上 下
85 / 566
第一部

その84 ミケラルドの商才

しおりを挟む
「ようこそおいでくださいました。ミケラルド殿」
「ご招待頂きありがとうございます。ドマークさん」

 ナタリーにお説教された翌日、俺は三度みたびドマーク商会本店までやって来ていた。
 案の定、本日シェンドの町にミケラルド商店が王商印おうしょういんを授かり、王商おうしょうとなったという情報が広まった。当然、シェンドの町の町民は皆こぞってミケラルド商店までやって来た。
 ナタリーとエメラは、今頃嬉しい悲鳴をあげている頃だろう。
 俺が戻るまでの倉庫番をリィたんが務めているそうだが、本当に大丈夫なのか不安である。しかし、近所付き合いは大事である。まずはこのドマークとの局面を乗り越えなければならないだろう。
 ドマーク商会本店の応接室は、まるで貴賓室のようだった。シェンドの町の二号店の応接室はエメラと一緒に出来るだけ豪華にしたつもりだったが、ここに来るとやはりそれすらも霞んでしまうだろう。
 ずっしりとした客席に腰掛けると、ドマークもその対面に座った。
 両者が座った段階で、別室から執事のようなダンディな男がティーポッドを持って入って来た。
 なるほど、茶か。それは考えてなかった。
 ミケラルド商店でも取り入れよう。…………問題は、誰にお茶運びをやらせるか、という事だ。
 任せられそうなのがエメラしかいないというのは、やはり人手不足なのだろうな。

「ん、美味しいですね、この紅茶」

 出された茶に手をつけないのも失礼だ。一口すすってみると、茶葉の匂いが鼻腔をくすぐり、香りと共に深い味を楽しませてくれた。率直な感想を述べると、ドマークは嬉しそうに微笑んだ。

「リプトゥア国から取り寄せている茶葉です。木材や石材より軽く、交易に向いた商品ですよ」
「いいんですか? そういうのバラしてしまって」
「問題ありません。多くの商人が取り扱ってる商品の一つですから」
「ですか。ドマーク商会には驚かされっぱなしです。昨日箪笥チェストを買った後、また伺ったんですよ」
「そうでしたか。お声がけくだされば案内したものを」
「はははは、天下のドマーク商会のドマークさんに案内なんて、贅沢ですね」
「相手がミケラルド商店のミケラルド殿だからこそですよ」

 ……やはり違う。ただのゴマすり合いなどではない。
 ちゃんとドマークは俺を利益の対象として俺を見て、相手している。
 本当の挨拶は昨日のみ。今日は何かしら話があるからこそ俺をここに呼んだ。そういう事か。
 ただの近所付き合いだと思ったら、思わぬ火の粉をかぶってしまいそうだ。

「さて、何から話したものでしょうか」

 鬼が出るか、蛇が出るか。

「ミケラルド殿は、これからどういった商売を目指していくおつもりか?」

 漠然としたところからきたな。
 しかし、この質問にもちゃんと意味がある。
 これ即ち野望の大きさ。ドマークは、俺がどういう反応をするかで、今後の利益を考えるのだろう。こちらとしてもドマーク商会の力を借りた方が先を見通しやすくなる。
 ここは正直に答えた方がいいだろう。

「国……ですね」
「というと?」
「国を動かせるレベルの商売を目指しています」

 ドマークの反応がピタリと止まる。
 そして、温厚さが消えた商売人の鋭い眼力で、俺を品定めするように見たのだ。

「それは、金銭で政治を牛耳るという事かな?」
「牛耳る……というより手綱を握るというのが正解でしょうか」
「それが非なるものだと?」
「完全なコントロールと指針は別だと考えています」
「なるほど、少しだけミケラルド殿が見えてきましたな。しかし、我々は既に王商おうしょう。聞くものが聞けば、それは王家に対する反逆ととられるでしょう」
「王家が間違いを起こさない保証はないので」
「ほぉ、それはまるで神の如き高みからの発言ではありませんか?」
「違います。王家と対等に交渉の場に立たなくては、町の皆の意見を取り入れなくては、いずれ国は衰退していくと思っているからです」
「……つまりそれは、対王家の抑止力という事でしょうか?」
「近いです。幸い現リーガル国王は聡明な方のようです。しかし、それが長く続くとも限らない。人間とは弱い存在ですから」

 ここでまたドマークが止まる。
 目を瞑り、何かを考えているようだ。

「……それはなんとも、壮大ですな。なるほど、道理で意見が食い違うはずです。私の見ている先と、ミケラルド殿が見ている先はかなりの差があったようです」
「へ?」
「ミケラルド殿、あなたは十年、二十年先の話をしていないのではありませんか?」
「勿論です。商売とは百年、二百年くらい先を見ないといけません。私の代、次代だけで終わるのであれば、こんな話は無用です」
「…………そうか、そういう事でしたか。ミケラルド殿が今完全に見えました」

 そんなに見られていたのだろうか。
 ドマークは少々ぬるくなったであろう紅茶をくいと飲み、受け皿ソーサーに置く。

「ミケラルド殿、あなたはどうやら商売人ではないようだ」

 ドマークは、貶す訳でもなく、怒る訳でもなく、ただ真っ直ぐに俺を見てそう言ったのだった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

貞操逆転世界の男教師

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が世界初の男性教師として働く話。

最弱テイマーの成り上がり~役立たずテイマーは実は神獣を従える【神獣使い】でした。今更戻ってこいと言われてももう遅い~

平山和人
ファンタジー
Sランクパーティーに所属するテイマーのカイトは使えない役立たずだからと追放される。 さらにパーティーの汚点として高難易度ダンジョンに転移され、魔物にカイトを始末させようとする。 魔物に襲われ絶体絶命のピンチをむかえたカイトは、秘められた【神獣使い】の力を覚醒させる。 神に匹敵する力を持つ神獣と契約することでスキルをゲット。さらにフェンリルと契約し、最強となる。 その一方で、パーティーメンバーたちは、カイトを追放したことで没落の道を歩むことになるのであった。

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

処理中です...