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第一部

その144 秘密

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 ◇◆◇ ニコルの場合 ◆◇◆

「ミケラルドさんの秘密をお聞きしたいですね」

 私がそう言った時、ミケラルドさんの表情が明らかに硬直しました。
 やはり、この問い掛けは間違いじゃありませんでした。
 ミケラルドさんは、最初から勘違いされていました。
 私たちは既にミケラルド商店の……いえ、ミケラルドさんが転移魔法を使えると薄々理解していました。
 ミケラルドさんは情報材料として提示した「よく寝た」というあの言葉、その言葉で我々は確信したのです。ミケラルド・オード・ミナジリは古代魔法――転移魔法の使い手であると。
 その情報を得られた時点で、私たちが優位になりました。
 ならば、その先に……その先の情報こそ求めるべきでしょう。
 今回のこの取り調べ、ミケラルドさんの優しさに甘えた行為です。
 それは私もディック様も理解しています。貴族を軟禁しているのです。本当ならば我々は警備の連中に捕縛されるべき行為をしている。しかしそれは起こらない。何故ならミケラルドさんはそういう人だから。
 私は十六の頃からギルド職員にき、多くの冒険者を見てきました。
 それから十年の経験を経た私ですが、彼ほど優しい方は見た事がありません。
【聖水】と【聖薬草】の価格操作。ミケラルド商店は冒険者ギルドへの依頼固定化を求めました。何という横暴……そう思ったのは最初だけ。
 彼は、それをする事によって多くの人間を救っています。
 ディック様の指示で、高額な【聖薬草】の依頼をする多くの方々にミケラルド商店を紹介しました。
 ギルドに依頼すれば金貨三十六枚。しかしミケラルド商店では金貨四十枚。
 当然不満を覚える人はいます。しかし、不満を漏らすのは転売目的の商人ばかり。
 多くの貧困層からは感謝の声が届くのです。
「紹介してくれてありがとう」
「聖薬草が銅貨一枚で買えた。これで親父を救える……!」
「感謝を」
 規則に縛られた冒険者ギルドが、我々が出来ない事を、彼はやってのける。そう、彼は優しい人。
 その優しさに我々はつけこんだ。

「その情報……高く付きますよ?」

 彼がどんな存在だろうと、私は驚きません。

「他言はしねぇ。何なら契約を交わしても構わねぇよ」
「うーん……そうですねぇ……」

 ミケラルドさんは首を左右に揺らしながら悩んでいました。
 最初は、返答を渋っているのかと思いました。
 けど、そうではなかった。隣のディック様が立ち上がり、一瞬――ほんの一瞬だけ強い殺気を出しました。荒くれ者の多い冒険者たちがこれまで出した事のないような強烈な殺気。しかし、ディック様はすぐにそれを霧散させたのです。
 けれど、横顔に見える大量の脂汗だけは……消えませんでした。

「す、すまねぇ……」

 ディック様の謝罪の意味がわかりませんでした。
 私はまだ、ミケラルドさんの変化、、に気付いてませんでしたから。
 けれど、ミケラルドさんの不可解な動きが収まり始めると、それに気付きました。

「っ!?」

 先程の覚悟が嘘のようでした。
 ミケラルドさんの顔は……魔族のソレ、、、、、に変化していたのです。
 驚かない方が無理だというものです。彼は、鋭い牙と紅い目をした……吸血鬼でした。
 言葉を失った我々に対し、ケロッとした様子のミケラルドさん。

「何で謝ったんです?」

 先程のディック様の謝罪に対して、ミケラルドさんはわざとらしく言いました。

「っ! いや、何でもねぇ……」

 ディック様は何かに気付いた様子でした。
 何故ディック様は否定をされたのでしょうか……。

「そうですか♪ ん~、そうですねぇ……やっぱり秘密は言えません」

 彼は、ミケラルドさんは何を言っているのでしょう。
 今見せたそれは秘密でないと言いたげな、そんな表情です。
 けれど私はすぐに気付きました。彼は――、

「ねぇニコルさん、ミナジリ領どうですか? 良いところだと思うんですけどねぇ」

 彼は、それすらも交渉材料にしたのです。
 ミケラルドさんは、決して我々を脅している訳ではありません。
「魔族が営む領地。そこに来ないか」と言っているのです。
 こんなの……交渉材料にもなりません。それはきっと彼もわかっている。
 でも彼は言ったのです。「魔族が住む領地に冒険者ギルドを招きたい」と。
 我々は彼に、ミケラルドさんに試されています。

 ――――冒険者ギルドは中立なれ。

 それを掲げ、冒険者ギルドは各国に存在します。
 当然、エルフの国シェルフにも、ドワーフの国ガンドフ、、、、にも冒険者ギルドは存在します。しかし、魔界にだけは存在しません。するはずがないのです。
 魔族とは悪しき者。冒険者ギルドでさえもそう認識しています。
 しかし、この場に……ここには悪しき者がいるのでしょうか。
 いえ、いるはずもない。いないのです。
 ミケラルドさんは……本当に、優しい人だから。

「……ったく、とんでもねぇ情報握らされちまったぜ」

 ディック様はようやく腰を下ろし、後頭部を掻いていらっしゃいました。

「はて?」

 ミケラルドさんの口癖なのでしょうか。私はそのとぼけ方が嫌に感じませんでした。
 それどころか、癖になりそうです。
 そう、私の答えは最初から決まっていたのです。
 いつの間にか私は……こんなに彼に惹かれていたのだから。

「では、別のオプションの話にしましょうか」
「うぇっ!?」

 勿論、オプションの話は譲れませんけど。
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