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転開
しおりを挟む「あの、希は私ですけど…」
そう言って出てきた女性の姿を見て、俺は言葉を失った。
ショートカットに眼鏡、これではまるで…
(まるで…小清水希の目撃証言通りじゃねえか!?)
「あ、そうでしたか。ちなみに私はこういうものでして…」
「刑事さん、ですか?」
俺は警察手帳を見せながら、内心ではめちゃくちゃ動揺していた。
出てくるはずの人が全く違う人だった、ってことだけでも相当な驚きなのに、出てきた人間が自分の探してる人間の風貌とそっくりだったなんて、混乱で脳内が大渋滞していた。
「それで…警察の方が何の御用でしょうか?」
「ある事件の捜査なんですが、ご存じありませんか?先日、ここの近所で起きた殺人事件…」
「ああ、それなら知ってますけど…」
「その日のことで何か不自然なことはありませんでしたか?」
「確かその日は、大学から帰ってすぐ寝ちゃったので…」
「何も覚えていないと…」
「ええ、すみません」
正直言って、少し落ち着きたかったのですぐに話が切り上げられて助かった。
扉が閉まるのを待って、俺は急いでマンションを離れた。
そして、住宅街を歩きながら思考をまとめることにした。
(俺が行ったのは間違いなく小清水希(自称)に教えてもらった住所だ…そして出てきたのは、小清水希の目撃証言にぴったり一致する、本物の小清水希……………そもそも、俺がここに来たのは、小清水希(自称)への不信感だが、俺は一体何に不信感を覚えたんだ?…受け答えのスムーズさも確かに不自然ではあったが、それ以上に何か違和感があったんだ、恐らくそれはもう、確信に変わっている。小清水希(自称)が嘘を吐いていたということだ。……………何のために?嘘の証言をすることによって、小清水希(自称)にメリットはあるのか?……………仮にだ、仮に小清水希(自称)にとって、この事件について後ろ暗いことがある…例えば犯人だとすると、嘘を吐くメリット…あるか?捜査の攪乱が目的だとして、ろくに証拠も出てないような状態で、犯人が自ら姿を見せること以上に危険なことが他にあるだろうか…)
「あの、刑事さん!」
俺が考え事に没頭していると、突然後ろから声をかけられた。振り向くと、小清水希が息を切らせて立っていた。どうやら、俺のことを走って追いかけて来たようだ。
「ど、どうしました?小清水さん」
「その、事件のことで話が…」
「何か思い出したんですか?」
「あ、あの、少し話しにくい事情がありまして…もう少し、人気のない場所でお話したいのですが…」
「?、分かりました…」
「それで…話ってなんでしょう?」
俺と小清水希は、近くにあったアパートの路地裏に移動し、向き合っていた。
「あの、最初訪ねてきたとき、希さんはいますかって、おっしゃいましたよね?」
「え?ああ、そうだったかもしれませんね」
「それって、元々小清水希っていう人間を訪ねて来たってことですよね?」
「え?ええ、まあ」
「ということは、私には疑いがかかってるってことでしょう?それじゃあ、死んでもらいます」
「いや、そうゆう訳じゃ…は?」
あまりにも自然に言われたため、俺は突然の生命終了宣言に反応が遅れてしまった。
「畜生、”殺したがり”め、あいつがこんなところで騒ぎを起こすから、とんだとばっちりだ」
そうつぶやく小清水希の変化は、とても明確に現れた。
俺が目にしたのは、小清水希の腕の肉が揺らめいている様子だった。
皮膚がスライムのように波打ったかと思うと、不定形のまま腕から浮き出て、気が付くと刃渡り30センチメートル程の刃へと姿を変えていた。
次の瞬間、小清水希は俺の眉間めがけて右腕を突き出してきた。俺はすんでのところで体を傾け刃を躱すと、そのままの勢いで転がり距離をとり、念のため携帯していた拳銃を小清水希に標準を合わせ構える。
「なるほどねえ、そりゃ凶器が出ないわけだ」
突然の戦闘開始に、俺は恐怖よりも防衛本能が働き、自分でも引くほど落ち着いていた。そして、自分が行き止まりの路地裏におびき出されたという事実に気が付いた。
「さすが刑事さん、なかなかの反応ですね」
拳銃をいつでも発射できるよう準備しながら、目の前の怪物を凝視していると、突然怪物の姿が俺の視界から消えた。正確には視界の外に移動していた。
元々いた場所から斜め上方約5メートル、俺の頭上2メートルのところまで一瞬で跳躍した怪物は、必殺の一撃を放つ体勢をすでに整えている。
俺が死を覚悟した直後、目の前に一陣の風が通り抜けていった。
「!!」
怪物も驚いたように距離を置く。
俺の右側から金属音に似た音が聞こえたので、そちらを向くと、ブロック壁に深紅の刀が突き刺さっていた。すると、その刀は崩壊を始め、液状になって逆再生のように上空に昇っていった。
深紅の液体は一本の糸になり、一か所に集まっていく。その方向に目線を向けると、一人の人間がアパートの屋根に立っていた。
「て、テメエは…!!」
「ご無沙汰でさァ草薙さん、こっちの事情に巻き込んじまいましたァ。まあ、しっかり助けますんで悪く思わねェでくだせェ」
以前会った時とずいぶん印象が変わっているが、アパートの上で俺達を見下ろしていたのは、俺にとってとても見覚えのある人物、制服姿の小清水希(自称)であった。
「ほらよっとィ」
空中で一回転して、小清水希(自称)が俺と怪物の間に降り立つ。
「そういやァ本名、名乗ってませんでしたねィ。あたしは志津って言いまさァ、以後お見知りおきを」
俺に背を向けて志津と名乗る少女はそう言うと、怪物に半身を向け腰を落とし、何も持っていない手を、腰の左側に構える。その恰好は、侍の抜刀体勢にそっくりであった。
「所詮人間気取りが、しゃしゃり出てきやがって…」
「悪いな、あたしの本命は別にいるんでィ、あんたはただの餌でさァ」
「ほざけ!クソガキ」
叫ぶと同時に、アスファルトの地面が抉れるほどの脚力で瞬間的に超加速した怪物は、どちらの攻撃がヒットしたのか視認されるより速く、沙織と交錯する。
対する志津は、交錯の瞬間一歩踏み出し、右腕を振り上げていたようだが、その一連の動作は俺の動体視力を追い越し、気が付くとコマ送りのように体勢を変えていたのだった。付け加えると、振り上げた右手にはいつの間にか、深紅の刀が収まっていた。
「…悪く思うなよィ」
そうが吐き捨てた直後、怪物は右脇腹から左肩にかけて一直線に切断され、二つの肉塊となって地面に落ち、大きな血だまりを作った。即死だ。
「大丈夫ですかィ、草薙さん」
ようやく俺の方を向いて、志津はそう言った。
「体は全くの無傷だが、コイツぁ俺の頭がイっちまったかな」
「幻覚じゃあ、ありませんぜィ。そこにある怪物だった肉塊も、目の前の人間もどきも、全部事実でさァ」
「そいつは、全くうれしくねえ報せだな」
「それにしては、落ち着いてるじゃねえですかィ……ちょっとあっち向いててくだせェ」
言われた通りあらぬ方向を向いていると、後ろからグチッバリボリという異様な音が聞こえてきた。
「もういいですさァ」
振り向くと、肉塊×2が数滴の血を残して消えていた。そして、志津は口の端についていた赤いものを拭っていた。
「……喰ったのか?」
「ええ、まあ」
「ハァ……取り敢えず移動しようぜ、話はそれからだ」
俺と志津は近くにあった喫茶店に場所を移し、テーブルの上のコーヒーとチーズケーキを挟んで向かい合っていた。
「このチーズケーキ、おいしいですねィ」
「そうかい…んで志津さん、」
「志津でいいですよ」
「あ、そ…じゃ志津、アレは一体なんだ」
「アレって何ですかィ?」
「はぐらかすな、…体を刃物に変えたり、数メートル跳躍したりする怪物のことだよ」
「分かってまさァ、睨まんでくだせェ。先に言っとくと、さっきの怪物とあたしはほとんど同類でさァ」
「それは、何となく分かるよ」
そして、志津は一口コーヒーを含むと言った。
「あたしたちは、感染者なんでさァ。食人ウイルス、StandAloneの…」
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