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2. 仁と龍馬の出会い

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 仁は、西欧化していく日ノ本の中、剣術を学びたいと燻り続けていた。
 政府の徴兵から逃げ回っていたある日のこと。

 杉並木の参道が続く道を歩き、どこか異国風な山門の前に辿り着いた。
 そこは南蛮寺跡とされる場所の傍らに建てられた、正覚寺という寺だった。

「この寺は確か……」

 


願我身浄如香炉がんがしんじょう にょこうろ 願我心如智慧火がんがしんにょちえか
 念念焚燒戒定香ねんねんぼんじょうかいじょうこう 供養十方三世似くようじっぽうさんぜぶ……」

 中を覗くと、男が一人。
 その男は坐禅を組み、目を閉じて合掌し、読経していた。
 気配を感じ取った男に話し掛けられる仁。

「……こん場所は昔、織田信長の理解の元に建てられた神聖な寺じゃ」

「……織田信長」

 男はゆっくりと立ち上がり、仁に近付いてくる。

わしん名は坂本龍馬じゃ。おんしは何者や?」

「……伊作 仁と申します」

「仁か、えい名前じゃ。よわいはいくつじゃ?」

「齢は十六になります」

「おまん、嘘言え!……ん?ほんまながか?」

「嘘などつきませぬ。齢を誤魔化して何になるというのです」

「そりゃそうじゃけんど……」

 龍馬は、じっくり観察するように仁の周りを一周した。
 龍馬が疑うのも無理はない。

 当時の平均身長を優に超える大柄な龍馬の背は、5尺7寸(173㎝)から9寸(179㎝)はあった。
 仁は、その龍馬より更に大柄だったのだ。
 十六だとは思えぬほどの逞しい肉体に、6尺(約182cm)はあるであろう恵まれた体格をしていた。

 僅かな無精髭を蓄えたその顔には、若干の幼さを感じたが、やはり十六とはにわかに信じられぬ貫禄が滲み出ていた。

「……まぁ、えい。ところで、こがな山奥まで来て何しゆうがじゃ?」

「徴兵から逃げている途中で……」

「どういて逃げゆうが?戦うがが怖いがか?」

「違います!俺は武士として戦いたいのです!俺は……俺は弥助の子孫であります」

「弥助言うたら、あの黒ん坊のことながか?先祖の墓参りにでも来たがか?……まぁた面白いこと言う青年ぜよ」

 龍馬は手を叩いて笑った。

「おまん、剣術は身についちゅうがか?」

「いえ……独学で学んだ程度で」

「こん時代、誰に教わる機会もないろ?そうじゃ!儂が稽古つけちゃるき、どうじゃ?」

 仁は龍馬を一瞥して、悩んだ表情を浮かべた。

「おまん、坂本龍馬ち知らんがかえ?これでも一応、腕の立つ侍ながやけんど」

 かつて日本の近代化を目指した坂本龍馬は、近代化の末に衰退していく日本の未来を案じ倒幕運動をやめ、南蛮寺跡の正覚寺で身を潜めるようにして暮らしていた。

「もちろん存じております!……それは、弟子にしていただけるということですか?」

「そがなかしこまったもんやないちや。最近儂ん身体もなまっちゅうき、ただの気まぐれじゃ」

 龍馬は寺の中から木刀を二本持ち出し、一本を仁に投げ渡した。

「いつでもえい。かかってき」

 寺の庭で木刀を構える龍馬。
 仁は木刀を握りしめ、思い切り振りかぶった。
 龍馬は木刀を避け、足を掛けいとも簡単に仁を地面に伏した。

 仁はすぐさま立ち上がり、何度も何度も龍馬に立ち向かっていった。
 悔しさもあったが、何よりもこうして剣術を学べることがとても嬉しかったのだ。
 龍馬の稽古は夕刻まで続いた。

「おまんは雑念が多いがじゃ。太刀の流れ、敵の目線、動きを気にしすぎちゅう。心を無にするがじゃ」

 そう静かに語り掛ける龍馬は、昔を振り返っていた。

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