31 / 51
第3章 地獄に堕ちた蛇
#5 由羅の推理
しおりを挟む
生徒会の会合だなんていうからてっきりもう授業後かと錯覚していたら、単にお昼休みが終わっただけだった。
私は結局昼食のパンを食べそこない、空腹のまま教室に戻ることになった。
こうなったら、5限終了後の10分で食べるしかない。
当然のことながら授業には身が入らず、私は頬杖をついてぼんやり窓の外を眺めた。
瀬戸内の夏は暑い。
ふたつの山脈に挟まれて梅雨でもろくに雨が降らないから、空気がからからに乾いている。
その分空は青く澄み渡り、遠くに積乱雲が生まれかけているのが見える。
特大のかき氷を逆さにしたようなその威容を見るともなく眺めながら、ぼうっとした頭で思う。
翔ちゃんは、明日、トリックを暴き、犯人が誰かを言い当てるという。
でも、いったい何がわかったというのだろう。
私にとってただ一つ確かなのは、この私が犯人でないという、そのことだけ。
考えようによっては、木崎先生も、由羅も、大久保君も、みんな怪しいということになる。
状況的には苦しいけれど、さやかにも動機はありそうだし、それを言ったら真澄や翔ちゃんだって犯人かもしれないのだ。
なのに、警察に一番疑われているのは、なぜかこの私なのだという。
美沙が墜死した時、屋上にいたというただそれだけの理由で。
刑事はやがて、私のところに来るだろう。
色々訊き込んで得た情報を持って。
やりきれない気分だった。
5限目の放課に食べ残しのパンを食べていると、周りの目を気にしながら、由羅がやってきた。
「トカゲ、あのさ、さっきのことだけど」
ミニ丈に切り詰めたスカートからパンツが見えそうになるのもかまわず、私の机の端に腰かけると、
「ヤモリはあんなこと言ってたけどさ、おまえ、犯人、誰だと思う?」
その野生の猫に似た顔を近づけて、訊いてきた。
「さあ」
私は首を横に振った。
「でも、どうせ由羅も、私がやったと思ってるんでしょ?」
少しむっとして言い返してやると、
「うち? うちは別におまえがやったなんて思ってないよ。刑事があんまり、落ちたとしたら屋上からとしか考えられない、って言い張るもんだからさ。あ、そうなんだ、って思っただけで」
由羅があっけらかんとした口調で、答えた。
「ほら、やっぱりそう思ったんじゃないの」
「いや、それがそうでもないんだよなあ」
「どういうこと?」
「うちさ、色々考えてて、ひとつ閃いたことがあるんだ」
由羅が得意げに小鼻をひくつかせた。
「思いついた時、つい、うちって天才かも、って思っちまったよ。それくらい鋭い推理なんだぜ」
「どんなの…?」
気になって、私は由羅のほうに身を乗り出した。
視界の隅に、こっちを気にしているさやかと大久保君の顔。
それぞれ席の近くの子たちと談笑しながら、時折鋭い視線を私たちのほうに投げてくる。
「いいか? 犯人は、美沙を4階の303の教室から突き落としたんだ。で、窓の鍵を閉めて、屋上に上がった。アリバイをつくり、自分も目撃者だということをアピールするために」
「え?」
私は絶句した。
「それって、木崎先生のこと?」
「まあな」
由羅がうなずいた。
「あのサイトの記事のひとつに、教師Kが学生の頃、幼女にいたずらして、警察のご用になった、ってのがある」
「そうなの…?」
「ああ。そこまで言えばわかるだろ? 教師Kって、間違いなく木崎だよ。つまり、あいつにも、美沙を殺す立派な動機があったってことさ。そんな不名誉なことを今頃になってこれ以上言いふらされたら、完全に教師生命は終わりだろうし、もしかしたら、今になって美沙にゆすられてたって可能性もあるわけだろ?」
あの木崎先生が、美沙を…。
もちろん、可能性としては、十分にありえることだ。
「けど、それだと、先生はどうしてわざわざ窓の鍵を閉めたわけ? 開けっ放しにしておいたほうが、事故に装えるから都合がいいはずでしょ? それに、アリバイをつくるっていったって、屋上に私がいたのは偶然のことなんだよ? もし誰もいなかったら、アリバイも何もないと思うんだけど」
そう。
私が引っ掛かるのは、そこだった。
由羅の言うように、美沙が誰かにつき落とされたとしたら、それは屋上でも3階の302の部屋の窓でもなく、おそらく無人だった4階だろう。ならばなぜ、犯人は窓を閉めたのか。その行為のせいで、事態は余計ややこしくなるというのに…。
「トカゲがその時間屋上にいることは、たぶん美沙本人にあらかじめ聞いてたんじゃないかな。4階の教室の窓を閉めたのは、美沙が落ちたのは4階からではなく、屋上からと錯覚させるため。4階から落ちたということになると、もしかしたら見回り中の木崎の責任が問われるかもしれないだろう? でも、屋上からということにしておけば、少なくとも容疑者は自分ではなくなるはず。そう考えたんだ」
「私? 私を容疑者に?」
そんな。
先生ともあろうものが、生徒に濡れ衣を着せるなんて。
「別にさ、積極的にトカゲを陥れようとしたわけじゃないと思う。たまたまあそこにいたのがお前だったから…。そういうことじゃないのかな」
「たまたま?」
「そう。たまたまさ。もしあそこにいたのがうちだったとしても、木崎としては別にかまわなかった。そういうことだと思う。要は、自分から目をそらせられるなら、屋上にいるのは誰でもよかったんだ」
由羅がそこまで言った時、黒板側の戸が開いて、当の木崎先生が入ってきた。
机から飛び降り、あわてて席に戻る由羅。
この人が、ロリコンで殺人鬼?
私は、最後列から、木崎先生のボサボサ頭とどことなく憔悴したような横顔を、そっと見つめた。
犯人は、木崎先生。
言われてみると、それが真実のような気がしてくるから、自分でも不思議だった。
私は結局昼食のパンを食べそこない、空腹のまま教室に戻ることになった。
こうなったら、5限終了後の10分で食べるしかない。
当然のことながら授業には身が入らず、私は頬杖をついてぼんやり窓の外を眺めた。
瀬戸内の夏は暑い。
ふたつの山脈に挟まれて梅雨でもろくに雨が降らないから、空気がからからに乾いている。
その分空は青く澄み渡り、遠くに積乱雲が生まれかけているのが見える。
特大のかき氷を逆さにしたようなその威容を見るともなく眺めながら、ぼうっとした頭で思う。
翔ちゃんは、明日、トリックを暴き、犯人が誰かを言い当てるという。
でも、いったい何がわかったというのだろう。
私にとってただ一つ確かなのは、この私が犯人でないという、そのことだけ。
考えようによっては、木崎先生も、由羅も、大久保君も、みんな怪しいということになる。
状況的には苦しいけれど、さやかにも動機はありそうだし、それを言ったら真澄や翔ちゃんだって犯人かもしれないのだ。
なのに、警察に一番疑われているのは、なぜかこの私なのだという。
美沙が墜死した時、屋上にいたというただそれだけの理由で。
刑事はやがて、私のところに来るだろう。
色々訊き込んで得た情報を持って。
やりきれない気分だった。
5限目の放課に食べ残しのパンを食べていると、周りの目を気にしながら、由羅がやってきた。
「トカゲ、あのさ、さっきのことだけど」
ミニ丈に切り詰めたスカートからパンツが見えそうになるのもかまわず、私の机の端に腰かけると、
「ヤモリはあんなこと言ってたけどさ、おまえ、犯人、誰だと思う?」
その野生の猫に似た顔を近づけて、訊いてきた。
「さあ」
私は首を横に振った。
「でも、どうせ由羅も、私がやったと思ってるんでしょ?」
少しむっとして言い返してやると、
「うち? うちは別におまえがやったなんて思ってないよ。刑事があんまり、落ちたとしたら屋上からとしか考えられない、って言い張るもんだからさ。あ、そうなんだ、って思っただけで」
由羅があっけらかんとした口調で、答えた。
「ほら、やっぱりそう思ったんじゃないの」
「いや、それがそうでもないんだよなあ」
「どういうこと?」
「うちさ、色々考えてて、ひとつ閃いたことがあるんだ」
由羅が得意げに小鼻をひくつかせた。
「思いついた時、つい、うちって天才かも、って思っちまったよ。それくらい鋭い推理なんだぜ」
「どんなの…?」
気になって、私は由羅のほうに身を乗り出した。
視界の隅に、こっちを気にしているさやかと大久保君の顔。
それぞれ席の近くの子たちと談笑しながら、時折鋭い視線を私たちのほうに投げてくる。
「いいか? 犯人は、美沙を4階の303の教室から突き落としたんだ。で、窓の鍵を閉めて、屋上に上がった。アリバイをつくり、自分も目撃者だということをアピールするために」
「え?」
私は絶句した。
「それって、木崎先生のこと?」
「まあな」
由羅がうなずいた。
「あのサイトの記事のひとつに、教師Kが学生の頃、幼女にいたずらして、警察のご用になった、ってのがある」
「そうなの…?」
「ああ。そこまで言えばわかるだろ? 教師Kって、間違いなく木崎だよ。つまり、あいつにも、美沙を殺す立派な動機があったってことさ。そんな不名誉なことを今頃になってこれ以上言いふらされたら、完全に教師生命は終わりだろうし、もしかしたら、今になって美沙にゆすられてたって可能性もあるわけだろ?」
あの木崎先生が、美沙を…。
もちろん、可能性としては、十分にありえることだ。
「けど、それだと、先生はどうしてわざわざ窓の鍵を閉めたわけ? 開けっ放しにしておいたほうが、事故に装えるから都合がいいはずでしょ? それに、アリバイをつくるっていったって、屋上に私がいたのは偶然のことなんだよ? もし誰もいなかったら、アリバイも何もないと思うんだけど」
そう。
私が引っ掛かるのは、そこだった。
由羅の言うように、美沙が誰かにつき落とされたとしたら、それは屋上でも3階の302の部屋の窓でもなく、おそらく無人だった4階だろう。ならばなぜ、犯人は窓を閉めたのか。その行為のせいで、事態は余計ややこしくなるというのに…。
「トカゲがその時間屋上にいることは、たぶん美沙本人にあらかじめ聞いてたんじゃないかな。4階の教室の窓を閉めたのは、美沙が落ちたのは4階からではなく、屋上からと錯覚させるため。4階から落ちたということになると、もしかしたら見回り中の木崎の責任が問われるかもしれないだろう? でも、屋上からということにしておけば、少なくとも容疑者は自分ではなくなるはず。そう考えたんだ」
「私? 私を容疑者に?」
そんな。
先生ともあろうものが、生徒に濡れ衣を着せるなんて。
「別にさ、積極的にトカゲを陥れようとしたわけじゃないと思う。たまたまあそこにいたのがお前だったから…。そういうことじゃないのかな」
「たまたま?」
「そう。たまたまさ。もしあそこにいたのがうちだったとしても、木崎としては別にかまわなかった。そういうことだと思う。要は、自分から目をそらせられるなら、屋上にいるのは誰でもよかったんだ」
由羅がそこまで言った時、黒板側の戸が開いて、当の木崎先生が入ってきた。
机から飛び降り、あわてて席に戻る由羅。
この人が、ロリコンで殺人鬼?
私は、最後列から、木崎先生のボサボサ頭とどことなく憔悴したような横顔を、そっと見つめた。
犯人は、木崎先生。
言われてみると、それが真実のような気がしてくるから、自分でも不思議だった。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない
セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。
しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。
高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。
パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。
※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる