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第一部

その232 新能力

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 魔獣種の【固有能力】は【嗅魔】。これは同じく魔獣種であるダイルレックスのドゥムガの血から得ている。しかし、ドッグウォーリアにも【特殊能力】がある。ダイルレックスの血から得られた特殊能力は【バイトクラッシュ】。
 ドッグウォーリアから得られたのは……、     

「ははは、こりゃいい」

 俺の笑い声に反応したスパニッシュが、ワナワナと震えながら俺を見る。

「同族の血を吸い、更にはその笑み……! 我はどこかでその光景を……? まさかっ!」
「おや、父上もお気付きのようですね?」

 俺の言葉から確信へ追い込まれたであろうスパニッシュ。
 だが、彼は魔族四天王。それを受け入れる訳にはいかないのだ。
 魔王と同じ能力――【血鎖の転換ブラッドコントロール】。
 本来であれば、俺が魔王と同じ能力を持っていたのであれば魔族四天王として誇りに思い、俺を大事に育てた事だろう。しかし、既に俺はスパニッシュと敵対関係にある。
 それを決断し、実行したのは魔族四天王であるスパニッシュ。
 誇り高き魔族四天王の一角が、大きな過ちを認める訳にはいかないのだ。
 スパニッシュの震える瞳から、表情から、全てが手に取るようにわかる。

「さぁ、続けましょう父上。それとも我が子を前に逃げ帰りますか?」
「っ! ある訳がない! そのような事……そのような事、断じてある訳がないのだ!」

 スパニッシュの爪が鋭く伸びる。
 だが俺はそれをすんでの所でかわす。

「ちぃ!」

 左右上下から振られる腕を、何度も軽快に跳びながらかわしていく。

「ドッグウォーリアーの特殊能力――【獣脚】! やはり、貴様っ!」
「父上がお認めになると? この能力を?」
「我がまいた種よ、我が全てを以て枯らせるまで!」
「父上の中で既に咲いていたとは、光栄に存じます!」
「減らず口を!」
「さて、その花……何分咲きにございましょう?」
「カァアアアアアアアアアアッ!!」

 幾重にも振られる無数の爪撃。
 ここが、怒りの頂点か。これ以上怒らせても得られるものは少ない。

「竜剣、稲妻!」
「遅い!」
「いえ、それはフェイクです!」
「それがわからぬ我ではないわ!」
「っ! また【ゾーン】!?」
「はぁ!」

 側面から現れたスパニッシュの攻撃は、一撃で俺の生命を絶つ威力を有していた。

「くっ!!」

 間に合うか……!?

「なっ!? 馬鹿な!?」

 首筋から流れる自分の血の感触が、なんとも恐ろしい。
 だが――――、

「はぁはぁはぁ……! 危なかった……」

 身をよじりながらかわし、勇者エメリーから模した光魔法【オーラブレイド】により、スパニッシュの頬をかすめる。

「確実にしとめたはず……っ! それは!?」
「そう、【土塊つちくれ操作】で足場の地形を変え、咄嗟に重心をずらしたんですよ。まぁ、右手が追い付かなかったので左手のコレに頼っちゃいましたけど」

 オーラブレイドを消し、腰を落とす。
 出来ればスパニッシュの頬から流れている血を頂きたいところだが、どうもそう簡単にはいかないみたいだ。
 今の勝利を確信した一撃をかわされた事で、スパニッシュの怒りが霧散してしまったからだ。呼吸を整えたスパニッシュは、視線を俺の背後で戦う皆に向け、右から左へとずらした。
 そして、一瞬で爪をしまい、後方で控える黒馬へと跳んだ。

「あれ? もうお終いですか……?」
「知れた事、お前がここにいる時点で最早もはや勝敗は決した。ならばその損失を増やさぬよう務めるまでの事」

 やはり、攻めきれなかったか。

「皆の者、退けぃ! 退くのだ!!」

 その言葉を待っていたかのように、魔族たちは一目散に逃げ出したのだった。
 ガンドフ軍の歓喜の声を背に浴び、空をあおぎへたり込む俺。
 そんな俺の横をそそくさと通り抜けて行った魔族の背中を追い、隣にドゥムガがやってくる。

「おらおらおらおらぁ! こっちはまだピンピンしてんだよ! 戻って来やがれ!」
「いい、ドゥムガ。お前も魔力がカツカツだろ?」
「う、五月蠅うるせぇ! その気になりゃ魔力なんかなくたっていくらでもやれんだ!」

 そんなドゥムガの強気な言葉を拾い、背後からジェイルがボソりと呟くように言った。

「では、帰ったら訓練が出来るな」
「は!? いや、そんな事……――」
「――あるな?」
「っっっ~!」

 目を瞑り、観念したかのようにドゥムガは俺の隣で胡座をかいた。

「限界だよ限界! 生きてたのが奇跡だぜ! はんっ!」

 そんなドゥムガを見てくすりと笑うと、俺の背後にラジーンが下り立った。

「追跡しますか?」
「いやいいよ。どうせヒミコから情報くるし。それに……ほいっ」

 俺はラジーンの脇腹に向けて【ヒール】を放った。

「その怪我で行かせる訳にもいかないしね」
「ご配慮、痛み入ります」
「いいっていいって」

 手をヒラヒラさせながらラジーンを労う。
 最後に歩いてやってくるのは我が軍、影の総大将――リィたんである。
 リィたんはハルバードを肩にトンと置き、遠目に見えるスパニッシュの背を見る。

「今なられるが?」
「いえ、それには及びません」
「だろうな」

 そんなやり取りを聞き、ドゥムガが首を傾げる。

「何でぇ? っちまえばいいじゃねぇか?」

 呆れたラジーンが溜め息を吐いて言う。

「引き分けという結果が重要なのだ。我々がミナジリ軍であると名乗った段階で、勝利出来ないのだよ」
「だから何でだよ?」
「我が軍の脅威を確かなものにしないためだ」
「脅威になっちゃ悪ぃのか?」

 ラジーンがドゥムガに対しイライラし始めた。
 という訳で、俺が口を挟む。

「魔族からの刺客をある程度抑制出来るだろ?」
「あー……そういう事か」
「そ、強すぎる脅威だと、相手が何してくるかわからない。まぁそれでも、魔族からのちょっかいは出始めるだろうけどね」
「はーん、なるほど」

 ドゥムガがようやく理解したところで、いつの間にか反対隣で胡座をかいていたリィたんが聞いてきた。

「しかしよかったのかミック?」
「何が?」
「【血鎖の転換ブラッドコントロール】の事だ。スパニッシュにバレていただろう」
「まぁ、俺からバラしたって感じですけどね」
「何故だ?」
「さっき言ったちょっかい、、、、、に少しでも抑止力がかかればと思って。それに、スパニッシュはその事を他にバラさないと思ったんですよ」
「なるほど、あの性格ならあり得るか……」
「よっと」

 言いながら俺は立ち上がる。

「何にせよ――」

 皆が一つ頷く。

「――皆、お疲れ様!」

 この日のミナジリ軍の初陣は、ガンドフ軍によって大きく広まる事となった。
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