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第一部

その109 商戦

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 店内からでも伝わる店外の緊張、小窓から見えるドマーク商会のドン――ドマークからも緊張が見てとれる。俺だって緊張しない訳じゃない。
 他国からの商人は幾度となく相手にしてきた。しかし、それは人間が相手だからだ。
 その相手全てがエルフともなると、緊張して当然だった。
 リーガル店の小さな階段を上がるいくつかの軋み音。
 開けられる扉。ドアベルの音。皆の口が揃う。

「「いらっしゃいませー!」」

 活気溢れるエメラとクロード、そして奥から聞こえるカミナの声。

「……ほぉ」

 最初に目に入ったのは中老のイケメンダンディズムだった。
 短めの髭を整え、小綺麗な男。派手ではないが、その身の到る所に、多くの職人の仕事が見える。おそらくこのエルフが商人。
 後ろに控える軽装ながら武装した二人、男女のエルフは彼の護衛だろう。
 男のエルフは腰に剣を、そして槍を持っている。ギラギラした眼差しで周囲を警戒している。
 女のエルフは腰に短剣を、そして背には弓矢が。目を伏せながらも警戒は怠っていない。
 どちらもランクBの冒険者と遜色ないだろう。なるほど、良い護衛を抱えているな。
 エルフ商人は左に立つクロードを軽く見た後、俺へ視線を移した。
 クロードの情報は当然相手にも伝わっているはず。だが、その一瞬の視線だけでクロードは緊張してしまったようだ。
 俺は咄嗟にテレパシーを発動しクロードに呼びかけた。

『知ってる人でした?』
『た、大変なお方がいらっしゃいました……』
『情報ではバルト商会、、、、、の方と?』
『シェルフを牛耳っている商会のボス……その人です』

 なるほど、情報はそこまで詳細には聞いてないが、まさかそんな大物がやってくるとはな。
 しかし、名前でビビるのであれば俺の真名まなを聞いた方が皆驚くだろう。
 少なくとも、名前負けはしてないんじゃなかろうか。
 俺はそう思いながらテレパシーを閉じる。
 バルトは俺から目を逸らそうとしない。何をどう見定めているのかはわからないが、こちらはやるべき事をやるだけだ。

「いろんな商品がございます。心ゆくまでご覧ください。ご質問等ありましたらお気軽に声を掛けてください」

 相手方が何を買いに来たのかは知っている。しかし、それを売るだけでは商人ではないのだ。この店に置いてある商品をその目で、その身で体感してもらわなくてはいけない。

「なるほど、素敵な店だな。ダドリー、クレア、お前たちも見てまわるといい」
「「はっ」」

 男エルフはダドリー、女エルフの名前はクレア。
 これはバルトが提示したヒント。名前という引き出しを見せたという事。
 だが、それを勝手に使うようではいけない。当然それはバルトの名前さえも。

「君、すまないがこの商品の説明を頼む」
「かしこまりました!」

 バルトに呼ばれたのはエメラ。
 おそらく彼は俺が店長だと知っている。これはエメラへの指導を見ているのだろう。
 いくつかの商品説明の後、エメラが挨拶をして帰ってくる。
 その挨拶の中には、互いの名前がある。だからバルトはエメラの名を、エメラはバルトの名前を知った事だろう。相手との信頼関係を築けた証拠だ。

「あの」
「はい、何でしょうお客様、、、

 だが、これを築かずに行使するのはまずい。耳に名前が入ったとて、このクレアをいきなり名前呼びしてはいけないのだ。

「この商品の説明を頼む」
「か、かしこまりました!」

 ダドリーを相手取ったクロードも同じ対応である。
 商品説明を求めたのはただのパフォーマンス。本当の目的はこの店の中身にある。
 外見だけではない中身。相手が国を隔てても信用足る商売相手かどうか、バルトはそれを見ようとしている。

「エメラ君、ここの店主はどなたかな?」
「はい、あちらのミケラルドが当店の店長です」
「紹介を頼めるかな?」
「はい、勿論です」

 バルトの接近。
 エメラがここまで頑張ってくれてるのだ。ここで俺がヘマする訳にはいかない。

「初めましてお客様、店長のミケラルドと申します」
「これはご丁寧に、バルトと申します」

 ここでただ要点に向かってはいけない。
 まず聞かなくてはいけないのは、エメラに俺の紹介を求めた理由だ。

「何かお困りでしょうか」
「このショーケースにある魔導書グリモワールについて伺いたい」

 ようやく相手の要望を聞き出せた。
 相手の興味がないものを勝手に出して勝手に売りつけては、心証しんしょうがよろしくない。それがたとえ事前に明示されていたものであっても。

「はい、どのようなご質問でしょう?」
「これをいくつか購入したいと考えているのだが、在庫がどれ程あるのかと思ってね」

 リーガルの冒険者ギルドマスターのディックからの情報では、このバルト商会が求めている魔導書グリモワールの数は五冊。だが、どうもきな臭い情報だとは思っていた。
 理由は簡単だった。たとえ商会であろうとも国を隔てて来るのだ。それにしては数が少ない。バルトはこれを足がかりに魔導書グリモワールをエルフの国で売りさばく事だろう。
 そう考えれば考える程、ディックの情報はきな臭かった。
 そもそも、ディックに何故情報を与えたのか。それこそが、ミケラルド商店とバルト商会の……商戦、、の始まりだったのではないのか。

「ありがとうございます。いかほどご入り用でしょうか」

 俺が聞くと、バルトは三本の指を立ててきた。
 やはり、五冊ではない。そして、嫌な予感がする。

「三冊……でしょうか?」
「いや」
「それでは、三十冊でしょうか?」
「ふふふ、もう一声だ」

 なるほど、バルト商会のバルト……、

三百冊、、、頂こうか」

 かなりのやり手のようだな。
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