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第一部

その230 魔族四天王

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 他の魔族たちが俺を襲う事はない。
 何故なら、近付けば一瞬でミンチにされる事を理解しているからだ。
 それだけ俺とスパニッシュが纏う魔力の渦は、濃く、殺意に満ちていた。
 睨み合うは一瞬。しかし、その沈黙は悠久のように長く感じた。
 二つの殺意が重なる刹那せつな、俺はスパニッシュに吸い込まれるように駆けだしていた。
 打刀うちがたなを振り上げた上段からの一撃、スパニッシュは余裕をもってそれを受ける。

「フン!」

 オリハルコンで出来た刀身を掴むと、スパニッシュは笑みを見せて言った。

「やはり大した事ないな」

 スパニッシュは片手でそれを引き、俺の身体をたぐり寄せ、強烈な拳を俺の頬に放った。

「っ!」

 吹き飛ぶ身体は水面で跳ねる小石の如く俺を大地に転がす。
 追撃に走るスパニッシュが跳び上がり鋭利な爪を伸ばす。

「くっ!」

 自ら転がりそれをかわすも、大地には爪で穿たれた大穴が形成されていた。
 なんつう馬鹿げた威力だ。こりゃ、戦力把握をしている余裕はないな。
 更に迫る攻撃を打刀うちがたなで受けるも。その威力凄まじく、一撃一撃に鈍痛が残る。

「カカカカカッ! 受けてばかりではないか!」

【解放】は勿論、【疾風迅雷】、【ヘルメスの靴】を発動。

「まずは! 受けられている事に驚くべきでは!?」
「くっ! 猪口才ちょこざいな!」

【パワーアップ】、【スピードアップ】、【ダークオーラ】を発動。
 これで何とか余裕が出来る。だが、実力を出し切っていないのは相手も同じ。

「カァアアアアアアッ!!」

 スパニッシュの両手に渦状の雷がほとばしる。
 これは……【風雷ふうらい双手そうしゅ】!?
 その一撃を受けた瞬間、俺は一瞬にしてかち上げられ、上空へ飛ばされてしまった。

「っ! さ、流石……腐っても魔族四天王って事ね……!」
「まだ言うか貴様っ!」

 上空まで跳んで追い掛けてきたスパニッシュが肉薄する。
 がしかし――、

「くっ! 【サイコキネシス】か!」

【サイコキネシス】によるスパニッシュへの捕縛。だが、それはやはり一瞬。

「いやぁ……! ほんと……参っちゃいますね!」

 スパニッシュによる【サイコキネシス】が発動し、その捕縛が徐々に解かれていく。
 互いに降下しながら【サイコキネシス】をぶつけ合うも、やはりスパニッシュに一日いちじつちょうがある。

「クククク、大した成長だが……やはり赤子の如き児戯」
「それは……朗報……ですね」

 だが、それはわかっていた事。

「何?」
「これで赤子なら……私が成人になれば、貴方を一瞬で葬れる力を持つ事になる……ははは!」
「減らず口を。はぁああああ!」
「ぬ、くくくっ!」

 余り使いたくないが、使う他ない。

「っ! はっ!」
「馬鹿な!? それは火魔法の【ヒートアップ】!? それに何だその蒸気は……!?」

 身体を炎の如く熱くし、身体能力を向上させるジェイルの魔法。
 正直、これと【解放】の併用はしたくなかった。何故ならこの二つは、同系統の効果をもっているからだ。【解放】は血の巡りを加速させる能力。【ヒートアップ】は外部からそれを行う魔法。併用すれば身体の負荷が尋常じゃない。
 だが、いくしかないし、やるしかないのが戦争だ。
 互いに着地した時、俺は顔を上げてスパニッシュに言った。

「父上……攻守交代です」
「吸血鬼のなり損ないが、ぬかせ!」

 今度は両者が駆け出す。
 一合、また一合ぶつかるオリハルコンの刀身が、何度も鈍い音を発する。

「後手のきわみ、竜剣、流舞!」

 流水のように動き、スパニッシュの無数の攻撃にカウンターで食らいつく。

「フハハハ! ジェイルの剣か! 吸血鬼ならばその手で、その牙で勝負してみろ!」
「そんな安い挑発に乗るほど甘くありませんよ!」
「ならば今一度食らえ!」

 再び【風雷ふうらい双手そうしゅ】! だが、二度同じ手は食わない。
【身体能力強化】、【身体能力超強化】、【瞬発力向上】を発動!
 ねじり込むようなスパニッシュの一撃に対し、強引に合わせる。

「「オォオオオオオオオオッ!!」」

 直後、周囲に爆風ともいえる突風が拡散した。
 吹き飛ぶ魔族やモンスター。その中心には俺とスパニッシュ二人だけ。
 衝突がバチンと弾け互いに後方に跳ぶも、再度大地を蹴ってぶつかる。
 三度みたびそれが繰り返されたのち、スパニッシュがピタリと止まる。

「……ふん、確かに異常な成長とも言える。だが、その程度では我に傷一つ負わせる事も出来ぬわ!」

 スパニッシュの体表に異常な太さの血管が浮き上がる。
 来る……!

「っ!? ぐはっ!?」

 瞬間、俺の腹部にとてつもない衝撃が走る。
 全ての耐性能力を発動していてもこの威力。
 俺は血反吐を吐きながらよろよろと後退する。

「はぁはぁはぁ……一瞬気を失いかけましたよ……」
「これが我の【解放】だ」

 これこそが、魔族四天王――スパニッシュ・ヴァンプ・ワラキエルの本気。
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