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第一部

その349 名所巡り

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「屋敷を出た時に思い出したのだ。スパニッシュばかりに意識を向け過ぎた。面目ない」

 謝罪するリィたんを怒る者などいる訳がない。

「とりあえずその点に関してはヒミコに調べてもらってる。だけど、それ以上ヒミコを魔界に置くのも危ないから、それを最後に戻ってきてもらうつもり」

 ヒミコはシェルフを襲撃した実働部隊の主犯。
 魔族四天王の不死王リッチのNO2だったので魔界の動きを監視してもらっていたが、用心深かったリッチは結局行動を起こさなかった。シェルフとリーガル国が同盟を結んだ情報が出回り、リッチのそばにいられなくなったヒミコはその後、魔界の観測者となった。
 だが、それも潮時。こちらの戦力を整える必要もあり、そうそうに引き上げてもらうつもりだ。
 会議はそのまま終わりを迎え、解散と共に俺は勇者エメリーを引き留める。

「エメリーさんはここ」
「え? あ、はい」

 皆が出て行く中、エメリーは緊張しながら俺の隣に座っていた。
 そして、会議室がしんと静まり二人だけになった頃、エメリーは言った。

「あのミケラルドさん……」

 話があったのは俺の方だったが、先に口を開いたのはエメリーだった。

「何です?」
「す、すみませんでした!」

 え、何の謝罪?

「…………じゃあ、こっちもごめんなさい」
「それは……何についてでしょう?」
「それはこちらの台詞ですけど?」
「戦争で、負けてしまいました……」

 あぁ、その事か。

「何言ってるんですか。リプトゥア国の死者は十四人。なのにミナジリ共和国の勝利。つまりこれは、大勝利ですよ」
「そうじゃなくて……」
「サブロウ相手に生き残ってるんですから大金星ですよ」
「でもそれも……相手が殺さなかっただけで」

 なるほど、自分の非を認めて欲しい訳か。

「え、何ですか? 私にエメリーさんの粗探しを求めてるんですか? だったら私も戦争になって申し訳ないと謝罪すればいいんですか?」

 だがしかし、十五歳の少女の我儘わがままに振り回されてしまうミケラルド君ではない。

「そ、そういう訳じゃ……」
「じゃあその謝罪は無用ですよ。誰にだって出来ない事はあるし、不可能な事を私が求めている訳でもありません」
「でも私……今こんなだし」

 確かに、とても落ち込んでいらっしゃる。
 ふむ、あらかじめリサーチしておいて正解だったな。
 俺は当初の目的のためエメリーに言った。

「それじゃあちょっとお散歩でもしますか」
「へ?」

 ◇◆◇ ◆◇◆

 俺はエメリーに【歪曲の変化】を使い、俺は普段の成人ミケラルドを、更に老けさせてイケオジミックへと【チェンジ】していた。
 二人が変身しなくてはいけない場所。それすなわち外国である。

「あの、どうしてリーガル、、、、国に?」

 そう、エメリーとやって来たのは首都リーガル。

「まぁまぁ。少し歩きましょう」

 困惑するエメリーをよそに、俺は歩を進める。
 しばらく歩き、やって来たのは大きな水路の上にある橋だった。
 中々見晴らしがよく。人通りも少ない。そんな穴場スポットにエメリーが微笑む。

「こんなところがあるんですね、何回かリーガルには遊びに来てたんですけど、気付きませんでした」
「えぇ、ここは穴場中の穴場ですからね」
「いいんですか、そんなところを教えてもらって」

 少し恥ずかしがるエメリーだったが、

「夜になると人通りはほぼぜろです。なので、昨年の自殺者トップ5に入水自殺の名所です」
「え?」

 とてもわかりやすい反応である。

「この森は余り人の手も入っておらず、毎年必ず自殺者が出るマル秘スポットです」
「あの、ミケラルドさん?」

 ミケラルドの旅は続く。

「そして、この展望台! 高さ三十メートルから地面まで一直線! 飛び降りれば気を失い、地面へ着く前に天界へご招待! 圧倒的自殺者数を誇る文字通り最高の場所です!」
「ミケラルドさん!?」

 やはりエメリーらしい。
 聖女アリスが相手だったら、初手で殴られている。
 ナタリーが相手だったら、外出前につねって目的を求められている。
 俺は展望台の手すりに寄りかかりながらエメリーに言った。

「私が何故ここにエメリーさんを連れて来たかわかりますか?」
「私の抱える恐怖と……何か関係があるんでしょうか?」
「それもありますけど、一番はエメリーさんに理解してほしいんですよ」
「理解?」

 小首を傾げるエメリー。

「自分がどれだけ高望みをしているか、です」
「え、そんなにしてますか……?」
「人はね、エメリーさん。簡単に死んでしまうんですよ」

 エメリーからの反応は、何も返ってこなかった。
 ただ拳を強く握り、先日の戦争を思い出しているのだろう。

「私としては無血で事を済ませたかった。ですがそれは叶わなかった。戦争が起きたのに五万一千の内、死者は十四人。世界は手放しで私を称賛するでしょう。でもね、確かにそこに十四の命があったんですよ。十四の家族があったんですよ。私はその十四の家族から生涯を通して恨まれるんでしょうね」
「それは……!」

 反論しようにも、エメリーは何も言えなかった。

「この国。リーガル国の統治は決して悪くない。法王国と比べても何ら遜色ない素晴らしい国です。ブライアン殿はとてもよくやっている。だけど人は、藻掻もがき苦しんで、心はどんどんすり減ってしまいます。その心を癒す事は出来ない。治す事は出来ないんですよ」
「そ、それじゃあどうしたら……」
「私がエメリーさんに高望みだと言ったのは、兵器と呼ばれたエメリーさんが、自らそちらに歩み寄っていると感じたからです」
「っ!」
「たとえエメリーさんがここから飛び降りたとしても、死ねないんですよ。勇者ですからね、事実そういう身体になっている。でもね、心までそうはならないんですよ。貴方は人間だから」
「……っ……っ」

 嗚咽を堪える小さな喉と鼻の音。
 震える肩を支えてやれたらどんなに楽だろう。
 だがそれは許されない。彼女はその双肩に世界をのせるべき人物だ。
 甘やかす訳にはいかないのだ。

「強くあらねばならない。強く生きなければならない。そういった無意識が、自然に貴方自身を苦しめている。先の謝罪……私はそう感じました。弱くてもいいんです。強くなくてもいいんです。大丈夫、もし心が折れて死にたくなったら私が殺してあげますよ」

 これが、精一杯。

「だから、今のエメリーさんのままで、等身大のエメリーさんで、しっかり今の問題と向き合えばいいだけです」
「……あり……ありがとう……ありがとうございます……っ!」

 俺はエメリーに手を差し伸べ言った。

「背伸びをする前に、踏み台を探すのもいいんじゃないですか?」

 きゅっと口を結んだエメリーの頬からは大粒の雫が一つ、また一つと流れる。
 エメリーは俺の手を取り、静かに握る。

「神の力ではない。貴方自身のその心は、貴方が育んできたもの。大丈夫、エメリーさんはまだ折れていない。私が保証します」

 俺がトンと胸を叩くと、彼女は涙まみれの顔でくすりと笑った。
 その瞳から流れた涙は、いつの間にか止まっていた。
 そして、しっかりと俺を見据え言った。

「それじゃあ、いつかミケラルドさんが死にたくなった時は……私が殺してあげます」

 先の仕返しか。そうも見えないエメリーのあどけなさは、ある意味最強の武器なのではないだろうか。目を丸くした俺と、繋いだ手を放し、そこに拳を置いたエメリー。
 俺は苦笑し、エメリーと同じくそこに拳を置いた。
 コツンと当てた勇者と魔族の拳。
 この星で初めての出来事だと断言出来る、そんな心と身体の挨拶。

「今回は闇ギルドにしてやられましたが、私をめてもらっちゃ困る。さぁエメリーさん。私を殺す準備、しっかりとしないとですね」
「え? それってどういう……?」
「三日です」
「三日?」
「三日で貴方から恐怖を取り除いてみせます」
「ほ、本当ですかっ!? どうすればいいんですか!?」
「簡単ですよ。恐怖には恐怖です」
「……へ?」

 ひそかに進行中の聖女ゴリラ計画。
 これから滑落するように進むのは、勇者バケモノ計画。
 ふふふふ、彼女たちは強くなるぞ。
 待ってろ、闇ギルド。
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