背徳の獣たちの宴

戸影絵麻

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第3章 地獄に堕ちた蛇

#2 さやか

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 昼休み。

 なるべく風の通る木陰のベンチを選んで、私はさやかを待った。

 結局、母は起きてこなかったから、弁当といっても私の膝の上にあるのは、購買部で買った菓子パンだけ。

 校庭を囲む木立の向こうに広がるぎらぎらした夏空を見るともなく眺め、清流の匂いを孕んだ風に身を任せていると、すっと体中が透明になっていくような気分にとらわれた。

 このまま時間が止まってしまえばいい、と思う。

 もう、家になんか、帰りたくない。

 かといって、学校にいることも苦痛だ。

 どこか遠くへ行ってしまいたい。

 悩みなんてかけらもない、雲の向こうの遠い世界に…。

 そんなことを考えながらぼうっとしていると、ひそやかな足音が近づいてきた。

 顔を上げる。
 
 さやかだった。

 後ろに頭ひとつ背の高い真澄を従えている。

「座っていいかな」

 さやかが言った。

 ひと呼吸遅れて、私はうなずいた。

 近くで見ると、さやかは私の知るさやかより、ずっと大人びた印象に変わっていた。

 部活に熱を入れているせいか、人形のように白かった肌も小麦色に焼け、顔つきも鋭さを増している。

 数年前まで、近所の森で一緒に銀木犀の花を摘んだり、捕虫網片手に蝶を追ったりしていたのがウソのよう。

「真澄、座ろう」

 さやかが振り向き、真澄に向かって優しく声をかけた。

 はにかんだように微笑んで、真澄が頭を下げる。

 よくは知らないけど、真澄は大柄な割に寡黙で引っ込み思案な少女だった。

 少し気の強いところのあるさやかとは、いいコンビかもしれない。

 こみあげる寂しさとともに、そう思う。

 真澄とさやかは、固い絆で結ばれているように見えた。

 目くばせの仕方、互いに相手を気遣うほんの些細な動作。

 それがふたりのきずなの強さを如実に表していた。

 私は心の中でため息をついた。

 さやかが遠くなった以上、私にはますます居場所がない。

 今更ながらにそのことに気づいて、足元の地面が崩れるような感覚に襲われた。

 家にもここにも、私の居場所なんて、もうありはしないのだ…。

「刑事さんは、なんて?」

 パンを食べる気にもなれず、少々投げやりな口調で、単刀直入に私はたずねた。

 居心地の悪さに、一刻も早くこの場を立ち去りたい気分だった。

 この気まずさから逃れるためなら、苦手な数学の授業のほうがまだマシだ。

「美沙が落ちたのは、屋上からしかないだろうって」

 私の顔色を窺うようにして、さやかが答えた。

「死体の損傷具合からして、高さ的には3階以上。でも、3階には大久保君と由羅がいて、4階の窓は内側から鍵がかかってた。だから屋上からの可能性が一番高いんだって」

「さやかも、私がやったと思ってるの?」

 むっとして、私はこの元友の陽に焼けた顔をにらんだ。

「わからない」

 さやかがかぶりを振った。

「でも、誰がやったにせよ、あれは当然の報いだと思う」

 急に強い口調になって言った。

「美沙は、蛇だった。毒蛇だった。人を苦しめる毒蛇は、地獄に堕ちて当然だから」

 私は驚いてさやかの顔を見返した。

「さやかも、何か書かれたの? あのサイトに」

「まあね。エマは、読んでみた?」

 今度は私がかぶりを振る番だった。

「ううん。あれから一度も。なんだか怖くて」

「それが正解かもね」

 さやかがため息をつく。

「読み出すと、やめられなくなる。悪意がこっちにまでしみこんできて、すごく荒んだ気分になる」

 そんなさやかを、真澄が痛々しいものでも見るように見守っている。
 
 真澄のその表情に気を取られた瞬間だった。

「でも、俊の秘密って、何だったんだろうね」

 ふいにさやかが言った。

「最後のあの一文、あれだけが、今も妙に気になっちゃって」




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