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第一部
その296 存在X
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◇◆◇ アリスの場合 ◆◇◆
「で、どうするんですか?」
ダンジョンに入ってすぐ、ミケラルドさんが言った。
「どうするも何も、まずは進みましょう」
「あぁ、そうじゃなくて私の立ち位置の事です。前に出て戦えばいいのか、アリスさんの後ろに隠れてればいいのか」
後者に関しては、とてもSSの冒険者の言葉とは思えない。
「その顔は……なるほど、後者の方ですね?」
私をずびしと指差し、真顔で言ったミケラルドさんは、ダンジョン内でもふざけるのだ。
「そんな訳ありますか!」
「おっと、ダンジョンでそんなに大きな声を出しちゃいけませんよ」
彼は微笑みながら、その人差し指を口元にもって行った。
これもきっと作り笑顔。そんな背景さえなければとても絵になる人なのだけれど、彼の性格がそれを台無しにしている。
……それでも、騙されそうな人がいるんだろうなと思ってしまうくらいには……絵になる。とても不本意だけど。
「ん? ほら、言わんこっちゃない」
ミケラルドさんはわざとらしく額を押さえながら言った。
彼には何か聞こえるのだろうか。耳を澄ましてみても、私の耳には何の音も聞こえない。それから十数秒程経った頃だろう。
カチカチと音がし始めたのだ。それは、物凄い勢いで迫っている足音のように聞こえた。
「この音は一体……?」
私の問いに、ミケラルドさんが答える。
「情報によると、一階層にはダブルヘッドセンチピードという大型のモンスターが出現するそうです。あ、ランクは当然Sですよ」
「こ、これ間違いなく私たちのところに来てますよねっ!?」
「そりゃ、召喚者という名のアリスさんがいますからね」
「冗談言ってる場合ですか! どうすればいいんですか!?」
「最初にその質問を投げたのは私だった気がしますね」
困った表情をしたミケラルドさんは、やはり、どうしても、どうしようもない程にふざけていた。
直後、正面に見える曲がり角から、二つの頭を持った百足が現れた。あれが、ダブルヘッドセンチピード。
ダブルヘッドセンチピードは壁や天井を地面としながら、渦を巻くようにこちらへ迫って来たのだ。
バッとミケラルドさんを見ると、彼は言ったのだ。
「うーん、本当に隠れててもいいんですか?」
どうやらミケラルドさんは私の回答をずっと待っているかのようだった。
これは、答えない限り動いてくれそうにない……!
「ぜ、全力でサポートをお願いしますっ!!」
私がそう言ってからはすぐだった。
ほんの一瞬。そう、一瞬で私の視界が変わった。
私の後方に設置される絢爛豪華な椅子。クッションがすごく柔らかい。
胸元に留められる真っ白なナプキン。花柄の刺繍がとてもお洒落。
ダンジョンの廊下に敷かれた真っ赤な絨毯。まるで法王国の謁見の間のよう。
正面に出された木製のテーブルには銀の装飾……いえ、これはミスリル!?
ソーサーとカップが置かれ、ティーポッドから紅茶の良い匂い。もしかしてこれはリプトゥア国が誇る最高級ブランド、ティーオブティー!?
そして、お皿の上に置かれた香ばしい匂いの焼き菓子。だめ、涎が止まらない!
「お嬢様、本日は遠くシェルフの国で誕生した焼き菓子――エフロンをお楽しみください。お砂糖はおいくつ?」
「あ、一つで……」
そう、完全に私の視界は変わったのだ。
そこはもうダンジョンなどではなかった。
ここは花園。花なんてないけど、花園と言えた。ミケラルドさんが花と言われれば納得出来るくらいには花園だった。
これは、これは………………一体ナニ?
「ちょっとミケラルドさんっ!? これは一体っ!?」
バッと立ち上がる私に背を向けたミケラルドさんは、笑みを浮かべながら私に言った。
「いかがでしょう、私の全力サポート♪」
時計の秒針のようにカタリと首を傾げ微笑むミケラルドさんは、妖しく怪しかった。
「そ、そんな事より! ダブルヘッドセンチピードはっ!?」
「え? もういませんけど?」
正面に立つミケラルドさんが、横に逸れ、奥の通路を見せてくれた。
絨毯の先で地面に伏すのは、今しがた私の視界を変え、広げてくれたミケラルドさんだった。
「あぁ~、こんなところにも飛んじゃって」
ダブルヘッドセンチピードの飛び散った体液を掃除し始めるミケラルドさん。
未だかつて、ダンジョンの床を這うように掃除する冒険者なんて見た事がなかった。彼は床を雑巾がけしながら、壁に観賞用の像を置き、剣を立てかけ、私の視界を彩った。そう、私の視界には、少なくともミケラルドさんが五人はいた。
「っ! しまった!」
直後、ミケラルドさんが深刻な顔つきで何かに気付いた。
その真に迫る表情は、私の喉を鳴らさせた。
「な、何か……?」
「いえ、私とした事が大きな失念を……」
「一体何を……?」
ふぅと溜め息を吐いたミケラルドさんは、直後手元に大きな魔力を集めた。
何ていう魔力。これは、皇后アイビス様? いえ、法王クルス様を凌ぐかのような膨大かつ繊細な魔力。これは一体……!?
ミケラルドさんが発動した魔法は、至極シンプルなものだった。
土魔法――土塊操作。ダンジョンの壁を作り替えるその魔法は、私の知っている土塊操作ではなかった。
やがて美しく仕上がる扉。扉には控えめにこう書いてあった。
――――『レストルーム』と。
「お嬢様、お花摘みはあちらへ」
品良く頭を下げたミケラルドさん。
あぁ、やっぱりここは花園だったんだなと思った私だが、これだけは言わせて欲しい。
この人、変を通り越しておかしい。
その後私はこの人の事を、心の中で『存在X』と呼ぶようにしたのは、彼には内緒である。
「で、どうするんですか?」
ダンジョンに入ってすぐ、ミケラルドさんが言った。
「どうするも何も、まずは進みましょう」
「あぁ、そうじゃなくて私の立ち位置の事です。前に出て戦えばいいのか、アリスさんの後ろに隠れてればいいのか」
後者に関しては、とてもSSの冒険者の言葉とは思えない。
「その顔は……なるほど、後者の方ですね?」
私をずびしと指差し、真顔で言ったミケラルドさんは、ダンジョン内でもふざけるのだ。
「そんな訳ありますか!」
「おっと、ダンジョンでそんなに大きな声を出しちゃいけませんよ」
彼は微笑みながら、その人差し指を口元にもって行った。
これもきっと作り笑顔。そんな背景さえなければとても絵になる人なのだけれど、彼の性格がそれを台無しにしている。
……それでも、騙されそうな人がいるんだろうなと思ってしまうくらいには……絵になる。とても不本意だけど。
「ん? ほら、言わんこっちゃない」
ミケラルドさんはわざとらしく額を押さえながら言った。
彼には何か聞こえるのだろうか。耳を澄ましてみても、私の耳には何の音も聞こえない。それから十数秒程経った頃だろう。
カチカチと音がし始めたのだ。それは、物凄い勢いで迫っている足音のように聞こえた。
「この音は一体……?」
私の問いに、ミケラルドさんが答える。
「情報によると、一階層にはダブルヘッドセンチピードという大型のモンスターが出現するそうです。あ、ランクは当然Sですよ」
「こ、これ間違いなく私たちのところに来てますよねっ!?」
「そりゃ、召喚者という名のアリスさんがいますからね」
「冗談言ってる場合ですか! どうすればいいんですか!?」
「最初にその質問を投げたのは私だった気がしますね」
困った表情をしたミケラルドさんは、やはり、どうしても、どうしようもない程にふざけていた。
直後、正面に見える曲がり角から、二つの頭を持った百足が現れた。あれが、ダブルヘッドセンチピード。
ダブルヘッドセンチピードは壁や天井を地面としながら、渦を巻くようにこちらへ迫って来たのだ。
バッとミケラルドさんを見ると、彼は言ったのだ。
「うーん、本当に隠れててもいいんですか?」
どうやらミケラルドさんは私の回答をずっと待っているかのようだった。
これは、答えない限り動いてくれそうにない……!
「ぜ、全力でサポートをお願いしますっ!!」
私がそう言ってからはすぐだった。
ほんの一瞬。そう、一瞬で私の視界が変わった。
私の後方に設置される絢爛豪華な椅子。クッションがすごく柔らかい。
胸元に留められる真っ白なナプキン。花柄の刺繍がとてもお洒落。
ダンジョンの廊下に敷かれた真っ赤な絨毯。まるで法王国の謁見の間のよう。
正面に出された木製のテーブルには銀の装飾……いえ、これはミスリル!?
ソーサーとカップが置かれ、ティーポッドから紅茶の良い匂い。もしかしてこれはリプトゥア国が誇る最高級ブランド、ティーオブティー!?
そして、お皿の上に置かれた香ばしい匂いの焼き菓子。だめ、涎が止まらない!
「お嬢様、本日は遠くシェルフの国で誕生した焼き菓子――エフロンをお楽しみください。お砂糖はおいくつ?」
「あ、一つで……」
そう、完全に私の視界は変わったのだ。
そこはもうダンジョンなどではなかった。
ここは花園。花なんてないけど、花園と言えた。ミケラルドさんが花と言われれば納得出来るくらいには花園だった。
これは、これは………………一体ナニ?
「ちょっとミケラルドさんっ!? これは一体っ!?」
バッと立ち上がる私に背を向けたミケラルドさんは、笑みを浮かべながら私に言った。
「いかがでしょう、私の全力サポート♪」
時計の秒針のようにカタリと首を傾げ微笑むミケラルドさんは、妖しく怪しかった。
「そ、そんな事より! ダブルヘッドセンチピードはっ!?」
「え? もういませんけど?」
正面に立つミケラルドさんが、横に逸れ、奥の通路を見せてくれた。
絨毯の先で地面に伏すのは、今しがた私の視界を変え、広げてくれたミケラルドさんだった。
「あぁ~、こんなところにも飛んじゃって」
ダブルヘッドセンチピードの飛び散った体液を掃除し始めるミケラルドさん。
未だかつて、ダンジョンの床を這うように掃除する冒険者なんて見た事がなかった。彼は床を雑巾がけしながら、壁に観賞用の像を置き、剣を立てかけ、私の視界を彩った。そう、私の視界には、少なくともミケラルドさんが五人はいた。
「っ! しまった!」
直後、ミケラルドさんが深刻な顔つきで何かに気付いた。
その真に迫る表情は、私の喉を鳴らさせた。
「な、何か……?」
「いえ、私とした事が大きな失念を……」
「一体何を……?」
ふぅと溜め息を吐いたミケラルドさんは、直後手元に大きな魔力を集めた。
何ていう魔力。これは、皇后アイビス様? いえ、法王クルス様を凌ぐかのような膨大かつ繊細な魔力。これは一体……!?
ミケラルドさんが発動した魔法は、至極シンプルなものだった。
土魔法――土塊操作。ダンジョンの壁を作り替えるその魔法は、私の知っている土塊操作ではなかった。
やがて美しく仕上がる扉。扉には控えめにこう書いてあった。
――――『レストルーム』と。
「お嬢様、お花摘みはあちらへ」
品良く頭を下げたミケラルドさん。
あぁ、やっぱりここは花園だったんだなと思った私だが、これだけは言わせて欲しい。
この人、変を通り越しておかしい。
その後私はこの人の事を、心の中で『存在X』と呼ぶようにしたのは、彼には内緒である。
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