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第一部

その307 アリスのお買い物

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 ◇◆◇ アリスの場合 ◆◇◆

「あ、そうだった! ちょっと見て来ます!」

 私が商品棚に向かうと、そこはまるで理想郷のようだった。周りにいるのは宝石好きの女性たち。

「ミスリルを編み込むなんて今まで見た事がない」
「このペンダント、もしかしてオリハルコン……?」
「だとしたらこんなに安いはずないじゃない」
「でも、法王国の鑑定証がありますわ」
「嘘っ!? ちょっと旦那連れて来るわ!」
「私も!」

 庶民の奥方が手を伸ばせば届く価格帯。
 当然、そこにはお忍びでいらしてる貴族もいる。
 代理で使いを頼まれた者、直接来ている者、子供に選ばせている者。
 路上で配っていたこの紙を見れば、誰だってこの店に来たくなる。
 美しい彫り込みとデザイン。手頃な価格と購買欲をそそらせる店員たち。そう、店員たちには店で売っているアクセサリーを着けさせているのだ。
 そして中央にはどこかで見慣れた……土人形。
 成人女性と十歳くらいの子供の土人形が、仲良さそうに手を繋いでいる。胸元にはネックレス、指には指輪。バランスもちょうどいい。
 髪の毛一本まで再現された頭部には美しい髪飾りも。こんな事が出来る腕の良い技師、、、、、、なんて、私は一人しか知らない。
 ちらり、ほんの少しだけ彼を見てしまった。
 ミケラルドさんは、隣にいる綺麗な女の人と仲良さそうに話していた。
 ……あれは一体誰だろう?
 周りの店員と着ている服が少し違うから……おそらくこの店の代表なのだろう。という事は、彼女がエメラさん……なのだろうか?
 あの人とミケラルドさんが仲良さそうに話しているのを見ると、何故か心がモヤモヤする。
 あの人とミケラルドさんは一体どんな関係なのだろうか。ミケラルドさんはいつも通りニコニコしながら話し、あの人もまたニコニコと話している。
 似た者同士? いえ、それだけじゃない。どう考えても、ミケラルドさんはこの店の経営に関わっている。
 だとしたら二人は共同経営者? でももっと違うような? それだけじゃないような関係が、あの二人の間で見え隠れするのは何故?

「っ!」

 ミケラルドさんと目が合ってしまった。
 どうしよう、ちらちら見てたのを気付かれてしまっただろうか。
 その時私は混乱していたのか、それとも溢れそうな感情を抑えたかったのかはわからない。咄嗟に指で目の下を伸ばして彼に見せたのだ。アッカンベーこんなこと、子供みたい。
 だけど彼の、ミケラルドさんの事だ。きっと同じように返すのだろう。これ以上ない作り笑顔を浮かべながら、同じ事を返してくれるのだろう。
 それで体裁が保てる。私はそう思っていた。
 しかし、彼は違った。
 ミケラルドさんは私に微笑み、小さく手を振ったのだ。
 瞬間、私は顔に強い熱を感じた。
 あんなのミケラルドさんじゃない。
 あんなのずるい。卑怯だ。
 ミケラルドさんのあんな一面、今まで見た事がない。
 そもそも私は何の体裁を保とうとしたの?
 私は何がしたかったの?
 あの人は、エメラさんは、ミケラルドさんの全てを知っているの? 知っていないはずがない。ミケラルドさんが隠すはずがないのだ。知っていて尚、何故あんなに笑っていられるのだろうか。
 私は彼の微笑みに何を返す事もなく、逃げるように背中を向けてしまった。
 そして、楽しみにしていた買い物すらせず、そのままミケラルドさんに背中を向けたままその場を去ってしまったのだ。

 ◇◆◇ ◆◇◆

「経営者の確認……ですか?」
「はい、あのエメラ商会さんの経営者が誰なのか知りたいんですけど、伺う事は出来ますか?」

 私はその足で法王国の商人ギルドへ来ていた。
 私はこう聞いているが、この開示依頼は絶対なのだ。
 依頼があれば開示する必要がある事を商人ギルドが認めている。
 当然それは、商人ギルドを通して連絡をとる必要がある場合もあるからだ。

「エメラ商会なんですから……エメラさんなのではないでしょうか」

 商人ギルドの男受付員は、さも当たり前かのようにそう答えた。

「違うと思うから来たんです。ちゃんと調べてください」

 こればかりは毅然とした対応が必要だ。
 相手はいつも通り、私を子供として認識し、扱い、対応している。これまでは縮こまっていたけど、今の私は違う。
 ちゃんと相手を見て、明確に発言する。それが何より重要だと、ミケラルドさんに教わったから。
 少し困惑した様子の受付員だったが、すんと息を吐いてから『かしこまりました』と言い、立ち上がった。
 きっと彼は私の中に聖女の身分を見た。
 ただの一般人が相手ならば、もう少し面倒だっただろう。だけど、今回ばかりは私も譲れないのだ。
 たった一週間一緒に過ごしただけ。ただ、それだけでもわかる事がある。
 ミケラルドさんは何か隠している。
 一つだけじゃなく、多くの事を。

「お待たせしました。いや、大変失礼いたしました」

 戻って来た受付員は、開口一番に謝罪を述べた。
 ――やっぱり。

「別の方のお名前で登録されてますね。名前はえーっと……――」

 ようやくわかる。あの人の秘密が。

「――カミナさんという女性の方ですね」

 ……大変だ、更に別の女性が増えた。
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