28 / 51
第3章 地獄に堕ちた蛇
#2 さやか
しおりを挟む
昼休み。
なるべく風の通る木陰のベンチを選んで、私はさやかを待った。
結局、母は起きてこなかったから、弁当といっても私の膝の上にあるのは、購買部で買った菓子パンだけ。
校庭を囲む木立の向こうに広がるぎらぎらした夏空を見るともなく眺め、清流の匂いを孕んだ風に身を任せていると、すっと体中が透明になっていくような気分にとらわれた。
このまま時間が止まってしまえばいい、と思う。
もう、家になんか、帰りたくない。
かといって、学校にいることも苦痛だ。
どこか遠くへ行ってしまいたい。
悩みなんてかけらもない、雲の向こうの遠い世界に…。
そんなことを考えながらぼうっとしていると、ひそやかな足音が近づいてきた。
顔を上げる。
さやかだった。
後ろに頭ひとつ背の高い真澄を従えている。
「座っていいかな」
さやかが言った。
ひと呼吸遅れて、私はうなずいた。
近くで見ると、さやかは私の知るさやかより、ずっと大人びた印象に変わっていた。
部活に熱を入れているせいか、人形のように白かった肌も小麦色に焼け、顔つきも鋭さを増している。
数年前まで、近所の森で一緒に銀木犀の花を摘んだり、捕虫網片手に蝶を追ったりしていたのがウソのよう。
「真澄、座ろう」
さやかが振り向き、真澄に向かって優しく声をかけた。
はにかんだように微笑んで、真澄が頭を下げる。
よくは知らないけど、真澄は大柄な割に寡黙で引っ込み思案な少女だった。
少し気の強いところのあるさやかとは、いいコンビかもしれない。
こみあげる寂しさとともに、そう思う。
真澄とさやかは、固い絆で結ばれているように見えた。
目くばせの仕方、互いに相手を気遣うほんの些細な動作。
それがふたりのきずなの強さを如実に表していた。
私は心の中でため息をついた。
さやかが遠くなった以上、私にはますます居場所がない。
今更ながらにそのことに気づいて、足元の地面が崩れるような感覚に襲われた。
家にもここにも、私の居場所なんて、もうありはしないのだ…。
「刑事さんは、なんて?」
パンを食べる気にもなれず、少々投げやりな口調で、単刀直入に私はたずねた。
居心地の悪さに、一刻も早くこの場を立ち去りたい気分だった。
この気まずさから逃れるためなら、苦手な数学の授業のほうがまだマシだ。
「美沙が落ちたのは、屋上からしかないだろうって」
私の顔色を窺うようにして、さやかが答えた。
「死体の損傷具合からして、高さ的には3階以上。でも、3階には大久保君と由羅がいて、4階の窓は内側から鍵がかかってた。だから屋上からの可能性が一番高いんだって」
「さやかも、私がやったと思ってるの?」
むっとして、私はこの元友の陽に焼けた顔をにらんだ。
「わからない」
さやかがかぶりを振った。
「でも、誰がやったにせよ、あれは当然の報いだと思う」
急に強い口調になって言った。
「美沙は、蛇だった。毒蛇だった。人を苦しめる毒蛇は、地獄に堕ちて当然だから」
私は驚いてさやかの顔を見返した。
「さやかも、何か書かれたの? あのサイトに」
「まあね。エマは、読んでみた?」
今度は私がかぶりを振る番だった。
「ううん。あれから一度も。なんだか怖くて」
「それが正解かもね」
さやかがため息をつく。
「読み出すと、やめられなくなる。悪意がこっちにまでしみこんできて、すごく荒んだ気分になる」
そんなさやかを、真澄が痛々しいものでも見るように見守っている。
真澄のその表情に気を取られた瞬間だった。
「でも、俊の秘密って、何だったんだろうね」
ふいにさやかが言った。
「最後のあの一文、あれだけが、今も妙に気になっちゃって」
なるべく風の通る木陰のベンチを選んで、私はさやかを待った。
結局、母は起きてこなかったから、弁当といっても私の膝の上にあるのは、購買部で買った菓子パンだけ。
校庭を囲む木立の向こうに広がるぎらぎらした夏空を見るともなく眺め、清流の匂いを孕んだ風に身を任せていると、すっと体中が透明になっていくような気分にとらわれた。
このまま時間が止まってしまえばいい、と思う。
もう、家になんか、帰りたくない。
かといって、学校にいることも苦痛だ。
どこか遠くへ行ってしまいたい。
悩みなんてかけらもない、雲の向こうの遠い世界に…。
そんなことを考えながらぼうっとしていると、ひそやかな足音が近づいてきた。
顔を上げる。
さやかだった。
後ろに頭ひとつ背の高い真澄を従えている。
「座っていいかな」
さやかが言った。
ひと呼吸遅れて、私はうなずいた。
近くで見ると、さやかは私の知るさやかより、ずっと大人びた印象に変わっていた。
部活に熱を入れているせいか、人形のように白かった肌も小麦色に焼け、顔つきも鋭さを増している。
数年前まで、近所の森で一緒に銀木犀の花を摘んだり、捕虫網片手に蝶を追ったりしていたのがウソのよう。
「真澄、座ろう」
さやかが振り向き、真澄に向かって優しく声をかけた。
はにかんだように微笑んで、真澄が頭を下げる。
よくは知らないけど、真澄は大柄な割に寡黙で引っ込み思案な少女だった。
少し気の強いところのあるさやかとは、いいコンビかもしれない。
こみあげる寂しさとともに、そう思う。
真澄とさやかは、固い絆で結ばれているように見えた。
目くばせの仕方、互いに相手を気遣うほんの些細な動作。
それがふたりのきずなの強さを如実に表していた。
私は心の中でため息をついた。
さやかが遠くなった以上、私にはますます居場所がない。
今更ながらにそのことに気づいて、足元の地面が崩れるような感覚に襲われた。
家にもここにも、私の居場所なんて、もうありはしないのだ…。
「刑事さんは、なんて?」
パンを食べる気にもなれず、少々投げやりな口調で、単刀直入に私はたずねた。
居心地の悪さに、一刻も早くこの場を立ち去りたい気分だった。
この気まずさから逃れるためなら、苦手な数学の授業のほうがまだマシだ。
「美沙が落ちたのは、屋上からしかないだろうって」
私の顔色を窺うようにして、さやかが答えた。
「死体の損傷具合からして、高さ的には3階以上。でも、3階には大久保君と由羅がいて、4階の窓は内側から鍵がかかってた。だから屋上からの可能性が一番高いんだって」
「さやかも、私がやったと思ってるの?」
むっとして、私はこの元友の陽に焼けた顔をにらんだ。
「わからない」
さやかがかぶりを振った。
「でも、誰がやったにせよ、あれは当然の報いだと思う」
急に強い口調になって言った。
「美沙は、蛇だった。毒蛇だった。人を苦しめる毒蛇は、地獄に堕ちて当然だから」
私は驚いてさやかの顔を見返した。
「さやかも、何か書かれたの? あのサイトに」
「まあね。エマは、読んでみた?」
今度は私がかぶりを振る番だった。
「ううん。あれから一度も。なんだか怖くて」
「それが正解かもね」
さやかがため息をつく。
「読み出すと、やめられなくなる。悪意がこっちにまでしみこんできて、すごく荒んだ気分になる」
そんなさやかを、真澄が痛々しいものでも見るように見守っている。
真澄のその表情に気を取られた瞬間だった。
「でも、俊の秘密って、何だったんだろうね」
ふいにさやかが言った。
「最後のあの一文、あれだけが、今も妙に気になっちゃって」
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない
セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。
しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。
高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。
パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。
※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる