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20. 茶会での秘め事【完】

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 織田・明智・徳川の『天下三分』が確立された数年後のこと。

「家康よ。おぬしは儂に嘘をついておらぬか」 

 信長が病床に伏した折り、そう聞かれたことがあった。 
 家康はいったいどれのことを追及されているのか分からず、黙って続きを待った。
 信長は続けた。

「語りたくなければよい。だが、もう世は安定しつつある。戦乱の世は終わり、我らの望んだ平穏な時代が到来しておる。今さら儂一人の思惑でどうなることでもあるまい。それに儂もこの通り、すっかり衰えた。戦国時代が懐かしいと思うのは、この身体の痛みを感じるときだけだ......」

 信長はそこで激しく咳き込んだ。
 家康はその背をさすった。
 すっかり薄くなった背に、ぞくりとした。

「信長殿。お体に触ります。これ以上は......」 

「のう、家康。どのような隠し事であった」

 信長の目は輝いて見えた。
 悪友の悪戯あくぎを発見した子どものよう目だった。
 家康はそれが嬉しくもあり、悲しくもあった。
 織田信長は衰えても変わらなかった。
 家康はふっと息を吐いて、こう語った。 

「あれは、茶会の前日でありました」

 月の綺麗な夜だった。
 こんな日は人心を惑わせる。
 まるで自分の口が自分のものではないかのように、あの茶会での秘め事を語り始める家康。

「私は信長様の掛け軸に触れたのです。見事な掛け軸でした。しかし誤って、破ってしまい、すぐに隠すように仕舞いました。......私は怖かったのです。信長殿の逆鱗に触れるのが。小姓が茶器を欠けさせたことを覚えておられるでしょう」

 信長をうかがい見るが、やはり悪友の悪戯を聞くような顔をしていた。

「本来ならば、茶会の前日に秀吉の謀反のことは信長殿のお耳に入れる手はずでした。しかしその前に掛け軸を破ってしまい、そこで私が打首になろうものなら共に秀吉を討つことも叶わなくなる。茶会の前にも書簡を出そうと試みましたが、あの半蔵を持ってしても光秀殿についていた見張りを掻い潜ることが出来ず……茶会でも信長殿と二人きりになれる間もなく……」

「敢えて、本能寺の変まで機を伺ったのだな?」

「えぇ、不本意ではありましたが……。私は考えました。謀反など起きようものならさすがの信長でも掛け軸など気にしておる場合ではありませんでしょう。やっとの思いで光秀殿から謀反の件を耳にした時から、南蛮寺までへの抜け道を作り始めましたが、果たして謀反当日に信長殿が才蔵について抜け道を使ってくれるものか肝を冷やしておりました」

「そうか。いきなり忠臣に謀反を起こされれば、さすがの儂も逃げ出すであろうと考えるも道理。その際、掛け軸などは捨て置くだろう。そしてなにより……」

 信長は声を上げて笑った。

「儂は逃げ出すどころか、自ら本能寺に留まり火を放ったのであったな。故に掛け軸らは全て燃えてしまった。おぬしが破いたという掛け軸も、有耶無耶になったというわけであったか......」 

「なんの申し開きもございませぬ」 

「ふはははははっ!!天晴あっぱれだ!これは、一本取られた。……猿に笑い話を一つ持っていってやれるのう」

「信長殿......?」

 家康はにわかに不安になった。
 なぜ秀吉のことを。
 そこで息が弱々しくなっていることに気がついた。

「信長殿......信長殿......!!」

 声をかけるが、反応はない。
 医師を呼びに出るが、すでに遅かった。
 信長はそうして新しい世を築き上げ、息を引き取った。
 享年六七歳であった。

 才蔵の仇討ちを胸に決めたことも誠の思いであり、秀吉へ最後の情けをかけた思いも誠であった。
 心中、複雑であったろうと家康は考えていた。
 そして、秀吉の強い野心は信長の背中を見て育ち、芽生えたものなのやもしれぬとも思った。

 織田信長という人物は、周囲に多大なる影響を与え、本人もまた本能寺の変から周囲に影響され人としての成長があったように感じる。
 信長の死後しばらくして、家康はそんな信長を、傍で感じることができてとても光栄だったと思い耽っていた。

 また、光秀は、天下三分を見事成し遂げ、人を、世を牽引けんいんし続けた信長の意志を引き継ぎ、家康と共に手を合わせこの日ノ本を守っていくと胸に誓った。

 半蔵と弥助は、信長の型を継ぐように双槍の使い手となり門下生を受け入れ、協力しあって次代の若者を育てていった。
 しかし、それは決して乱世の世で使うものではなく信長が歩んだ人生の証を形に残したいという不器用な男たちの想いが込められていた。

 信長直筆の『天下布武』と書かれた掛け軸は南蛮寺に飾られ、そこには家臣だけでなく、伊賀衆、流浪から救われた武将や、民までもが手を合わせる姿があった。
 信長は今頃、才蔵に慣れない謝罪をし、猿と談笑でもしているだろう。
 信長が望んだ真の天下布武の世を見下ろしながら。

 ---終---
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感想 27

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みんなの感想(27件)

M‐赤井翼
2024.06.28 M‐赤井翼

「みけとが夜々」先生、おじゃまします。
赤井です。
「そーそーのぶのぶ」で周辺メンバーの多くで盛り上がらせていただきました。
本当に素敵な作品をご提供いただきありがとうございました。
「YASUKEーMANIA」が多いうちのチームメンバーは大喜びでした。
迷惑な感想欄のコメントにも丁寧に御返答いただきありがとうございました。
「あーくん」さんから、「大賞に入省して欲しいのでもうひとプッシュ願いします。」とメールが来ていたので、学生に勧める「小説」の中の「時代劇作品」ジャンルで「年齢問わず受け入れられる作品例」として本日ご案内させていただきました。
「実力を考えず「売れること」しか考えていない「F」、「R」、「BL」脳の「今の学生」に反応があるのかどうかわかりませんが、今後、アルファデビューを目指す若い子のコメントが来ましたら「丁寧な回答ができる作者さんは受けますよ!」と伝えてますので、よろしくお願いしますね。
個人的にいろいろ「失礼」いたしましたが、受け入れ下さった「みけとが夜々」先生の作品が、より多くの人の目に触れることと、文庫化されて「殿」は「本能寺で死んでないこと」が、一般の方に受け入れられることを期待しております(笑)。
「みけとが夜々」先生、ぱにゃやんだー!
(⋈◍>◡<◍)。✧💓

追申
私も「ペンギン」と「引き出し」を読ませていただきました。
どちらも素敵なお話でした。
私もこういった話を書いてみたいですねー!
でも、そういう「依頼」が来ないと書けないのが「GW」の辛いところです(笑)。
うちのクライアントにも「しっとり系」を受け入れて欲しい(泣)。
では、これからの「みけとげ夜々」先生のご活躍をご期待しています。
(。-人-。) コレカラモオウエンシテマスネ!

みけとが夜々
2024.06.29 みけとが夜々

赤井先生、いらっしゃいませー!
迷惑だなんて何をおっしゃいますやら😳
迷惑どころかこんなに沢山感想欄を盛り上げて頂き、感謝の気持ちでいっぱいです😭💞
先生の「失礼」なんかもありませんよ!
気にさせてしまい申し訳ないです……
あーくんさんもそんな事言ってくださってただなんて💦
案内して頂きありがとうございます🙇🏻‍♀️💦
学生さん方にお気に召していただける事を祈っております🙏💭
殿は寿命を全うしたのだと、そういった見方がもっと世間にも広がると面白いですね☺️
他作品もお読み頂きありがとうございます!
いつか赤井先生の歴史や童話やミステリーなんかも、読めることを楽しみにしております!!
今後も末永いお付き合いをよろしくお願いいたします🙇‍♀️

解除
アルファード

初めて歴史小説を読みましたが、かなり読みやすくて面白かったです!
弥助の戦闘シーンや、信長が忍びの扮装を提案するシーンなど続きが気になって一気読みしました。
他の作品も読ませて頂きます。
これからも応援してます!

みけとが夜々
2024.06.26 みけとが夜々

感想ありがとうございます!
自身初の歴史ものでして、楽しんで頂けたようでなによりです🥰
弥助好きの方が多く、弥助の戦闘シーンは後から加筆しました🤭
他の作品たちもよろしくお願いいたします。

解除
あーくん
2024.06.23 あーくん

「あーくん」でーす。
今朝見たら「16位」!
「もう一息!」って思ったら「15位」が「RBFC]、チーム「みりおた」のお気に入りの「俊也」先生!
うーん、どちらも好きなのでどちらも「ぱにゃにゃんだー!」ですねー。
Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)

織田信長記念館行ってきました。
「のぶのぶ」の家系図の解説が面白かったです。
「平家」、「藤原」に並ぶ「越前忌部」説!
「越前忌部」と言えば、「阿波忌部」氏と並ぶ「渡来人」の代表格ですもんね~!
「殿」の「デスマスク」と「ジョバンニ・ニコラオ」の描いた肖像画の「殿」は鼻が高くイケメンですよね。
「殿の先祖はユダヤ人説」もあながち可能性ゼロじゃないって思っちゃいますね(笑)。
(日ユ同祖論は信じてないけど、一部ユダヤの渡来人が日本に来てるとは思ってます。)

越前忌部は「裏陰陽師」でもあるので、「読空術」で「殿」が「雨を呼ぶ」(笑)ことができててもおかしくないなんて勝手に想像してしまいます。
先生の作品内でも「天下布武」の解釈について書かれてましたが、私も同感です。
「武力制圧」じゃないですよね。
「殿」は短気だけど「平和好き」と思ってます。

改めて宿で読み直しました。
織田家発祥の地で読む「そーそーのぶのぶ」は印象的でした。
やっぱり「本能寺」では死んでなかったと思いたいです。
今日は、「殿」が「十兵衛」、「弥助」、「蘭丸」達と一緒にバチカンに向かうために、船で出たとされる「小浜」に寄って、安土経由で帰りまーす!

30日の「順位」&来月発表の「賞獲得」をみんなで楽しみにしてますよー!
「そーそーのぶのぶ」ぱにゃにゃんだー!
(⋈◍>◡<◍)。✧♡

みけとが夜々
2024.06.23 みけとが夜々

あーくんいらっしゃいませ!
どれこれも全てRBFCの皆さんの応援のおかげですよー🥳
本当にありがとうございます!
信長イケメンですよね!
少し日本人離れをしてそうな……

‪Σ( ˙꒳​˙ ;)ぎくっ……なんと……
女子部の方々のランキングに次回作にチラッと出てくる人物の名があったのですが、実は陰陽師も出てきます(先見の明?)👏
そうですね、天下布武の七徳は綺麗事ではなく殿の本音だと思っています。
少々荒くも慈悲の心は確かに持ち合わせていた人物だと思います🤭

聖地巡礼、お気を付けて帰って来てくださいね!
追伸:ぱにゃにゃんだーってラオス語なんですね😳(RBFCさんとの出会いを祝して、今後のどこかの作品に入れようかなと思ってます)

解除

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