30 / 51
第3章 地獄に堕ちた蛇
#4 容疑者たち
しおりを挟む
翔ちゃんが私を連れて行ったのは、職員室の隣にある、生徒会室だった。
引き戸は開いていて、中をのぞくと大久保君と由羅が所在なげに机の上に腰をかけ、脚をぶらぶらさせていた。
「遅いよ、ヤモリン」
翔ちゃんを見るなり、大久保君が怒ったように言った。
「もう、生徒会、終わっちゃったぜ。おまえ、クラスの代表なんだろ? ったく、何やってんだよ」
「ちょっと色々忙しくて」
翔ちゃんはぺろりと舌を出すと、
「あ、議事録見せて」
大久保君の手からノートを奪い取り、パラパラとページをめくり始めた。
「OK。会議の内容は、だいたいわかった。じゃ、今度は私の番。さ、みんな座って」
5秒としないうちにノートをパタンと閉じ、ふたりを見た。
「何が私の番なんだよ。用があるから、生徒会のあと話そうって、あんた、自分が遅れてきてよく言うよ」
由羅はいつにも増して、不機嫌そうだ。
浅黒い顔の真ん中で、きつい大きな目が不穏な光をたたえている。
「そのことは置いといて」
コの字型に並べた机の端っこに陣取って、翔ちゃんが切り出した。
「いいかな? 私たちは奇しくも殺人現場に居合わせたのよ。死んだ美沙ちゃんのためにも、私たちが真相を解明してあげなきゃいけないと思うんだ。ね、そうでしょ?」
「何が美沙ちゃんのためだ。ヤモリンは転校生だから、そんなきれいごと言ってられるんだよ。あいつのおかげで、俺たち、どんだけひどい目に遭わされたことか」
大久保君は、ひょろっとした優男で、いわば草食系男子の典型である。
その彼が、珍しく腹を立てていた。
「同感だね。こういう言い方は不謹慎だってことくらい、うちにもわかってる。でも、正直ザマーミロなんだよ」
すかさず由羅が同調した。
「あの毒蛇女がくたばってくれてさ。口には出さないけど、きっとみんなそう思ってる。トカゲだってそうだろ?サイトの最後のほうに書いてあったの、あれ、おまえの兄ちゃんのことなんだろ?」
「う、うん、たぶん」
私は由羅の勢いに押されてうなずいた。
「でも、美沙が何を書こうとしてたのかまでは、わからないけど…」
「わかんなくてよかったよ。どうせろくでもないことに決まってるんだから」
「大久保君は、お母さんの不倫、榊さんは暴行事件、確かそんな内容だったよね。書かれてたのは」
翔ちゃんが単刀直入に訊いた。
「読んだのか?」
鼻白む大久保君。
「読んだよ。隅から隅まで、全部」
「まあ、済んだことだから、今更しょうがないんだけどな」
「うちはたいして被害受けなかったけど、大久保っちのとこは大変だったんだ」
言いにくそうに黙り込んだ大久保君に代わって、由羅が口をはさんだ。
「両親が離婚して、かわいそうに、大久保っちは現在父子家庭。まぬけな教頭はこの春学校やめちゃったし」
「父ちゃん、慰謝料たんまりもらえたらしいから、いいっちゃいいんだけど。でも、大人ってほんと、汚いよな」
なんでもないことのように、うそぶいてみせる大久保君。
でも、その割に横顔が寂しそうだ。
先生と生徒の母親の不倫なんて、ドラマの中だけの出来事かと思っていた。
それが、こんなに身近に起こっていたなんて。
けれど、今の私には、彼の気持ちが痛いほどわかる。
シチュエーションは逆だけど。
私も、大切な人を、母に取られてしまったのだから…。
「じゃ、大久保君としては、殺したいほど美沙ちゃんが憎かったわけだ。そして榊さんは、そんな彼に同情して」
翔ちゃんが、言いにくいことをずけずけと言い放つ。
この子ったら、まったく遠慮というものを知らないらしい。
「お、おい、ヤモリン、おまえまさか、俺たちを疑ってるのか? ふん、バカバカしい」
大久保君が、いかにも心外だというふうに目を見開いた。
「そりゃ、確かにふたりがかりなら、あのチビを窓から突き落とすのは簡単だろうよ。でもな、考えてもみろ。うちの両親の離婚は、別にあいつのせいってわけじゃない。悪いのは母ちゃんなんだ。それくらい俺にもわかるさ」
「それにね、きのう刑事にも話したけど、ほんとに初めっから美沙なんていなかったんだって。302の部屋には、あの時、うちと大久保っちのほかに、ずっと誰もいなかったんだよ」
「きのう?」
そのひと言がひっかかって、私はたずねた。
「由羅んちにも、刑事が来たの?」
「来たよ。うちにも、大久保っちのところにも」
由羅が意味ありげに私を見つめた。
「ひょっとして、私のこと…?」
「うん、サイトのことと、トカゲのことを根掘り葉掘り、訊いてった。あの調子じゃ、疑われてるのはうちらじゃないね」
「そう。俺もそんな気がした。なんでそんなこと訊かれるのか、よくわかんなかったけど」
と、これは大久保君。
私は黙り込んだ。
さやかも同じようなことを言っていた。
私が、第一の容疑者ってわけ?
そんな…。
何もしてないのに。
美沙に、会ってすらもいないのに。
どうして…。
どうしてそうなるの?
「靴かな」
ふいに翔ちゃんが、ぼぞりとひとりごちた。
「靴? なんだよそれ」
耳ざとく聞きつけて、大久保君が目を瞬かせる。
「こりゃ、急いだほうがいいかな」
翔ちゃんが考え込むように宙をにらんだ。
「急ぐって、何を?」
いぶかしそうに由羅が訊く。
「種明かしよ」
すっくと立ち上がる翔ちゃん。
「決めた。みんな、明日の授業後、もう一度ここに集まって。ほかの関係者は、私が呼んでおくから」
「はあ? いきなり何言い出すかと思ったら」
「絵麻の汚名を晴らすのよ」
「ど、どうやって?」
「決まってるでしょ」
大久保君と由羅を交互ににらみつけると、翔ちゃんが宣言した。
「トリックを暴いて、犯人に自白させる。もう、それしかないじゃない」
引き戸は開いていて、中をのぞくと大久保君と由羅が所在なげに机の上に腰をかけ、脚をぶらぶらさせていた。
「遅いよ、ヤモリン」
翔ちゃんを見るなり、大久保君が怒ったように言った。
「もう、生徒会、終わっちゃったぜ。おまえ、クラスの代表なんだろ? ったく、何やってんだよ」
「ちょっと色々忙しくて」
翔ちゃんはぺろりと舌を出すと、
「あ、議事録見せて」
大久保君の手からノートを奪い取り、パラパラとページをめくり始めた。
「OK。会議の内容は、だいたいわかった。じゃ、今度は私の番。さ、みんな座って」
5秒としないうちにノートをパタンと閉じ、ふたりを見た。
「何が私の番なんだよ。用があるから、生徒会のあと話そうって、あんた、自分が遅れてきてよく言うよ」
由羅はいつにも増して、不機嫌そうだ。
浅黒い顔の真ん中で、きつい大きな目が不穏な光をたたえている。
「そのことは置いといて」
コの字型に並べた机の端っこに陣取って、翔ちゃんが切り出した。
「いいかな? 私たちは奇しくも殺人現場に居合わせたのよ。死んだ美沙ちゃんのためにも、私たちが真相を解明してあげなきゃいけないと思うんだ。ね、そうでしょ?」
「何が美沙ちゃんのためだ。ヤモリンは転校生だから、そんなきれいごと言ってられるんだよ。あいつのおかげで、俺たち、どんだけひどい目に遭わされたことか」
大久保君は、ひょろっとした優男で、いわば草食系男子の典型である。
その彼が、珍しく腹を立てていた。
「同感だね。こういう言い方は不謹慎だってことくらい、うちにもわかってる。でも、正直ザマーミロなんだよ」
すかさず由羅が同調した。
「あの毒蛇女がくたばってくれてさ。口には出さないけど、きっとみんなそう思ってる。トカゲだってそうだろ?サイトの最後のほうに書いてあったの、あれ、おまえの兄ちゃんのことなんだろ?」
「う、うん、たぶん」
私は由羅の勢いに押されてうなずいた。
「でも、美沙が何を書こうとしてたのかまでは、わからないけど…」
「わかんなくてよかったよ。どうせろくでもないことに決まってるんだから」
「大久保君は、お母さんの不倫、榊さんは暴行事件、確かそんな内容だったよね。書かれてたのは」
翔ちゃんが単刀直入に訊いた。
「読んだのか?」
鼻白む大久保君。
「読んだよ。隅から隅まで、全部」
「まあ、済んだことだから、今更しょうがないんだけどな」
「うちはたいして被害受けなかったけど、大久保っちのとこは大変だったんだ」
言いにくそうに黙り込んだ大久保君に代わって、由羅が口をはさんだ。
「両親が離婚して、かわいそうに、大久保っちは現在父子家庭。まぬけな教頭はこの春学校やめちゃったし」
「父ちゃん、慰謝料たんまりもらえたらしいから、いいっちゃいいんだけど。でも、大人ってほんと、汚いよな」
なんでもないことのように、うそぶいてみせる大久保君。
でも、その割に横顔が寂しそうだ。
先生と生徒の母親の不倫なんて、ドラマの中だけの出来事かと思っていた。
それが、こんなに身近に起こっていたなんて。
けれど、今の私には、彼の気持ちが痛いほどわかる。
シチュエーションは逆だけど。
私も、大切な人を、母に取られてしまったのだから…。
「じゃ、大久保君としては、殺したいほど美沙ちゃんが憎かったわけだ。そして榊さんは、そんな彼に同情して」
翔ちゃんが、言いにくいことをずけずけと言い放つ。
この子ったら、まったく遠慮というものを知らないらしい。
「お、おい、ヤモリン、おまえまさか、俺たちを疑ってるのか? ふん、バカバカしい」
大久保君が、いかにも心外だというふうに目を見開いた。
「そりゃ、確かにふたりがかりなら、あのチビを窓から突き落とすのは簡単だろうよ。でもな、考えてもみろ。うちの両親の離婚は、別にあいつのせいってわけじゃない。悪いのは母ちゃんなんだ。それくらい俺にもわかるさ」
「それにね、きのう刑事にも話したけど、ほんとに初めっから美沙なんていなかったんだって。302の部屋には、あの時、うちと大久保っちのほかに、ずっと誰もいなかったんだよ」
「きのう?」
そのひと言がひっかかって、私はたずねた。
「由羅んちにも、刑事が来たの?」
「来たよ。うちにも、大久保っちのところにも」
由羅が意味ありげに私を見つめた。
「ひょっとして、私のこと…?」
「うん、サイトのことと、トカゲのことを根掘り葉掘り、訊いてった。あの調子じゃ、疑われてるのはうちらじゃないね」
「そう。俺もそんな気がした。なんでそんなこと訊かれるのか、よくわかんなかったけど」
と、これは大久保君。
私は黙り込んだ。
さやかも同じようなことを言っていた。
私が、第一の容疑者ってわけ?
そんな…。
何もしてないのに。
美沙に、会ってすらもいないのに。
どうして…。
どうしてそうなるの?
「靴かな」
ふいに翔ちゃんが、ぼぞりとひとりごちた。
「靴? なんだよそれ」
耳ざとく聞きつけて、大久保君が目を瞬かせる。
「こりゃ、急いだほうがいいかな」
翔ちゃんが考え込むように宙をにらんだ。
「急ぐって、何を?」
いぶかしそうに由羅が訊く。
「種明かしよ」
すっくと立ち上がる翔ちゃん。
「決めた。みんな、明日の授業後、もう一度ここに集まって。ほかの関係者は、私が呼んでおくから」
「はあ? いきなり何言い出すかと思ったら」
「絵麻の汚名を晴らすのよ」
「ど、どうやって?」
「決まってるでしょ」
大久保君と由羅を交互ににらみつけると、翔ちゃんが宣言した。
「トリックを暴いて、犯人に自白させる。もう、それしかないじゃない」
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
旧校舎のフーディーニ
澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】
時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。
困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。
けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。
奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。
「タネも仕掛けもございます」
★毎週月水金の12時くらいに更新予定
※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。
※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる