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王都ルミエラ編
24話 ぎゃあああああああああああ
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「やあ、大人の淑女だ。では、少し、どうだい?」
「せっかくですが、昼に飲むと悪酔いしてしまう体質なのです。お酒以外をいただけるとうれしいのですが……」
「そうか、それではしかたがない。果実水にするかい?」
つっめたーいオレンジジュースをいただきました。うめぇ。最高にうめぇ。そういえばこちらに来てから、フルーツなんて口にしていませんね。八百屋さんとかあるかな、探してみよう。
「交通局ではどんな仕事をしているの?」
「交通量調査です」
「え?」
「交通量調査」
口に運んだグラスをそのままに、シリルさんが固まります。いいじゃんカチカチ。たのしいぞカチカチ。「それだけかい?」と尋ねられたので、「はい、そうです」と答えました。手取りはどのくらいかも聞かれたのでお伝えしたところ、シリルさんは難しそうな顔をされます。
「それだと、生活がたいへんだろう。転職する気持ちはないの?」
「そうですねえ……」
正直、ない。カチカチ、楽なんですよ。あと、わりと人の流れ見てるのたのしい。たしかに家賃の件はありますけど、引っ越しさえできれば、細々と食べて行けますし。というようなことをお伝えしました。あと外国人だから選択幅がないというようなことも。それについてはシリルさん、ちょっと思うところがあったみたいで真剣な表情になりました。
「そうか。なにか必要があれば助けになれるかと思ったんだが。外国人就労者の置かれている状況についても、懸念はしている。うちでも枠を広げようかとは考えていたんだ」
ランチが運ばれてきました。ワンプレート、助かるー。ごはん食べるときのお作法とかわからないので。赤魚を蒸した感じの主菜。それにパスタっぽいのとかポテサラっぽいのとか。
「やみくもに、外国の人々に手を差し伸べるのが絶対的な善だとは思いません。アウスリゼ、とてもいい国なので、問題を自ら抱え込むこともないと思います」
「興味深いね、つづけて」
頭にあったのは難民問題とか。軒を貸して母屋を取られる悲惨な話はいくらでも聞いたし。アウスリゼの状況は、健全だと思う。わたしみたいに身分証のひとつもない怪しい人間は、ある程度ちゃんと区別されているというか。それでも生活できないわけではないから、社会から排除されているわけではない。それはとてもいいバランスだと思うし、まずは自国民の必要を賄うのが最優先だと思う。
「わたしを最初に助けてくれたのは、十二歳の勤労少年でした。いつか学校に行くのが夢で、お役人になりたいんだって言ってました。八歳の妹ちゃんも、お家のために働いています。服を作る人になりたいそうです」
わたしにできることはなにもないけれど。この人は世の中を動かせる人だから。
ちょっとだけ言いたかった。トビくんたちのこと。
赤魚おいしい。
「――でも、普通の子どもたちは同じ時間に学校へ行って、遊んで、お母さんが作ったごはんを食べて眠りにつきます。そうじゃない子たちがいます。まずは自国のそういう子たちが、わずらうことなく自分の夢を叶えられるようになってから、外国人の環境に手を伸ばしても遅くないと思います」
えっらそーに言っちゃった! そもそも、アウスリゼって外国人っぽい人で、ここに住んでそうな方お見かけしたことないんだよなー、などと。わたしがまだ仕事で行ったアルシェ通りしか見てないからかもしれないけれども。
マイノリティの必要を満たすのもそりゃあ立派ですよ。でも、だからってトビくんたちみたいな福祉を必要としている人たちを見過ごしてほしくないなあ、と。
たぶん、トビくんたちは、職があるだけまだいい方。わたしには見えていないことが、きっとまだたくさんある。
「君は不思議な人だね、ソノコ。外国人居住者としてアウスリゼにいるなら、普通は自分の環境が改善されることを真っ先に考えそうなものなのに。それよりも、本当にアウスリゼの『最善』を考えているようだ」
長い吐息の後に、シリルさんがおっしゃいました。やだてれる。そりゃあ、グレⅡはアウスリゼをいかに良い国にするかが焦点のゲームですからね! アウスリゼのこと妄想する歴は十四年ですよ。任せてください。
「えーっと、恐縮です。そんなに深く考えてません」
「学ばされた気分だよ。君に会えたことを感謝する」
連絡先を教えてくれと言われました。ノートの切れ端に住所を書いていいものでしょうか。ボーイさんが筆記具一式をすっと持ってきてくださいました。話聞かれてたんでしょうか。
自宅住所と名前を書いて渡しました。わたしも名刺作りましょうか。いえ、作りませんけど。
そういえば、とシリルさんがにっこり笑いました。
「ノートには、なにを書いたんだい? 見せてくれないかな。気になるんだ」
「えええええっと、難しいです! めちゃくちゃ走り書きで! お恥ずかしい、むりです!」
「いいじゃないか、見せてくれよ。彼も気になるって言ってたんだ。――なあ、オリヴィエ?」
シリルさんが突如、肩越しに後ろへ向かって声をかけました。
「そうですね、ぜひ。私の講演がどのように受け取られたのか、とても興味があります」
パーテーションに手をかけて、姿を表したのは――我が最愛オリヴィエ・ボーヴォワール様でした。
「せっかくですが、昼に飲むと悪酔いしてしまう体質なのです。お酒以外をいただけるとうれしいのですが……」
「そうか、それではしかたがない。果実水にするかい?」
つっめたーいオレンジジュースをいただきました。うめぇ。最高にうめぇ。そういえばこちらに来てから、フルーツなんて口にしていませんね。八百屋さんとかあるかな、探してみよう。
「交通局ではどんな仕事をしているの?」
「交通量調査です」
「え?」
「交通量調査」
口に運んだグラスをそのままに、シリルさんが固まります。いいじゃんカチカチ。たのしいぞカチカチ。「それだけかい?」と尋ねられたので、「はい、そうです」と答えました。手取りはどのくらいかも聞かれたのでお伝えしたところ、シリルさんは難しそうな顔をされます。
「それだと、生活がたいへんだろう。転職する気持ちはないの?」
「そうですねえ……」
正直、ない。カチカチ、楽なんですよ。あと、わりと人の流れ見てるのたのしい。たしかに家賃の件はありますけど、引っ越しさえできれば、細々と食べて行けますし。というようなことをお伝えしました。あと外国人だから選択幅がないというようなことも。それについてはシリルさん、ちょっと思うところがあったみたいで真剣な表情になりました。
「そうか。なにか必要があれば助けになれるかと思ったんだが。外国人就労者の置かれている状況についても、懸念はしている。うちでも枠を広げようかとは考えていたんだ」
ランチが運ばれてきました。ワンプレート、助かるー。ごはん食べるときのお作法とかわからないので。赤魚を蒸した感じの主菜。それにパスタっぽいのとかポテサラっぽいのとか。
「やみくもに、外国の人々に手を差し伸べるのが絶対的な善だとは思いません。アウスリゼ、とてもいい国なので、問題を自ら抱え込むこともないと思います」
「興味深いね、つづけて」
頭にあったのは難民問題とか。軒を貸して母屋を取られる悲惨な話はいくらでも聞いたし。アウスリゼの状況は、健全だと思う。わたしみたいに身分証のひとつもない怪しい人間は、ある程度ちゃんと区別されているというか。それでも生活できないわけではないから、社会から排除されているわけではない。それはとてもいいバランスだと思うし、まずは自国民の必要を賄うのが最優先だと思う。
「わたしを最初に助けてくれたのは、十二歳の勤労少年でした。いつか学校に行くのが夢で、お役人になりたいんだって言ってました。八歳の妹ちゃんも、お家のために働いています。服を作る人になりたいそうです」
わたしにできることはなにもないけれど。この人は世の中を動かせる人だから。
ちょっとだけ言いたかった。トビくんたちのこと。
赤魚おいしい。
「――でも、普通の子どもたちは同じ時間に学校へ行って、遊んで、お母さんが作ったごはんを食べて眠りにつきます。そうじゃない子たちがいます。まずは自国のそういう子たちが、わずらうことなく自分の夢を叶えられるようになってから、外国人の環境に手を伸ばしても遅くないと思います」
えっらそーに言っちゃった! そもそも、アウスリゼって外国人っぽい人で、ここに住んでそうな方お見かけしたことないんだよなー、などと。わたしがまだ仕事で行ったアルシェ通りしか見てないからかもしれないけれども。
マイノリティの必要を満たすのもそりゃあ立派ですよ。でも、だからってトビくんたちみたいな福祉を必要としている人たちを見過ごしてほしくないなあ、と。
たぶん、トビくんたちは、職があるだけまだいい方。わたしには見えていないことが、きっとまだたくさんある。
「君は不思議な人だね、ソノコ。外国人居住者としてアウスリゼにいるなら、普通は自分の環境が改善されることを真っ先に考えそうなものなのに。それよりも、本当にアウスリゼの『最善』を考えているようだ」
長い吐息の後に、シリルさんがおっしゃいました。やだてれる。そりゃあ、グレⅡはアウスリゼをいかに良い国にするかが焦点のゲームですからね! アウスリゼのこと妄想する歴は十四年ですよ。任せてください。
「えーっと、恐縮です。そんなに深く考えてません」
「学ばされた気分だよ。君に会えたことを感謝する」
連絡先を教えてくれと言われました。ノートの切れ端に住所を書いていいものでしょうか。ボーイさんが筆記具一式をすっと持ってきてくださいました。話聞かれてたんでしょうか。
自宅住所と名前を書いて渡しました。わたしも名刺作りましょうか。いえ、作りませんけど。
そういえば、とシリルさんがにっこり笑いました。
「ノートには、なにを書いたんだい? 見せてくれないかな。気になるんだ」
「えええええっと、難しいです! めちゃくちゃ走り書きで! お恥ずかしい、むりです!」
「いいじゃないか、見せてくれよ。彼も気になるって言ってたんだ。――なあ、オリヴィエ?」
シリルさんが突如、肩越しに後ろへ向かって声をかけました。
「そうですね、ぜひ。私の講演がどのように受け取られたのか、とても興味があります」
パーテーションに手をかけて、姿を表したのは――我が最愛オリヴィエ・ボーヴォワール様でした。
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