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王都ルミエラ編
38話 にゃんこもかわいいですけどね
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「――ご趣味は」
「最近はちょろミュラ観察ですかね」
わたしが即答するとミュラさんが黙りこくりました。週末の王宮の入り口あたりの部屋です。背後から笑いの気配がありました。同席衛兵さんの心をつかめたようです。「――いろいろ言いたいことはありますが、ひとまずあなたのことではなく」とミュラさんがおっしゃいます。
「あの――麗しい御婦人のことです」
「あのうるわしいごふじん」
若干ミュラさんがもじもじしています。無表情を作るのがとてもたいへんでした。唇を引き結んでも口角がどうしても上がります。どうしようおもしろい。ちょろミュラおもしろい。この空間にただふたりだけじゃなくてよかった。
背後の衛兵さん。あなたはこの会話の証言者となるのです。そう、そして生き延びた際にはあまねく全地へと広く宣べ伝えるのです。ともにこの試練の時を乗り越えましょう。『絶対に笑ってはいけないinエリメダ宮』、始まります‼
「レア・バズレールさんという美しいお名前のあの方は、どんなご趣味をお持ちなのか、と」
「なんでそれわたしに聞くんですか」
「この前聞けなかったからに決まっているでしょう」
やっぱり聞こうとしてた‼ ファインプレー出るところだった‼ おっしいいいいいいいいいいいい‼
思わず舌打ちしてしまったわたしを見てミュラさんが眉をひそめます。すみません。わたしとしたことがぬかった。正しい観戦姿勢ではなかった。見守る者としての自覚が足りなくて申し訳ない。これからはすべてのプレーを好き嫌いせずありのままに正々堂々と出歯亀ることを誓います‼
「で、どうなんですか」
わたしの望ましくない態度については不問にしてくださるようです。ちょろミュラさん心が広い。いやむしろ心に余裕がなさそう。がんばれ。わたしは少し考えるような素振りをしながら、重々しく口を開きました。
「――はたしてそれをわたしの口からお伝えしてよいものなのか、わたしには判断をつけかねます。それに、レアさんはきっと直接聞いてくれることを喜ぶのではないでしょうか」
ミュラさんが驚愕の表情をします。なんで他人への聞き取り調査で自分のことを把握されるのを喜ぶ人がいると思っているんでしょうかこの人。ちょろい上にコミュ障か。そうなのか。それで王太子書記官は務まるんでしょうか。しっかりしろ。
「――しかし、それではお話するきっかけがつかめないではないですか……」
「え、むしろぜんぜん話したこともない人に、『やあ! 趣味は〇〇なんだってね!』って話しかけるつもりなんですか?」
「なにか問題が?」
「問題しかないですよ????」
「女性の感性は難しいですね……」
「わたしにはミュラさんの思考回路の方が複雑すぎて難しいです」
「不肖ながらルミエラ大学を卒業しました」
「そういうことじゃねえんだよなあ?」
背後が音もなく騒がしいです。衛兵さんがんばれ。わたしは笑うよりもむしろつっこみスピリッツが湧いてきてしまいました。この人どうにかしなきゃ。じゃないとレアさんが挙動不審者に絡まれちゃう。そしてけんもほろろにあしらっちゃう。そうするとちょろミュラさんが打ちひしがれちゃう。……あれべつにそれでもいっか?
とくにミュラさんに義理立てすることはないことに気づきました! でもおもしろいので煽っておこうと思います!
「いいですか、ミュラさん。女性というのは自分の個人情報が勝手に他の人の手に渡ることを好みません。まして、レアさんのような麗しい御婦人ならなおのことです」
丸メガネの中の青い瞳が力を持ちました。多少背筋を伸ばして「伺いましょう」とミュラさんがおっしゃいます。
「そもそもここでこんな風に、レアさんのことでわたしたちが密談していること自体、いいことじゃありません。陰口とどう違うんですか。レアさんにしてみれば、内容関係なく『やだあ、きもちわるーい!』って感じですよ」
すごくショックを受けています。青天が霹靂ったんでしょう。多少メガネが曇った気がします。わたしはかまわずに言葉を続けました。
「――なので、話の種がほしいというのであれば。……もうミュラさんは、レアさんの嗜好をご存じだと思います」
ミュラさんの瞳が揺れます。めっちゃ動揺しています。「そ、それは、どういうことですか」としどろもどろです。
「アシモフたん」
びくっとミュラさんの体が跳ねます。この人本当に機密事項とか扱う秘書官務ま(ry
「レアさんが溺愛している、レアさんのペットです。わたしがいっしょに住むときも、アシモフたん同居が条件でした」
ミュラさんが猫派なのはこの前の反応でよくわかりましたとも。しかしね、レアさんスキスキーでもアシモフたん嫌ーとか、片手落ちもいいところですよ。詰めが甘いどころの話じゃありません。ので、「好きなものがいっしょという共通点があると、自然と会話ってはずみますよね」とダメ押ししつつ、はっきりと言いました。
「飼ってみたらどうですか。犬」
ミュラさんが天を仰ぎました。おもろーい。そしてわたし性格わるーい。びっくりー。でも一番効果的だと思うんだよなあ、本当に。
ミュラさんがなぜあそこまでわんこを怖がったのか理由はわかりません。でもとりあえず同じ空間にいるのはだいじょうぶそうでしたし。そもそもレアさん犬好きなのは本当ですし。レアさんとお近づきになりたいなら避けては通れぬよ、わんこ! がんばれ、ちょろミュラさん!
帰るとき、衛兵さんがめっちゃにこにこしながら見送ってくれました。ねー、たのしかったねー、ミュラさん百面相。
「最近はちょろミュラ観察ですかね」
わたしが即答するとミュラさんが黙りこくりました。週末の王宮の入り口あたりの部屋です。背後から笑いの気配がありました。同席衛兵さんの心をつかめたようです。「――いろいろ言いたいことはありますが、ひとまずあなたのことではなく」とミュラさんがおっしゃいます。
「あの――麗しい御婦人のことです」
「あのうるわしいごふじん」
若干ミュラさんがもじもじしています。無表情を作るのがとてもたいへんでした。唇を引き結んでも口角がどうしても上がります。どうしようおもしろい。ちょろミュラおもしろい。この空間にただふたりだけじゃなくてよかった。
背後の衛兵さん。あなたはこの会話の証言者となるのです。そう、そして生き延びた際にはあまねく全地へと広く宣べ伝えるのです。ともにこの試練の時を乗り越えましょう。『絶対に笑ってはいけないinエリメダ宮』、始まります‼
「レア・バズレールさんという美しいお名前のあの方は、どんなご趣味をお持ちなのか、と」
「なんでそれわたしに聞くんですか」
「この前聞けなかったからに決まっているでしょう」
やっぱり聞こうとしてた‼ ファインプレー出るところだった‼ おっしいいいいいいいいいいいい‼
思わず舌打ちしてしまったわたしを見てミュラさんが眉をひそめます。すみません。わたしとしたことがぬかった。正しい観戦姿勢ではなかった。見守る者としての自覚が足りなくて申し訳ない。これからはすべてのプレーを好き嫌いせずありのままに正々堂々と出歯亀ることを誓います‼
「で、どうなんですか」
わたしの望ましくない態度については不問にしてくださるようです。ちょろミュラさん心が広い。いやむしろ心に余裕がなさそう。がんばれ。わたしは少し考えるような素振りをしながら、重々しく口を開きました。
「――はたしてそれをわたしの口からお伝えしてよいものなのか、わたしには判断をつけかねます。それに、レアさんはきっと直接聞いてくれることを喜ぶのではないでしょうか」
ミュラさんが驚愕の表情をします。なんで他人への聞き取り調査で自分のことを把握されるのを喜ぶ人がいると思っているんでしょうかこの人。ちょろい上にコミュ障か。そうなのか。それで王太子書記官は務まるんでしょうか。しっかりしろ。
「――しかし、それではお話するきっかけがつかめないではないですか……」
「え、むしろぜんぜん話したこともない人に、『やあ! 趣味は〇〇なんだってね!』って話しかけるつもりなんですか?」
「なにか問題が?」
「問題しかないですよ????」
「女性の感性は難しいですね……」
「わたしにはミュラさんの思考回路の方が複雑すぎて難しいです」
「不肖ながらルミエラ大学を卒業しました」
「そういうことじゃねえんだよなあ?」
背後が音もなく騒がしいです。衛兵さんがんばれ。わたしは笑うよりもむしろつっこみスピリッツが湧いてきてしまいました。この人どうにかしなきゃ。じゃないとレアさんが挙動不審者に絡まれちゃう。そしてけんもほろろにあしらっちゃう。そうするとちょろミュラさんが打ちひしがれちゃう。……あれべつにそれでもいっか?
とくにミュラさんに義理立てすることはないことに気づきました! でもおもしろいので煽っておこうと思います!
「いいですか、ミュラさん。女性というのは自分の個人情報が勝手に他の人の手に渡ることを好みません。まして、レアさんのような麗しい御婦人ならなおのことです」
丸メガネの中の青い瞳が力を持ちました。多少背筋を伸ばして「伺いましょう」とミュラさんがおっしゃいます。
「そもそもここでこんな風に、レアさんのことでわたしたちが密談していること自体、いいことじゃありません。陰口とどう違うんですか。レアさんにしてみれば、内容関係なく『やだあ、きもちわるーい!』って感じですよ」
すごくショックを受けています。青天が霹靂ったんでしょう。多少メガネが曇った気がします。わたしはかまわずに言葉を続けました。
「――なので、話の種がほしいというのであれば。……もうミュラさんは、レアさんの嗜好をご存じだと思います」
ミュラさんの瞳が揺れます。めっちゃ動揺しています。「そ、それは、どういうことですか」としどろもどろです。
「アシモフたん」
びくっとミュラさんの体が跳ねます。この人本当に機密事項とか扱う秘書官務ま(ry
「レアさんが溺愛している、レアさんのペットです。わたしがいっしょに住むときも、アシモフたん同居が条件でした」
ミュラさんが猫派なのはこの前の反応でよくわかりましたとも。しかしね、レアさんスキスキーでもアシモフたん嫌ーとか、片手落ちもいいところですよ。詰めが甘いどころの話じゃありません。ので、「好きなものがいっしょという共通点があると、自然と会話ってはずみますよね」とダメ押ししつつ、はっきりと言いました。
「飼ってみたらどうですか。犬」
ミュラさんが天を仰ぎました。おもろーい。そしてわたし性格わるーい。びっくりー。でも一番効果的だと思うんだよなあ、本当に。
ミュラさんがなぜあそこまでわんこを怖がったのか理由はわかりません。でもとりあえず同じ空間にいるのはだいじょうぶそうでしたし。そもそもレアさん犬好きなのは本当ですし。レアさんとお近づきになりたいなら避けては通れぬよ、わんこ! がんばれ、ちょろミュラさん!
帰るとき、衛兵さんがめっちゃにこにこしながら見送ってくれました。ねー、たのしかったねー、ミュラさん百面相。
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