上 下
140 / 566
第一部

その139 聖涼飲料水

しおりを挟む
 喉が熱い。口内が焼ける。胃が……異常事態だ!
 まるで塩酸か硫酸でも呑んだような気分だった。身体の全てが焼けてしまうような緊急事態。
 俺は喉を掻きむしりながら声にならない悲鳴をあげていた。

「カヒュ……ヒュ……ッ!」

 身体中の生命力が持っていかれる。誰に? 何に? これはおそらく光の力。
 全ての良魔法、良能力を発動させ身体の機能を向上させるも、この苦痛が消える事はない。
 のたうちまわり、破壊し、息だけの慟哭が最終階層に響く。
 単純な勘違い。慣れという人間の部分が、俺を殺す。そう思った。
 ダークヒールを発動しながら回復を図るも、回復した部分が更にダメージを追い俺に傷みを与えた。傷が塞がり、傷が増え、傷が塞がる。終わりの見えないいたちごっこを、俺は続けるしかなかった。
 しかし、過去無尽蔵に思えた魔力が徐々になくなり始めたのを感じた。残り少ない魔力は、俺に命の危機を知らせた。だが、俺が生きながらえるにはこれしかなかった。
 俺の足りない頭ではそれが限界だった。そうする事でしか生を得られなかった。
 マナポーションを呑むことは出来ない。何故なら喉は炎上中。だから俺は、粘膜摂取すればいいと考え、顔にそれを振り掛け、数回のダークヒール分の魔力を回復させた。
 マナポーションが尽き、残り少ない魔力で最後のダークヒールを掛けた時……ようやく【聖水】の効力が消えた。
 大量の汗をかき、服を濡らしながら倒れていた俺は、噴き出ていた脂汗を拭い天井を見ていた。

「……し、死ぬかと思った……」

 そのまましばらく動けなかったが、十分程だろうか。それくらいぼーっと天井を見上げていたら、体内の魔力も微量だが回復していた。
 身体を起こし、胡座をかいた俺は――、

「死ぬかと思った」

 もう一度同じ事を言ったのだった。
 流石社畜、流石商人なのだろう。俺は【聖薬草】と、作った試作品だけを回収し、転移装置に乗ってダンジョンの外に出たのだった。
 テレポートする魔力もなく、ふらふらと歩きながらミケラルド商店に着く。

「あ、おかえりなさいませ、ミケラルドさ……ま?」

 カミナは俺を見て驚愕した。

「ど、どうしたんですかミケラルド様!? お顔が真っ青ですよ!? それにその顔!」
「……へ?」
「だ、誰にも見られてませんかっ!?」
「え、あぁ。真夜中だったし……」
「戻っちゃってますよ、お顔……」

 カミナが自身の顔まわりを指差し、俺に【チェンジ】の解除を知らせた。
 直後、気が抜けたのか身体の縮小も始まってしまった。

「わ、わっ!?」
「うへへへへへ……」

 本来であればこの台詞は逆なのだろう。下種びた笑いを零したのはカミナだった。
 俺は俺で、を隠し――、

「失礼しましたー!」

 一人応接室へ向かって逃げ出したのだった。
 裸で自宅に戻る訳にもいかず、俺は回復した魔力を使い【闇空間】から三歳児用の服を取り出し……それを着たところで体力も尽きてしまった。

 ◇◆◇ ◆◇◆

 見慣れた天井…………何で?
 翌朝、俺はマッキリーの応接室で目覚めるはずだった。
 しかし、起きたのは実家のような安心感……もとい自宅にいたのだ。

「起きたかミック」

 俺の部屋、俺のベッド、その前にある椅子に腰掛け仏頂面でそう言ったのは、我が守護龍だった。

「リィたん? もしかしてリィたんがここまで運んでくれたの?」
「そうだ。ダンジョンから出た時、三号店にミックの反応を感じたからな。危ないところだったな」
「へ?」

 何故リィたんが俺の窮地を知っていたのだろうか?

「カミナが今にもミックを襲うところだったぞ」

 本当に危ないところだった。

「目はギラつき、涎を垂らし、指の動きはまるで触手のようだった。新手のモンスターかと見紛う程だったぞ」
「それ、カミナの話だよね?」
「うむ、拳骨で黙らせておいたぞ」
「あ、はい」
「しかし無防備だったな? 私が抱きかかえたというのに一切起きなかったぞ?」
「あぁいや……昨日は疲れちゃってさ」
「ほぉ、それ程ダンジョンに潜ったのか? いや、でも私より早く切り上げていたしな……ふむ?」
「あぁ、ダンジョンには全然潜れなかった。いつもの半分くらい」
「どういう事だ?」

「うっかり聖水呑んじゃった♪」なんて言おうものなら、俺はリィたんに怒られてしまうだろう。

「ミック、隠すなら上手い嘘を吐くんだな」
「……まだ何も言ってないけど?」
「これから嘘を吐く顔をしている」

 一体どんな顔だろう。

「正直に話せ」
「怒らない?」
「私はミックの味方だ」
「うっかり聖水呑んじゃった♪」
「な、何を馬鹿な事をしている! ミックは魔族なんだぞ! 【聖水】がどれ程危険なものかわかってるのか!? それでなくても吸血鬼は聖水に弱い種族だ! 身体に掛かるならともかく体内に入れただと!? どんな感性こじらせたらそんな事になる!?」
「ちょ!? 怒らないって聞いたじゃん!」
「怒らないとは言ってない!」
「もっと確認すればよかったよ!」
「それでも商人か!」
「なったばかりだもん!」
「この! あぁ言えばこう言う! そんなミックには、こうだ!」

 俺はリィたんに抱えられ、万力のような力で固定される。

「ちょ!? な、何する気っ!?」
「エメラが言っていた……! 言う事をきかない子供には……おしおきが必要だと!」

 リィたんの右手が振りかざされる。向かう先は……俺の臀部ナイスヒップ
 現代日本でこれをやればきっと児童相談所に通報されるであろう、昔ながらのしつけ法の一つ。通称――おしりぺんぺん。
 リィたんの力は、人間の力を超えているというか、圧倒的に凌駕している。まさに龍の一撃。その力で俺の尻を叩くとどうなるか。
 最初の一撃で、まず窓が割れた。

「あひっ!?」

 次の一撃で、クロード家の窓が割れた音がした。

「おっふっ!?」

 平手の風圧で部屋の中にある全てが吹き飛び、壁にめり込む。

「ちょ! 痛い! 痛いってば!? リィたん!? リィたん様!?」
「聞こえんな! 悪い事をしたら何と言うのだ!? んんっ!?」
「ごめん!」
「ごぉめぇんんん!?」
「ごめんなさい! すみませんでした! 申し訳ありません! もうしません!」

 次の一撃を振りかぶっていたリィたんに謝罪それが届くと、リィたんは鋭い視線のままピタリと止まった。そして――、

「あいてっ」

 最後は手加減した平手を尻にペシンと打ち込んで言った。

「うむ、わかればよろしい」
「ほぉ~……痛い痛い。尻の感覚がないよ……」
「龍の一撃を受けて生きてるのだ。ミックは成長している」
「え、本気で打ったの!?」
「五割程度だ。エメラにそう教わったからな」
「それは人間の膂力でって意味だと思うけどな……」
「何? そうなのか!?」
「うん」
「うーむ……中々に難しいな」
「窓ガラス、修理リペアで直さなくちゃ」
「それで、聖水からはどんな能力を得たのだ?」

 リィたんが変な事を言い出した。

「へ?」
「自分の能力を忘れたのか?」
「あれは血だけでしょう?」
「自分でスケルトンの骨を砕いたり、モンスターの体液を舐めてたりして能力を得ていただろう。【聖水】は魔を払う能力がある。それを摂取し、生き残ったのであれば何らかの能力を得ていて然るべきだろう」

 なるほど、盲点だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

二度目の異世界に来たのは最強の騎士〜吸血鬼の俺はこの世界で眷族(ハーレム)を増やす〜

北条氏成
ファンタジー
一度目の世界を救って、二度目の異世界にやってきた主人公は全能力を引き継いで吸血鬼へと転生した。 この物語は魔王によって人間との混血のハーフと呼ばれる者達が能力を失った世界で、最強種の吸血鬼が眷族を増やす少しエッチな小説です。 ※物語上、日常で消費する魔力の補給が必要になる為、『魔力の補給(少しエッチな)』話を挟みます。嫌な方は飛ばしても問題はないかと思いますので更新をお待ち下さい。※    カクヨムで3日で修正という無理難題を突き付けられたので、今後は切り替えてこちらで投稿していきます!カクヨムで読んで頂いてくれていた読者の方々には大変申し訳ありません!! *毎日投稿実施中!投稿時間は夜11時~12時頃です。* ※本作は眷族の儀式と魔力の補給というストーリー上で不可欠な要素が発生します。性描写が苦手な方は注意(魔力の補給が含まれます)を読まないで下さい。また、ギリギリを攻めている為、BAN対策で必然的に同じ描写が多くなります。描写が単調だよ? 足りないよ?という場合は想像力で補って下さい。できる限り毎日更新する為、話数を切って千文字程度で更新します。※ 表紙はAIで作成しました。ヒロインのリアラのイメージです。ちょっと過激な感じなので、運営から言われたら消します!

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。 しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。 『ハズレスキルだ!』 同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。 そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...