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第一部
その4 ミケラルド、学ぶ
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寝息もかなり落ち着き、女の子は静かに寝ていた。
ジェイルは早々に引き払い、俺は女の子の手をずっと握っていた。
助かった。女の子は助かった。
助けたのではない、助けてもらったんだ。
俺は誰一人助けてない。今も尚、屋敷の広間ではあの惨劇が繰り広げられている。
人が、エルフが、ドワーフが、食われている。
どうしようも出来ない不甲斐なさ。あれが同族だと思うと嫌悪感が身体中に表れる。
手を握る力に熱が入り、女の子の手汗で俺の手が湿る。
いかんいかん。いつまで触っているんだ俺は。いくら外見三歳児とはいえ、これはいかんぞ。
そう思って立ち上がり、俺は落ち着くために部屋を出た。
思えばこの屋敷の中を自由に歩いた事はほとんどなかった。
まだ生まれて数日だが、そのチャンスはいくらでもあった。だが、それをしなかったのは周りへの恐怖から。勿論、言い訳をすれば様子見という段階でもあった。
もう出来る。そう思えたのはスパニッシュのあのプレッシャーを耐えられたからだろうか。
スパニッシュの屋敷は四階建てだが、俺の部屋は東棟の二階。造形はコの字型の典型的な屋敷だった。
アンドゥに案内されて、ある程度の部屋の配置は把握しているが、情報を得られそうな部屋は西棟にある書庫だけだろう。
口頭で聞けそうな事は今度アンドゥに聞こう。ジェイルも頼めば教えてくれるかもしれない。いや、今一番信頼出来るのは彼だけかもしれない。
ならば、自分で出来る事は自分で、と思い、俺は西棟三階にある書庫へと足を運んだ。そしてすぐに書庫を出た。
よし……、読めなかった。
言葉が日本語で通じるとたかをくくったか。読み方は全然違うものだった。
なるほどなるほど……世界は俺に試練を与えているな?
明日からアンドゥをこき使ってやろう。そういう事にも慣れなくちゃいけないはずだ。
生前の俺では想像出来ないやる気だが、心機一転という言葉が最もしっくりくるのかもしれない。ある意味これは生存本能だと思う。
誕生祭の翌日、俺はアンドゥに文字の指導を願った。
よし……、ダメだった。
くそ! 執事のくせに文字が読めないだと!?
どうやって俺の世話をするつもりだったんだあいつは!
そもそもシェフの求人出す時、文字使わなったのか!? いや、口頭で伝えて書けるやつが書いたに違いない。
仕方なく文字が読めるやつをアンドゥに聞いたところ、我が有能なシェフが引っかかった。そう、やはり信頼は、置くべき人に置かれるのだ。
「お願いします!」
「…………」
「何とか私にご指導を!」
「……俺は屋敷の料理人です」
「そこを何とか!」
「給金以上の働きはしません」
「出世払いで! ホントお願いします!」
俺の熱烈なオファーに、ジェイルはしばらく沈黙していたが、深く溜め息を吐いた後、
「……高いですよ」
「ありゃぁったーっすっ!」
ジェイルは再び深い溜め息を吐き、朝食後に俺の部屋へ来てくれた。今回は仕事という名目があってか、すんなりと入ってきてくれた。
簡単な読み、書きを反復し、そして反復し覚える。幸い言語が一致しているんだ、結構良い速度で勉強は捗った。
このやる気に当てられたのか、ジェイルは昼食を部屋まで運んでくれた。
相変わらずの味だが、血を吸うより千兆倍良い。けどやはりしょっぱい。
未だ目を覚まさないソファーの上の女の子を脇目に、俺はひたすら読み書きの練度を上げた。
一言えば十……とはいかないが、一言えば二か三入る俺の頭にジェイルは驚いていた。ふ、その目は怖いからあまり見ないでくれ。マジで。
夜、ジェイルが俺に食事と宿題を出して小屋へ帰った後、女の子の意識が戻った。
よし……、第一印象が大事だぞ。二回目だけど。
「お、おはよう……ってもう夜だけど」
ぎこちない挨拶の後、セルフツッコミをしながら自嘲気味に話すと、女の子は虚ろな目をしながら徐々に覚醒していった。
そして、全てを思い出したのか、その色は一瞬で恐怖へと変わった。
「……っ、ひっ!」
でしょうね。俺が血を吸いましたもん。魔族ですもん。
そら怖がられるわ。
が、そんな事で挫けていては今後の俺の壮大な救出計画なんかやってられない。
ひたすら誠心誠意に謝罪をするしかない。いざ!
「ホントすいませんでしたぁっ!」
俺のいきなりのジャンピング土下座に女の子は黙りこくった。
顔を上げると、昨日の俺と、今の俺の違いに戸惑っているのか、恐怖に顔を引きつらせながらも、俺を変な目で見ていた。ふ、その目はある意味怖いからあまり見ないでくれ。
「君を救う方法はあの時あれしか考えられませんでした! 血を吸い過ぎちゃったのは多分本能的なものだと思いますけど、これに関しては全面的に俺が悪いです。ホント申し訳ない!」
この時の俺は、それだけ真に迫っていたのだと思う。
俺の話を聞く内に、女の子の顔から徐々に恐怖が消えていった。勿論、全ては消えないし、警戒はしているみたいだが。
そう、まだまだ誠意が足りないんだ! 解放しろ、俺の誠意!
「じ、自分ミケラルドと申します。ケチな吸血鬼でさぁっ! ひょんな事から父上に君を飼うとか言ってしまいましたが、全然お客さんとして扱いますんで、そこんとこご理解よろしくお願いします!」
「……ぷっ」
「へ?」
「な、何でもないわ。…………ナタリーよ」
許された……。
いや、全然俺の罪は消えないんだが、どうやらザ・ミケラルド誠意が通じたみたいだ。
ひとまず安心というところか……――と思った時、部屋の中に変な音が響いた。
何かこう、虫が呼んでいるような……そう、腹が減った時の合図に似ている。
俺じゃない。彼女からだ。
ナタリーは少し顔を赤くしながら胸元で持っていた布団を顔に覆った。……何この子、超可愛い。
「あ、あははは。お、お腹空いてるよね。俺、夕飯まだ食べてないから……これ、食べて。ちゃんと人間が食べられるようになってるから」
「……ぁ」
食事を目の前にしたナタリーは、テーブルに置いたソレを躊躇わず食べた。それは物凄い勢いで。
スープを飲みながら咳き込み、チーズを食べながら泣いていた。ねぇ、しょっぱくないの?
そうか、彼女は昨日まで奴隷。きっとまともな食事を与えられてなかったんだろう。
そう思い、俺は呼び鈴でアンドゥを呼んだ。
ナタリーを怖がらせないために部屋の出入口で応対した。
ジェイルに食事の追加を注文するためだ。俺がお願いしに行っても良かったが、この子が逃げて殺される姿は見たくない。しばらくは見張っておいた方がいいだろう。
ジェイルに頼んだ食事をアンドゥが運んでくる。それを運んでテーブルに置くと、ナタリーはさっきと同じ勢いで食べ始めた。
なら俺もと、いつの間にか減っていた腹を満たしていった。
数十分後、ナタリーはお腹が一杯になったのか、また寝てしまった。
寝る子は育つ。顔立ちも良いし、この子はきっと美人になるだろう。
吸い込まれそうな程、可愛い寝顔だ。
その後、俺は俺で読み書きの宿題を進め、終わらせた後も復習を続けた。
明け方、普段薄暗い外が気味悪い程暗くなっている外の景色。
そんな景色を見たのを最後に、俺はいつの間にか寝てしまっていた。
翌朝、起きると眼前にはハゲ頭のアンドゥが俺の服を持って立っていた。
ナタリーを物欲しそうな目で見ながら。
お前の一族が俺のために買ってくれたんじゃないのか、おい。
スーツに赤い蝶ネクタイやカマーバンド……まぁ、よく見る腹巻みたいなやつを着用していく。本日の色は黒。毎日黒。真っ黒黒です。まったく、とてもいい趣味だと思う。
俺の着替えが終わる頃、ナタリーが目を覚ます。
そして一瞬にして固まった。どうやらアンドゥが怖いらしい。安心してくれ、俺も怖い。目の焦点を頭に向けると多少恐怖心が緩和されるんだ。後で教えてあげよう。
怖い人だらけで困ったものだ。今の俺は、ジェイルとナタリー以外基本怖い。何て恐ろしい世界だ。
「今日は?」
「本日はジェイル相手に武技の指導が入ってございます」
……生後一週間程ですが?
ジェイルは早々に引き払い、俺は女の子の手をずっと握っていた。
助かった。女の子は助かった。
助けたのではない、助けてもらったんだ。
俺は誰一人助けてない。今も尚、屋敷の広間ではあの惨劇が繰り広げられている。
人が、エルフが、ドワーフが、食われている。
どうしようも出来ない不甲斐なさ。あれが同族だと思うと嫌悪感が身体中に表れる。
手を握る力に熱が入り、女の子の手汗で俺の手が湿る。
いかんいかん。いつまで触っているんだ俺は。いくら外見三歳児とはいえ、これはいかんぞ。
そう思って立ち上がり、俺は落ち着くために部屋を出た。
思えばこの屋敷の中を自由に歩いた事はほとんどなかった。
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もう出来る。そう思えたのはスパニッシュのあのプレッシャーを耐えられたからだろうか。
スパニッシュの屋敷は四階建てだが、俺の部屋は東棟の二階。造形はコの字型の典型的な屋敷だった。
アンドゥに案内されて、ある程度の部屋の配置は把握しているが、情報を得られそうな部屋は西棟にある書庫だけだろう。
口頭で聞けそうな事は今度アンドゥに聞こう。ジェイルも頼めば教えてくれるかもしれない。いや、今一番信頼出来るのは彼だけかもしれない。
ならば、自分で出来る事は自分で、と思い、俺は西棟三階にある書庫へと足を運んだ。そしてすぐに書庫を出た。
よし……、読めなかった。
言葉が日本語で通じるとたかをくくったか。読み方は全然違うものだった。
なるほどなるほど……世界は俺に試練を与えているな?
明日からアンドゥをこき使ってやろう。そういう事にも慣れなくちゃいけないはずだ。
生前の俺では想像出来ないやる気だが、心機一転という言葉が最もしっくりくるのかもしれない。ある意味これは生存本能だと思う。
誕生祭の翌日、俺はアンドゥに文字の指導を願った。
よし……、ダメだった。
くそ! 執事のくせに文字が読めないだと!?
どうやって俺の世話をするつもりだったんだあいつは!
そもそもシェフの求人出す時、文字使わなったのか!? いや、口頭で伝えて書けるやつが書いたに違いない。
仕方なく文字が読めるやつをアンドゥに聞いたところ、我が有能なシェフが引っかかった。そう、やはり信頼は、置くべき人に置かれるのだ。
「お願いします!」
「…………」
「何とか私にご指導を!」
「……俺は屋敷の料理人です」
「そこを何とか!」
「給金以上の働きはしません」
「出世払いで! ホントお願いします!」
俺の熱烈なオファーに、ジェイルはしばらく沈黙していたが、深く溜め息を吐いた後、
「……高いですよ」
「ありゃぁったーっすっ!」
ジェイルは再び深い溜め息を吐き、朝食後に俺の部屋へ来てくれた。今回は仕事という名目があってか、すんなりと入ってきてくれた。
簡単な読み、書きを反復し、そして反復し覚える。幸い言語が一致しているんだ、結構良い速度で勉強は捗った。
このやる気に当てられたのか、ジェイルは昼食を部屋まで運んでくれた。
相変わらずの味だが、血を吸うより千兆倍良い。けどやはりしょっぱい。
未だ目を覚まさないソファーの上の女の子を脇目に、俺はひたすら読み書きの練度を上げた。
一言えば十……とはいかないが、一言えば二か三入る俺の頭にジェイルは驚いていた。ふ、その目は怖いからあまり見ないでくれ。マジで。
夜、ジェイルが俺に食事と宿題を出して小屋へ帰った後、女の子の意識が戻った。
よし……、第一印象が大事だぞ。二回目だけど。
「お、おはよう……ってもう夜だけど」
ぎこちない挨拶の後、セルフツッコミをしながら自嘲気味に話すと、女の子は虚ろな目をしながら徐々に覚醒していった。
そして、全てを思い出したのか、その色は一瞬で恐怖へと変わった。
「……っ、ひっ!」
でしょうね。俺が血を吸いましたもん。魔族ですもん。
そら怖がられるわ。
が、そんな事で挫けていては今後の俺の壮大な救出計画なんかやってられない。
ひたすら誠心誠意に謝罪をするしかない。いざ!
「ホントすいませんでしたぁっ!」
俺のいきなりのジャンピング土下座に女の子は黙りこくった。
顔を上げると、昨日の俺と、今の俺の違いに戸惑っているのか、恐怖に顔を引きつらせながらも、俺を変な目で見ていた。ふ、その目はある意味怖いからあまり見ないでくれ。
「君を救う方法はあの時あれしか考えられませんでした! 血を吸い過ぎちゃったのは多分本能的なものだと思いますけど、これに関しては全面的に俺が悪いです。ホント申し訳ない!」
この時の俺は、それだけ真に迫っていたのだと思う。
俺の話を聞く内に、女の子の顔から徐々に恐怖が消えていった。勿論、全ては消えないし、警戒はしているみたいだが。
そう、まだまだ誠意が足りないんだ! 解放しろ、俺の誠意!
「じ、自分ミケラルドと申します。ケチな吸血鬼でさぁっ! ひょんな事から父上に君を飼うとか言ってしまいましたが、全然お客さんとして扱いますんで、そこんとこご理解よろしくお願いします!」
「……ぷっ」
「へ?」
「な、何でもないわ。…………ナタリーよ」
許された……。
いや、全然俺の罪は消えないんだが、どうやらザ・ミケラルド誠意が通じたみたいだ。
ひとまず安心というところか……――と思った時、部屋の中に変な音が響いた。
何かこう、虫が呼んでいるような……そう、腹が減った時の合図に似ている。
俺じゃない。彼女からだ。
ナタリーは少し顔を赤くしながら胸元で持っていた布団を顔に覆った。……何この子、超可愛い。
「あ、あははは。お、お腹空いてるよね。俺、夕飯まだ食べてないから……これ、食べて。ちゃんと人間が食べられるようになってるから」
「……ぁ」
食事を目の前にしたナタリーは、テーブルに置いたソレを躊躇わず食べた。それは物凄い勢いで。
スープを飲みながら咳き込み、チーズを食べながら泣いていた。ねぇ、しょっぱくないの?
そうか、彼女は昨日まで奴隷。きっとまともな食事を与えられてなかったんだろう。
そう思い、俺は呼び鈴でアンドゥを呼んだ。
ナタリーを怖がらせないために部屋の出入口で応対した。
ジェイルに食事の追加を注文するためだ。俺がお願いしに行っても良かったが、この子が逃げて殺される姿は見たくない。しばらくは見張っておいた方がいいだろう。
ジェイルに頼んだ食事をアンドゥが運んでくる。それを運んでテーブルに置くと、ナタリーはさっきと同じ勢いで食べ始めた。
なら俺もと、いつの間にか減っていた腹を満たしていった。
数十分後、ナタリーはお腹が一杯になったのか、また寝てしまった。
寝る子は育つ。顔立ちも良いし、この子はきっと美人になるだろう。
吸い込まれそうな程、可愛い寝顔だ。
その後、俺は俺で読み書きの宿題を進め、終わらせた後も復習を続けた。
明け方、普段薄暗い外が気味悪い程暗くなっている外の景色。
そんな景色を見たのを最後に、俺はいつの間にか寝てしまっていた。
翌朝、起きると眼前にはハゲ頭のアンドゥが俺の服を持って立っていた。
ナタリーを物欲しそうな目で見ながら。
お前の一族が俺のために買ってくれたんじゃないのか、おい。
スーツに赤い蝶ネクタイやカマーバンド……まぁ、よく見る腹巻みたいなやつを着用していく。本日の色は黒。毎日黒。真っ黒黒です。まったく、とてもいい趣味だと思う。
俺の着替えが終わる頃、ナタリーが目を覚ます。
そして一瞬にして固まった。どうやらアンドゥが怖いらしい。安心してくれ、俺も怖い。目の焦点を頭に向けると多少恐怖心が緩和されるんだ。後で教えてあげよう。
怖い人だらけで困ったものだ。今の俺は、ジェイルとナタリー以外基本怖い。何て恐ろしい世界だ。
「今日は?」
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