもそれに着いていきました。アシモフたんが千切れそうなくらいしっぽを振ってお座りしています。かわいいったら。
「はーい、いらっしゃいませー」
ドアを開けると同時に、「不用心ですね。相手を確認してから開けなくては」と、麗しいバリトンの声が振ってきました。完全に不意をつかれました。顔を上げられません。ミュラさんが来ることしか想定していなかったのですっぴんだし産毛剃ってない。どうしよう眉毛つながってたら。しかも今着てる黒のセーター普段着だから毛玉ついてる。そのうえ髪の毛も適当にくくって前髪も適当に上げてピンで留めてるだけ。むりむりむりむり、完全に干物姿‼
アシモフたんが足元を通り抜け外のイネスちゃんのところまで走って行きました。ミュラさんはちょっと離れたところに立っています。ということはやっぱりブザーを鳴らしたのは。
「お久しぶりです、ソノコ。長期旅行に行かれると聞いて、その前に顔を見に来ました」
見せられない見せられない見せられない‼ 昨日ムダ毛処理サボったわたし、おととい来やがれ‼ なんで来るって知らせてくれなかったのよレアさんんんんんん‼
顔を伏せながら「どうぞ……」とオリヴィエ様ともう一人と一匹を中にお招きしました。泣きたい……。
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