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第一部

その15 大怪獣発見

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 でかい足音、近付く咆哮。
 それ以外は本当に静かだ。他に何も生物がいないのではないだろうか?
 くそ、絶対にジェイルのあの言葉のせいだ。
 とりあえず、叫び声の反対側に駆けるしかないか。どうせ、向かう先はこっちだしな!
 俺はヘルメスの靴を再び放ち、速度の低下を防ぎながら走り始めた。
 すると……、大変だ。後方の地響きの速度も上がった。
 くそ、この速度は……絶対に追いつかれる。やるしかないのか!?
 俺はそう思い、一旦止まって後ろを振り返った。
 すると、何故か後方から聞こえていた音はピタリと止まった。……どういう事だ?
 再び俺がオリンダル高山を目指し走り始めると――、地響きが聞こえ始める。そして止まると、向こうもまた止まる。走ると向こうも走る。当然俺より速い速度で。
 …………もしかして。
 三度みたび俺が止まると、俺は後方にいる奴の意図を理解した。
 ……完全に遊ばれている。
 ドゥムガの話じゃ、ここの主ってくらいだ、嘆きの渓谷の全長とこちら側の終点を把握しているのだろう。
 絶対に追いつく事を前提としている遊び。どうやらここの主は捻くれた知性を持ち合わせているようだ。
 くそ、忌々しい。
 どうせかち合うなら極力逃げてからにするか? それともこの捻くれた奴の顔面と対面してみるか?
 この濃度の高い魔力、アンドゥより強いみたいだし、会ったらもう逃げられないが……どうする?
 いや、さっきみたいに血を吸えれば操れる。しかしそんな隙を敵が与えてくれるか?
 無理だ、絶対に無理。
 なら出来るだけ逃げて…………。
 そう思った時、不思議と俺の足は止まっていた。
 そうだよ、本気で、死ぬ気で生きるって決めたじゃないか。
 真っ向勝負が愚行なら、見事な変化球をぶちかます! やってやるぜ、くそったれ!

 立ち止まり続ける俺に苛立ったのか、遊びは終わったのか……しばらく俺がその場に留まっていると、地響きの前進が始まり、俺の正面、、からは巨大な黒い影が現れた。
 震える俺が俯きながら見たその影は、大きさのわりに細く性格と似てうねっていた。これは……蛇?

「……ほぉ、跪き、伏して我を待つとは中々に豪胆な者よ」

 土下座スタイルを貫く俺に、高みから語り掛ける声は、変な事に澄んでいる女のような声だった。
 モンスターだと思ったが……喋れるのか。

「ふ、どうした? 身体が震えているではないか? 面を上げてその恐怖に引き攣った顔を見せよ」
「…………っ」

 顔を上げて俺の目が捉えたのは……巨大な、水龍。
 アクアブルーの煌めく身体に、蛇のような身体と鱗。ドゥムガ以上に裂けた口は、ドゥムガやアンドゥでさえも一口だろう。
 羽のようなヒレをパタつかせて、俺を見る瞳は、正に血の色そのもの。
 ……全長二、三十メートルはあるな。
 こりゃドゥムガも裸足で逃げ出すわ。俺もこのまま四つ足で這うように逃げたい気分だ。

「フハハハハハッ、いいぞ。その顔は我の退屈をどこかへ吹き飛ばしてくれる」
「……こ、この渓谷の主様でしょうか?」
「左様、我が名は水龍リバイアサン。……いや、古の武器、炎剣フレイムタンを体内に封じし時から我が名は変わった……」
「……と言うと?」
「我が名は…………リバイアタンッ!」

 可愛い名前もあったもんだ。
 だが、話が通じるのであれば、交渉次第でここから逃がしてくれるかもしれない。

「では、吸血鬼の子供よ、貴様はどのような最後を迎えて死にたいのだ? われが貴様のその望みを叶えてやろう」

 ――と思った時期が俺にもありました。望まねーよ、馬鹿!
 いやいや、待て待て。ネゴシエーションだ。俺の生への渇望を相手に伝えればきっと通じる。

「死、以外の道はないのでしょ――」
「ない」

 通じなかったよ!
 いやいやいや、待て待て待て。ネゴシエーションだ。やっぱり自分の欲望だけ伝えちゃいけないよな。相手の条件を飲み込んでこその交渉だ。やってやる。やってやるぞぉおおお。相手は今何て言ってる? そう、「どんな最後を迎えて死にたいか?」だ。ならば端じゃなく橋の真ん中を歩く某坊主、そうボーボーさんのように、トンチをきかせた一言を食らわせてやればいいのではないか? トンチ=屁理屈だ、いいな俺。

「わ、私の最後は…………天寿を全うして柔らかいベッドの上で迎えたいです」

 言った! 言ってやったぜべらんめー!
 怒るか!? 殺気はないけど、殺気を感じさせないまま、ぱくりとやられてしまいそうな実力差はある。
 ミスってもミスらなくても死は免れないんだ、トンチを食らって笑ってもらえればめっけもんだ。
 ……あ、今更だけど、【呪縛】でドゥムガを操って橋の上から引き上げてもらえばよかった。
 俺の馬鹿……超馬鹿! くそっ、もうどうにでもなれ!

「天寿を全うして……だと?」
「えぇ、とても有難いお言葉ですよね。その最後をリバイアタンさんが叶えてくれるというのですから」

 そうですとも、その望みを叶えるって言ったのはこいつなんだ。
 だったら乗ってやろうじゃないか。
 緊張に次ぐ緊張で、目が朦朧としてきたが、ここは凌いで何とかナタリーとジェイルに合流を……。

「あぁ、確かに言った……がしかし待て。そういった答えは予想していなかったものでな。むぅ、こんなケースは初めてだ……」

 いけそうな雰囲気でいらっしゃるが、ちょっと疲れで倒れそう。
 何だこの圧迫感? これは……魔力? あぁ、このリバイアタンが俺の威嚇のために強力な魔力を発してるのか。
 とんでもない圧力だ、もしかしたらスパニッシュより濃い魔力なんじゃないか?
 ……き、気持ち悪い。ジェイルに聞いた事があるが、これが魔力酔いってやつか。
 実力差があり過ぎると魔力の放出だけで相手を倒す事が出来るとか言ってたが、これは……なかなかに……きつい。

「あぁ……出来れば可愛い女の子に看取られて死にたいですね。手……なんか握って、くれ……ちゃったり…………し、て……」
「む? いかんな。われが動揺しては魔力のコントロールがままならん。おい、吸血鬼の子供よ、意識を保つのだ……おいっ」

 俺が最後に聞いたのは右耳と脳が拾った、地面に頭がぶつかる音だった。

 ◇◆◇ ナタリーの場合 ◆◇◆

 ジェイルさんに背負われて一時間くらい? ミックと別れて三十分程の時間が流れた。
 ジェイルさんは凄く速く走っていた。けど、私にそこまでの負荷は感じなかった。
 とても気遣われて走っているのが背中から伝わってきた。
 助けてくれたのは知っているけど、魔族にもこんな人がいるんだなぁ。
 あまりの速度に視界がぼやけていたけど、私は上空から聞こえる鳴き声に戦慄した。
 鳥の鳴き声に独特の低音が混ざったようなお腹に響く鳴き声は、以前一度だけ聞いた事があった。

 あれはパパとママと一緒に、今のおうちに移る旅の途中だった。
 パパはどうして気付いたのかわからないけど、一瞬で私とママを光魔法で隠した。
 そしてパパは、自分の身体の三倍はあるこいつと戦った。

 ――ワイバーン

 大きな身体に鋭い牙。何よりも恐ろしいその翼と爪は、普通の人間なんか引き裂いてしまうってパパは言っていた。
 ジェイルさんは本当にワイバーンを何とか出来るの?
 そう思った時、私の上から大きな鳴き声が一つ、また一つと増えて聞こえてきた。
 …………嘘。
 ジェイルさんが何故か足を止め上を見上げる。
 私も震えながら上を見たら、そこには絶望とも言える程の大量のワイバーンが私たちを見下ろしていた。
 ジェイルさんはしがみ付く私をゆっくりと下ろした。
 何? 何で私を下ろすの? 逃げるのだったらずっと背負ってくれるんじゃないの?

「ナタリー、ここで一旦別れる」
「ど、どういう事……?」

 もしかしてジェイルさんは本当は悪い人で、私たちを騙してここで殺すの? …………でも、ミックが信用した人よ? 一体どういう事なの?
 ジェイルさんは暫く上を見上げていた。
 そしたらボォッと金色の目が光った。今のは一体……?
 無口だから何を考えているのか本当にわからないけど、不思議と怖い気持ちにならない。
 あれ? さっきまで怖かったワイバーンたちがいつの間にか静かになってる?

 一つの羽音が近付くのが聞こえたと思った瞬間、
「オリンダル高山だ」

 ジェイルさんは目的地の名前を呟いた。
 これは一体誰に言ったの? そう思った時、私は身体の浮遊感に気付いた。

「ギィイイイイイッ!」
「わ、え!? へっ!?」
「怖くない、そいつらは私の仲間だからな」

 遠くなるジェイルさんはそう言った。
 敵だと思っていたワイバーンは、少し強引に私の両肩を掴み、それから高く、また高くに羽ばたき始め、ついにジェイルさんは豆粒みたいな大きさになって消えていった。
 少し驚いたけど、これは結局私をオリンダル高山まで運んでくれるって事だよね?
 もう見えないはずのジェイルさんを見下ろしながら、私は遠くに見える高く連なる山に向かって運ばれていった。
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