背徳の獣たちの宴

戸影絵麻

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第3章 地獄に堕ちた蛇

#5 由羅の推理

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 生徒会の会合だなんていうからてっきりもう授業後かと錯覚していたら、単にお昼休みが終わっただけだった。

 私は結局昼食のパンを食べそこない、空腹のまま教室に戻ることになった。

 こうなったら、5限終了後の10分で食べるしかない。

 当然のことながら授業には身が入らず、私は頬杖をついてぼんやり窓の外を眺めた。

 瀬戸内の夏は暑い。

 ふたつの山脈に挟まれて梅雨でもろくに雨が降らないから、空気がからからに乾いている。

 その分空は青く澄み渡り、遠くに積乱雲が生まれかけているのが見える。

 特大のかき氷を逆さにしたようなその威容を見るともなく眺めながら、ぼうっとした頭で思う。

 翔ちゃんは、明日、トリックを暴き、犯人が誰かを言い当てるという。

 でも、いったい何がわかったというのだろう。

 私にとってただ一つ確かなのは、この私が犯人でないという、そのことだけ。

 考えようによっては、木崎先生も、由羅も、大久保君も、みんな怪しいということになる。

 状況的には苦しいけれど、さやかにも動機はありそうだし、それを言ったら真澄や翔ちゃんだって犯人かもしれないのだ。

 なのに、警察に一番疑われているのは、なぜかこの私なのだという。

 美沙が墜死した時、屋上にいたというただそれだけの理由で。

 刑事はやがて、私のところに来るだろう。

 色々訊き込んで得た情報を持って。

 やりきれない気分だった。


 5限目の放課に食べ残しのパンを食べていると、周りの目を気にしながら、由羅がやってきた。

「トカゲ、あのさ、さっきのことだけど」

 ミニ丈に切り詰めたスカートからパンツが見えそうになるのもかまわず、私の机の端に腰かけると、

「ヤモリはあんなこと言ってたけどさ、おまえ、犯人、誰だと思う?」

 その野生の猫に似た顔を近づけて、訊いてきた。

「さあ」

 私は首を横に振った。

「でも、どうせ由羅も、私がやったと思ってるんでしょ?」

 少しむっとして言い返してやると、

「うち? うちは別におまえがやったなんて思ってないよ。刑事があんまり、落ちたとしたら屋上からとしか考えられない、って言い張るもんだからさ。あ、そうなんだ、って思っただけで」

 由羅があっけらかんとした口調で、答えた。

「ほら、やっぱりそう思ったんじゃないの」

「いや、それがそうでもないんだよなあ」

「どういうこと?」

「うちさ、色々考えてて、ひとつ閃いたことがあるんだ」

 由羅が得意げに小鼻をひくつかせた。

「思いついた時、つい、うちって天才かも、って思っちまったよ。それくらい鋭い推理なんだぜ」

「どんなの…?」

 気になって、私は由羅のほうに身を乗り出した。

 視界の隅に、こっちを気にしているさやかと大久保君の顔。

 それぞれ席の近くの子たちと談笑しながら、時折鋭い視線を私たちのほうに投げてくる。

「いいか? 犯人は、美沙を4階の303の教室から突き落としたんだ。で、窓の鍵を閉めて、屋上に上がった。アリバイをつくり、自分も目撃者だということをアピールするために」

「え?」

 私は絶句した。

「それって、木崎先生のこと?」

「まあな」

 由羅がうなずいた。

「あのサイトの記事のひとつに、教師Kが学生の頃、幼女にいたずらして、警察のご用になった、ってのがある」

「そうなの…?」

「ああ。そこまで言えばわかるだろ? 教師Kって、間違いなく木崎だよ。つまり、あいつにも、美沙を殺す立派な動機があったってことさ。そんな不名誉なことを今頃になってこれ以上言いふらされたら、完全に教師生命は終わりだろうし、もしかしたら、今になって美沙にゆすられてたって可能性もあるわけだろ?」

 あの木崎先生が、美沙を…。

 もちろん、可能性としては、十分にありえることだ。

「けど、それだと、先生はどうしてわざわざ窓の鍵を閉めたわけ? 開けっ放しにしておいたほうが、事故に装えるから都合がいいはずでしょ? それに、アリバイをつくるっていったって、屋上に私がいたのは偶然のことなんだよ? もし誰もいなかったら、アリバイも何もないと思うんだけど」

 そう。

 私が引っ掛かるのは、そこだった。

 由羅の言うように、美沙が誰かにつき落とされたとしたら、それは屋上でも3階の302の部屋の窓でもなく、おそらく無人だった4階だろう。ならばなぜ、犯人は窓を閉めたのか。その行為のせいで、事態は余計ややこしくなるというのに…。

「トカゲがその時間屋上にいることは、たぶん美沙本人にあらかじめ聞いてたんじゃないかな。4階の教室の窓を閉めたのは、美沙が落ちたのは4階からではなく、屋上からと錯覚させるため。4階から落ちたということになると、もしかしたら見回り中の木崎の責任が問われるかもしれないだろう? でも、屋上からということにしておけば、少なくとも容疑者は自分ではなくなるはず。そう考えたんだ」

「私? 私を容疑者に?」

 そんな。

 先生ともあろうものが、生徒に濡れ衣を着せるなんて。

「別にさ、積極的にトカゲを陥れようとしたわけじゃないと思う。たまたまあそこにいたのがお前だったから…。そういうことじゃないのかな」

「たまたま?」

「そう。たまたまさ。もしあそこにいたのがうちだったとしても、木崎としては別にかまわなかった。そういうことだと思う。要は、自分から目をそらせられるなら、屋上にいるのは誰でもよかったんだ」

 由羅がそこまで言った時、黒板側の戸が開いて、当の木崎先生が入ってきた。

 机から飛び降り、あわてて席に戻る由羅。

 この人が、ロリコンで殺人鬼?

 私は、最後列から、木崎先生のボサボサ頭とどことなく憔悴したような横顔を、そっと見つめた。

 犯人は、木崎先生。

 言われてみると、それが真実のような気がしてくるから、自分でも不思議だった。




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