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第一部

その161 アンドリュー

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 ◇◆◇ アンドリューの場合 ◆◇◆

 ねたましい。
 あぁ、何て妬ましいのだ。
 巷を賑わわせていたミナジリ領が出来た途端これだ。
 我がギュスターブの名に恥をかかせるとは一体どんな人物なのか。
 しかし、厄介だ。かのミナジリ家はサマリア公爵家の庇護下にあると言っても過言ではない。どうにかしてミナジリ家を失墜させる術はないものか。

「……アンドリュー様、お困り事ですかな?」
「何だドノバン。私は今、気分が優れない」

 身辺警護を任せているドノバン。
 奴は、路頭に迷っていたところを私が拾い上げた者だ。
 始めは物乞いかとも思い相手にしなかったが、長年高貴な貴族に奉公していたと聞き、いずれは大貴族となるべき当家の改革のため雇った老齢ろうれいの男である。
 武術に明るく、機転が利き、モノを見る目も確かで、瞬く間に私の身辺警護を任せるに至った。
 そんなドノバンの視線はいつも以上に目敏めざとかった。

「もしや……ギュスターブ辺境伯家の隣に出来た領地が気になるのでは?」

 相変わらず優秀だ。
 まるでこちらの感情や思考を読み取っているのかと思う程だ。

「……わかるか」
「何とも厄介な貴族が誕生したものです」

 妬ましいとは思うが厄介とは一体どういう事だ?

「ほぉ? 何故そう思う?」
「サマリア公爵家との繋がりはすなわち陛下との繋がり。この縦の繋がりを許せば貴族界はたまったものではありません。民をおもんぱかる陛下の政治的手腕は紛れもない事実。しかし、他の貴族を蔑ろにしていると言っても過言ではありません。子爵位だというのにシェルフと隣接しているとも言えるあのような領地……果たしてミナジリ家にそのような力があると?」
「事実、シェンドとミナジリ領、そしてマッキリーとサマリア公爵家を見事な道路を作って繋げたではないか」
「ギュスターブ辺境伯家を差し置いて……ですな」
「何が言いたい? あれはサマリア公爵家の依頼である事は周知の事実だ」
「それを本当に信じておいでで?」
「……信じる他あるまい」

 周囲の情報からするに、ミナジリ卿が最初に手を付けたのはミナジリ領からシェンドの道路。公爵家からの依頼であれば、最初に手を付けなければいけないのはマッキリーからサマリア公爵領の道路のはずだ。これは明らかにおかしい。
 どう考えてもミナジリ卿は独断でシェンド~ミナジリ領間の道路を舗装した。
 それをサマリア公爵が諫め、マッキリー~サマリア領間の道路を舗装させる事で、サマリア公爵家からの依頼と見せただけ。これには当然父上も気付いているだろう。
 だが、これも貴族を生きる上での処世術。多少の情報の前後など、サマリア公爵家の力であれば問題にすらならない。
 言葉通り、信じる他ないのだ。

「ミナジリ家の落成式に、ギュスターブ辺境伯家が招待されております」
「何? それは本当か?」
「勿論にございます。現に今しがたギュスターブ辺境伯様からアンドリュー様へ同道をお誘いする旨の連絡がありました」

 そう言ってドノバンは一枚の手紙を私に渡した。
 確かに父の筆跡だったし、父にも他意はないのだろう。
 ランクAの冒険者でありランクBの商人且つ王商おうしょう
 聞けば私と然程さほど変わらぬ年齢だという話だ。若きその才に、誰もが嫉妬を抱くだろう。

「……父上には『私は忙しい』と返事しろ」
「何故?」
「忙しいからだ」
「行ってみればよいではありませんか?」
「くどいぞ」
「そしてミナジリ家の弱点を探せばよいのではありませぬか?」
「……何だと?」
「ミナジリ家はアンドリュー様に、ギュスターブの家名に泥を塗った。落成式は貴族の社交界の華々しいスタート。それをぶち壊す事が出来れば、ミナジリ家の信用は失墜する事になるでしょう」

 何だ……ドノバンの様子が……何だこの血のような紅き目は?
 意識が泥のように混濁していくような、脆く粘度の帯びた気味の悪いこの感覚は一体?

「ミナジリ家……いえ、ミケラルド商店にはエルフの使用人がいるとか?」
「……あぁ……陛下が認可した……国家奨励職員……」
「撤廃されました」

 何だ? 今ドノバンは何と言った?

「やはりあのような制度は国民の反感を買ったのでしょう。先程公布されておりましたぞ。国家奨励職員の撤廃と」

 馬鹿な……陛下はシェルフとの同盟を望まれている。
 しかし、ドノバンが言うのだ。間違いはない…………のか?

「いかに多岐に渡る仕事をしていようとも、ミナジリ家は貴族になったばかり。使用人の数は絞られるでしょうな。もしかするとあのクロードなるエルフも働いているのではありませんか? そこにつけいるすきがあるのではありませんか? これが復讐の絶好の機会だと思いませんか? さぁアンドリュー様、ご決断を……!」

 ミナジリ家に……復讐?
 つけいる隙? ……エルフ?

「…………陛下が認めていないエルフ……いや、亜人を使用人として雇うなど言語道断だな」
「ふふふふふふ、結構ですアンドリュー様。ではギュスターブ辺境伯様へのお返事を……」
「あぁ、わかった」

 これは陛下が認めた誅伐ちゅうばつだ。
 何、たとえサマリア公爵家がいようが止める事はない。
 何しろ国家奨励職員制度は撤廃されたのだから。

「ところでドノバン、その紅い目は……?」
「ん? どうされましたかアンドリュー様?」

 今一度ドノバンの目を見るも、それはいつの間にか消えていた。
 まるで、今までの全てが嘘だったかのような、そんな微笑みを……ドノバンは浮かべていた。
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