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13. 鬼が牙を剥くとき
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「失礼いたします」
襖の向こうに、人の気配が立った。
この声は蜂須賀小六だ。
「小六か、何用だ?」
「実は、お耳に入れたいことがございまして......」
「よい、入れ」
「失礼いたします」
体格が大きく、肌の浅黒い武士が入ってきた。
小六は、窃盗団の頭領として悪事を働いていたところを秀吉が拾ってきた、いわば秘蔵っ子だった。
「して、どうした。顔色が悪いように見えるが......」
「じ、実は......」
小六は胸元から一枚の文を取り出した。
元は矢文だったようで、小さく折りたたまれている。
そこには濃墨でこう記されていた。
〈光秀様の仇、謀反人・豊臣秀吉のお命頂戴致す〉
秀吉は思わず噴き出した。
「ふはは、はははは!何を今更、このような戯れ言......いったいどこぞの痴れ者が、このようなことを」
光秀はやはり死んでいたか。
大方、これを出してきたのはあのとき、あの場に居合わせた忍だろう。
とても、遠い昔のように感じる。
名は確か、服部半蔵と言ったか。
家康に仕えていたはずだ。
つまり、この件には家康も一枚噛んでいると考えて相違ないだろう。
それにしてもまさか、たった数十人の伊賀衆が、 天下を取った自分に牙を剥くとは......
「小六よ。我らと伊賀衆が相対して、負けることがあると思うか」
一寸の間が空いた。
悪い冗談だとでもいうように、小六も噴き出した。
「なにを仰いますやら......さしもの伊賀衆とはいえ、今や秀吉様は天下人にございます。さらに軍師・官兵衛殿や半兵衛殿もいらっしゃいます。万に一つもそのようなことは......まったく意地の悪いことをおっしゃる」
二人はひとしきり笑い、その文を破り捨てた。
秀吉はそれでも、油断していたわけではなかった。
この件をすぐに軍師両名に伝達し、警戒令を敷いた。
いつ攻められてもいいように、万全を尽くしたはずだった。
油断はなかった。
ただ、天下を取ったという事実に胡座をかき、本来矢面に立って戦に出るわけではない忍の力を少々軽んじていたのだ。
そして、その秀吉の見立てはあまりにも見誤っていたものだった。
秀吉はこれをねずみ取りだと思っていたが、実際に飛び出してきたのはまさしく鬼であった。
半蔵と弥助は、評定通り、東門付近を駆けまわりながら、全身を耳にして使番を探した。
連れてこられた伊賀衆の面々は、なんとか敵をしのいではいるが、元々は隠密部隊。
真っ正面から戦うことにはまるで向いていない。
しかし、忍の中でも鬼の半蔵だけはまさしく猛将そのものだった。
黒田官兵衛は、自陣を城内外の境目に敷いた。
さらに城の周辺には堀があり、水を溜められていた。
城門には矢座間から見える矢兵、おそらく城内にもまだ兵が控えているだろう。
黒田官兵衛のいる本陣は、もっとさらにその奥だ。
「くっ、このままでは......」
今はまだ、家康の兵のおかげもあって、伊賀衆の面々は保っている。
しかし、いつまでも好きにさせてはくれぬだろう。
敵にとって、この布陣は次の戦場に移りやすいというメリットもある。
大方、ここが終わったら竹中半兵衛に合流するつもりだろう。
そうなってしまっては、 こちらが全滅してしまう。
「それにしても、数が多いな......」
半蔵と弥助の役割は、陽動と使番を見つけることだけで、兵と戦うことではなかったが、どうしても足軽と戦う必要が出てくる。
だが、それでも目標を見落とすなど考えられるわけがなかった。
しかし、使番はどこにも見当たらない。
足軽に紛れているわけでもない。
投擲隊の裏に隠れているわけでもない。
そして、騎馬隊にもそれらしい姿はなかった。
「いたか!?」
「イイエ、いません。どこにも......」
半蔵と弥助は足軽の何人かを軽々と倒すと、身を翻した。
「ワタシは伊賀衆と将兵たち、助けに行ってきマス。このままだといつかはやられてしまう」
「弥助、待て!」
襖の向こうに、人の気配が立った。
この声は蜂須賀小六だ。
「小六か、何用だ?」
「実は、お耳に入れたいことがございまして......」
「よい、入れ」
「失礼いたします」
体格が大きく、肌の浅黒い武士が入ってきた。
小六は、窃盗団の頭領として悪事を働いていたところを秀吉が拾ってきた、いわば秘蔵っ子だった。
「して、どうした。顔色が悪いように見えるが......」
「じ、実は......」
小六は胸元から一枚の文を取り出した。
元は矢文だったようで、小さく折りたたまれている。
そこには濃墨でこう記されていた。
〈光秀様の仇、謀反人・豊臣秀吉のお命頂戴致す〉
秀吉は思わず噴き出した。
「ふはは、はははは!何を今更、このような戯れ言......いったいどこぞの痴れ者が、このようなことを」
光秀はやはり死んでいたか。
大方、これを出してきたのはあのとき、あの場に居合わせた忍だろう。
とても、遠い昔のように感じる。
名は確か、服部半蔵と言ったか。
家康に仕えていたはずだ。
つまり、この件には家康も一枚噛んでいると考えて相違ないだろう。
それにしてもまさか、たった数十人の伊賀衆が、 天下を取った自分に牙を剥くとは......
「小六よ。我らと伊賀衆が相対して、負けることがあると思うか」
一寸の間が空いた。
悪い冗談だとでもいうように、小六も噴き出した。
「なにを仰いますやら......さしもの伊賀衆とはいえ、今や秀吉様は天下人にございます。さらに軍師・官兵衛殿や半兵衛殿もいらっしゃいます。万に一つもそのようなことは......まったく意地の悪いことをおっしゃる」
二人はひとしきり笑い、その文を破り捨てた。
秀吉はそれでも、油断していたわけではなかった。
この件をすぐに軍師両名に伝達し、警戒令を敷いた。
いつ攻められてもいいように、万全を尽くしたはずだった。
油断はなかった。
ただ、天下を取ったという事実に胡座をかき、本来矢面に立って戦に出るわけではない忍の力を少々軽んじていたのだ。
そして、その秀吉の見立てはあまりにも見誤っていたものだった。
秀吉はこれをねずみ取りだと思っていたが、実際に飛び出してきたのはまさしく鬼であった。
半蔵と弥助は、評定通り、東門付近を駆けまわりながら、全身を耳にして使番を探した。
連れてこられた伊賀衆の面々は、なんとか敵をしのいではいるが、元々は隠密部隊。
真っ正面から戦うことにはまるで向いていない。
しかし、忍の中でも鬼の半蔵だけはまさしく猛将そのものだった。
黒田官兵衛は、自陣を城内外の境目に敷いた。
さらに城の周辺には堀があり、水を溜められていた。
城門には矢座間から見える矢兵、おそらく城内にもまだ兵が控えているだろう。
黒田官兵衛のいる本陣は、もっとさらにその奥だ。
「くっ、このままでは......」
今はまだ、家康の兵のおかげもあって、伊賀衆の面々は保っている。
しかし、いつまでも好きにさせてはくれぬだろう。
敵にとって、この布陣は次の戦場に移りやすいというメリットもある。
大方、ここが終わったら竹中半兵衛に合流するつもりだろう。
そうなってしまっては、 こちらが全滅してしまう。
「それにしても、数が多いな......」
半蔵と弥助の役割は、陽動と使番を見つけることだけで、兵と戦うことではなかったが、どうしても足軽と戦う必要が出てくる。
だが、それでも目標を見落とすなど考えられるわけがなかった。
しかし、使番はどこにも見当たらない。
足軽に紛れているわけでもない。
投擲隊の裏に隠れているわけでもない。
そして、騎馬隊にもそれらしい姿はなかった。
「いたか!?」
「イイエ、いません。どこにも......」
半蔵と弥助は足軽の何人かを軽々と倒すと、身を翻した。
「ワタシは伊賀衆と将兵たち、助けに行ってきマス。このままだといつかはやられてしまう」
「弥助、待て!」
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