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第一部

その321 奴隷の王の再来

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 闇奴隷商のコバックに会った夜、俺は首都リプトゥアに身を潜めていた。
 冒険者ギルドに集まる人は多い。おそらく大半がミナジリ共和国への侵攻に参加する者たちだろう。

「おい、聞いたかよ! 出発は明後日だってよ!」
「ミケラルド、ナタリー、ジェイル、リィたんの首をとれば白金貨千枚だってな! 太っ腹過ぎるだろ!」

 凄いな、そこまで情報集めてるのか。
 ミナジリを冠する名前と詳細、壁に張り巡らされた似顔絵。ナタリー、この悪そうなハーフエルフの似顔絵見たら怒るんだろうなぁ。
 ……お土産に一枚ずつ持って帰ろう。

「すみません、指名依頼をしたいのですが」
「え、えっと……この時期にですか?」
「えぇ、お願いします。ラスター、、、、さん」

 冒険者ギルドの受付員はラスターだった。キョトン顔のラスターは、戦時下となるこの時期に依頼してくる客に何を思うのだろう。

「どちらでお会いになりましたか……?」

 顔と声を変えているとはいえ、ラスターは俺の雰囲気を察したのだろうか。

「いえ、そちらに名札が」
「あ、あぁ。そ、そうでしたよね、ははは。それで今回は指名依頼という事ですが、どういったご依頼になりますか?」
「えぇ、最近名を上げて来た【緋焔ひえん】というパーティにとある依頼をしたいのですが」
「緋焔ですか? 確かに彼らなら、今は何の依頼も受けていませんので承る事は可能かと思いますが、相手はランクAのパーティです。報酬次第ではお断りさせて頂く場合もございます。予めご了承――」
「――白金貨で百枚」

 一瞬ラスターは、俺の言葉を理解していないようだった。
 時が止まったかのようなラスターが我を取り戻すと同時、俺は奥へ通される事になった。

「し、失礼しました。奥で詳しいお話を伺いたく存じます」

 さて、これが吉と出るか凶と出るか。
 まぁ限りなく凶だろうけど、やらないよりかはやった方がいいだろう。

 ◇◆◇ ◆◇◆

 夜更け、再びコバックの下を訪れる。
 コバックは深々と頭を下げ俺を出迎えた。

「お待ちしておりました、ミケラルド様」

 その名を拾ったのか、奥で鎖に繋がれていた男は掠れた声で言った。

「おやおや……これはとんだ大物が潜んでいたようですね……」

 かなり弱っているが、理知的な言葉と喋り方。
 それが、の第一印象だった。

「彼が?」

 俺はコバックに聞く。

「えぇ、ご注文頂きました重罪、、奴隷にございます」

 重罪奴隷――通常、リプトゥア国の奴隷市場に並ぶ奴隷たちは、誘拐された者か身売りされた者、または軽犯罪者が主流である。重犯罪者が奴隷市場に並ぶ事はない。そういった重罪人は特殊な感性を持つ大貴族や王族の下で文字通り玩具として扱われるそうだ。
 ストレス発散用のサンドバッグ、ナイフ投げの的、人体実験用のモルモット、または剣闘士にされる等色々である。俺はコバックのコネを使い、そんな重罪奴隷を調達して欲しいと依頼した。
 白い長髪の男は若く、綺麗な灰色の瞳をしていた。顔つきも端正でとても重罪を犯したとは思えなかった。
 俺は腰を落とし、彼に聞いた。

「何をした?」
「……ふふ、そちらの奴隷商に聞かれてはいかがです?」

 弱り切っているが、それをおくびにも出さない。
 目に反抗の色は見られないが、どこか拒絶が見える。これはもしや、この質問がよくなかったのだろうか。
 俺がコバックに顔を向けると、コバックは手元の資料を見ながら言った。

「名は【ロレッソ】。罪名は――殺人」

 重罪奴隷を依頼したのだ、そう返ってくる事は想定内だった。

「……何故殺した?」

 ……そうか、この質問も拒否か。

「ミケラルド様、よろしければ契約の力を?」
「いやいい」

 コバックは奴隷契約の力を行使する事を提案するも、俺はそれを断った。

「殺された相手は?」
「ダリアンという騎士を毒殺したと書かれています」

 聞きながらロレッソを見ていると、ロレッソはそれを嫌悪するかのように目を反らした。……なるほど。

「……まさか、他国に売られるとは思っていませんでした。が、その方がいいのかもしれませんね」
「どういう事だ?」

 聞くも、やはりロレッソから答えは返ってこなかった。

「リプトゥア国の宦官かんがんだったと」

 コバックの言葉に耳を疑う。
 宦官――主に去勢された役人の事を言うが、こちらの世界にもそういう風習があったのか。しかし、という事はこのロレッソという男……。

「国に忠誠を尽くし、国に裏切られたという事か」
「っ!」
「お、やっと目が合ったね」

 ロレッソの目には驚きと疑い。そして何かを訴えるような圧力があった。

「……何故、そうお思いに?」

 しかし、最初に俺に掛けられたのは質問だった。

「毒殺の話が出た時、あなたは目を反らした。真っ直ぐ受け止める訳でも、後悔して俯く訳でもない。自責の念に駆られ顔をそむけるという事はなくはないけど、あなたの瞳には調書に対する嫌悪があった。つまり、それは台本って事だよ」

 俺はコバックの持つ紙を指差して言った。
 すると、ロレッソの目から疑いと訴えが消え、驚きだけが残った。

奴隷の王スレイブキング……あなたがそう呼ばれている理由がわかった気がする」
「参考までにその理由を聞こう」
「奴隷たちを大量に買い込んだから王なのではない。なるほど、貴方は奴隷たちが崇める解放者のようだ」

 そう、俺の狙いは正にそれなのだ。
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