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第一部

その142 勧誘

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「あ、ミケラルドさん!」
「やぁネム、お疲れ様~! 今帰るところ?」
「はい! これからギルド宿舎に帰るところです!」
「暇なら少し付き合ってくれない? ちょっと話があるんだよね」
「へ? 構いませんけど……?」

 ディックとゲミッドとの品評会が終わった後、俺はギルドを出た。
 ギルド前そこで見つけたネムを食事に誘うという事は、多くの冒険者の目に触れるという事。
 刺すような強い視線がアレだが、こちらも仕事である。そんな言い訳を自分にしながら、近くの酒場に入る。
 流石に有名なのか、俺が店に入ると同時に店主がかしこまってしまった。
 そうか、既にミナジリ領の領主が誰かというのは広まってしまってるんだな。
 俺の知らないところで御触おふれでも出てるのかもしれないし、ギルド職員からの口てかもしれない。
 流石にこの身分で大衆酒場に入るのはまずかったか。そう思ったが、店主の計らいで、店の奥の席に案内してもらった。個室とまではいかないが、人目につかないような席だった。

「な、何か緊張しますね」
「普通の酒場なのにね。あ、ネムはお酒飲むの?」
「ジュ、ジュースならいけます」
「あ、うん。まぁ俺も控えるよ」

 席に腰掛け、飲み物と軽めの食事を注文した後、ネムが話を切り出した。

「それで、お話って何です?」
「いやぁ、実はゲミッドさんから高難度な仕事を任されちゃってさ」
「ギ、ギルドマスターから仕事って、どれだけ難しいお仕事なんですか!? こっちにも下りてきてない仕事って事は、もしかしてランクAの仕事ですか!?」
「いや、依頼じゃないんだ」
「へ? それはどういう?」
「でも、これが失敗すると俺が困るからさ。頑張ろうと思って」
「話が全く読めないです……」
「ネムさ、ミナジリ領に来ない?」
「え、いいんですか!? ちょっと気になってたんです!」

 これは違う意味で捉えてるよな?

「あ、いや、そうじゃなくて、『ミナジリ領に冒険者ギルドを建てた時、そこで働かない?』って意味」
「……へ? えぇえええええええ!? わ、私がですかっ!?」
「ゲミッドさんに言われちゃったんだよ。『冒険者ギルドを建てるのは構わんが、その領地で働きたいって言う人間がいるかどうかだな』って」
「それで何で私なんですかっ?」
「俺がゲミッドさんに『ネムはどうですか?』って聞いたんだよ」
「そ、それでゲミッド様は何とっ?」
「『口説き落とせるものならやってみろ』って」
「じゃ、じゃあ高難度の仕事って……」
「そ、ネムの勧誘♪」
「任されてないじゃないですかっ!」
「言葉の綾だよ」
「うぅ……ずるいです」
「新しいギルドっていっても、やっぱり専門的な事は専門家じゃないと出来ないからさ。雑務は他の人が出来たとしても、熟練者が欲しいんだよ」
「で、でも私には無理ですよ……そんなに熟練者じゃないし……」
「もう一人候補がいる。その人にも後で勧誘に行くんだよ」
「え、どなたです?」
「ニコルさん」
「ニコル先輩ですかっ!?」

 ネムはがたんと立ち上がり食いついた。

「確かにニコル先輩となら可能かもしれませんっ」

 ふんふんと鼻息を荒げるネム。
 なるほど、土地に対しての不満はないのか。
 ミケラルド商店で売る物も増えてる。これからどんどん人口が増える事を考えると、ミナジリ領の改革も必要だろうな。

「それじゃあミケラルドさん」
「ん?」
「ニコル先輩を口説き落とせたら、私ミナジリ領に行きます!」

 つまり、全てはニコル次第という事か。
 これはかなり難題かもしれないな……。

 ◇◆◇ ◆◇◆

 翌日、夜になり、俺は会ってはいけない人と会ってしまった。
 首都リーガルの南門付近、汗だくで息切れするオッサンが、俺を睨む。

「おいミケラルド……何でお前がここにいるんだ?」
「いやだなぁディックさん、ここには四号店もあるんですから当然じゃないですか~」

 時間にして一日半。確かにディックなら、昨日の品評会が終わってからシェンドを発てばこの時間には着く。当然、ディックに勝利した俺なら、それより早く着く事は出来る。
 しかし――、

「お前、昨日はネムの勧誘してたはずだろう? ネムの就業時間考えりゃ、そっから交渉したとしても一、二時間は必要だ」

 確かに、現在二十二時。ネムがギルドから出たのは二十時。交渉時間を考えれば、逆算しても一日以内に着いた計算になってしまう。確かに言い逃れは出来る。
 普段なら――、

「ミケラルドさんは、本日いくつかの依頼をこなしていらっしゃいました。朝から、、、
「それは良い情報だ……ニコル、、、

 そう、今俺は首都リーガルの冒険者ギルドの受付嬢――ニコルと店外デート、もとい勧誘の話をしようと外を歩いていたのだ。
 事を急ぎすぎた。ニコルからディックに情報が伝わると考えていなかったから。
 しかし、まさか見つかるとは思わないじゃないか……。

「ランクS、いやランクSS相当の実力があったとて、半日とかからずシェンドからリーガルに着く訳ねぇ。そうだな、ミケラルド?」
「着いたんだから仕方ないじゃないですか、あはははは」
「ニコル、残業代弾むぞ。これからミケラルドに尋問だ」
「かしこまりました、ギルドマスター」

 はたして俺は、このギラギラと光る赤い目をした二人を前に、転移魔法の事を黙っていられるのだろうか。
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