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第一部
その182 破竹の勢い
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「始め!」
「ほい」
「ぐぁっ!?」
正直、もう少し苦戦するかとも思っていたが、そうでもないと感じたのがこの三回戦目。
このランクS争奪戦とも呼べる武闘大会は、全部で八つのブロックに分かれてトーナメント戦が行われている。各ブロック三十一名。ブロック毎にシード選手がいるため、数だけで言えば、四試合勝てば本戦出場となる訳だ。シード選手の場合は三回である。
つまり俺は、そこでノビている冒険者を倒した事で、Hブロックの最終試合へと駒を勧めたのだ。
ブロック戦は非常に簡素且つ効率的に行われる。広いコロセウムを八ヶ所に区切り、そこで各ブロック試合が進められる。ブロックの最終試合に限り、一戦ずつやるそうなので、リィたんの試合は観られるだろう。
そんな試合を見続けた観客たちは、八つのブロックの中で強そうな冒険者に目を付け、いつの間にかファンと化す。
「いいぞぉおおお! ミケラルドォオオオオ!」
野太い声援もあるが、
「ミケラルドさ~ん! こっち見てぇー!」
当然、黄色い声援もあり、おじさんは嬉しい限りでございます。
ネムによれば、ブロックの決勝戦まで勝ち上がれば、これくらい普通なのだとか。
ミーハーな者もいれば、毎年武闘大会に足を運びながら眼力を磨く変わり者もいるとか。
観客席では選手の勝敗で賭け事が行われ、別の意味での勝負が散見している。
「で、ネム? その風呂敷は何?」
「ふふふ、ありがとうございます。ミケラルドさん♪」
何て甘い声なんだ。
俺の質問に全く答えてくれないのだが、風呂敷から金貨っぽい音がジャラジャラ聞こえるのだが、今後の生活が保障されたような顔をしたネムが幸せなら俺はそれでいい。
「ギルド職員も賭け事していいんだな」
「今日は非番扱いなので♪」
「で? いくら儲けたの?」
「リプトゥア金貨で七百枚ですかね」
「誰に賭けてるの?」
「勿論、ミケラルドさんとリィたんさんです!」
なるほど、そこはネムにとって譲れない訳か。
「この後リィたんが出て来るでしょう? 賭けないの?」
「先程、リィたんさんの試合レートが等倍と発表されました」
「つまり、七百枚の金貨を賭けて勝っても、七百枚しか返ってこないと」
「賭けるだけ損ですね。相手選手に賭けた方もいらっしゃるみたいですが、レートの変動はなかったので、今回はここで観戦です」
「いくらリィたんが強くたって、そんな事ってある?」
「見てればわかりますよ」
終ぞリィたんの試合を観られなかったからな。今回が初観戦になるが、どんな勝負になるのだろう。あ、でも、リィたんから少しだけ話を聞いたな。今回も相手が諦めるのだろうか?
コロセウムに登場したリィたんは観客席にいる俺を見つけ手を振る。
リィたん側の観客席からは俺を鋭い目で睨む男が数十名。
俺の後ろにいる逞しい男や、黄色い声でキャッキャする女たちは逆にリィたんを睨んでいた。
ファン同士の抗争でも起きそうな気配である。
「始め!」
どんな空気感が観客席に漂おうとも、試合は始まる。
俺とネムはリィたんの試合を見守ろうとした。
そう、しただけだ。
試合は始まったそばから終わっていた。
「今、選手がわざと転んだように見えたけど?」
「わざと頭部を打ち付けましたね」
ネムの言葉は断言に近かった。
「もう起きませんよ。たとえ起きてても目を開けないでしょう」
熟練の解説者みたいに言い切ったな。
「……もしかして、ずっとあんな感じ?」
「初戦で飛ばしちゃいましたからね」
「そんなに?」
「観客席まで、選手を」
物理的に飛ばしたのか。まるで漫画の世界の住人だな。
「ランクA冒険者が逃げたとなっては末代までの恥。なので、試合が始まった直後に自分でケリを付ける。それが彼ら唯一の逃げ道だったんです」
受付会場で見たリィたんの魔力だけで判断すれば、光明はまだあると思える。
が、ひとたびコロセウムでリィたんと対峙したとなれば、逃げ出したくなるのも無理はない。あの子の場合、殺気だけで人を殺せるんじゃないかって思えるくらいだ。
「それまで!」
ぷくりと頬を膨らませるリィたんはとても可愛らしいが、そのストレス発散方法を考えなくてはいけない俺の精神はとても可愛そうだ。
「いぇい! リィたんおめでとう!」
と、今はこれくらいしか手立てはないが……――って、
「リィたんさん、とても嬉しそうですね」
こちらを見るネムが、どことなく含んだ笑みを見せる。
再度手を振るリィたんに手を振り返した後、俺は再び試合場へと向かった。
選手控え室には、もうほとんど人はいなかった。
「ミック!」
どうやらリィたんは俺を待っていたようだ。
「どうだった!? 格好良かったか!?」
「リィたんはいつも格好良いよ」
「ふふん! そうだろうそうだろう! ミックと当たるまで負けられないな!」
リィたんが負けたら負けたで大問題だけどな。
「リィたんはもう本戦出場でしょ? 終わったら行くからネムのところにいてよ」
「うむ、今宵は祝杯だな!」
満面の笑みで去って行くリィたん。
俺は試合までの間、控え室のベンチに腰を下ろす。
……うーむ、目の端に知ってる男が二人見える。
やっぱりそうか。キッカがいたからそうじゃないかなとは思っていたが、本当にいるとはな。
勇敢そうな佇まいは変わらない戦士風の男――ラッツ。
この武闘大会をダガーだけで勝ち上がった様子のハンター風の男――ハン。
キッカの話だと、首都リプトゥアを拠点に活動する【緋焔】という冒険者パーティらしい。最近ランクAに上がったそうだが、彼らに決勝まで残る実力があったとは。
「ラッツ……手加減しないぜ」
「無論だ。手を抜いたら承知しないぞ」
「へっ、どうせ負けるんだから今の内にキッカに泣きついときな」
「それはこちらの台詞だ」
何なの、あそこの少年漫画に登場しそうな二人は?
俺も交ぜろよ。
「ほい」
「ぐぁっ!?」
正直、もう少し苦戦するかとも思っていたが、そうでもないと感じたのがこの三回戦目。
このランクS争奪戦とも呼べる武闘大会は、全部で八つのブロックに分かれてトーナメント戦が行われている。各ブロック三十一名。ブロック毎にシード選手がいるため、数だけで言えば、四試合勝てば本戦出場となる訳だ。シード選手の場合は三回である。
つまり俺は、そこでノビている冒険者を倒した事で、Hブロックの最終試合へと駒を勧めたのだ。
ブロック戦は非常に簡素且つ効率的に行われる。広いコロセウムを八ヶ所に区切り、そこで各ブロック試合が進められる。ブロックの最終試合に限り、一戦ずつやるそうなので、リィたんの試合は観られるだろう。
そんな試合を見続けた観客たちは、八つのブロックの中で強そうな冒険者に目を付け、いつの間にかファンと化す。
「いいぞぉおおお! ミケラルドォオオオオ!」
野太い声援もあるが、
「ミケラルドさ~ん! こっち見てぇー!」
当然、黄色い声援もあり、おじさんは嬉しい限りでございます。
ネムによれば、ブロックの決勝戦まで勝ち上がれば、これくらい普通なのだとか。
ミーハーな者もいれば、毎年武闘大会に足を運びながら眼力を磨く変わり者もいるとか。
観客席では選手の勝敗で賭け事が行われ、別の意味での勝負が散見している。
「で、ネム? その風呂敷は何?」
「ふふふ、ありがとうございます。ミケラルドさん♪」
何て甘い声なんだ。
俺の質問に全く答えてくれないのだが、風呂敷から金貨っぽい音がジャラジャラ聞こえるのだが、今後の生活が保障されたような顔をしたネムが幸せなら俺はそれでいい。
「ギルド職員も賭け事していいんだな」
「今日は非番扱いなので♪」
「で? いくら儲けたの?」
「リプトゥア金貨で七百枚ですかね」
「誰に賭けてるの?」
「勿論、ミケラルドさんとリィたんさんです!」
なるほど、そこはネムにとって譲れない訳か。
「この後リィたんが出て来るでしょう? 賭けないの?」
「先程、リィたんさんの試合レートが等倍と発表されました」
「つまり、七百枚の金貨を賭けて勝っても、七百枚しか返ってこないと」
「賭けるだけ損ですね。相手選手に賭けた方もいらっしゃるみたいですが、レートの変動はなかったので、今回はここで観戦です」
「いくらリィたんが強くたって、そんな事ってある?」
「見てればわかりますよ」
終ぞリィたんの試合を観られなかったからな。今回が初観戦になるが、どんな勝負になるのだろう。あ、でも、リィたんから少しだけ話を聞いたな。今回も相手が諦めるのだろうか?
コロセウムに登場したリィたんは観客席にいる俺を見つけ手を振る。
リィたん側の観客席からは俺を鋭い目で睨む男が数十名。
俺の後ろにいる逞しい男や、黄色い声でキャッキャする女たちは逆にリィたんを睨んでいた。
ファン同士の抗争でも起きそうな気配である。
「始め!」
どんな空気感が観客席に漂おうとも、試合は始まる。
俺とネムはリィたんの試合を見守ろうとした。
そう、しただけだ。
試合は始まったそばから終わっていた。
「今、選手がわざと転んだように見えたけど?」
「わざと頭部を打ち付けましたね」
ネムの言葉は断言に近かった。
「もう起きませんよ。たとえ起きてても目を開けないでしょう」
熟練の解説者みたいに言い切ったな。
「……もしかして、ずっとあんな感じ?」
「初戦で飛ばしちゃいましたからね」
「そんなに?」
「観客席まで、選手を」
物理的に飛ばしたのか。まるで漫画の世界の住人だな。
「ランクA冒険者が逃げたとなっては末代までの恥。なので、試合が始まった直後に自分でケリを付ける。それが彼ら唯一の逃げ道だったんです」
受付会場で見たリィたんの魔力だけで判断すれば、光明はまだあると思える。
が、ひとたびコロセウムでリィたんと対峙したとなれば、逃げ出したくなるのも無理はない。あの子の場合、殺気だけで人を殺せるんじゃないかって思えるくらいだ。
「それまで!」
ぷくりと頬を膨らませるリィたんはとても可愛らしいが、そのストレス発散方法を考えなくてはいけない俺の精神はとても可愛そうだ。
「いぇい! リィたんおめでとう!」
と、今はこれくらいしか手立てはないが……――って、
「リィたんさん、とても嬉しそうですね」
こちらを見るネムが、どことなく含んだ笑みを見せる。
再度手を振るリィたんに手を振り返した後、俺は再び試合場へと向かった。
選手控え室には、もうほとんど人はいなかった。
「ミック!」
どうやらリィたんは俺を待っていたようだ。
「どうだった!? 格好良かったか!?」
「リィたんはいつも格好良いよ」
「ふふん! そうだろうそうだろう! ミックと当たるまで負けられないな!」
リィたんが負けたら負けたで大問題だけどな。
「リィたんはもう本戦出場でしょ? 終わったら行くからネムのところにいてよ」
「うむ、今宵は祝杯だな!」
満面の笑みで去って行くリィたん。
俺は試合までの間、控え室のベンチに腰を下ろす。
……うーむ、目の端に知ってる男が二人見える。
やっぱりそうか。キッカがいたからそうじゃないかなとは思っていたが、本当にいるとはな。
勇敢そうな佇まいは変わらない戦士風の男――ラッツ。
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「ラッツ……手加減しないぜ」
「無論だ。手を抜いたら承知しないぞ」
「へっ、どうせ負けるんだから今の内にキッカに泣きついときな」
「それはこちらの台詞だ」
何なの、あそこの少年漫画に登場しそうな二人は?
俺も交ぜろよ。
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