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17. 猿までの道程
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疑心暗鬼になっている半兵衛の耳に、東門が瓦解したと報せが入れば、必ず兵を戻そうとするに違いない。
こちらはそれに合わせて、全軍西門へと集結させる。
数の利を埋めることができたら、半兵衛を討つだけだ。
統率の取れていない兵士など恐るるに足らない。
「才蔵......必ずや、おぬしの仇をとってやる」
半蔵はそう呟いて、西門本陣へと急いだ。
信長と小六の戦いは、そう長くは続かなかった。
どちらも実力は互角と見えて、一進一退の攻防を繰り返していたが、邪魔が入った。
両者、何度目かの打ち合いの末、再び間合いをとり、出方を覗っているところだった。
使番が小六にそっと近づき、何事かを口添えして去って行った。
それを聞いた小六は、顔色を変えて刀を収めた。
「皆の者、一時撤退じゃ!東門へと戻るぞ!」
「なに……っ、おぬし敵に背を向けるというか。勝負を投げ出すとは情けない」
「笑わせるな。そんな安い挑発には乗らぬ。この勝負、一旦預けておく。いずれ、必ずやその首切り離してやろうぞ」
小六はそう言い捨て、
「撤退、撤退ぃ!!」
と叫びながら馬を繰り、東門へと軍を誘導していった。
信長は槍をその場に落とし、小六の刀のかすった脇腹に目を遣った。
正直、今回ばかりは少々危なかった。
もう少し小六の踏み込みが強ければ、やられていたかもしれない。
しかし、小六が撤退したということは……
「半蔵のやつ、上手くやったようですな」
後ろから家康に声をかけられる。
「あぁ、だが油断は禁物だ。これでようやく兵力差が埋まったにすぎん。そして、残された時間も少ない。東門の連中が、この策略に気づくのも時間の問題だ。早う半兵衛を討たねば......」
信長は槍を握りなおし、馬に乗った。
「じきに弥助たちも戻るであろう。それまでに少しでも敵兵の数を減らさねば」
西門へと馬を繰る。
光秀の働きもあって、敵兵はすでに随分と減っていた。
「上様、ご無事でしたか」
戻った信長を見て、光秀の顔が明るくなった。
「半蔵が上手くやったようですね」
「あぁ、だがまだこれからだ。秀吉を討つまで、攻撃の手を緩めてはならぬ」
「では、某はあちらの道から」
そう言いつつ、光秀は右の通路へ馬を走らせ、信長も左の通路へとどんどんと秀吉目がけて城内へと自軍を推し進めていく。
伊賀衆と残った家康軍の兵士たちも駆けつけ、場は一気に信長たちの優勢に傾いた。
光秀は馬を走らせながら敵兵を薙ぎ倒している途中、まさかの人物とかち合った。
小六だ。
光秀は覚悟を決め、小六に構えを取る。
「霧隠才蔵、いざ参らん!」
勇猛果敢に向かってくる才蔵に、小六は考える暇を与えてはもらえなかった。
「くそ……っ!急がねばならんというに!」
あの信長でさえ簡単に勝負が着かなかった相手である。
体力の消耗が激しくなる中、激戦はかなりの時間続いた。
しかし、二人の勝負は思わぬところで終わることとなる。
西門近くの使番があたふたとなにやら騒いでいる。
小六はそちらに耳を澄ますと
「半兵衛殿が討たれた!官兵衛殿の安否も不明!みな、秀吉様の元へ急げ!」
と叫んでいるのである。
そんなまさか……と気を取られた一瞬の隙をついて光秀は小六が倒れるまで、残りの力を振り絞り全身を数回切りつけた。
血しぶきが舞い、小六は討たれた。
竹中半兵衛はこの段になってようやく、自分の過ちに気がついたが、小六も東門の兵士もなかなか戻ってはこなかった。
まさか、道中に敵兵にやられたか?
半兵衛ともあろう天才軍師が、焦りから思考がまとまらない。
そうこうしているうちに、あっという間に半兵衛は本陣まで追いつめられ、信長たちはついに半兵衛の討伐に成功した。
山崎城に攻め入ってから、わずか半刻ほどのことであった。
秀吉は城内で考えていた。
家康軍が伊賀衆と共に攻め入ってきたと報せを受けてから、しばらくは城門がうるさかったが、今ではすっかり静まりかえっている。
まさか奴らにやられたのではあるまいな……
秀吉は気がかりだったが、逃げようにもなかなか決心が付かずにいた。
家康の少数軍に対して、こちらは何倍もの兵力差がある。
そして武士としての意地が、どうしても忍び相手に負けたなどとは絶対に認めたくなかった。
その過信故に判断が遅れた。
「失礼つかまつる」
部屋の外からそう声が聞こえた。
襖が開かれ、入ってきたのは徳川家康だった。
こちらはそれに合わせて、全軍西門へと集結させる。
数の利を埋めることができたら、半兵衛を討つだけだ。
統率の取れていない兵士など恐るるに足らない。
「才蔵......必ずや、おぬしの仇をとってやる」
半蔵はそう呟いて、西門本陣へと急いだ。
信長と小六の戦いは、そう長くは続かなかった。
どちらも実力は互角と見えて、一進一退の攻防を繰り返していたが、邪魔が入った。
両者、何度目かの打ち合いの末、再び間合いをとり、出方を覗っているところだった。
使番が小六にそっと近づき、何事かを口添えして去って行った。
それを聞いた小六は、顔色を変えて刀を収めた。
「皆の者、一時撤退じゃ!東門へと戻るぞ!」
「なに……っ、おぬし敵に背を向けるというか。勝負を投げ出すとは情けない」
「笑わせるな。そんな安い挑発には乗らぬ。この勝負、一旦預けておく。いずれ、必ずやその首切り離してやろうぞ」
小六はそう言い捨て、
「撤退、撤退ぃ!!」
と叫びながら馬を繰り、東門へと軍を誘導していった。
信長は槍をその場に落とし、小六の刀のかすった脇腹に目を遣った。
正直、今回ばかりは少々危なかった。
もう少し小六の踏み込みが強ければ、やられていたかもしれない。
しかし、小六が撤退したということは……
「半蔵のやつ、上手くやったようですな」
後ろから家康に声をかけられる。
「あぁ、だが油断は禁物だ。これでようやく兵力差が埋まったにすぎん。そして、残された時間も少ない。東門の連中が、この策略に気づくのも時間の問題だ。早う半兵衛を討たねば......」
信長は槍を握りなおし、馬に乗った。
「じきに弥助たちも戻るであろう。それまでに少しでも敵兵の数を減らさねば」
西門へと馬を繰る。
光秀の働きもあって、敵兵はすでに随分と減っていた。
「上様、ご無事でしたか」
戻った信長を見て、光秀の顔が明るくなった。
「半蔵が上手くやったようですね」
「あぁ、だがまだこれからだ。秀吉を討つまで、攻撃の手を緩めてはならぬ」
「では、某はあちらの道から」
そう言いつつ、光秀は右の通路へ馬を走らせ、信長も左の通路へとどんどんと秀吉目がけて城内へと自軍を推し進めていく。
伊賀衆と残った家康軍の兵士たちも駆けつけ、場は一気に信長たちの優勢に傾いた。
光秀は馬を走らせながら敵兵を薙ぎ倒している途中、まさかの人物とかち合った。
小六だ。
光秀は覚悟を決め、小六に構えを取る。
「霧隠才蔵、いざ参らん!」
勇猛果敢に向かってくる才蔵に、小六は考える暇を与えてはもらえなかった。
「くそ……っ!急がねばならんというに!」
あの信長でさえ簡単に勝負が着かなかった相手である。
体力の消耗が激しくなる中、激戦はかなりの時間続いた。
しかし、二人の勝負は思わぬところで終わることとなる。
西門近くの使番があたふたとなにやら騒いでいる。
小六はそちらに耳を澄ますと
「半兵衛殿が討たれた!官兵衛殿の安否も不明!みな、秀吉様の元へ急げ!」
と叫んでいるのである。
そんなまさか……と気を取られた一瞬の隙をついて光秀は小六が倒れるまで、残りの力を振り絞り全身を数回切りつけた。
血しぶきが舞い、小六は討たれた。
竹中半兵衛はこの段になってようやく、自分の過ちに気がついたが、小六も東門の兵士もなかなか戻ってはこなかった。
まさか、道中に敵兵にやられたか?
半兵衛ともあろう天才軍師が、焦りから思考がまとまらない。
そうこうしているうちに、あっという間に半兵衛は本陣まで追いつめられ、信長たちはついに半兵衛の討伐に成功した。
山崎城に攻め入ってから、わずか半刻ほどのことであった。
秀吉は城内で考えていた。
家康軍が伊賀衆と共に攻め入ってきたと報せを受けてから、しばらくは城門がうるさかったが、今ではすっかり静まりかえっている。
まさか奴らにやられたのではあるまいな……
秀吉は気がかりだったが、逃げようにもなかなか決心が付かずにいた。
家康の少数軍に対して、こちらは何倍もの兵力差がある。
そして武士としての意地が、どうしても忍び相手に負けたなどとは絶対に認めたくなかった。
その過信故に判断が遅れた。
「失礼つかまつる」
部屋の外からそう声が聞こえた。
襖が開かれ、入ってきたのは徳川家康だった。
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