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第一部

その147 シェルフ観光

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 咄嗟に罰とか言っちゃったけど、これは俺の方が外交問題を起こした気もする。

「ミケラルド様ー! こっち! こっちです!」

 まぁ、メアリィは嬉しそうだから別にいいか。

「というか、シェルフって普通に人間も歩けるんですね」

 俺は歩きながら言うと、クレアが苦笑しながら答えてくれた。

「そもそもシェルフの法では人間の入国を拒否する事は出来ません。先日はその……ナタリーちゃんがいましたからね」

 それだったら別に時間潰しする必要はなかったのか。
 あぁでも、リーガル国の貴族がぶらつくのは体裁が悪いか。
 だとすると、メアリィが案内してくれるのは悪い事じゃないだろう。

「で、メアリィ様はどこへ案内してくれるつもりなんでしょう?」
「おそらく……蜜菓子の店かと」

 好きだなぁ。
 周囲の視線は気にはなるも、メアリィと共に行動してる事から奇異より興味の視線に近い。

「もしかして、同盟の話ってもう国民に?」
「えぇ、先日公布されました。なので既に人間との交流の準備が進められてます」
「たとえば?」
「そうですねぇ、ある料理人は人間の好みの味付けを模索したり、宿を開業しようとする者もおりました」
「商売のチャンスですからね。バルトさんの動きも気になるところです」
「ん~、私は存じ上げませんが、後程お会いになるのでしたらお聞きになればよろしいのでは?」
「教えてくれますかねぇ」
「バルト殿はミケラルド様に頭が上がらないと仰ってましたよ」

 魔族だとバレたのに、そう言ってくれたとは意外に好感触だったのでは?
 と話していると、ようやくメアリィに追いついた。

「さぁメアリィ様、お次はどちらですか?」
「こっちです!」

 手を引っ張られ、案内するメアリィの何と健気な事か。ホント、ナタリーとは大違いである。しばらく歩いていると、目的の場所とおぼしき店が見えてきた。
 店構えは至って普通だったが、甘い香りが漂う。行列とまではいかないが、そこそこ人は並んでいるようだった。
 テイクアウトと店内、どちらも選べるようだが、店内で食べているエルフのが多い印象だ。今回は観光という事で、三人分食べる事に――って、

「メアリィ様、クレアさん……大変です」
「え、どうされたのです?」
「私、シェルフのお金持ってないです……!」

 目を丸くした二人は、見合ってから大きく噴き出した。

「あははは、ミケラルド様ったらー」
「ふふふ、大丈夫です。罰なのですからここは私が持ちます」

 くそ、物凄い恥ずかしい。
 しかし見た感じ、銅貨、銀貨、金貨の価値はリーガルとそこまで変わらないようだ。
 リーガル国が近いのだし、そちらを参考にしたのか?
 いや、もしかしたらリーガル国がシェルフを参考にしたのか、もしくは自然に似通っているのか。
 蜜菓子はシンプルな造形だった。幼女メアリィの握り拳大程の丸い菓子パンの上に蜜をかけ、それを木の葉で包んでいる。この世界、紙は高いからなぁ。ここは仕方ないだろう。店内で食べると器に載って出てくるようだ。
 そんな蜜菓子一つで銅貨三枚。リーガル感覚で言えば一つ三百円といったところだろう。
 ふむ、名称はないようだな。普通に蜜菓子と書かれている。
 どれ、味はいかがだろう。
 ……ぼそぼそしてる。バターは使ってないな。ミルクの量も足りてない。何だろう、味のないマフィンという感じか。これはもはや蜜の味のする何かである。
 二人は美味しそうに食べてるが、これではいかん。
 しかし、この蜜…………どこかで食べた記憶が? 蜂蜜じゃない。

「この蜜ってどこから採ってるの?」
「これは森の奥にある木の蜜ですよ」

 樹液か、合点がいった。こりゃメープルシロップだ。
 ふむ、改良の余地ありだな。

「店長さんいます?」

 人間の姿をしている俺が呼んだのがまずかったのか、店長らしき男エルフは顔を強張らせて登場した。

「あ、あの……何か失礼を……?」

 こんなにビクビクされると、まるでこちらが脅しているかのように感じる。

「店長、人間の領地でこちらの蜜菓子を販売してみませんか?」
「え?」
「メアリィ様が気に入られる理由、とてもよくわかりました。是非この蜜菓子を我が領地で販売したく存じます」
「あ……え、しかし、こちらの店で忙しく……――」
「――――でしょうともでしょうとも! なので、看板、、をお貸し頂きたい」
「というと?」

 俺は店長の肩に手を回し小声で話す。

「諸経費はミケラルド商店で持ちます。材料の運搬に関しても全てこちらで行います。当然、店長にはレシピをご提供頂く事になりますが、それだけで毎月の売り上げの二割をこちらに上納させて頂きます」
「ほとんど何もしないで二割っ!?」

 よし、店長の目の色が変わった。

「店長にとって悪い話ではないはずです。もし興味があれば、後日、私のお店へいらしてください。近日中にミケラルド商店の五号店シェルフ支店をオープンするつもりなので」
「わ、わかりました! 是非伺わせて頂きます」

 やったぜ。
 味の再現は出来るだろう。
 しかし、既に築き上げた者がいるのだ。パクってはいけない。
 自らフランチャイズの申し出をすれば、この店長が持ってるパイプだけで商売が成り立つ。
 味の改良もこちらで出来るように誘導すれば完璧である。
 ホクホク顔の俺に、クレアが少し呆れ顔を向ける。

「まったく、騒ぎの中心にいるのはいつもミケラルド殿ですな」

 更に呆れた表情でこちらへやって来たのは、シェルフの東門で待ち合わせをしていたはずの大商人だった。

「おやバルトさん、お元気そうで」
「ついに飲食店に手をつけるおつもりですか」
「ミナジリ領を住みやすい場所にしたいですからね」
「それで、これはどういう状況ですかな?」

 バルトが困り顔で言うと、メアリィとクレアは一瞬ビクついた。
 まぁ、「ミケラルドの眉間に矢をぶっぱなした罰で観光案内してる」とは言えないよな。
 大丈夫、おじさんはそんな告げ口みたいな事しないぞ。

「偶然お会いしたお二人に観光案内をお願いしたら、こちらへ案内されまして」
「ほぉ、それは面白い。その観光コースにバルト商会は入っているのでしょうか、クレア?」

 クレアの顔には「予定にはない」と書いてあるが、

「は、入ってます」

 だよね。
 バルトが威圧まがいに「うちに来い」って言ってるんだもん。
 愛想笑いを浮かべる二人に同情しながら、俺たちはバルトに連れられバルト商会に足を向けるのであった。
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