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第一部
その187 リィたんの巻
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「はぁはぁはぁはぁ……冗談だろう……?」
正にラッツの全身全霊。
己が全てをリィたんにぶつけ、リィたんから絞り出したのは「やるな」の一言のみ。しかしラッツ、その身を過小評価してはいけない。彼女からその感想を得るためには、並大抵の努力では不可能である。
ラッツの震える両手。隠し武器である二本のダガーを持つ力は、もうほとんど残っていないだろう。
リィたんは足下に落ちたハルバードの残骸を二つ見下ろす。
いつ大地を蹴ったのか、それは俺にも見えなかった。
しかし、リィたんは確かに蹴ったのだ。大地を、一瞬で踏みしめたのだ。
衝撃により浮き上がるハルバードの残骸。リィたんはそれを正面からラッツに向かって蹴ったのだ。
蹴ったのはハルバードの上部。その威力はまるで強力な大型弩砲。
「つぉ!?」
ダガーを交叉して受けるも、その腕は限界を迎えていた。
だらんと下がるラッツの両腕には深刻なダメージがある事だろう。
「もう一つあるぞ」
間を置かず蹴ったのはハルバードの下部――柄の部分である。
回転しながらラッツを襲うそれは、まるで強力な大型弩砲。同じハルバードだし、表現が同じでも問題ないと俺は確信している。
ラッツはそれを再び受けた。受けるしかなかった。
「ぐぁ……!?」
余りの衝撃に顔を歪めたラッツ。
腕は弾かれ剣は粉々。多少威力が軽減したものの、残りの威は全て身体で受けたのだ。
致命傷……とまではいかぬまでも、ここで戦闘をやめなければ後遺症を残す事だろう。
だがそれでも、それでもラッツは倒れなかった。
その目に宿る炎は、未だ勢いを失っていなかった。
「なるほど、闘志だけで戦うつもりか」
おや、リィたんの様子がおかしいぞ?
あの挑戦者を完膚無きまでに叩きつぶそうとするあの目は……あ、やばいかもしれない。
「ネム」
「ひぁ!? な、何ですかいきなり手を握って!?」
「心を強く」
「……へ?」
キョトンと小首を傾げるネムの間の抜けた声の後、リィたんは閃光のように消え、一瞬でラッツの正面へ移動した。
俺はネムを守るように魔力を放出し、リィたんはラッツを倒すために、ラッツを認めるように全魔力を放って見せた。
巨大な柱の如く天に昇る魔力は正に天災。
それを目の当たりにし、気を失って倒れる者、気を失って倒れる者、気を失って倒れる者、気を失って倒れる者、そして、気を失って倒れる者。
ドミノ倒しのように全観客が意識を失う中、俺とネムはいつの間にか抱き合って震えていた。パーシバルに見せたのが全てじゃなかったのかって程の強力な魔力。
あの時は八割、今回が全力ってところだろうか。どちらにせよ、大怪獣もとい大海獣には変わりない。
審判さえ気を失った状況で、武闘会場では未だ二人が立っていた。
「うっそ、マジか……」
思わずそんな感想が零れた。
何故ならラッツは、まだそこに立っていたのだから。
腕は折れ、白目を剥き、余力などないはずのその身体は、武闘会場に未だ立っていたのだから。
「才気溢れる若者だったな。うむ、いい男だったぞ。私が知る中で三番目になっ!」
ドンと胸を張るリィたんの一番目と二番目は誰なのだろうか。
「ミケラルドさんとジェイルさんの事ですよね……?」
ネムがリィたんを指差して言った。
「どっちが一番だと思う?」
「それ聞きます?」
呆れた顔を俺に向けたネムは、一体何を知っているというのだろう?
俺はそれが、甚だ疑問である。
◇◆◇ ◆◇◆
その後、審判の頬をペシペシと叩いて起こし、無歓声のまま試合終了が告げられた。
審判もあの魔力を体感した者の一人だ。ズルをしたのではないか、という判断は無粋というものだ。
「よし、これでいい。後は意識が戻るのを待ってください」
ギルド職員たちがラッツを運んで行く。
当然、治療したのは俺だ。来年はランクSのゲストとして呼ばれたいのだが、救護室担当として呼ばれそうで不安である。
リィたんの巻ともリィたんの乱とも言える第一試合の後、第二試合が始まるまでが長かった。何故なら皆気絶していたからだ。ギルド職員による観客頬叩きの刑が執行される中、観客席にいた全員を起こすには時間がかかる。
時間がかかる動きにリィたんの苛立ちは最高潮へ。
彼女は武闘会場の地面に拳をぶつけると、まるでそれがスイッチだったかのように皆が目を覚ました。もう何でもアリだな、この子。
熱い試合、膨大な魔力、局地的な地震と濃い内容の一回戦は、ある意味皆の記憶に残った事だろう。
第二回戦が始まる中、俺たちは外の屋台で何故か食事を摂っていた。
「ミック! これ! このエレファンゴリラの体毛みたいな食べ物が美味いぞ!」
麺類……焼きそばっぽくは見える。
商品を体毛呼ばわりされた店主の視線が中々に痛いが、リィたんの感性は独特なので、是非とも許してあげて欲しい。
「でも……いいんですか? 準決勝の相手を見なくて?」
ネムの御意見、まことご尤もである。
「楽しくない」
リィたんが楽しくないとの仰せだ。それは問題だし、ご機嫌を損ねられても困る。
エレファンゴリラの体毛みたいな麺類は美味しいし、何も問題はない。
「三回戦はどうするんですか?」
「ミックも観ない」
どうやら観ない事に決まってたらしい。
「その方が訓練になるだろう」
ランクSに上がる試練が訓練だそうだ。
死にものぐるいで頑張っているランクAの冒険者が聞いたら怒りそうな話だが、リィたんが仰せなのだ。問題ない。
まぁ、訓練になるというのは俺も賛成だ。
対策を練るより土壇場に慣れる方が経験になるのは、これまで生きてきて体感しているものだしな。
そんな長めの昼休憩を終えた俺は、第四試合に向かおうとコロセウムの関係者用通路の前までやって来た。見送りに付いて来たリィたんとネム。
リィたんはトンと俺の胸板を叩いて激励し、
「ミケラルドさん! 絶対勝ってくださいね!」
ネムがいきなり手を掴んできた。
こういう時は流石にドキっとする。
「生活かかってるんでっ!」
是非、俺のドキドキを返して欲しい。レンタル料と延滞金付きで。
正にラッツの全身全霊。
己が全てをリィたんにぶつけ、リィたんから絞り出したのは「やるな」の一言のみ。しかしラッツ、その身を過小評価してはいけない。彼女からその感想を得るためには、並大抵の努力では不可能である。
ラッツの震える両手。隠し武器である二本のダガーを持つ力は、もうほとんど残っていないだろう。
リィたんは足下に落ちたハルバードの残骸を二つ見下ろす。
いつ大地を蹴ったのか、それは俺にも見えなかった。
しかし、リィたんは確かに蹴ったのだ。大地を、一瞬で踏みしめたのだ。
衝撃により浮き上がるハルバードの残骸。リィたんはそれを正面からラッツに向かって蹴ったのだ。
蹴ったのはハルバードの上部。その威力はまるで強力な大型弩砲。
「つぉ!?」
ダガーを交叉して受けるも、その腕は限界を迎えていた。
だらんと下がるラッツの両腕には深刻なダメージがある事だろう。
「もう一つあるぞ」
間を置かず蹴ったのはハルバードの下部――柄の部分である。
回転しながらラッツを襲うそれは、まるで強力な大型弩砲。同じハルバードだし、表現が同じでも問題ないと俺は確信している。
ラッツはそれを再び受けた。受けるしかなかった。
「ぐぁ……!?」
余りの衝撃に顔を歪めたラッツ。
腕は弾かれ剣は粉々。多少威力が軽減したものの、残りの威は全て身体で受けたのだ。
致命傷……とまではいかぬまでも、ここで戦闘をやめなければ後遺症を残す事だろう。
だがそれでも、それでもラッツは倒れなかった。
その目に宿る炎は、未だ勢いを失っていなかった。
「なるほど、闘志だけで戦うつもりか」
おや、リィたんの様子がおかしいぞ?
あの挑戦者を完膚無きまでに叩きつぶそうとするあの目は……あ、やばいかもしれない。
「ネム」
「ひぁ!? な、何ですかいきなり手を握って!?」
「心を強く」
「……へ?」
キョトンと小首を傾げるネムの間の抜けた声の後、リィたんは閃光のように消え、一瞬でラッツの正面へ移動した。
俺はネムを守るように魔力を放出し、リィたんはラッツを倒すために、ラッツを認めるように全魔力を放って見せた。
巨大な柱の如く天に昇る魔力は正に天災。
それを目の当たりにし、気を失って倒れる者、気を失って倒れる者、気を失って倒れる者、気を失って倒れる者、そして、気を失って倒れる者。
ドミノ倒しのように全観客が意識を失う中、俺とネムはいつの間にか抱き合って震えていた。パーシバルに見せたのが全てじゃなかったのかって程の強力な魔力。
あの時は八割、今回が全力ってところだろうか。どちらにせよ、大怪獣もとい大海獣には変わりない。
審判さえ気を失った状況で、武闘会場では未だ二人が立っていた。
「うっそ、マジか……」
思わずそんな感想が零れた。
何故ならラッツは、まだそこに立っていたのだから。
腕は折れ、白目を剥き、余力などないはずのその身体は、武闘会場に未だ立っていたのだから。
「才気溢れる若者だったな。うむ、いい男だったぞ。私が知る中で三番目になっ!」
ドンと胸を張るリィたんの一番目と二番目は誰なのだろうか。
「ミケラルドさんとジェイルさんの事ですよね……?」
ネムがリィたんを指差して言った。
「どっちが一番だと思う?」
「それ聞きます?」
呆れた顔を俺に向けたネムは、一体何を知っているというのだろう?
俺はそれが、甚だ疑問である。
◇◆◇ ◆◇◆
その後、審判の頬をペシペシと叩いて起こし、無歓声のまま試合終了が告げられた。
審判もあの魔力を体感した者の一人だ。ズルをしたのではないか、という判断は無粋というものだ。
「よし、これでいい。後は意識が戻るのを待ってください」
ギルド職員たちがラッツを運んで行く。
当然、治療したのは俺だ。来年はランクSのゲストとして呼ばれたいのだが、救護室担当として呼ばれそうで不安である。
リィたんの巻ともリィたんの乱とも言える第一試合の後、第二試合が始まるまでが長かった。何故なら皆気絶していたからだ。ギルド職員による観客頬叩きの刑が執行される中、観客席にいた全員を起こすには時間がかかる。
時間がかかる動きにリィたんの苛立ちは最高潮へ。
彼女は武闘会場の地面に拳をぶつけると、まるでそれがスイッチだったかのように皆が目を覚ました。もう何でもアリだな、この子。
熱い試合、膨大な魔力、局地的な地震と濃い内容の一回戦は、ある意味皆の記憶に残った事だろう。
第二回戦が始まる中、俺たちは外の屋台で何故か食事を摂っていた。
「ミック! これ! このエレファンゴリラの体毛みたいな食べ物が美味いぞ!」
麺類……焼きそばっぽくは見える。
商品を体毛呼ばわりされた店主の視線が中々に痛いが、リィたんの感性は独特なので、是非とも許してあげて欲しい。
「でも……いいんですか? 準決勝の相手を見なくて?」
ネムの御意見、まことご尤もである。
「楽しくない」
リィたんが楽しくないとの仰せだ。それは問題だし、ご機嫌を損ねられても困る。
エレファンゴリラの体毛みたいな麺類は美味しいし、何も問題はない。
「三回戦はどうするんですか?」
「ミックも観ない」
どうやら観ない事に決まってたらしい。
「その方が訓練になるだろう」
ランクSに上がる試練が訓練だそうだ。
死にものぐるいで頑張っているランクAの冒険者が聞いたら怒りそうな話だが、リィたんが仰せなのだ。問題ない。
まぁ、訓練になるというのは俺も賛成だ。
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そんな長めの昼休憩を終えた俺は、第四試合に向かおうとコロセウムの関係者用通路の前までやって来た。見送りに付いて来たリィたんとネム。
リィたんはトンと俺の胸板を叩いて激励し、
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ネムがいきなり手を掴んできた。
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