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第二部

その492 夜十時

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 怪しいBGMを心の中で流し、法王国の象徴――ホーリーキャッスルの天井を這う、、、、、存在。それは、昨今闇ギルドを騒がせている男に他ならなかった。
 などと、自分でナレーションを吹き込みたくなるような孤独感。
 夜中とは言えまだ夜十時。
 当然、法王国には優秀な騎士や聖騎士もいる。
 警備の巡回や、まだ仕事で残っている官吏等もいる。
 法王クルスには許可こそとっているが、こんな時間に一国の元首が他国の城を自由に歩ける訳がない。
 という訳で、俺はシギュンの部屋まで人目を避ける必要があったのだ。
 だからといって、何故こんな泥棒みたいな真似をしなければならないのか。……そういえば、月に十回はホーリーキャッスルに忍び込んでいるどこかの元首もいたな。そう、何を隠そう俺である。

「えーっと、聖騎士団は中央棟から離れてるんだったよな……」

 天井を這い、壁を抜け、空を飛び、この調子で街が飛んだら雲を突き抜けて星になってしまうのではなかろうか。と、ふんふんと鼻歌を歌っていると、眼下にとんでもないモノが見えた。

「……ナニアレ?」

 天井から呟くように言った俺は、目に映ったそのニンゲンをまじまじと見る。
 アーダインのような腕、アーダインのような太腿ふともも、アーダインのような腰回り、最早もはやアレはアーダインなんじゃないかってくらいの聖騎士が……シギュンの部屋の前に立っていた。
 シギュン専属のガーディアンって感じのその佇まいは、俺の頭の中にある聖騎士ファイルを開かせた。

「あれが【聖騎士クイン、、、】か……」

 聖騎士団の副団長シギュンの懐刀と称される特殊部隊の隊長。
 とは言うものの、扱いは平団員と同じだったはずだ。シギュンを敬愛する余り、近付く事を不敬だと言い昇進を跳ねのけたとか。
 剛剣の使い手であり、聖騎士団のトレードマーク――聖騎士の剣を特注品としてオーダーメイドしたあの背中の大剣。あれを小枝のように振るうって話だ。
 そして、【ときの番人】の【サブロウ】によれば……あのクインも同じく【ときの番人】の一人という話だ。
 表の聖騎士団では平団員と同じだが、裏の闇ギルドではシギュンと同じ位置づけ。まぁ、これはおそらくシギュンが押し通したんだろうけどな。
 あの隆起している高密度の筋肉……一体どんな鍛錬を積めばああなるのか。
 実力で言えばアーダインやオベイルに迫るだろう。
 クインを部屋の外に立たせているという事は……彼女に俺を出迎える指示が出ているはずだ。
 ……潜入はここまでだな。
 そう思い、俺は静かに廊下に降り立った。その小さな着地音を聞き、クインがギロリと俺を見る。俺を出迎えるにしては鬼みたいな形相である。
 コツコツと足を鳴らし俺に近付くクイン。彼女は俺を見下ろし言った。

「ミケラルド・オード・ミナジリ様……お待ちしておりました」

 何故か彼女は怒りに震えているようだ。そう、俺を見て。

「シギュン様が……シギュン様がお待ちですぅ……」

 怒りながら泣いている。鬼の目にも涙……いや、これだけ激しく怒りながら泣いていると、鬼の慟哭どうこくというべきか。
 ともあれ、鬼面を被ってるかのようなクインは、俺が存在する世界を憎むかのように副団長室へと案内した。
 扉にノックをしたクインが「ミケラルド様がご到着です」と言うと、扉の奥から『どうぞ』というシギュンの声が聞こえた。
 扉を開けたクインが目を伏せ、俺は彼女を横切って副団長室へと入る。

「ふふ」

 シギュンの笑みに迎えられた俺は、「あ、ここでアニメのAパートが終わってCM挟むやつだ」と思いながら、笑顔で応える。
 背のクインが恨めしそうな表情で俺を見た後、静かに扉を閉める。
 副団長室には俺とシギュンのみ。
 以前、特別講師室で俺はルークとしてシギュンと対峙したが、今回は話が別だ。
 何故なら俺はミナジリ共和国の元首としてここに呼ばれているからだ。
 つまりシギュンは、俺の行動を制限したり命令したり出来ない。
 相手の縄張りとは言え、ここは俺のフィールドと言える。
 とは言え、気を抜く事は出来ないけどな。

「本日はお招き頂きありがとうございます。シギュン殿」
「ミケラルド様、お待ちしておりました。さぁ、どうぞお掛けになってください」

 シギュンに言われ、応接用のソファに腰掛ける俺。

「クルス殿から手紙を貰った時は驚きましたよ」

 俺がそう言うと、シギュンはお茶をれながらしばらく間をあけてから言った。

「……法王陛下には無理を言いました」
「あのようなお手紙、ご自分の立場が危うくなってしまいますよ」

 一応気遣うように言うが、これはあくまでシギュンの本音を聞き出すためである。

「ふふふ、法王陛下ならば笑って許してくださいますよ」
「その発言はいかがなものかと」
「それを言うのであれば、法王陛下とミケラルド様の密会が明るみとなれば、他国から少なからず糾弾されてしまうのではありませんか?」
「……やはり、私をおびき出すための手紙だったと」
「時と場所が違えば、真実だったかもしれませんね」
「それはとても残念です。ところで、クイン殿は何故あんなに怒っていたんですかね?」
「ミケラルド様は、私が特別な感情を向ける方ですから」
「まったく……どんな感情なんですかねぇ……」
「それは勿論――」

 彼女の中身を隠すための微笑み。
 シギュンの身から溢れるのは、紛れもなく――

「「――憎悪」」

 この時この場をもって、俺とシギュンは真っ向から対立したのだった。
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