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7. 天下布武の意味
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「信長殿、どうかなさいましたかな?」
眉間に皺を寄せ腕組みをし、何やら考えている様子の信長に家康が声を掛けた。
「のう、家康。儂の掲げた『天下布武』は武力を布いて天下を制するという意味ではない」
「……といいますと?」
「儂の天下は七徳の武が揃ってのものだ」
「天下を制するにあたって、目指されるものが七つあるということですな?」
「まさしく。武力行使を禁じ、戦いをやめ、大国を保ち、功績を成し遂げ、民の暮らしを安定させ、大衆の争いを無くし、商いを繁栄させる」
つまり天下泰平の世を創ることを意味するのだと続けた。
信長は自分の思い描いている『天下布武』の意味を初めて明かした。
その場にいた、光秀、弥助、才蔵、半蔵は黙って聞いている。
「どうだ、儂らしくもない考えか?」
「いえ、そんなことは。信長殿の先見の明は並外れたもの。誰よりも一歩先、二歩先、三歩先を見据えておられるお方です。私などには見えない末の世が見えておられるのでしょう」
「儂は一度、秀吉に天下を取らせてみようかと思う」
何を言い出したかと思えば、謀反の黒幕である秀吉に天下を取らせると言うのだ。
光秀は思わず食ってかかった。
「上様……!一体どういうおつもりで?!秀吉は謀反人でありまするぞ!」
「無論、あのはげねずみに天下を取れるのであれば……だが。儂らを欺き、退け、儂自身を越え天下を取った先……果たして秀吉はどこまで思い描いているものであろうか」
「なるほど。秀吉が天下を取ったところでこの国は変わらないと踏んでおるわけですな?それを民衆が気付いた時、また新たな乱世が続くこととなりましょう」
「しかしながら、上様。秀吉の天下で民衆の目を醒めさせ、秀吉の天下統一を崩したとしましょう。その後はどうなさるおつもりで?」
信長は立ち上がり、思い切り叫びたい気持ちを抑え勇ましい貫禄でこう言った。
「皆の者、よう聞けい!織田信長、明智光秀、徳川家康が天下三分をここに掲げる!」
織田信長という人物は、強引で荒っぽく、大胆不敵で冷酷で、そして何より独裁的な野心家だと思われることが多い。
信長に仕える家臣でさえも、そう思っていた者たちも多いことだろう。
確かに間違いではない。
天上天下唯我独尊とでもいうような、立ち振る舞いや戦での残虐性から、信長が天下を人と分け与えるなぞ有り得ないと秀吉はさぞ驚くことだろう。
しかし、ここに集った仲間たちは信長は決して権力を振りかざすだけの器では無いことを十分に承知していた。
「信長殿、いつからそのようなお考えを?」
南蛮寺へ来てからの、信長の少しの変化に嬉しそうに微笑む家康。
根本の軸はぶれていない上で、どこかみなに気を許しているような……
家臣からの謀反に遭ったというのに、人間不信になるどころか、ここに集う仲間を信頼しているようだ。
信長が真の野望を打ち明けたことこそ、その証だろう。
「天下布武の真意は昔から変わらぬ。しかし、燃え盛る本能寺から救い出されてから、天下を取るとはどういう事なのかを熟考したのだ」
信長は、天下統一が終着点ではないことを悟ったのだと言う。
「上様、某は秀吉の天下とは何なのか聞いてみとうなりました。上様を裏切る秀吉の真意を某ははっきりと聞き出せておりません。僭越ながら、もし天下三分を目指されるのであれば、我らは謀反の理由を知っておかねばならぬと存じます」
「秀吉に会った暁には直々に問いただしてやろうぞ」
信長たちは、南蛮寺を拠点にし裏山で日々鍛錬を行っていた。
一方その頃、本能寺に信長の遺体がないことから少し騒ぎになっているようだった。
また、謀反を起こしたはずの光秀張本人すら、その姿が見えない。
血眼になって探し回った武将たちは、光秀も炎に巻き込まれ、信長の身体は炎で全て焼き消えてしまったのでないかと秀吉に話した。
しかし、先の戦いにて光秀に扮装した才蔵を見た者が多く『やはり光秀は生きている』となり、秀吉からしてみれば『それならば光秀は何故信長を討ったあと故本能寺から逃げたのか』となるわけである。
「光秀、秀吉が自分に扮装させた忍を送り込んで来た理由は分かっておるな?」
「はい。口封じの為だけではないかと。某が秀吉を裏切り、天下統一を横取りすると読んだのでしょう。そして、某の生存確認……」
秀吉が京に到着するまで、おそらく後四日ほど。
その時こそ、謀反人・羽柴秀吉が現れるに違いない。
光秀が生きていると分かった以上、秀吉は猛攻撃で光秀を殺しにかかるだろう。
信長は少々嫌な予感がしたが、秀吉到着に備えて英気を養った。
眉間に皺を寄せ腕組みをし、何やら考えている様子の信長に家康が声を掛けた。
「のう、家康。儂の掲げた『天下布武』は武力を布いて天下を制するという意味ではない」
「……といいますと?」
「儂の天下は七徳の武が揃ってのものだ」
「天下を制するにあたって、目指されるものが七つあるということですな?」
「まさしく。武力行使を禁じ、戦いをやめ、大国を保ち、功績を成し遂げ、民の暮らしを安定させ、大衆の争いを無くし、商いを繁栄させる」
つまり天下泰平の世を創ることを意味するのだと続けた。
信長は自分の思い描いている『天下布武』の意味を初めて明かした。
その場にいた、光秀、弥助、才蔵、半蔵は黙って聞いている。
「どうだ、儂らしくもない考えか?」
「いえ、そんなことは。信長殿の先見の明は並外れたもの。誰よりも一歩先、二歩先、三歩先を見据えておられるお方です。私などには見えない末の世が見えておられるのでしょう」
「儂は一度、秀吉に天下を取らせてみようかと思う」
何を言い出したかと思えば、謀反の黒幕である秀吉に天下を取らせると言うのだ。
光秀は思わず食ってかかった。
「上様……!一体どういうおつもりで?!秀吉は謀反人でありまするぞ!」
「無論、あのはげねずみに天下を取れるのであれば……だが。儂らを欺き、退け、儂自身を越え天下を取った先……果たして秀吉はどこまで思い描いているものであろうか」
「なるほど。秀吉が天下を取ったところでこの国は変わらないと踏んでおるわけですな?それを民衆が気付いた時、また新たな乱世が続くこととなりましょう」
「しかしながら、上様。秀吉の天下で民衆の目を醒めさせ、秀吉の天下統一を崩したとしましょう。その後はどうなさるおつもりで?」
信長は立ち上がり、思い切り叫びたい気持ちを抑え勇ましい貫禄でこう言った。
「皆の者、よう聞けい!織田信長、明智光秀、徳川家康が天下三分をここに掲げる!」
織田信長という人物は、強引で荒っぽく、大胆不敵で冷酷で、そして何より独裁的な野心家だと思われることが多い。
信長に仕える家臣でさえも、そう思っていた者たちも多いことだろう。
確かに間違いではない。
天上天下唯我独尊とでもいうような、立ち振る舞いや戦での残虐性から、信長が天下を人と分け与えるなぞ有り得ないと秀吉はさぞ驚くことだろう。
しかし、ここに集った仲間たちは信長は決して権力を振りかざすだけの器では無いことを十分に承知していた。
「信長殿、いつからそのようなお考えを?」
南蛮寺へ来てからの、信長の少しの変化に嬉しそうに微笑む家康。
根本の軸はぶれていない上で、どこかみなに気を許しているような……
家臣からの謀反に遭ったというのに、人間不信になるどころか、ここに集う仲間を信頼しているようだ。
信長が真の野望を打ち明けたことこそ、その証だろう。
「天下布武の真意は昔から変わらぬ。しかし、燃え盛る本能寺から救い出されてから、天下を取るとはどういう事なのかを熟考したのだ」
信長は、天下統一が終着点ではないことを悟ったのだと言う。
「上様、某は秀吉の天下とは何なのか聞いてみとうなりました。上様を裏切る秀吉の真意を某ははっきりと聞き出せておりません。僭越ながら、もし天下三分を目指されるのであれば、我らは謀反の理由を知っておかねばならぬと存じます」
「秀吉に会った暁には直々に問いただしてやろうぞ」
信長たちは、南蛮寺を拠点にし裏山で日々鍛錬を行っていた。
一方その頃、本能寺に信長の遺体がないことから少し騒ぎになっているようだった。
また、謀反を起こしたはずの光秀張本人すら、その姿が見えない。
血眼になって探し回った武将たちは、光秀も炎に巻き込まれ、信長の身体は炎で全て焼き消えてしまったのでないかと秀吉に話した。
しかし、先の戦いにて光秀に扮装した才蔵を見た者が多く『やはり光秀は生きている』となり、秀吉からしてみれば『それならば光秀は何故信長を討ったあと故本能寺から逃げたのか』となるわけである。
「光秀、秀吉が自分に扮装させた忍を送り込んで来た理由は分かっておるな?」
「はい。口封じの為だけではないかと。某が秀吉を裏切り、天下統一を横取りすると読んだのでしょう。そして、某の生存確認……」
秀吉が京に到着するまで、おそらく後四日ほど。
その時こそ、謀反人・羽柴秀吉が現れるに違いない。
光秀が生きていると分かった以上、秀吉は猛攻撃で光秀を殺しにかかるだろう。
信長は少々嫌な予感がしたが、秀吉到着に備えて英気を養った。
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