モーレツ熊

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廻の育った環境を聞いて、愕然とした。

愛情を求める事を生まれてすぐに諦めた子だとは、思いもしなかった。
だから、自分に自信がないのか、自己評価が低すぎる廻に納得がいった。

ジェラストにも家族はいるが、みんなお互いの安否や暮らしぶりを心配するくらいだが、それでも何かあれば駆けつけるのは当たり前なくらいの愛情はある。

痛いほどの孤独を、こんな子供がずっと耐えて来たのか。

愛する人に愛されたい、普通の感情すら諦める子が目の前にいる。

「廻様、俺は、貴方を愛していますよ」

ぐっと腰を抱いた手に力を入れて、廻の項にそっと唇を落とした。

「ふふ、ありがとうございます。
 僕、可哀想な子じゃないですよ。
 大丈夫。
 だって、今までも動物には好かれてましたから。
 草花も愛情をかければ、すごく綺麗に育って花を咲かせてくれます。
 ちゃんと、愛を返してもらってますから。
 たまーに、人とも、・・・その、愛し合うのは、どんな感じなんだろうとは想像しちゃいますけどね。」

ふわりと笑った顔は、極上の笑顔。

それは、廻が相手との距離を置く時に出る笑顔だった。
小越に始まらなかった恋を諦めた時の笑顔と同じだった。

「廻様?
 本気にしてませんね?」

困ったな、と言う甘い笑顔をのせて、確認すれば、返ってきた答えは、肯定。

「ロウナー様が悲しむ様な事はしちゃダメですよ。
 僕相手だから、ロウナー様もジェラスト様が何を言おうと本気にはしないでしょうけど。」

伝わってない。
いや、本気マジで!

十分、彼等は本気にするだろう。
いつの間にか、ロウナー含めて他の団員も保護者感覚になっているのだから。

それに、とジェラストは思った。

『いま、ちゃんと俺を認識してもらっておかないと、王宮に行けば絶対に殿下が名乗りをあげるだろうし。』

恋敵ライバルは、自分以外の全員になるとは、考えてもいないし、メグライアだとしたら、色々まずいんじゃないかとか、その辺りの苦慮は全くぬけおちてるジェラストだった。







森の宿泊地に近付くにつれて、気温がどんどん低くなってきた。

ジェラストの身体からの温もりで、背中は暖かいが、前は空気の膜があっても冷たさを感じるようになった。

「廻様、寒くないですか?
 この辺りから、魔物を討伐する森になります。
 だいぶ北側になりますので、廻様の装備では、ちょっとキツイかもしれませんから、俺になるべくくっ付いて、抱きついても構いませんからね。」

最後の言葉は、冗談ぽくいいながらも本心だった。

「まだ、大丈夫です。
 ジェラスト様、僕は大丈夫ですからさっきの話は気にしないで下さい。
 出来れば他の方々には内緒にしてください。
 きっと気味が悪いと思うので。」

ふふ、と廻はいつもの笑みを刷いた。
どうしようもない時に使う、廻の諦めに近い笑みだった。

それから間も無く、寒さは激しくなって来た。
この世界でも雪があるんだ、と廻は少しだけ気持ちが落ちていた。
記憶には無いが、聞かされた話で雪には良い気持ちがしない。
自分が両親を犠牲にして生まれてしまった原因。
産院に行く途中の事故だったと。
季節外れの大雪になり、産気づいた母を父が車で連れて行く時の事だと聞かされていた。
    
      ー雪と自分のせいー

父親は古い有力者の長男で、母親はそこの使用人として、働いていた。
よくある話で、反対され入籍もできないまま、廻を産もうとしていた。

入籍もしていなければ、生まれた廻は誰の子でもなく、母だけの子。
法的に、なにか手段はあるのだろうが、反対していた上に、息子を殺した子などその場で施設行きが決定していた。
母親側の親戚からは、父親の家から睨まれて仕事に影響が出る事を恐れて、施設に入れていても、心ない言葉で責め立てたりしていた。
施設もまた、有力者には敵わず、廻の面倒も最低限の身の回りだけをするだけで、誰も廻に関心すら持たなかった。
施設の子らも、その中でのヒエラルキーを敏感に感じ取り、廻を疎外することで少しでもより良い愛情や環境を欲した。

物心がつく頃には、自分が生まれてしまった理由を口さがない人達によって教えられていた。
だから、目立たず、誰とも関わらずに生きるようになっていた。
印象が残らないように、前髪をそこそこ伸ばし、髪型は自分で切ってしまえばお金もかからないし、誰にも顔を見られることは無かった。

高校を出たら、遠くの生産工場のラインで働けることが決まっていたし、父母の眠るお墓からは、遠くなるがいつか、いつか、好きな人を連れて報告出来たらいい、と考えていた。
卒業という感傷が、あの時自分を行動させてしまい、失敗した。
いつか、大人になったら、と思っていたのに。




ジェラストは背後から抱きしめるようにしていたので、気づくのが遅れた。


もし、前から見る者がいたら、廻の異常に気付いただろう。
唇は青く顔色は蒼白、寒さを堪えるためにグッと奥歯を噛み締めて、震えないように体に力をいれていた。
『大丈夫、まだ、大丈夫。
 もっと寒かったことも、痛かった事もあった。
 自分はみんなが言う、メグライアさんじゃないから、迷惑や面倒をみてもらうのは違うし。
 だから、王様とちゃんと話して、帰れるようにして貰って、もし帰れなくてもどっかでお仕事を貰えないか、相談しよう』

それが今は、廻の目標になっていた。

そんな事を考えてたが、段々視界が暗くなって行った。

いきなりガクンと廻が前に倒れた。

「!廻!!」

ジェラストは辛うじて廻を捕まえていたが、このままでは危ない。
廻の向きを変えてはじめて、自分の失態に気付いた。

『この子は今まで、大丈夫しか言わなかった。
 大丈夫じゃなくても、大丈夫と言う言葉しか使ってこなかったんだ。
 自分を慰め、言い聞かせる為の、大丈夫と言う言葉をどのくらい使ってきたのか』

真っ白な顔色に、青い唇。
倒れる事で力が抜けた体は、ガタガタと小刻みに震えていた。

「廻!廻!」

ピタピタと頬を叩いても、意識はなかった。





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