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9. 光秀の怒り
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半蔵は、才蔵の形見のクナイを手元でもてあそぶ。
もしあのとき自分たちが、周りの兵に手こずりさえしなければ。
手こずっていたとしても、それを才蔵に悟らせなければ。
今回、才蔵が命を落としたのは、間違いなく自分の落ち度だと自責の念にかられていた。
今更なにを言っても詮ないことだと分かっていても、どうしても考えてしまった。
半蔵の目頭が熱くなる。
弥助には見えていないのか、いつもの調子で聞いてきた。
「半蔵殿は、才蔵殿の弔いはしないのデスか?アナタたちは友だったカラ」
「友か……そうだな――」
友ではなく仲間だとずっと思っていたが、今やもはやどちらでもいい。
才蔵はもうこの世にはいないのだ。
あの時自分が……
「――いや、拙者が才蔵を弔うのはすべてが終わってからだ。墓前には必ずや秀吉に勝利したことを才蔵に伝えようぞ」
半蔵は立ち上がり、弥助と伊賀衆に改めて宣誓する。
「みな、命を賭しても最後まで戦うのだ!謀反人・羽柴秀吉を討つ此度の戦は、才蔵の弔い合戦でもある」
半蔵の意志を汲み取り、弥助も伊賀衆もその目には闘志をギラギラと燃え上がらせていた。
「才蔵だけではない。秀吉の囮として使われた猿飛佐助も、我らと流派は違えど元を辿れば同じ忍。必ずや秀吉を討ち取り、才蔵や佐助を安らかに休ませてやろう」
泣いてしまうなど、なんと情けないことだ。
それでも半蔵の目からは、自分の意志と反して涙がぼろぼろと零れ落ちてきた。
それに呼応するように、伊賀衆らの中からも嗚咽が聞こえてくる。
「……さぁ、じきに夜も明ける。信長様と合流し、このことを伝えねばならん」
涙を拭い、半蔵は弥助と伊賀衆を引き連れて、信長たちの待つ南蛮寺へと駆けた。
もう夏も近くなっているというのに、妙に冷えた夜だった。
◆
「なに……っ?!才蔵が……」
光秀は思わず声を張り上げた。
南蛮寺に戻った半蔵からの報せに、一同は黙り込んでしまった。
まさかあの才蔵が討たれるなど、予想だにしていなかったことだった。
信長は確信に満ちた思いで才蔵に命を出した。
危険な任務ではあったが、必ず秀吉を返り討ちにしてくれると、才蔵を高く買っていたのだ。
若くして伊賀衆を取りまとめ、その類いまれなる実力を家康に買われた天賦の才をもつ忍が、討ち取られたとは……
「申し訳ありませぬ。拙者が共にいながら、守ることすら叶わず……討ち死にを許すなど……」
「ワタシたち、秀吉の兵に圧されて、とても必死でした。気がついたときには才蔵殿は......」
「もうよい」
信長は言い募る二人にそう言って、大きな溜息をついた。
二人の無念は手に取るように分かった。
猿飛佐助に立て続いて、同胞の才蔵を亡くしたのだ。
その哀しみは、推し量るに余りある。
信長は伊賀衆の面々に労いの言葉をかけて、こう切り出した。
「しかし......これによって秀吉は天下統一にまた一歩近づいたということになる。そうだな?家康よ」
名指しされた家康は、少し慌てながら、しかし確信を持った目でそれを肯定した。
「その通りにございます。才蔵たちの報告に依れば、秀吉は『明智光秀を討ち取った』と宣言した。そして、我らの軍はこれを否定せず、慌てて撤退してしまった。これは決して、半蔵たちを責めるつもりではなく--。つまり、これにより秀吉の立場がより強固になったのも、また事実」
その時、しばらく黙りこくっていた光秀の怒号が響き渡った。
「おぬしらが付いていながら、よりによって秀吉の手で才蔵を討たせるとは……っ!せめて秀吉たちが今どこを居城としておるのか分からぬのか!情報どころかおぬしらが持ってきたのは才蔵の亡骸であるぞ!……なんたる不覚!!」
自身に長く仕えていた才蔵が、自分の身代わりに討たれた光秀はやり場のない哀しみのあまり、半蔵と弥助に怒りを向けた。
「才蔵が討たれたのだぞ!!秀吉の居城……せめて、それさえ分かれば奇襲をかけることも容易いというに!……某が、某がそばにおればこのようなことには」
二人は深々と頭を下げた。
「なんの申し開きもございませぬ。我らは深手を負った才蔵を匿い、逃げるのが精一杯にございました。此度の戦が終われば、どのような罰も受ける所存にございます。……ただ、才蔵は最期に、光秀様に己を責めぬようにと言い残し力尽きました」
「ワタシも、半蔵殿を抱えて逃げるので精一杯でした。罰を受ける覚悟は出来ておりマス」
そのとき、信長がずっと持っていた小刀の鞘を、思い切り床にたたきつけた。
水を打ったように空気が張り詰めた。
もしあのとき自分たちが、周りの兵に手こずりさえしなければ。
手こずっていたとしても、それを才蔵に悟らせなければ。
今回、才蔵が命を落としたのは、間違いなく自分の落ち度だと自責の念にかられていた。
今更なにを言っても詮ないことだと分かっていても、どうしても考えてしまった。
半蔵の目頭が熱くなる。
弥助には見えていないのか、いつもの調子で聞いてきた。
「半蔵殿は、才蔵殿の弔いはしないのデスか?アナタたちは友だったカラ」
「友か……そうだな――」
友ではなく仲間だとずっと思っていたが、今やもはやどちらでもいい。
才蔵はもうこの世にはいないのだ。
あの時自分が……
「――いや、拙者が才蔵を弔うのはすべてが終わってからだ。墓前には必ずや秀吉に勝利したことを才蔵に伝えようぞ」
半蔵は立ち上がり、弥助と伊賀衆に改めて宣誓する。
「みな、命を賭しても最後まで戦うのだ!謀反人・羽柴秀吉を討つ此度の戦は、才蔵の弔い合戦でもある」
半蔵の意志を汲み取り、弥助も伊賀衆もその目には闘志をギラギラと燃え上がらせていた。
「才蔵だけではない。秀吉の囮として使われた猿飛佐助も、我らと流派は違えど元を辿れば同じ忍。必ずや秀吉を討ち取り、才蔵や佐助を安らかに休ませてやろう」
泣いてしまうなど、なんと情けないことだ。
それでも半蔵の目からは、自分の意志と反して涙がぼろぼろと零れ落ちてきた。
それに呼応するように、伊賀衆らの中からも嗚咽が聞こえてくる。
「……さぁ、じきに夜も明ける。信長様と合流し、このことを伝えねばならん」
涙を拭い、半蔵は弥助と伊賀衆を引き連れて、信長たちの待つ南蛮寺へと駆けた。
もう夏も近くなっているというのに、妙に冷えた夜だった。
◆
「なに……っ?!才蔵が……」
光秀は思わず声を張り上げた。
南蛮寺に戻った半蔵からの報せに、一同は黙り込んでしまった。
まさかあの才蔵が討たれるなど、予想だにしていなかったことだった。
信長は確信に満ちた思いで才蔵に命を出した。
危険な任務ではあったが、必ず秀吉を返り討ちにしてくれると、才蔵を高く買っていたのだ。
若くして伊賀衆を取りまとめ、その類いまれなる実力を家康に買われた天賦の才をもつ忍が、討ち取られたとは……
「申し訳ありませぬ。拙者が共にいながら、守ることすら叶わず……討ち死にを許すなど……」
「ワタシたち、秀吉の兵に圧されて、とても必死でした。気がついたときには才蔵殿は......」
「もうよい」
信長は言い募る二人にそう言って、大きな溜息をついた。
二人の無念は手に取るように分かった。
猿飛佐助に立て続いて、同胞の才蔵を亡くしたのだ。
その哀しみは、推し量るに余りある。
信長は伊賀衆の面々に労いの言葉をかけて、こう切り出した。
「しかし......これによって秀吉は天下統一にまた一歩近づいたということになる。そうだな?家康よ」
名指しされた家康は、少し慌てながら、しかし確信を持った目でそれを肯定した。
「その通りにございます。才蔵たちの報告に依れば、秀吉は『明智光秀を討ち取った』と宣言した。そして、我らの軍はこれを否定せず、慌てて撤退してしまった。これは決して、半蔵たちを責めるつもりではなく--。つまり、これにより秀吉の立場がより強固になったのも、また事実」
その時、しばらく黙りこくっていた光秀の怒号が響き渡った。
「おぬしらが付いていながら、よりによって秀吉の手で才蔵を討たせるとは……っ!せめて秀吉たちが今どこを居城としておるのか分からぬのか!情報どころかおぬしらが持ってきたのは才蔵の亡骸であるぞ!……なんたる不覚!!」
自身に長く仕えていた才蔵が、自分の身代わりに討たれた光秀はやり場のない哀しみのあまり、半蔵と弥助に怒りを向けた。
「才蔵が討たれたのだぞ!!秀吉の居城……せめて、それさえ分かれば奇襲をかけることも容易いというに!……某が、某がそばにおればこのようなことには」
二人は深々と頭を下げた。
「なんの申し開きもございませぬ。我らは深手を負った才蔵を匿い、逃げるのが精一杯にございました。此度の戦が終われば、どのような罰も受ける所存にございます。……ただ、才蔵は最期に、光秀様に己を責めぬようにと言い残し力尽きました」
「ワタシも、半蔵殿を抱えて逃げるので精一杯でした。罰を受ける覚悟は出来ておりマス」
そのとき、信長がずっと持っていた小刀の鞘を、思い切り床にたたきつけた。
水を打ったように空気が張り詰めた。
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