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第一部
その276 ナジリの不在
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「ただいまぁ……」
オベイルとの話が終わり、俺はガンドフのミケラルド商店内からミナジリ共和国へ転移して戻って来た。ほろ酔いと少々の疲れ。その小気味よさを感じながらシュバイツに上着を預ける。
「本日はどのような商談がまとまったのです?」
シュバイツの疑問に疑問を持った俺は、逆にシュバイツに聞いてしまった。
「何故商談だと?」
「私がミケラルド様の綻びそうなお顔を、存じ上げないとでも?」
どうやら頬が緩んでしまっていたらしい。
シュバイツに向きながら頬を揉み解す俺は、本日の経緯を話す。
「剣鬼オベイル殿を完膚なきまでに叩きのめした後、ランクAダンジョンを攻略し、そのオベイル殿と酒を飲みかわしたと」
目頭をつまみながらシュバイツは何やら困ったご様子。
「私の記憶では、確かミケラルド様はガンドフのウェイド王に会いに行かれるご予定だったかと」
「あぁ、それはお昼に済ませておいた。ウェイド王とは今度活版印刷の技術を売る事になると思う」
「なるほど、商談はそちらでしたか」
「いや――」
「――というと?」
「有事の際は、オベイルさんが力を貸してくれるって言ってくれたんだよ。顔がにやけそうだったのは、多分そっちが理由かも……」
「……それはそれは、そのうちこのミナジリ共和国は、ランクS以上の武闘大会でも開けそうですな」
「あ、それいいね。皆喜ぶかも」
「観戦と賭け事は民の娯楽の一つですからな。さて、私はどなたに賭ければよいでしょうか……」
わざとらしく言ってきたシュバイツを背に、俺はただ何気なく言った。
「損はさせないよ」
「それは、リィたん殿を参加させずに……という事でしょうか?」
「いや、リィたん込みで考えてるよ」
「…………確かに、ミケラルド様ならば有り得る話ですな」
くすりと笑ったシュバイツの声を聞き、俺もくすりと笑う。
しかし気になる。この屋敷、いつもより静かじゃないか?
まだそこまで夜も深くないはずなんだが……?
「ナタリーは?」
「リィたん殿とお出かけでございます」
「え、この時間に?」
「一週間程留守にするとの事でございます」
「へ?」
「警護にはジェイル殿が付き添っておられます」
「つまり、俺だけ仲間外れだと?」
「こうは考えられないでしょうか」
「へ?」
「仲間を想っての行動だと」
「そりゃ……ま、ね」
寧ろ、あの三人がそれ以外の行動をとるのか疑わしいくらいだ。
一週間三人が留守なのか。……という事は、多分俺がリプトゥア国と法王国に親書を渡し終える頃だろう。
こちらとしてもちょうどいいのだが、やはり帰る家に誰もいないというのは寂しいものだな。
――――と、思った時期もあったおっさんなのだが、自室の前に立つ二人の女性を見つけるや否や、そんな事は忘れていたのだ。
「シュッツ」
「何でございましょう?」
「あの二人は?」
「ミナジリ邸寝室付きのガーディアンでございます」
「……でもお高いんでしょう?」
誰かが勝手に雇った、そう思いたかった。
だが、そうじゃなかったのだ。
「今回はお二方のご厚意によるものです」
そう言ってシュバイツは一歩引き、静かに頭を下げたまま止まってしまった。
なるほど、ここから先は俺一人か。
この二人を前にすると、身の危険こそ感じないものの、将来に不安を覚えてしまう。
何故なら二人は才能豊かな若者、一人は剣聖、そしてもう一人は勇者なのだから。
「お疲れ様です」
声を掛けると、二人は静かに会釈をした。
「「お疲れ様です、ミケラルド様」」
口調も他人行儀である。
何とも言い難いこの状況だが、シュバイツの話だと、これは彼女たちの厚意なのだ。ありがたく受け取る事にしよう。
「こ、交代で休憩はとるようにね……ははは」
「「ありがとうございます」」
おかしい。
剣聖レミリアと、勇者エメリーだぞ?
あの二人ならば、もう少しこちらの世間話に付き合ってくれるはず。
しかし、それがないって事は何らかの力が働いている可能性がある。
うら若き乙女たちである。欲望がない訳ではない。
そして、今回いないのはナタリー、リィたん、ジェイルだ。
俺は自室に入るなり、天井裏からラジーンを呼んだ。
「お呼びでしょうか、ミケラルド様」
「扉の外のあの二人、何か餌で釣られてない?」
ピタリと止まるラジーン。
「…………サァ、ワタシニハナンノコトカ?」
「出来れば【呪縛】を使いたくないんだけどなぁ……?」
するとラジーンが唇を噛んだ。
「くっ、お許しを……ナタリー様……!」
いつからナタリーの下僕になったんだろう、彼?
申し訳なさそうに顔を歪めながら、ラジーンは教えてくれた。
あの二人と俺以外のミナジリメンバーとで行われた取引の事を。
「なるほど、レミリアはジェイルに剣技を教えてもらえるのか。で、エメリーがナタリーのお食事券と」
「一年分です」
剣聖は剣技に、勇者は食事に釣られたか。
オベイル君、これこそ安直というべきなのではなかろうか?
まぁ、モノで釣られていた方が、こちらとしても安心出来る。
下手な忠誠よりギブアンドテイクな世の中だからな。
そう思いながら寝床につくミケラルド君だった。
オベイルとの話が終わり、俺はガンドフのミケラルド商店内からミナジリ共和国へ転移して戻って来た。ほろ酔いと少々の疲れ。その小気味よさを感じながらシュバイツに上着を預ける。
「本日はどのような商談がまとまったのです?」
シュバイツの疑問に疑問を持った俺は、逆にシュバイツに聞いてしまった。
「何故商談だと?」
「私がミケラルド様の綻びそうなお顔を、存じ上げないとでも?」
どうやら頬が緩んでしまっていたらしい。
シュバイツに向きながら頬を揉み解す俺は、本日の経緯を話す。
「剣鬼オベイル殿を完膚なきまでに叩きのめした後、ランクAダンジョンを攻略し、そのオベイル殿と酒を飲みかわしたと」
目頭をつまみながらシュバイツは何やら困ったご様子。
「私の記憶では、確かミケラルド様はガンドフのウェイド王に会いに行かれるご予定だったかと」
「あぁ、それはお昼に済ませておいた。ウェイド王とは今度活版印刷の技術を売る事になると思う」
「なるほど、商談はそちらでしたか」
「いや――」
「――というと?」
「有事の際は、オベイルさんが力を貸してくれるって言ってくれたんだよ。顔がにやけそうだったのは、多分そっちが理由かも……」
「……それはそれは、そのうちこのミナジリ共和国は、ランクS以上の武闘大会でも開けそうですな」
「あ、それいいね。皆喜ぶかも」
「観戦と賭け事は民の娯楽の一つですからな。さて、私はどなたに賭ければよいでしょうか……」
わざとらしく言ってきたシュバイツを背に、俺はただ何気なく言った。
「損はさせないよ」
「それは、リィたん殿を参加させずに……という事でしょうか?」
「いや、リィたん込みで考えてるよ」
「…………確かに、ミケラルド様ならば有り得る話ですな」
くすりと笑ったシュバイツの声を聞き、俺もくすりと笑う。
しかし気になる。この屋敷、いつもより静かじゃないか?
まだそこまで夜も深くないはずなんだが……?
「ナタリーは?」
「リィたん殿とお出かけでございます」
「え、この時間に?」
「一週間程留守にするとの事でございます」
「へ?」
「警護にはジェイル殿が付き添っておられます」
「つまり、俺だけ仲間外れだと?」
「こうは考えられないでしょうか」
「へ?」
「仲間を想っての行動だと」
「そりゃ……ま、ね」
寧ろ、あの三人がそれ以外の行動をとるのか疑わしいくらいだ。
一週間三人が留守なのか。……という事は、多分俺がリプトゥア国と法王国に親書を渡し終える頃だろう。
こちらとしてもちょうどいいのだが、やはり帰る家に誰もいないというのは寂しいものだな。
――――と、思った時期もあったおっさんなのだが、自室の前に立つ二人の女性を見つけるや否や、そんな事は忘れていたのだ。
「シュッツ」
「何でございましょう?」
「あの二人は?」
「ミナジリ邸寝室付きのガーディアンでございます」
「……でもお高いんでしょう?」
誰かが勝手に雇った、そう思いたかった。
だが、そうじゃなかったのだ。
「今回はお二方のご厚意によるものです」
そう言ってシュバイツは一歩引き、静かに頭を下げたまま止まってしまった。
なるほど、ここから先は俺一人か。
この二人を前にすると、身の危険こそ感じないものの、将来に不安を覚えてしまう。
何故なら二人は才能豊かな若者、一人は剣聖、そしてもう一人は勇者なのだから。
「お疲れ様です」
声を掛けると、二人は静かに会釈をした。
「「お疲れ様です、ミケラルド様」」
口調も他人行儀である。
何とも言い難いこの状況だが、シュバイツの話だと、これは彼女たちの厚意なのだ。ありがたく受け取る事にしよう。
「こ、交代で休憩はとるようにね……ははは」
「「ありがとうございます」」
おかしい。
剣聖レミリアと、勇者エメリーだぞ?
あの二人ならば、もう少しこちらの世間話に付き合ってくれるはず。
しかし、それがないって事は何らかの力が働いている可能性がある。
うら若き乙女たちである。欲望がない訳ではない。
そして、今回いないのはナタリー、リィたん、ジェイルだ。
俺は自室に入るなり、天井裏からラジーンを呼んだ。
「お呼びでしょうか、ミケラルド様」
「扉の外のあの二人、何か餌で釣られてない?」
ピタリと止まるラジーン。
「…………サァ、ワタシニハナンノコトカ?」
「出来れば【呪縛】を使いたくないんだけどなぁ……?」
するとラジーンが唇を噛んだ。
「くっ、お許しを……ナタリー様……!」
いつからナタリーの下僕になったんだろう、彼?
申し訳なさそうに顔を歪めながら、ラジーンは教えてくれた。
あの二人と俺以外のミナジリメンバーとで行われた取引の事を。
「なるほど、レミリアはジェイルに剣技を教えてもらえるのか。で、エメリーがナタリーのお食事券と」
「一年分です」
剣聖は剣技に、勇者は食事に釣られたか。
オベイル君、これこそ安直というべきなのではなかろうか?
まぁ、モノで釣られていた方が、こちらとしても安心出来る。
下手な忠誠よりギブアンドテイクな世の中だからな。
そう思いながら寝床につくミケラルド君だった。
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