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第一部

その238 ギルドの宿

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「ふぅふぅ……くっ! 不覚!」
「はぁはぁはぁ……やった?! え、やったの!?」

 肩で息をするのはジェイル師匠と俺。

「うむ、勝ったのはミックだ」

 リプトゥア国の首都リプトゥア。
 その入口がゴール。そう決めていた俺とジェイルの駆けっこ勝負。
 当然、俺は魔法だろうが特殊能力だろうが全て発動させた。
 互いに己の力の全てを出し切り、勝ったというだけの話。
 だが、たとえ一部分とはいえど、師匠を超えたという事が俺は非常に嬉しかったのだ。

『ナタリーナタリー! 聞いてよ! 駆けっこでジェイルさんに勝ったんだよ!』
『…………で、今何時だと思ってるの?』
『三時くらい!?』
『おやすみ』
「どうしようリィたん!? ナタリーが褒めてくれないよ!?」
「ハーフエルフといえど、休眠する時間は人間と変わらないはずだ。眠いのだろう」
「だよね!」
「だがミック、私は褒めるぞ。よくやった!」

 ポンと肩を叩き、リィたんは俺を誇らしく称えてくれた。

「あ、ありがとう!」

 そして肝心のジェイルは、誰もいない外壁前で壁ドンしながら、どんよりと項垂れながら言った。

「よ、よく……やった……」

 複雑な心境を顔に浮かべながら、ジェイルは俺を見た。
 だが、何を思いついたのか表情が一変し、俺の下までやって来たのだ。

「だが――、」
「へ?」

 ジェイルに足払いをされた俺は、コテンと地面に倒れてしまった。

「ん?」
「まだまだ精進が足りないようだな!」

 ふんすと鼻息を吐いたジェイルは、得意気な顔をして首都リプトゥアに入って行く。
 倒れながらその背中を追った俺と、失笑しそうなリィたん。

「ぷっ」

 そして決壊するリィたん。

「ははははは! 師の威厳というやつだなっ!」

 嬉しそうに顔を綻ばせるリィたんを見上げ、俺は呟くように言った。

「成長してる。うん、成長してるぞ……!」

 着実な進歩を確かめた俺は、差し出されたリィたんの手を掴んで立ち上がると、強く拳を握りながら首都リプトゥアに入って行った。
 真夜中故、開いている宿が冒険者ギルドしかなく、仕方なしという事で俺たちはギルドで宿をとった。
 ベッドに座ったジェイルが腕を組みながら壁を見る。

「……いるな」

 ベッドに座ったリィたんが、足を組みながらそれに答える。

「いるな」

 ベッドの陰に隠れた俺が、二人の意を汲みながらそれに答える。

「いないねぇ……」

 壁を突き刺し超えてくるのは強烈な剣気と殺気。

「何も隣の部屋をとらなくてもいいのに……」

 当然、隣の部屋から俺たちに重圧プレッシャーを与えてくるのは、剣神イヅナ爺ちゃん。仙人みたいな顔しつつも、素晴らしき人間の感情を抱いている事が判明したはいいが、撒くのはいつでも出来る。
 そんな中、リィたんがすっと立ち上がり壁に向かって言ったのだ。

「イヅナ、鍵は開けておいてやる。入りたくばいつでも入るがいい」

 低音のきいたゾクリとくるボイスは、正に水龍リバイアタンと言えた。
 そんな不用心な……とも思いつつ、彼らを前に施錠という概念は無意味に等しいと理解が追い付いた時、俺は諦めて寝る事にした。

 ◇◆◇ ◆◇◆

「いないね」
「「いないな」」

 翌朝、剣神イヅナの圧力はどこへやら、冒険者ギルドから存在すら消えていたのだった。

「早朝出掛けたみたいだな」

 流石リィたん、イヅナがここを離れたタイミングを見ていたのか。

「それにしても、勇者の剣持ってるのに追ってくる人いなかったね」
「途中まではいたぞ」
「え、ホント!?」
「だが、二人が勝負を始めた時引き剥がした」
「あぁ……」

 つまり、追って来られなかったのか。

「だけど、これから勇者の剣を付け狙う人間……というか、エメリーを付け狙う人間がリプトゥアにこぞってやって来る訳でしょ? それってめちゃくちゃ危険じゃない?」
「ミナジリに呼べばいいのではないか?」

 いつもリィたんは単刀直入である。

「正直、それが理想的なんだよね。一応顔見知りだし、将来のある若人は守るべきだろうし」
「弊害はあるがな」

 ジェイルの言葉はもっともなのである。

「どういう事だ?」
「エメリーとやらの誕生国はこのリプトゥア。古来より勇者の誕生国が勇者を育て、成長を助ける習わしだ。闇から隠すにしても、国外へ行く事は考え難い。もし、リーガル国の貴族であるミックが勇者エメリーをかこったとなれば……」
「戦争か」
「え、マジです?」

 リィたんの出した結論は驚くべきものだった。

「ちょっかいどころでは済まなくなるな。勇者を取り返すという大義名分を引っさげて、リプトゥア国はリーガル国の境界線を壊しにかかるだろう。勇者とはすなわち――国の宝だからな」

 ジェイルの説明は、日本生まれの俺としては理解し難いものだった。

「そんな、人を物みたいに……」
「ミック、この国はそういう文化だろう?」
「そうだった……ね」

 リプトゥア国のドルルンドの町で見た奴隷市場。
 それが、この国の根底にあるものだ。
 昨晩も町のいたる所で奴隷を見かけた。深夜だというのに、やせ細った奴隷が必要のない労働を強いられていたのだ。

「面倒だな」

 額を抱えた俺は、冒険者ギルドで食事を済ませた後、リプトゥア城へと向かったのだった。
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