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第二部

その480 エレノア

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『報告を……』

 円卓の間は相変わらず無人で、ギルド水晶が一つあるだけだった。水晶越しにいる相手は勿論、闇ギルドのトップ――【エレノア】。
 失われし位階ロストナンバーがいないだけ信用されたって事なのだろうか。

「パーシバル殿と連携を取り、ディノ大森林にて木龍グランドホルツの痕跡を発見。監視をパーシバル殿に任せ取り急ぎ報告を」
『結構です。そうそう、デューク殿には別件をお任せしたいのです』
「は? 先日この任を承ったばかりですが……?」

 任務完了すらしていないのに、別件とは火急の任務だろうか?

『聖騎士学校の特別講師として魔皇ヒルダが法王国に入った事は知っていますね?』
「えぇ、この後人相を見て来ようと思っていたところです」

 面識が無い事をしっかりアピール。
 しかし新たな任務にヒルダが関わっているとなると、ちょっと困るな。
 こちらとしては、彼女に危害を加えるような任務は御免被りたい。

『素晴らしい心構えです。しかし、それでは【メディック】殿の任務に干渉してしまいます』
「【メディック】……もしかして【ときの番人】の?」
『そうです。彼は今、魔皇ヒルダを監視しています』

 そういえばサブロウがそんな事を言ってたな。
 なるほど、他の【ときの番人】に近付く事になるからやめた方がいいのか。
 まぁ、そもそも言葉だけでヒルダに近付くつもりはなかったけどな。
 彼……か。メディックは男って事だな。

「ふむ、では何故ヒルダの名が?」
『その【メディック】から連絡が入ったのです。魔皇ヒルダが厄介な者と接触したと』
「厄介な者……?」

 魔皇ヒルダと接触した何者かに、俺が付くって事だろうか。
 だとしたら難しい任務になりそうだな。さっさと闇ギルドを滅ぼしたい気分だ。

『急ぎミナジリ共和国へ向かってください』
「……は?」
『魔皇ヒルダが、あの【ミケラルド・オード・ミナジリ】と接触しました』

 どこかで聞いた名だ。
 念のため確認してみよう。

「ミケラルド? あのミナジリ共和国の元首ですか?」
『その通りです』

 知ってる名前だった。こう……なんだろう、その身に刻まれてる感じの名前である。

『今や我が闇ギルドが狙う最重要人物と言っても過言ではありません』

 俺も出世したものだ。

「しかし、最重要人物なのであれば、既に監視が付いているのでは?」
『ミナジリ共和国にはデューク殿と同じ【ときの番人】である【カンザス】殿が潜伏しています。彼と連携を取り、ミケラルドの情報を集めてください』

 何それ、すっごい面倒臭い。

「……パーシバル殿には?」
『既に連絡の手筈てはずは整えました』

 これ以上は機嫌を損ねるな。

「かしこまりました。【カンザス】殿とはどのように?」
『……扉の外へ』

 一瞬、エレノアが何を言っているのかわからなかった。
 しかし、それ以降ギルド水晶の発光は消えてしまったのだ。それはつまり、彼女の言葉通りに動くしかないという事。
 俺は、エレノアの言葉のままに、円卓の間の扉の外に出た。すると、いつもいた屈強な男二人がいなくなっていた。
 俺はしんとした通路に立っていると、奥の方からコツコツと靴の鳴る音が聞こえた。
 近い……ここまで俺に接近を気付かせないとはどんなカラクリだ?
 靴音はこちらに聞こえるように、わざと鳴らしているように思える。
 匂いもそうだ。これだけ警戒している俺の能力をかいくぐってここまで?
 やがて見えて来た……どす黒い血のようなローブを羽織った、一人の女。

「……エレノア殿で?」
「任を終えたとは言い難いですが、こちらの都合で別の任務を与える事になってしまいました。これくらいは当然です」
「改めまして、デューク・スイカ・ウォーカーです」
「ふふふ、エレノアです」

 言いながらフードを外し、顔を覗かせた女に抱いた最初の印象は……魔女そのものだった。
 童話、寓話、逸話、幾千幾万の物語に登場する魔女という姿を集約したような美と妖とを併せ持つ若き魔女。燃えるような紅い髪と、深紫こきむらさきの瞳。死人のように青白く、しかし艶のある肌。血でべにを引いたかのような真っ赤な唇。
 瞳には何とも言えない禍々しい魔力が宿り、俺を捉えて離さない。
 いや、俺が視線を外せないのだ。エレノアが持つ空気感は人間のソレとは大きくかけ離れているようだった。
 美女。そう一括りにするのは簡単だ。シギュンもそうだが、彼女はまだ人間味がある。
 しかしエレノアは違う。これは人間や魔族などという生易しい表現では括れない――正に【魔物】。警戒を解いた瞬間、その口で一呑みされそうな……そんな印象を俺は抱いた。

「これを」

 本日二枚目のお手紙。
 それを受け取ると同時、エレノアは俺の手に自らの手を重ねた。
 氷の如く冷たい手。

「【カンザス】殿によろしくお伝えください」

 ずいと迫る顔。ここで女を使うか。
 シギュン同様……いや、奇襲力で言えばエレノアのが上手い。
 何とも抜け目のない女だ。

「…………かしこまりました」

 くすりと笑ったエレノアは流し目に俺を見つつ、またフードを被った。
 妖しい雰囲気を背にまで見せ、元来た通路を歩き……消えていった。
 エレノアの気配が消えるまで、俺はずっとその背を追っていた。
 目を奪われたからじゃない。警戒のためだ。何故なら――

「――こ、こえぇー」

 物凄く怖かったから。
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