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第一部

その16 魔族四天王スパニッシュ

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 ◇◆◇ ジェイルの場合 ◆◇◆

 まったく、本当に困った子息だ。だが、スパニッシュやアンドゥよりも数千倍も良い。
 まさか格上の種族である吸血鬼と、あそこまで対等に互いの名前を呼び合う日がくるとは思わなかった。
 虚しい日々を送っていた俺には、とても新鮮な風だった。
 半端な俺を、一人の俺として見てくれた。なんとも優しく良い男だ。
 ナタリーもそうだ。魔族と人間族の隔たりを簡単に超えてきた。種族で見ず、自分で見る。
 魔族にはない素晴らしい精神だ。だからこそ俺は彼等を守らなくてはいけない。
 未来溢れる子供の命を。

「ふん、ワイバーンの巣か。竜族の固有能力【威光】を使い、同族モンスターに助けを求めたか。ハーフエルフの娘をどこぞへとやり、貴様一人であれば私に敵うとでも?」

 吸血公爵スパニッシュ・ヴァンプ・ワラキエル。
 魔族四天王の一人にして、ミックの父親。仮の父親といえど、ここまで割り切るとは流石魔族だな。
 ワイバーンが上空高くへ避難した時、俺は背中に携えた大剣を引き抜き、スパニッシュと対峙した。

「能書きはいい。さっさと掛かってこい」
「生意気な、実力の差を思い知らせてやろう……」

 スパニッシュが瞬時に腰を落として消えるように駆ける。
 中央、壁、果ては空を走り背後へ。

「死ね」
「後手の極み、竜剣……流舞!」

 俺は制空圏に侵入してきたスパニッシュの腕を、全方位のカウンター攻撃で対応する。
 その刹那のタイミングでスパニッシュは身体を捻るように捻ってかわす。
 流石魔族四天王、簡単に傷は負わせられないか。
 スパニッシュが後方へ跳びながら多段のエアスライスを放つ。

「竜剣……魔断ち!」

 エアスライスを全て叩き斬ると、スパニッシュの動きが止まる。

「その剣……魔族のものではないな? 一体どこで覚えた?」
「…………ふん」
「なるほど、勇者殺しは伊達ではないという事か。それにしても後手ばかりだが、貴様、動く気がないのか?」
「俺をここから動かせないのであれば、お前の魔族四天王の地位も危ういという事さ」
「…………小癪な!」

 瞬間、スパニッシュの瞳がギラリと光り、俺の身体の自由を奪った。
 なるほど超能力か。
 その後自身への強化魔法を使ったようだ。吸血鬼であればヘルメスの靴、疾風迅雷、暗衣、風雷の双手、ダークブースターというところか。
 …………ここからが本番だな。

「カッ!」

 最初の動きがスローモーションに感じる程の速度。サイコキネシスのせいで多少鈍くなったが、俺も動けない訳ではない。
 火魔法「ヒートアップ」で身体の制限を捻じ切る。
 真っ向から前進するスパニッシュに合わせ剣を振り下ろす。

「馬鹿な、動けるのかっ!」

 剣の横腹を弾いて難を逃れたようだが、甘い。そこには俺の剣の罠がある。

「竜剣、陽炎かげろう

 火魔法と人間の剣技の合成技。空気中に溶け込ませた無数の剣撃がスパニッシュを襲う。
 だが、スパニッシュは闇魔法で次元を歪め、別の場所へ移動してかわす。
 スパニッシュが動けば動く程俺は冷静に、そして、的確で最小限の動きを努めた。
 無数の攻防、魔法には極力剣技で対応し、やむを得ない場合のみ魔法や魔力を使う。
 魔力が少ない人間が編み出した生き抜く知恵。スパニッシュ…………地位に胡坐をかいていたお前は知らないだろう。
 魔族四天王とはいえ、魔力には限度がある。そして、俺たちを追う分の魔力さえなくしてしまえば、俺は逃げに徹する事が出来る。

「くっ、トールトルネイド!」

 雷を纏う竜巻。
 いいのかスパニッシュ? 合成魔法は魔力消費が激しいぞ?

「竜剣、竜巻……」

 回転しながら竜巻に乗る事で、雷を弾きながら回避する事が出来る。
 ほぉ、強化魔法の効果が切れたようだな。
 再び発動して大丈夫か? いや、頭に血が上ったお前はもう気付けまい。
 お前は初めからミックを追うべきだった。ふん、二兎を追う者は一兎をも得ず、というところか。

「ま、まだだ……なっ!? ゾーンが出ないっ!?」

 ついに瞬間移動用の闇魔法が使えなくなったか。
 ……そろそろか。しかし、魔族四天王もこんなものだったか。これで鬼族の超回復さえなければ十魔士共から後釜を狙われる訳か。
 他の四天王、、、、、はうまくやっているというのに、何とも不器用な男だな。

「ではな、スパニッシュ。どうかもう二度と会わない事を願う。カァアアアアアアアアアッ!!」
「ちぃっ!!」

 魔力を込めた気合いと共に、火魔法を使い巨大な火炎を吹くと、スパニッシュは大地を叩いてそれを防いだ。
 無論、俺の目的はダメージにない。この一瞬を狙い、このタイミングに合わせ、俺は上空からワイバーンを呼んでいたのだ。
 岩壁を蹴り、最大限の跳躍からワイバーンの足を掴んだ時、俺の勝ちは決まった。
 スパニッシュが俺の目的に気付いた時、俺はもうスパニッシュが追えない高度まで到達していた。
 オリンダル高山へはここを進めば着けるが、奴の今の魔力では来れない場所でミックを待てばいいだけだ。
 さて、ミックはうまくやっただろうか?
 戦略次第ではアンドゥに勝てるだろうが、今のミックには厳しいだろう。あの時、三人で駆けながら話している時、ドゥムガの足跡を見つけていなければ一人で行かせたりはしなかった。二人であれば勝率はかなり高い。
 …………嘆きの渓谷に落ちなければな。

 ◇◆◇ ◆◇◆

 オリンダル高山に着いた時、ワイバーンの背でナタリーが自身の両肩を抱えていた。
 ん、どうした? 怪我でもしたのだろうか?

「ジェイル……」

 歯を鳴らし、顔面蒼白……しまった、どこかで毒をもらったかっ!?

「寒いわよ!」

 そ、そうだった……。人間はそういった感覚があったのか。いや、勿論魔族にもある感覚なのだが、この程度で参るとは。
 なんとも弱い身体だ。しかし、だからこそ知恵という恐ろしい武器を――――

「は、早く何とかしてよ!」
「あ、はい」

 豪雪のオリンダル高山で、俺はナタリーに暖気を与えるため、魔族四天王であるスパニッシュとの戦闘より魔力を使ってしまった。
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