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第一部

その10 暴走

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 ◇◆◇ ドゥムガの場合 ◆◇◆

 ふん、生意気なガキだ。
 あんなハーフエルフなどひと噛みで終いだろうが。しかしあの娘、美味そうな身体をしていた。
 肌艶はよく、健康的。腕のひと噛みでもしたいもんだぜ。
 人間の奴隷にも飽きた。ハーフエルフか……スパニッシュに恩を売るため今回の話に乗ったが、危うく本当に食べてしまうところだった
 しかしあのガキ、かなりの魔力を保有している。流石魔族四天王のガキというところか、飲まれる……とまではいかないが三歳であれとは恐れ入る。
 危ういな、事故を装って殺してしまうか? いやいや、早まって行動してはこちらが危ない。
 十魔士が一つ、ダイルレックス種、第五席の俺がそんな事をしては問題だ。今は一族に逆らうべきじゃない……今はな。

「ドゥムガ」

 ち、アンドゥか。
 いちいち目障りな爺だ。さっさと隠居してればいいものを。
 まぁ、こいつはこいつで一族のため、必死という事か。なんとも憐れな爺だ。

「なんでしょうか?」
「今日はご苦労でした。明日もミケラルド様の部屋に入ってもらいます」
「ほぉ? それは性急ですな。もう少し時間を掛けるのかと思っておりましたが」
「旦那様の命だ。……今回は食べてもよいそうですよ」
「本当かっ!?」
「これ、屋敷内では立場を弁えなさい」

 おっと、これは危ない危ない。

「これは失礼しました」

 思わぬ褒美に本音が出てしまった。なるほど、あの娘を……か。ふふふふ、これは楽しみだ。
 しかし、そうなると障害が出てくるな。勿論あのガキだ。
 ガキのくせして大した魔力。奴が俺の前に立った場合どうする?

「旦那様は、ミケラルド様の潜在能力を知りたいとご所望です」
「……という事は、ミケラルド様を煽り、揺さぶれと?」
「そういう事ですね」

 なるほど、正面切って戦えという事か。
 あの魔力量。今の俺と同等、もしくはやや少ない程度だとは思うが……一歩間違えば俺が死ぬ可能性がある。
 俺には断る権利がある。さて、どうしたものか。

「今回の件、成功した暁には旦那様より褒美があるそうです」
「……内容次第ですな」
「旦那様が口添えし、ドゥムガ、あなたをダイルレックス種の第三席に推選すると仰っています」
「第三席っ?」
「その通りです」

 これはこれは……とんでもないチャンスが巡ってきたものだ。
 あの娘を食い、そしてある程度ガキと戦ってそれからとんずらすりゃ第三席か。
 やる価値はある。いや、是非ともやるべきだが、そうなると順序が大事だろうな。

「わかりました。では、明日。約束の件、お忘れないよう……」

 ◇◆◇ ◆◇◆

 ガキはジェイルの野郎と出かけたみたいだな。
 ジェイルといえど屋敷の方針には逆らうまい。奴はある意味アンドゥ以上に厄介だからな。
 竜族の半端者……か。
 さて、あの娘をどう食ってやろうか。まずは追いつめて恐怖に引きつる顔を見てやろうか。それとも一気に一飲み……ふふふ、踊り食いも悪くない。いや、首だけ噛み千切って味わうのもいい。貴重なハーフエルフだ、さぞや美味いだろう。
 おっと、そうこう考えているうちにもうガキの部屋か。
 そうだ。ふふふふふ、決めたぞ。半分だけ噛み千切ろう。そしてガキをあしらって持ち帰ってもう半分をゆっくりと食べよう。
 ゆっくりとドアを開けると、部屋の隅で構えている娘がいた。
 いい……いいぞ、いい顔だ。

「こ、来ないで! あ、あなた昨日ミケラルド様に注意を受けたでしょう! また部屋に入った事がわかれば、ただじゃ済まないわよ!」
「ふん、ギャーギャーと喚きやがって、小娘が。今回は特別、お咎めなしだ。存分に味わってやるぜ……」
「な、何言ってるのよっ。そんな訳ないじゃない!」

 ……最初はいいと思ったが、そこまで臆していない? 小娘のくせに胆力だけはあるな。
 まぁ、いい。腹に入ってしまえばそれまでよ。

「ミック、お願いミック……早く来てっ」

 ミック? なるほど、ミケラルドのあだ名か。
 ふっふっふ、そんなすぐに来れる訳がないだろうに。

「じゃあな」
「いやぁあああああああああっ!」
「ぐっ!?」

 何だ、今一体何を投げた?
 何か目元に当たったような……。これは……インク?
 くそ! 左目がよく見えん!

「このガキ……舐めたマネを……!」
「や、やめ……」
「死にさらせクソガキがぁあああああああああああ!」

 食った!

「ぎぃいいいっ!? い、痛い! ……痛いよぉ……っ!」

 何っ? 食ったのは右腕だけ?
 見れば小娘の位置が少しずれている。小癪な、黙って食われていればいいものを。
 左目の不良。これも原因の一つか。くそ、忌々しい。
 がしかし…………美味い。なんて美味いんだ。これがハーフエルフか。

「ミ……ミック……――――」

 ふん、痛みと出血で意識を失ったか。
 最後まで騒いでいた方が面白かったが、まぁいい。
 首から上を……いや、下の方を先に――――――っ!? 何だ!?
 魔力が……魔力が近づいて来るっ!?
 魔獣族の固有能力【嗅魔】。その能力が俺に知らせる。これは……あのガキかっ?
 くそ、何故こんなに早く? さっきの小娘の顔……あれはガキがここへ来る事を知っていた?
 だからあそこまで動じなかった。しかし何故?
 ……そういえば聞いた事がある。吸血鬼の特殊能力で、他者と頭の中で会話出来るというのを。だが、特殊能力を既に発動出来ているだと?
 流石に信じられん。多少頭が回るガキでも、三歳のガキが……!?
 その時、部屋の窓ガラスが大きな音を立てて割れていった。
 ……速いっ!

「……ふっ、これはこれはミケラルド様。いかがされたので?」
「ナ……ナタリ…………」

 ふん、やはりガキか。言葉にならない程ショックを受けているようだ。
 これでは揺さぶりが意味を成すかがわからないな。だが、仕事はやっておかねばな。

「見てくださいませ。この目、この小娘がインク瓶を投げつけてきたのです。使用人といえど、奴隷が逆らっていい相手ではありません。小娘がミケラルド様の奴隷である事は存じております。ですが、決まりは決まり。私は心苦くも小娘を処罰させて頂きました。いやー、流石ハーフエルフ。美味いものですな。この血を数日毎に飲んでおられるミケラルド様は良い趣味をしていらっしゃる。ははは」
「……っ」

 もうひと押しだな。

「まず腕をいただきましたが、噛めば噛むほど味が出てきますぞ。フハハハハ、なんて美味いんだ!」
「……ぎ」
「いかがされましたミケラルド様? 所望の血であれば床に沢山流れているではありませんか! さぁ、ご一緒にいかがです!?」
「ぎぎぎぎ……が」

 どうせどこかでスパニッシュも見ているのだろう。
 さぁ、見ろ。これがお前のガキの実力だ!

「あぁ美味い。まだ飲み込めませんよこの右腕! 口の中ではもうボロボロですがまだ味が出ます! まったく、ハーフエルフというのは最高のにえですな!」
「っ! ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 ふん、覚醒したか。
 やはり大した三歳だ。この魔力、この圧力、この殺気。どれをとっても一流の魔族。
 これは気を引き締めてかからねば。

「……ふふふふ、いつでも構いませんぞ……んぐ……ふぅ、あぁ美味かった。フハハハハハッ!」
「ガァアアアアアアアア!」

 ガキの跳躍、中々の速度。
 吸血鬼の恐ろしいところは所有能力の量。
 魔法が使える種族でも、通常は一属性の魔法しか使えない。
 だが、吸血鬼は風、雷、そして闇魔法が使える。そして特殊能力の【解放】と【呪縛】。
 更に鬼族の固有能力も合わされば、かなりの数の能力だ。
 この様子だと【解放】は使えていないようだが、二階の窓に跳んで入って来たとなると、風魔法は使えるようだ。
 通常、『一族の固有能力』・『個体に合う魔法一種』・『種族の特殊能力』の三つのみ。
 しかし吸血鬼は異常だ。他の四天王も四つ以上あるが、それ以上の能力を持っているのは吸血鬼だけ。
 中には【呪縛】という使えない能力もあるが、それでも多い。

「カカカカッ!」
「フハハハハ! 動きが単調ですなぁ! 右右左、今度は屈んで足払いですかっ? ジェイルの野郎も大した指導をしてないですねぇっ! ぬっ!?」

 いつの間にかジェイルがベランダの手すりの上に!?
 ……手を出すんじゃねぇぞ。ガキに手を貸しゃお前は魔族として生きていけなくなるぜ。
 ……ふん、やはり見てるだけか。

「カーッ!」
「ほぉ、風魔法ですか! 大した威力……だが! やはり単調ですねぇ! ほら、まだ出してないものがあるのであればさっさと出したらどうです!? このままではハーフエルフが死んでしまいますぞ!? ハハハハハ!」
「キッ!」
「ぐぅっ!?」

 な、なんだこれは!?
 身体が一瞬硬直した……な、何故!?
 っ! そうか超能力! ま、まずい。回避をしなくては!

「ガァッ!」
「ぐ、や、やめろぉっ!」
「ガギィッ! ……じゅ……じゅる」

 くそ、血を……血を吸っているのかっ!
 馬鹿な、魔族の血を吸う吸血鬼など聞いた事がない!
 いや、一人だけ俺はそいつを……そのお方、、を知っている!

「は、放しやがれクソガキがぁああああっ!!」
「ギッ!? ッ! ……フー、フー」

 くそ、少量だが吸われたっ! ガキと思って侮ったか……っ!
 いや……これは慢心なんかじゃない。このガキ……ダイルレックス種第五席の俺と互角っ。
 なるほど、単調な動きばかりだったのはあの超能力の布石。
 我を失いながらも頭の中は戦闘法を練っていたか。ふふふふ、やるじゃないか!

かぁああっつ!!」
「ぐっ!? な、何しやがるジェイル!」
「黙れ外道」
「な、何を……!」
「坊ちゃん……」
「……ギッ」
「……このままでは娘が本当に死んでしまいます。今は熱くなっている場合ではないでしょう。今日教えたでしょう? 明鏡止水です。心を落ち着け己の底を知るのです。底を知れば己の全てが視えます。底を知れば相手の分析も早く、そして的確です」
「ギィ……ガッ!」

 何をしているんだ、ジェイルの野郎。
 魔族は覚醒状態が一番強いはず。無論、意識を保ったまま覚醒する術をもたなくば危なくて使えないが。大して経験のないガキであれば大した差はない。いや、覚醒状態は平時では出せない魔力がある。何故、元に戻すような事を!?

「……さぁ、坊ちゃん」

 これは……ばかな、戻るっ!?

「……ガッ…………はぁっ、はぁっはぁっ…………ふー。あー、辛かったっ」

 く、戻りやがった……!
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