494 / 566
第二部
その492 夜十時
しおりを挟む
怪しいBGMを心の中で流し、法王国の象徴――ホーリーキャッスルの天井を這う存在。それは、昨今闇ギルドを騒がせている男に他ならなかった。
などと、自分でナレーションを吹き込みたくなるような孤独感。
夜中とは言えまだ夜十時。
当然、法王国には優秀な騎士や聖騎士もいる。
警備の巡回や、まだ仕事で残っている官吏等もいる。
法王クルスには許可こそとっているが、こんな時間に一国の元首が他国の城を自由に歩ける訳がない。
という訳で、俺はシギュンの部屋まで人目を避ける必要があったのだ。
だからといって、何故こんな泥棒みたいな真似をしなければならないのか。……そういえば、月に十回はホーリーキャッスルに忍び込んでいるどこかの元首もいたな。そう、何を隠そう俺である。
「えーっと、聖騎士団は中央棟から離れてるんだったよな……」
天井を這い、壁を抜け、空を飛び、この調子で街が飛んだら雲を突き抜けて星になってしまうのではなかろうか。と、ふんふんと鼻歌を歌っていると、眼下にとんでもないモノが見えた。
「……ナニアレ?」
天井から呟くように言った俺は、目に映ったそのニンゲンをまじまじと見る。
アーダインのような腕、アーダインのような太腿、アーダインのような腰回り、最早アレはアーダインなんじゃないかってくらいの聖騎士が……シギュンの部屋の前に立っていた。
シギュン専属のガーディアンって感じのその佇まいは、俺の頭の中にある聖騎士ファイルを開かせた。
「あれが【聖騎士クイン】か……」
聖騎士団の副団長シギュンの懐刀と称される特殊部隊の隊長。
とは言うものの、扱いは平団員と同じだったはずだ。シギュンを敬愛する余り、近付く事を不敬だと言い昇進を跳ねのけたとか。
剛剣の使い手であり、聖騎士団のトレードマーク――聖騎士の剣を特注品としてオーダーメイドしたあの背中の大剣。あれを小枝のように振るうって話だ。
そして、【刻の番人】の【サブロウ】によれば……あのクインも同じく【刻の番人】の一人という話だ。
表の聖騎士団では平団員と同じだが、裏の闇ギルドではシギュンと同じ位置づけ。まぁ、これはおそらくシギュンが押し通したんだろうけどな。
あの隆起している高密度の筋肉……一体どんな鍛錬を積めばああなるのか。
実力で言えばアーダインやオベイルに迫るだろう。
クインを部屋の外に立たせているという事は……彼女に俺を出迎える指示が出ているはずだ。
……潜入はここまでだな。
そう思い、俺は静かに廊下に降り立った。その小さな着地音を聞き、クインがギロリと俺を見る。俺を出迎えるにしては鬼みたいな形相である。
コツコツと足を鳴らし俺に近付くクイン。彼女は俺を見下ろし言った。
「ミケラルド・オード・ミナジリ様……お待ちしておりました」
何故か彼女は怒りに震えているようだ。そう、俺を見て。
「シギュン様が……シギュン様がお待ちですぅ……」
怒りながら泣いている。鬼の目にも涙……いや、これだけ激しく怒りながら泣いていると、鬼の慟哭というべきか。
ともあれ、鬼面を被ってるかのようなクインは、俺が存在する世界を憎むかのように副団長室へと案内した。
扉にノックをしたクインが「ミケラルド様がご到着です」と言うと、扉の奥から『どうぞ』というシギュンの声が聞こえた。
扉を開けたクインが目を伏せ、俺は彼女を横切って副団長室へと入る。
「ふふ」
シギュンの笑みに迎えられた俺は、「あ、ここでアニメのAパートが終わってCM挟むやつだ」と思いながら、笑顔で応える。
背のクインが恨めしそうな表情で俺を見た後、静かに扉を閉める。
副団長室には俺とシギュンのみ。
以前、特別講師室で俺はルークとしてシギュンと対峙したが、今回は話が別だ。
何故なら俺はミナジリ共和国の元首としてここに呼ばれているからだ。
つまりシギュンは、俺の行動を制限したり命令したり出来ない。
相手の縄張りとは言え、ここは俺のフィールドと言える。
とは言え、気を抜く事は出来ないけどな。
「本日はお招き頂きありがとうございます。シギュン殿」
「ミケラルド様、お待ちしておりました。さぁ、どうぞお掛けになってください」
シギュンに言われ、応接用のソファに腰掛ける俺。
「クルス殿から手紙を貰った時は驚きましたよ」
俺がそう言うと、シギュンはお茶を淹れながらしばらく間をあけてから言った。
「……法王陛下には無理を言いました」
「あのようなお手紙、ご自分の立場が危うくなってしまいますよ」
一応気遣うように言うが、これはあくまでシギュンの本音を聞き出すためである。
「ふふふ、法王陛下ならば笑って許してくださいますよ」
「その発言はいかがなものかと」
「それを言うのであれば、法王陛下とミケラルド様の密会が明るみとなれば、他国から少なからず糾弾されてしまうのではありませんか?」
「……やはり、私をおびき出すための手紙だったと」
「時と場所が違えば、真実だったかもしれませんね」
「それはとても残念です。ところで、クイン殿は何故あんなに怒っていたんですかね?」
「ミケラルド様は、私が特別な感情を向ける方ですから」
「まったく……どんな感情なんですかねぇ……」
「それは勿論――」
彼女の中身を隠すための微笑み。
シギュンの身から溢れるのは、紛れもなく――
「「――憎悪」」
この時この場を以て、俺とシギュンは真っ向から対立したのだった。
などと、自分でナレーションを吹き込みたくなるような孤独感。
夜中とは言えまだ夜十時。
当然、法王国には優秀な騎士や聖騎士もいる。
警備の巡回や、まだ仕事で残っている官吏等もいる。
法王クルスには許可こそとっているが、こんな時間に一国の元首が他国の城を自由に歩ける訳がない。
という訳で、俺はシギュンの部屋まで人目を避ける必要があったのだ。
だからといって、何故こんな泥棒みたいな真似をしなければならないのか。……そういえば、月に十回はホーリーキャッスルに忍び込んでいるどこかの元首もいたな。そう、何を隠そう俺である。
「えーっと、聖騎士団は中央棟から離れてるんだったよな……」
天井を這い、壁を抜け、空を飛び、この調子で街が飛んだら雲を突き抜けて星になってしまうのではなかろうか。と、ふんふんと鼻歌を歌っていると、眼下にとんでもないモノが見えた。
「……ナニアレ?」
天井から呟くように言った俺は、目に映ったそのニンゲンをまじまじと見る。
アーダインのような腕、アーダインのような太腿、アーダインのような腰回り、最早アレはアーダインなんじゃないかってくらいの聖騎士が……シギュンの部屋の前に立っていた。
シギュン専属のガーディアンって感じのその佇まいは、俺の頭の中にある聖騎士ファイルを開かせた。
「あれが【聖騎士クイン】か……」
聖騎士団の副団長シギュンの懐刀と称される特殊部隊の隊長。
とは言うものの、扱いは平団員と同じだったはずだ。シギュンを敬愛する余り、近付く事を不敬だと言い昇進を跳ねのけたとか。
剛剣の使い手であり、聖騎士団のトレードマーク――聖騎士の剣を特注品としてオーダーメイドしたあの背中の大剣。あれを小枝のように振るうって話だ。
そして、【刻の番人】の【サブロウ】によれば……あのクインも同じく【刻の番人】の一人という話だ。
表の聖騎士団では平団員と同じだが、裏の闇ギルドではシギュンと同じ位置づけ。まぁ、これはおそらくシギュンが押し通したんだろうけどな。
あの隆起している高密度の筋肉……一体どんな鍛錬を積めばああなるのか。
実力で言えばアーダインやオベイルに迫るだろう。
クインを部屋の外に立たせているという事は……彼女に俺を出迎える指示が出ているはずだ。
……潜入はここまでだな。
そう思い、俺は静かに廊下に降り立った。その小さな着地音を聞き、クインがギロリと俺を見る。俺を出迎えるにしては鬼みたいな形相である。
コツコツと足を鳴らし俺に近付くクイン。彼女は俺を見下ろし言った。
「ミケラルド・オード・ミナジリ様……お待ちしておりました」
何故か彼女は怒りに震えているようだ。そう、俺を見て。
「シギュン様が……シギュン様がお待ちですぅ……」
怒りながら泣いている。鬼の目にも涙……いや、これだけ激しく怒りながら泣いていると、鬼の慟哭というべきか。
ともあれ、鬼面を被ってるかのようなクインは、俺が存在する世界を憎むかのように副団長室へと案内した。
扉にノックをしたクインが「ミケラルド様がご到着です」と言うと、扉の奥から『どうぞ』というシギュンの声が聞こえた。
扉を開けたクインが目を伏せ、俺は彼女を横切って副団長室へと入る。
「ふふ」
シギュンの笑みに迎えられた俺は、「あ、ここでアニメのAパートが終わってCM挟むやつだ」と思いながら、笑顔で応える。
背のクインが恨めしそうな表情で俺を見た後、静かに扉を閉める。
副団長室には俺とシギュンのみ。
以前、特別講師室で俺はルークとしてシギュンと対峙したが、今回は話が別だ。
何故なら俺はミナジリ共和国の元首としてここに呼ばれているからだ。
つまりシギュンは、俺の行動を制限したり命令したり出来ない。
相手の縄張りとは言え、ここは俺のフィールドと言える。
とは言え、気を抜く事は出来ないけどな。
「本日はお招き頂きありがとうございます。シギュン殿」
「ミケラルド様、お待ちしておりました。さぁ、どうぞお掛けになってください」
シギュンに言われ、応接用のソファに腰掛ける俺。
「クルス殿から手紙を貰った時は驚きましたよ」
俺がそう言うと、シギュンはお茶を淹れながらしばらく間をあけてから言った。
「……法王陛下には無理を言いました」
「あのようなお手紙、ご自分の立場が危うくなってしまいますよ」
一応気遣うように言うが、これはあくまでシギュンの本音を聞き出すためである。
「ふふふ、法王陛下ならば笑って許してくださいますよ」
「その発言はいかがなものかと」
「それを言うのであれば、法王陛下とミケラルド様の密会が明るみとなれば、他国から少なからず糾弾されてしまうのではありませんか?」
「……やはり、私をおびき出すための手紙だったと」
「時と場所が違えば、真実だったかもしれませんね」
「それはとても残念です。ところで、クイン殿は何故あんなに怒っていたんですかね?」
「ミケラルド様は、私が特別な感情を向ける方ですから」
「まったく……どんな感情なんですかねぇ……」
「それは勿論――」
彼女の中身を隠すための微笑み。
シギュンの身から溢れるのは、紛れもなく――
「「――憎悪」」
この時この場を以て、俺とシギュンは真っ向から対立したのだった。
0
お気に入りに追加
447
あなたにおすすめの小説
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
二度目の異世界に来たのは最強の騎士〜吸血鬼の俺はこの世界で眷族(ハーレム)を増やす〜
北条氏成
ファンタジー
一度目の世界を救って、二度目の異世界にやってきた主人公は全能力を引き継いで吸血鬼へと転生した。
この物語は魔王によって人間との混血のハーフと呼ばれる者達が能力を失った世界で、最強種の吸血鬼が眷族を増やす少しエッチな小説です。
※物語上、日常で消費する魔力の補給が必要になる為、『魔力の補給(少しエッチな)』話を挟みます。嫌な方は飛ばしても問題はないかと思いますので更新をお待ち下さい。※
カクヨムで3日で修正という無理難題を突き付けられたので、今後は切り替えてこちらで投稿していきます!カクヨムで読んで頂いてくれていた読者の方々には大変申し訳ありません!!
*毎日投稿実施中!投稿時間は夜11時~12時頃です。*
※本作は眷族の儀式と魔力の補給というストーリー上で不可欠な要素が発生します。性描写が苦手な方は注意(魔力の補給が含まれます)を読まないで下さい。また、ギリギリを攻めている為、BAN対策で必然的に同じ描写が多くなります。描写が単調だよ? 足りないよ?という場合は想像力で補って下さい。できる限り毎日更新する為、話数を切って千文字程度で更新します。※
表紙はAIで作成しました。ヒロインのリアラのイメージです。ちょっと過激な感じなので、運営から言われたら消します!
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話
菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。
そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。
超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。
極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。
生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!?
これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる