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第一部
その255 新店舗
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◇◆◇ バルトの場合 ◆◇◆
馬鹿な?
私たちの動きを読んでいた?
そんなはずがないと言い切れないのは、彼の、ミケラルド様のあの目を見たからだ。自信に満ちた表情と、強い瞳。
それに何だあのチームワークは? 従業員全員が【闇空間】の使い手なのか?
既に商品の陳列が始まり、誰が何をどこに置くのか決まっていたかのようにスピーディーだ。
「オーナー、【冷蔵庫】稼働しまーす」
「ういー、幟出してきまーす」
見れば見る程おかしな光景だ。
一国の元首が店の軒先で幟を出している?
既に元首効果で人だかりすら出来ている……!?
なるほど、これが狙いか。
「なるほど……『ランクS冒険者ミケラルドの店!』ですか」
ドマーク殿もミケラルド様の言い分を理解しているようだ。
一国の元首としてではなく、冒険者として店に立っている。
冒険者は自由という世界の不文律を逆手にとった上手い宣伝方法だ。
そもそもここは彼らの国。非難など受けるはずもないのに、我々の事を配慮した言い分という事か。
これは……、
「負けていられませんな」
隣のドマーク殿は私が思っている事を見透かした訳ではない。彼はただ単純に商売人としてミケラルド殿をライバルとしたのだ。
すると、ミケラルド様はちらりとこちらを見たのだ。そしてくすりと笑い、新たな幟を掲げる。
高々と上がった幟にはこう書いてあった。
――建築業始めました。
瞬間、私とドマーク殿は目を丸くした。
彼は何とも形容しがたい嫌らしい笑みを浮かべ、私たちを見、幟を見、私たちを見、幟を見た。
そして、止めのようにボソりと言い放つのだ。
「格安ですよ~」と。
なるほど、手強い相手である。
ミケラルド様は私たちをライバルと見ていない。
そう、私たちは上質なカモ。金の使い道を知り、弁えている肥えたカモなのだ。
そして、金の使い道を知るからこそわかってしまう。
どう考えたところで、ミケラルド商店で我がバルト商会の店舗を建てた方が安い、と。
私とドマーク殿はワナワナと震えながらも、見合い、悔しそうな瞳をし、そして、観念したかのように大きな溜め息を吐いてから脱力した。
「「ミケラルド様、少しお話が」」
損得勘定が得意な私とドマーク殿である。
こういう結果になったのは必然だろう。当然、ミケラルド様の商才があれば、結果こうなる事を読んでいた。
そう、読んでいたのだろう。
でなければ、あのような下種びた笑みなど浮かべられようはずもない。
「へい、何でしょう? うへへ」
とても一国の元首とは思えない下品な笑みではあるが、不思議と嫌いになれない笑みでもあった。
苦笑した我々をよそに指紋が消えそうな程、手を揉み始めるミケラルド様。彼は本当に元首か? いや、違う。
彼は元首であり、冒険者であり、商人なのだ。そして何より代え難い……ミケラルド様なのだ。
「これは、立国に反対しておくべきでしたかな……」
ドマーク殿が思ってもみない事を言った。
当然、彼も本心からそう言ったのではないだろう。
断言出来る。私がドマーク殿と同じ立場であれば、同じ場所、同じタイミングでそう言っただろうから。
「……かもしれませぬな」
「立国直前から気になってはいたのですが……、」
「はい?」
「どんどん大きくなっていってませんかね?」
それは決して物理的な大きさではないはずだ。
それは人としての大きさであり、ドマーク殿の比喩的な表現の一つに過ぎない。
だが、正にその通りと言わざるを得ない。
先日会った時よりも、確実に大きくなっている。
おかしな話だ。つい先日まで商人の仕事に関して言えば、御しやすい方だと思っていたのに。
しかし気になる。
あの高速揉み手……手と手の間にリンゴのような果実でも挟めば、一瞬ですり下ろされるのではなかろうか?
「うへへへ」
酷い目である。頬まで垂れているのでは?
そんな疑問を頭に浮かべつつ、私とドマーク殿はミケラルド様のお力により、想像通りの店舗を建てる事が出来た。そう、瞬きをするより早く。
◇◆◇ ◆◇◆
といっても、販売するものがないのは事実。
今回の目的は店舗の敷地を確保する事。
店舗まで建てられるとは幸先が良い……と言いたいところだが、それはあの盛況さを前にすると口を閉じる他ない。
私とドマーク殿はミケラルド商店一号店の中を視察してみる事にした。
「……むぅ、やはりありましたな。イグドラシルの葉」
「ミケラルド商店が商人ギルドに持ち込んだ話は噂で耳にしましたが、よもやここまでとは」
「流石にシェルフでは把握出来なかった情報です。う~む、『十枚以上応相談』とありますな」
「これは十枚以上も売る事が出来る事を指しているという事ですな」
「相手はSSSに迫る実力を持ったミケラルド様。ダンジョン産の品で勝負するにはいささか分が悪い」
「生活用品、衣服、調度品あたりを持ち込めば何とか戦いになりますな。そちらは?」
「私どもはシェルフ産の品を扱うだけではなく、食材に力を入れようと思います。商品開発部でアイディア商品を増やすつもりですが……これはあれですな。商品開発部ごとミナジリに引っ越した方が良いような気がします」
「確かに」
ドマーク殿が唸りながら私の話に頷く。
すると、彼の身体の後ろに人影が見えたのだ。
…………随分胡散臭い恰好だ。
適当な黒い布を身体に巻き付け、目元だけは見せている。
そして、私とドマーク殿を手招きしながら言った。
「ハーイ、オキャクサンガター? トッテモトッテモイイショウヒンアルヨー」
鼻だけではない。商人の耳は人一倍良いものだ。
その耳が私に告げている。
……どう聞いてもミケラルド様の声であると。
「オフターリゲンテーイ。スンバラスィーショウヒンショウカイスルヨー」
苦笑を通り越して最早呆れ眼で見た私とドマーク殿。
「コッチ、コッチアルヨー」
このような胡散臭い店長が元首の国。
なるほど、ドマーク殿と違う立場でも言えるかもしれない。
だからこそ私は、敢えて同じ言葉をドマーク殿に言ったのだ。
「これは、立国に反対しておくべきでしたかな……」
一体奥に……何があるというのか。
馬鹿な?
私たちの動きを読んでいた?
そんなはずがないと言い切れないのは、彼の、ミケラルド様のあの目を見たからだ。自信に満ちた表情と、強い瞳。
それに何だあのチームワークは? 従業員全員が【闇空間】の使い手なのか?
既に商品の陳列が始まり、誰が何をどこに置くのか決まっていたかのようにスピーディーだ。
「オーナー、【冷蔵庫】稼働しまーす」
「ういー、幟出してきまーす」
見れば見る程おかしな光景だ。
一国の元首が店の軒先で幟を出している?
既に元首効果で人だかりすら出来ている……!?
なるほど、これが狙いか。
「なるほど……『ランクS冒険者ミケラルドの店!』ですか」
ドマーク殿もミケラルド様の言い分を理解しているようだ。
一国の元首としてではなく、冒険者として店に立っている。
冒険者は自由という世界の不文律を逆手にとった上手い宣伝方法だ。
そもそもここは彼らの国。非難など受けるはずもないのに、我々の事を配慮した言い分という事か。
これは……、
「負けていられませんな」
隣のドマーク殿は私が思っている事を見透かした訳ではない。彼はただ単純に商売人としてミケラルド殿をライバルとしたのだ。
すると、ミケラルド様はちらりとこちらを見たのだ。そしてくすりと笑い、新たな幟を掲げる。
高々と上がった幟にはこう書いてあった。
――建築業始めました。
瞬間、私とドマーク殿は目を丸くした。
彼は何とも形容しがたい嫌らしい笑みを浮かべ、私たちを見、幟を見、私たちを見、幟を見た。
そして、止めのようにボソりと言い放つのだ。
「格安ですよ~」と。
なるほど、手強い相手である。
ミケラルド様は私たちをライバルと見ていない。
そう、私たちは上質なカモ。金の使い道を知り、弁えている肥えたカモなのだ。
そして、金の使い道を知るからこそわかってしまう。
どう考えたところで、ミケラルド商店で我がバルト商会の店舗を建てた方が安い、と。
私とドマーク殿はワナワナと震えながらも、見合い、悔しそうな瞳をし、そして、観念したかのように大きな溜め息を吐いてから脱力した。
「「ミケラルド様、少しお話が」」
損得勘定が得意な私とドマーク殿である。
こういう結果になったのは必然だろう。当然、ミケラルド様の商才があれば、結果こうなる事を読んでいた。
そう、読んでいたのだろう。
でなければ、あのような下種びた笑みなど浮かべられようはずもない。
「へい、何でしょう? うへへ」
とても一国の元首とは思えない下品な笑みではあるが、不思議と嫌いになれない笑みでもあった。
苦笑した我々をよそに指紋が消えそうな程、手を揉み始めるミケラルド様。彼は本当に元首か? いや、違う。
彼は元首であり、冒険者であり、商人なのだ。そして何より代え難い……ミケラルド様なのだ。
「これは、立国に反対しておくべきでしたかな……」
ドマーク殿が思ってもみない事を言った。
当然、彼も本心からそう言ったのではないだろう。
断言出来る。私がドマーク殿と同じ立場であれば、同じ場所、同じタイミングでそう言っただろうから。
「……かもしれませぬな」
「立国直前から気になってはいたのですが……、」
「はい?」
「どんどん大きくなっていってませんかね?」
それは決して物理的な大きさではないはずだ。
それは人としての大きさであり、ドマーク殿の比喩的な表現の一つに過ぎない。
だが、正にその通りと言わざるを得ない。
先日会った時よりも、確実に大きくなっている。
おかしな話だ。つい先日まで商人の仕事に関して言えば、御しやすい方だと思っていたのに。
しかし気になる。
あの高速揉み手……手と手の間にリンゴのような果実でも挟めば、一瞬ですり下ろされるのではなかろうか?
「うへへへ」
酷い目である。頬まで垂れているのでは?
そんな疑問を頭に浮かべつつ、私とドマーク殿はミケラルド様のお力により、想像通りの店舗を建てる事が出来た。そう、瞬きをするより早く。
◇◆◇ ◆◇◆
といっても、販売するものがないのは事実。
今回の目的は店舗の敷地を確保する事。
店舗まで建てられるとは幸先が良い……と言いたいところだが、それはあの盛況さを前にすると口を閉じる他ない。
私とドマーク殿はミケラルド商店一号店の中を視察してみる事にした。
「……むぅ、やはりありましたな。イグドラシルの葉」
「ミケラルド商店が商人ギルドに持ち込んだ話は噂で耳にしましたが、よもやここまでとは」
「流石にシェルフでは把握出来なかった情報です。う~む、『十枚以上応相談』とありますな」
「これは十枚以上も売る事が出来る事を指しているという事ですな」
「相手はSSSに迫る実力を持ったミケラルド様。ダンジョン産の品で勝負するにはいささか分が悪い」
「生活用品、衣服、調度品あたりを持ち込めば何とか戦いになりますな。そちらは?」
「私どもはシェルフ産の品を扱うだけではなく、食材に力を入れようと思います。商品開発部でアイディア商品を増やすつもりですが……これはあれですな。商品開発部ごとミナジリに引っ越した方が良いような気がします」
「確かに」
ドマーク殿が唸りながら私の話に頷く。
すると、彼の身体の後ろに人影が見えたのだ。
…………随分胡散臭い恰好だ。
適当な黒い布を身体に巻き付け、目元だけは見せている。
そして、私とドマーク殿を手招きしながら言った。
「ハーイ、オキャクサンガター? トッテモトッテモイイショウヒンアルヨー」
鼻だけではない。商人の耳は人一倍良いものだ。
その耳が私に告げている。
……どう聞いてもミケラルド様の声であると。
「オフターリゲンテーイ。スンバラスィーショウヒンショウカイスルヨー」
苦笑を通り越して最早呆れ眼で見た私とドマーク殿。
「コッチ、コッチアルヨー」
このような胡散臭い店長が元首の国。
なるほど、ドマーク殿と違う立場でも言えるかもしれない。
だからこそ私は、敢えて同じ言葉をドマーク殿に言ったのだ。
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