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第一部

その223 敗北の代償

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 馬車の屋根から跳び下りた俺は、馬車を追う三人衆の前に立ち塞がった。
 中央を走っていた背の低い男が何らかのハンドサインを見せると、その二人は俺の前で跳び上がった。
 てっきり俺を襲うのかと思ったが、二人の男は中空で互いに足の裏を合わせて蹴ったのだ。
 宙で方向転換をし、俺の両サイドを抜こうとした二人の男。

「行かせないって!」

 背後に出現する巨大な土壁。
 どこまでもせり上がる壁に進路を阻まれた二人の男が、壁を蹴って戻って来る。
 土壁をそのまま操作し、弧を描き円を造る。突如現れたコロセウムに二人の男が戸惑いを見せる。だが、中央の背の低い男だけは違った。
 俺の土壁を跳び越えようと、とてつもない大ジャンプを見せたのだ。

「くっ!」

 瞬時に強烈な魔力を込め、更にコロセウムの土壁を広げる。

「ちっ」

 背の低い男はドーム状になった漆黒の空間を越える事は出来ず、天井を蹴って俺の前へ着地した。
 直後、空間を裂く風切り音。
 俺は咄嗟に剣を振りその異音を捉えた。
 弾かれたのは小さな金属。土壁で全てを覆った事による弊害――この暗闇を瞬時に利用した相手の力量はかなりのものだろう。
【超聴覚】を発動し、周囲を警戒。
 その後、幾度も聞こえる風切り音。【超聴覚】のおかげもあり、それを掴む事が出来た。

「毒付きの匕首ひしゅか」

【毒耐性】含むあらゆる耐性能力を発動。
 相手は魔法が使えないのか、この暗闇を照らそうとしない。
 いや、もしかしてこういう戦闘にも特化しているという事か。
 ならば、相手のフィールドにわざわざ付き合う必要はない。
 トーチを使い周囲を照らすも、三人は俺の前から消えていた。
【危険察知】が知らせる背後からの悪寒。【脚腕同調】を発動し、背後に向かい超速の抜刀。甲高い金属音に鈍い音が交ざる。
 二人の男は吹き飛ばされるも、やはり背の低い男は……って嘘!?

「御者の爺ちゃん!?」
「…………」

 なんと、荷馬車の御者を務めていた男が、俺の打刀うちがたなを受け止めていたのだ。
 顔は全て覆っている。しかし、その目だけで俺は気付いた。
 操られている様子ではない。これはつまり、人の良さそうな御者は演技だったという事。

「凄い身体能力だね、正直面食らったよ」
「それはこちらの台詞だ、ランクSとは思えぬ力量よ……!」
「なるほど、吹き飛んだ二人はランクS程の力。そしてアンタがSSダブル……いや、SSSトリプルに近い実力か。単純計算なら要人を狙える構成だな」

 物凄い力だ。【覚醒】を使わなければ厳しい相手。

「これほどの力を隠していたとはな……だが!」

 直後、爺の腕が倍近く肥大した。なんつう馬鹿力!
【瞬発力向上】を発動。

「くっ! この……だ、だが……何だって……?」
「馬鹿な!?」

 コイツ、力は俺に近い。
【瞬発力向上】の能力発動がもう少し遅ければ押し切られていた。

「ええい、何をしている! さっさと起きんか!」

 御者の男は、背後でフラフラになっている二人の部下に檄を飛ばした。
 首を振って意識を呼び戻した二人の男が再度戦闘に参加する。
 こりゃちょっと……やばいかもな!
 全精力を振り絞らないと、こっちがやられる。

「「はぁあああああああああ!!」」
「くっ、はぁ! この!」
「こやつ、【散眼さんがん】を使うのかっ!?」

 覚えておいてよかった【散眼カメレオンアイ】。
 三つの刃が俺を狙うも、これを使う事によって致命傷を避けられる。

「ッ! 痛ぇ……!」

 二人の男の内一人の剣が俺の肩口を突き刺す。

「何故貫けぬ!?」

【刺突耐性】と【外装強化】、そして【外装超強化】が与える恩恵は計り知れない。

「師より一撃が重い……!」

 なるほど、この二人は御者の男の弟子なのか。【怪力】を発動する事により、相手の攻撃を弾くだけでかなりの時間を稼げる。

「殺意を操るか! 何ともやりにくい相手よ!」

 ラジーンから覚えた【操意そうい】を発動する事により、殺意を操り相手への牽制が可能。

「目が……慣れて……きたぞ!」
「いかん! 散開っ!」

 御者の男の指示により後方へ跳んだ二人の男。
 御者の男はその体格を利用し、這うように俺の股下を潜り、後方へ回る。

「くっ!」

 後方から飛ばした御者の男の匕首ひしゅ。俺はこれを頭で受ける。

「頭部に鉢金はちがねでも仕込んでいるのか!?」

【石頭】と【鉄頭】の併用により、これくらいでは俺の頭部は貫けない。

「くっ!?」

【突進力】と【超突進力】を発動し、御者の男へ跳び込む。

「ぬん! ぐっはぁ!?」

 両手で俺の武器だけは抑えたが、突進による衝撃は逃がせなかったようだ。
 この隙に……!

「く、来るなっ!」
「まぁまぁ、ちょっと血を貰うだけだから!」

 後方へ跳び、二人の内一人の男に接近し、その腕を斬る。
 付着した血をペロリとしながらもう一人の男へ。

「このっ!」
「惜しい、こっちだ」

 男の背後に回り、首筋に爪をチョン。男が首を押さえている間にペロリ。

「首を落とせたものを、何と甘い!」

 御者の男が復活するも、こちらへの警戒ばかりで動けていないようだ。

「いや、この血は良い感じの酸味が効いてるよ」
「何?」

 その会話の後、御者の男は気付く。
 二人の弟子が棒立ちしている事に。

「麻痺……? いや、錯乱毒?」
「ハズレ」

 俺の【呪縛】により弟子たちがくるりと御者の男を見る。

「ちぃ、催眠術か!」

 御者の男は、後方へ跳びながら俺に向かい匕首ひしゅを三本投げた。
 俺はそれを打刀うちがたなで振り払い、御者の男を追った。
 ――――だが、

「カァアアアアアアアアッ!」

 全身を肥大させ、【土塊つちくれ強化】により鋼鉄並みの強度を誇る土壁を突き破ったのだ。

「化け物かよっ!?」
「どの口が言うか化け物め! 勝負は預けた!!」

 御者の男が向かったのはガンドフとは反対側。【探知】で探るもその方向で間違いない。
 奴を追う事も出来るが、今は要人の護衛のが優先……か。

「ったく、弟子をアッサリ見捨てるってどんだけ修羅場潜ってるんだ、あの爺さん。あ、そこの人たち、名前は?」
「イチロウです」
「ジロウです」

 あの爺はサブロウとでも言う気だろうか。
 何はともあれ、あの爺さんは本当に強敵だったな。一歩間違えばこちらがやられかねない程に。やはり法王国に潜む闇ってのは深淵のように深いのだろう。
 その後、俺はイチロウとジロウに御者の男の情報を聴取した後、ガンドフへ向かった。
 無事着いてるといいんだが。
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