背徳の獣たちの宴

戸影絵麻

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第3章 地獄に堕ちた蛇

#4 容疑者たち

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 翔ちゃんが私を連れて行ったのは、職員室の隣にある、生徒会室だった。

 引き戸は開いていて、中をのぞくと大久保君と由羅が所在なげに机の上に腰をかけ、脚をぶらぶらさせていた。

「遅いよ、ヤモリン」

 翔ちゃんを見るなり、大久保君が怒ったように言った。

「もう、生徒会、終わっちゃったぜ。おまえ、クラスの代表なんだろ? ったく、何やってんだよ」

「ちょっと色々忙しくて」

 翔ちゃんはぺろりと舌を出すと、

「あ、議事録見せて」

 大久保君の手からノートを奪い取り、パラパラとページをめくり始めた。

「OK。会議の内容は、だいたいわかった。じゃ、今度は私の番。さ、みんな座って」

 5秒としないうちにノートをパタンと閉じ、ふたりを見た。

「何が私の番なんだよ。用があるから、生徒会のあと話そうって、あんた、自分が遅れてきてよく言うよ」

 由羅はいつにも増して、不機嫌そうだ。

 浅黒い顔の真ん中で、きつい大きな目が不穏な光をたたえている。

「そのことは置いといて」

 コの字型に並べた机の端っこに陣取って、翔ちゃんが切り出した。

「いいかな? 私たちは奇しくも殺人現場に居合わせたのよ。死んだ美沙ちゃんのためにも、私たちが真相を解明してあげなきゃいけないと思うんだ。ね、そうでしょ?」

「何が美沙ちゃんのためだ。ヤモリンは転校生だから、そんなきれいごと言ってられるんだよ。あいつのおかげで、俺たち、どんだけひどい目に遭わされたことか」

 大久保君は、ひょろっとした優男で、いわば草食系男子の典型である。

 その彼が、珍しく腹を立てていた。

「同感だね。こういう言い方は不謹慎だってことくらい、うちにもわかってる。でも、正直ザマーミロなんだよ」

 すかさず由羅が同調した。

「あの毒蛇女がくたばってくれてさ。口には出さないけど、きっとみんなそう思ってる。トカゲだってそうだろ?サイトの最後のほうに書いてあったの、あれ、おまえの兄ちゃんのことなんだろ?」

「う、うん、たぶん」

 私は由羅の勢いに押されてうなずいた。

「でも、美沙が何を書こうとしてたのかまでは、わからないけど…」

「わかんなくてよかったよ。どうせろくでもないことに決まってるんだから」

「大久保君は、お母さんの不倫、榊さんは暴行事件、確かそんな内容だったよね。書かれてたのは」

 翔ちゃんが単刀直入に訊いた。

「読んだのか?」

 鼻白む大久保君。

「読んだよ。隅から隅まで、全部」

「まあ、済んだことだから、今更しょうがないんだけどな」

「うちはたいして被害受けなかったけど、大久保っちのとこは大変だったんだ」

 言いにくそうに黙り込んだ大久保君に代わって、由羅が口をはさんだ。

「両親が離婚して、かわいそうに、大久保っちは現在父子家庭。まぬけな教頭はこの春学校やめちゃったし」

「父ちゃん、慰謝料たんまりもらえたらしいから、いいっちゃいいんだけど。でも、大人ってほんと、汚いよな」

 なんでもないことのように、うそぶいてみせる大久保君。

 でも、その割に横顔が寂しそうだ。

 先生と生徒の母親の不倫なんて、ドラマの中だけの出来事かと思っていた。

 それが、こんなに身近に起こっていたなんて。

 けれど、今の私には、彼の気持ちが痛いほどわかる。

 シチュエーションは逆だけど。

 私も、大切な人を、母に取られてしまったのだから…。

「じゃ、大久保君としては、殺したいほど美沙ちゃんが憎かったわけだ。そして榊さんは、そんな彼に同情して」

 翔ちゃんが、言いにくいことをずけずけと言い放つ。

 この子ったら、まったく遠慮というものを知らないらしい。

「お、おい、ヤモリン、おまえまさか、俺たちを疑ってるのか? ふん、バカバカしい」

 大久保君が、いかにも心外だというふうに目を見開いた。

「そりゃ、確かにふたりがかりなら、あのチビを窓から突き落とすのは簡単だろうよ。でもな、考えてもみろ。うちの両親の離婚は、別にあいつのせいってわけじゃない。悪いのは母ちゃんなんだ。それくらい俺にもわかるさ」

「それにね、きのう刑事にも話したけど、ほんとに初めっから美沙なんていなかったんだって。302の部屋には、あの時、うちと大久保っちのほかに、ずっと誰もいなかったんだよ」

「きのう?」

 そのひと言がひっかかって、私はたずねた。

「由羅んちにも、刑事が来たの?」

「来たよ。うちにも、大久保っちのところにも」

 由羅が意味ありげに私を見つめた。

「ひょっとして、私のこと…?」

「うん、サイトのことと、トカゲのことを根掘り葉掘り、訊いてった。あの調子じゃ、疑われてるのはうちらじゃないね」

「そう。俺もそんな気がした。なんでそんなこと訊かれるのか、よくわかんなかったけど」

 と、これは大久保君。

 私は黙り込んだ。

 さやかも同じようなことを言っていた。

 私が、第一の容疑者ってわけ?

 そんな…。

 何もしてないのに。

 美沙に、会ってすらもいないのに。

 どうして…。

 どうしてそうなるの?

「靴かな」

 ふいに翔ちゃんが、ぼぞりとひとりごちた。

「靴? なんだよそれ」

 耳ざとく聞きつけて、大久保君が目を瞬かせる。

「こりゃ、急いだほうがいいかな」
 
 翔ちゃんが考え込むように宙をにらんだ。

「急ぐって、何を?」

 いぶかしそうに由羅が訊く。

「種明かしよ」

 すっくと立ち上がる翔ちゃん。

「決めた。みんな、明日の授業後、もう一度ここに集まって。ほかの関係者は、私が呼んでおくから」

「はあ? いきなり何言い出すかと思ったら」

「絵麻の汚名を晴らすのよ」

「ど、どうやって?」

「決まってるでしょ」

 大久保君と由羅を交互ににらみつけると、翔ちゃんが宣言した。

「トリックを暴いて、犯人に自白させる。もう、それしかないじゃない」












 


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