上 下
163 / 566
第一部

その162 ドノバンという男

しおりを挟む
「ドノバン?」
「えぇ、知っていらっしゃいますか? ランドルフ様」

 数日の後、ギュスターブ辺境伯領に謝罪に伺ったのだが、話がついたギュスターブ卿は会ってくれるものの、別邸に住むギュスターブ卿の息子――アンドリューは俺を門前払いとした。当然、こちらも会ってくれるとは思っていない。だから俺は単身聞き込み調査を行った。
 必要だったのは領内に入る口実。その帰りであれば、領内で領民に話を聞いても問題ないだろう。

「いや、知らぬが……その者がどうしたというのだね?」
「先日の一件。私なりに調べてみたところ、アンドリュー殿の身の回りで起きた真新しい変化というのが、その者の人事だったのです」

 そしてわかったのが【ドノバン】という名前。
 皆、「いい人」だと連呼するも、具体的な人間像が出て来ない。
 現段階ではアンドリューの屋敷に忍び込む訳にもいかず、情報収集に行き詰まってしまった。だからこうしてサマリア公爵家へ来ているのだ。

「それは、もしやアンドリューが何かされたと言いたいのかね?」
「えぇ、ラファエロ様にお伺いしたところ、アンドリュー殿の性格と今回の一件を結びつけるのは非常に難しいと判断しました」
「しかしそのような能力――」
「――人を操る術は存在します。それは、ランドルフ様が一番理解していらっしゃるはずです」
「む、確かにそうだな……しかし、ミックが陛下の能力を知っていたとは意外だったな」
「初の謁見時の戯れ合い……あまり思い出したくないですねぇ……」
「ふふふふ、そうかね? あれはあれで緊張感があってよかったではないか?」
「はははは……」

 そんな会話をしていると、お茶を新しいものとかえるため、サマリア公爵家の執事であるゼフが応接室へやって来た。
 ゼフがカップを新しいものにかえて置く。その見事な所作を見て改めてゼフに感心する。

「ありがとうございます。ゼフさん」
「ほっほっほ、ミナジリ卿には返しきれぬ恩がありますからな。是非、このゼフをこき使ってくださいませ」

 八十路やそじを超える爺さんをこき使う三歳って何だよ?

「たとえミックでもゼフはやらないぞ?」
「恐れ多い事です。ですが知識だけお借りしたいと存じます」
「そうだな。ゼフ、ドノバンという者に心当たりはないか?」

 ランドルフがそう聞くと、ゼフの動きがピタリと止まった。

「……恐れながら、何故今その名がここで出るのでしょう?」
「知っているのか!」

 ランドルフが顔に驚きを見せる。
 まさかゼフから新たな情報を得られるとは思っていなかった。
 正にダメ元だったが、本当に知ってるとは……。

「実は、ギュスターブ子爵……つまり、ギュスターブ辺境伯の嫡男、アンドリューの身辺警護をその者が行っているという情報を掴んだのです」

 俺がそう話すと、ゼフは剣呑けんのんな面持ちで話し始めた。

わたくし共使用人には、使用人同士の繋がりがあります。貴族の方々の好みや性格を知り、あるじの名を汚さぬため繋がりを持ち、情報を集める必要があるのです」
「つまり、その過程でギュスターブ子爵家の情報を知ったという事か」

 しかし、ランドルフの言葉にゼフは首を横に振った。

「いえ、ドノバンという名は別の場所で知ったものです」
「何?」

 ゼフは俺に向き直り質問をする。

「ミナジリ卿、その者がギュスターブ子爵家の身辺警護に就いたのは最近の事なのでは?」
「えぇ、それ以前の情報がなくて困っていたんです」
「やはり……おそらく私が知っている者と同一人物でしょう」
「……教えてください」
「サマリア公爵家は、以前は侯爵家。当然、当時同格だったギュスターブ辺境伯様の情報は仕入れるべく仕入れ、当家の使用人全員が熟知している事です。それは嫡男であるアンドリュー様――ギュスターブ子爵の好みも把握しております。だからこそ新たに仕入れる情報はない……」
「確かにそうだな」
「ミナジリ卿は例外にして……侯爵家の使用人がそういった情報を求めるのは、あるじと同格以上の存在。他にもムスリル侯爵家やラインバッハ辺境伯家がありますが、もし当家が初めから公爵家であれば調査に赴く事はありません」
「そうか、格下の貴族の使用人が逆に聞きに来るから、その時に聞けばいいんですね」
「左様にございます、ミナジリ卿」

 この結論に行き着いた時、俺とランドルフは気付いてしまった。
 互いに見合った後、立ってかしこまっているゼフを見上げたのだ。

「ゼフ、『別の場所で知った』というのはもしや……!」
「その通りにございます。ドノバンの名は当家が侯爵家だった時に情報収集し、知った名前です」
「侯爵家と同格以上という事は……侯爵家、辺境伯家……それに――」
「――公爵家にございます」

 俺の言葉に反応したゼフの言葉は、ランドルフの顔を歪めた。

「かつて、その公爵家は我があるじ――サマリア侯爵家を目の敵としました。国王陛下に叛意を隠し、欺き、サマリア侯爵家を失墜させようと画策し、ついには我があるじを幽閉させた。しかし、とある冒険者の働きにより、当家は息を吹き返し……公爵家となりました」

 ゼフが俺を見ながら言う。
 ……くそ、嫌な所で結びついてしまうものだな。

「左様にございます。ドノバンなる男は、かつて【アルフレド・フォン・リーガル】様に仕えていた人物にございます」
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

辺境の農村から始まる俺流魔工革命~錬金チートで荒れ地を理想郷に変えてみた~

昼から山猫
ファンタジー
ブラック企業に勤め過労死した俺、篠原タクミは異世界で農夫の息子として転生していた。そこは魔力至上主義の帝国。魔力が弱い者は下層民扱いされ、俺の暮らす辺境の農村は痩せた土地で飢えに苦しむ日々。 だがある日、前世の化学知識と異世界の錬金術を組み合わせたら、ありふれた鉱石から土壌改良剤を作れることに気づく。さらに試行錯誤で魔力ゼロでも動く「魔工器具」を独自開発。荒地は次第に緑豊かな農地へ姿を変え、俺の評判は少しずつ村中に広まっていく。 そんな折、国境付近で魔物の群れが出現し、貴族達が非情な命令を下す。弱者を切り捨てる帝国のやり方に疑問を抱いた俺は、村人達と共に、錬金術で生み出した魔工兵器を手に立ち上がることを決意する。 これは、弱き者が新たな価値を創り出し、世界に挑む物語。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

現代ダンジョンで成り上がり!

カメ
ファンタジー
現代ダンジョンで成り上がる! 現代の世界に大きな地震が全世界同時に起こると共に、全世界にダンジョンが現れた。 舞台はその後の世界。ダンジョンの出現とともに、ステータスが見れる様になり、多くの能力、スキルを持つ人たちが現れる。その人達は冒険者と呼ばれる様になり、ダンジョンから得られる貴重な資源のおかげで稼ぎが多い冒険者は、多くの人から憧れる職業となった。 四ノ宮翔には、いいスキルもステータスもない。ましてや呪いをその身に受ける、呪われた子の称号を持つ存在だ。そんな彼がこの世界でどう生き、成り上がるのか、その冒険が今始まる。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

貞操逆転世界の男教師

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が世界初の男性教師として働く話。

処理中です...