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王都ルミエラ編

35話 そのパパとはいったいどなた

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 レアさんについて語っていいですか。いいですよね。語りますね。
 お年はわたしと同じ二十七歳っておっしゃってましたけどたぶん嘘です。隣国のサンカイム公国に十三歳のときに家族で移住して、単身アウスリゼに帰ってきたとおっしゃってますけどそれも嘘です。親が用意してくれた広い家にひとりで住むのは寂しいからルームメイトを募集したってことになってますけどそれも真っ赤な嘘です。彼女はアベルの代わりにわたしへとあてがわれたわたしの監視員で、その任務を遂行するためにわたしと生活をともにしています。わたしは彼女について、なにひとつ本当のことを知らされていません。
 でも彼女が美人なことを知っていますし、お料理が上手なことも数日で理解しましたし、頭の回転がはやくてユーモアがあってものすごく犬好きなことも知っています。それで十分です。
 依然わたしがこのアウスリゼにおいて要注意人物であることは変わりありません。どうせ監視されるならキレイなお姉さんの方がいい。そう思わないか諸君。

 ところで、先日レアさんのことを『ジルの彼女』と表現したんですけど、あれ、公式設定ではないんです。グレⅡクロヴィスシナリオでプレイしたとき、レアさんが自分の上司に並々ならぬ敬意を表明する場面がいくつかあるんですね。そこからの拡大解釈で、上司本人であるジルとくっつけた二次創作が大量に出回ったということで。
 でも当たらずとも遠からずだと思うんだよなあ。いつかそういう恋バナとかできたらいいなあ。わたしにはネタないけどー。

 それに、たぶんわたしにレアさんを推奨してくれたのってやっぱりアベルじゃないかなーってなんとなく思ってるんですよね。たぶんきっと。
 今がグレⅡのシナリオの真っ只中だとするなら、レアさんてマディア公爵領に居るはずなんです。リシャールの政敵クラヴィスを堕とすために。そんな大切なお仕事ほっぽってわたしに着くとか、アベルあたりが口八丁手八丁やったとしか思えません。レアさんも、上長の指令は絶対の人ですし。

「ソノコ、仕事するの?」

 アシモフたんをブラッシングしていたら、ソファに寝そべっていたレアさんが尋ねてきました。基本彼女はいつもぐでーっとしています。そんな姿でも美人なんだからすてき。「はい、来週単発で行ってきますよー」と言うと、「えー、あたしとごろごろしてようよー」と言われました。彼女はいいとこのお嬢様なので働かなくていい設定です。はい。

「そうも言ってられませんてー。貯蓄だっていつまであるかわかりませんし。はやくお家賃払いたいですし」
「いらないって言ったじゃーん」
「そこはそれ、けじめとして」

 レアさん、家賃とらないとか言ってるんですよ。でもねえ、さすがに。少しの不便さを忍べば群馬の部屋よりいい物件に住まわせていただいて(アシモフたんが走り回れるお庭つき一戸建て)、なにもお支払いしないっていうのもねえ……まして、わたし一応レアさんの正体知らないことになっていますし。

「じゃあ、あたしもいっしょに行く」
「それは大騒ぎになるからやめましょう」

 こんな美人が野鳥の会ごっこしてたら野鳥志望者が群れをなしてしまう。大惨事。
 
 ということで、お仕事当日です! カチカチは男女に分かれていない、片手に持ってカチカチできるやつです! この、親指でカシャってなる感じ、最高にカチカチ上級者っぽい! そして今回は数え方が違います。男女に分けないだけではなく、五人で一回のカウントをするのです。数人で手分けしてカウントして、合計して平均値を出すんだそうです。
 制服に制帽。ついでにわたしはマスクもしています。「その方がいい」と今回の現場責任者さんもおっしゃいました。
 わたしの事情というか、事件のことは交通局内では共有されているみたいです。それで特別な会議みたいのがあって、どんな状況にも対処できるように今後は必ず二人で現場へ入ることになったそうです。申し訳ない気持ちでいっぱいですが、防犯のためならたしかにその方がいいのかもしれません。

 催事の参加者人数の計測なわけですが、なんのイベントかというと野球っぽいスポーツの国際試合です。ファピーというそうです。かわいい。ルールを教えてもらったんですが野球っぽいことしかわかりませんでした。ホームであるアウスリゼで強豪国との対戦が見られるとあって、老いも若きもわくわくとした表情で人波に乗っています。
 交通整理の係の方たちがたくさんいて、計測係は全員で十二人。三人ずつ四箇所の入り口に分かれて計測します。で、その三人でチームになって同じ区域をカチカチするのですが、プール監視員さんが座ってる椅子ありますよね。あの高いやつ。あれに座ってやるわけですよ。微妙におっかないです。なんか倒れたらどうしようって。考えてもしかたがないんで座りますけども。
 それにしても、慣れるとこれいいですね。こちらからは全体を見渡すことができるけれど、みなさんは頭上のわたしのことなんか気にもしません。ずっとドキドキしていたんですけど、死角がないので物陰に潜んでこちらを見ているとかはありえな……くなかったです。レアさんが交通整理班の簡易テントの陰からこちらをじーっと見ていました。じーっと。変装のつもりでしょうか、サングラスをかけています。脱力してカチカチを取り落としそうになりました。おかげさまで肩の力も抜けました。

 時間としては二時間ちょっとのお仕事でした。チーム三人が出した数字の平均を出します。はい。わたしたちが担当した南側ゲートは、7682人でした。単純計算で四倍としても、すごい人数ですね。ところで三人の数字がほとんど同じと言っていいくらいそろっていて(誤差プラマイ6くらい)、三人でハイタッチしました。すごーい、うれしー。
 途中でカチカチを左手に持ち替えてやっていたんですけど、慣れないからか右手の親指の付け根が痛いです。腱鞘炎じゃなきゃいいなあ。

 解散になって、ごはん食べに行こーと二人に誘われたのですが、友人が迎えに来ているのでー、とお断りしました。せっかくですけれど。テントの陰にいる長身美女の背中に声をかけると、びくっとして固まりました。

「……バレてた?」
「バレバレですね」

 どこかでごはんでも食べます? と尋ねたら、ドヤ顔で目の前に二枚のチケットを出されました。

「特等席、パパにお願いしちゃった♪」
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