背徳の獣たちの宴

戸影絵麻

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第2章 浮遊する死者

#11 木崎浩介

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 グラウンドを半周して、3年生の教室のあるC棟へ向かう。

「翔ちゃんって、なんでもできるんだね」

 早足で後を追いかけながら、私は言った。

 今さっき見たホームランが、頭にこびりついて離れない。

 これぞまさしく神スウィング。

 それに、バットを振り切った時の、あの姿。

 なんだか、戦場で勝利の旗を持って立つ、いくさの女神さまみたいだった。

 かっこよすぎる。

 あこがれてしまう。

 私は初めて、俊以外に心惹かれる人物に会えた気がした。

 同性相手にこんなにどきどきするなんて。

 私、どうかしちゃったのだろうか。

「別に」

 気のない口調で翔ちゃんが言った。

「小学生の時、父によく野球つき合わされたから」

「そうなんだ」

「父のつくった少年野球チームに入ってたのよ」

 私はユニフォーム姿の翔ちゃんを想像して、楽しくなった。

 さぞ似合ってたんだろうな、と思う。

「うちにその頃の写真あるから、今度遊びに来た時、見せてあげる」

「え、行っていいの?」

「いけない理由なんてないけど」

 炎天下の陽射しから逃げるようにして校舎に飛びこむと、左手の職員室の窓から、机にかがみこむぼさぼさ頭が見えた。

「いるね」

 翔ちゃんが振り向いた。

「うん」

 私はうなずいた。

「日曜日なのに、何してるんだろう?」

 ずかずかと入っていく翔ちゃん。

 木崎先生のほかには、誰の姿もない。

「先生」

 そっと近寄ると、先に翔ちゃんが声をかけた。

「ちょっと、いいですか?」

「な、なんだ? びっくりしたな、もう」

 木崎先生が、大げさにのけぞった。

「戸影と、そっちは隣のクラスの…」

「矢守翔子です」

 長身を深々と折って、翔ちゃんがお辞儀をする。

「トカゲにヤモリ? はは、こりゃ傑作だ」

 ひとりで受けて、ひとりで盛り上がった。

「で、おまえら、何してるんだ? きょうは校庭開放日だから、部活ないはずだろ?」

 校庭開放日とは、文字通り、地元の住人たちのために校庭を開放する一日だ。

 だから近所の小学生や子連れのママたち、青年団の若い人たちがけっこう遊びにやってくる。

 もちろん本校の生徒が使ってもいいのだけれど、一般の人たちの邪魔になるので、正式な部活動はしてはいけないことになっている。

「捜査です」

 本気とも冗談もつかない口調で、翔ちゃんが言った。

「私たち、探偵始めたんで」

「探偵?」

 先生の顔から笑いが引っ込んだ。

「きのうの件か? よせよせ。人の死を面白がるなんて、最低の人間のすることだ」

「面白がってるんじゃありません。あそこに居合わせた以上、私たちには、死んだ彼女のために、真実を突き止める必要があると思うんです」

「真実を突き止める? 馬鹿な。そんなの、警察に任せておけばいいだろう? 俺たち、そのために税金払ってるんだからさ」
 
 税金云々なんて言い出すところが、木崎先生の人間としての器の限界を示しているようで、私は少なからず幻滅した。

 第一、ジョークにしても、ぜんぜん面白くない。

「ところで、先生こそ何をなさってるんです? 日曜日なのに休日出勤ですか?」

 頭の回転の速い翔ちゃんが、すぐさま話題を変えた。

「校庭開放日の留守番がてら、おまえらの通知表つけてるんだよ。これはもちろん、まだ見せられないがな」

 通知表。

 ますますげんなりした。

 そんなの見たくないし、むしろ、すべてなかったことにしてほしいくらいである。

「じゃ、きのうはどうですか? 先生、校舎の戸締りの係として、このC棟の中、見回ってたんですよね? その時、4階の303の教室に入りましたか?」

「な、なんだよ、いきなり。俺を疑うのか?」

 先生の顔色が変わった。

「入ったんですね?」

 畳みかける翔ちゃん。

 背が高いので、高みから見下ろされると威圧感を感じるのだろう。

「あ、ああ」

 木崎先生が、割と素直にうなずいた。

「その時、窓は開いてましたか? それとも閉まってた?」

「刑事とおんなじこと訊くなよ。閉まってたに決まってるだろ」

「先生が閉めたとか?」

「ないない、そんなこと」

「じゃ、どうして彼女が落ちたことがわかったんです?」

「どうしてって…音だよ。音」

「窓の外から音が聞こえたんですね? それは303に居た時のことですか? それとも、屋上に上がってから?」

「303を出ようとした時かな。何か、重いものがぶつかるみたいな音がして…。それで、屋上に上がってみたら。戸影がいて…」

「なるほど」

 翔ちゃんが質問を締めくくった。

「ご協力、ありがとうございました」

 一礼してその場を去ると、私の手を引いて廊下に出た。

「あんなんで、何かわかったの?」

 私が訊くと、こっくりと翔ちゃんがうなずいた。

「仮説が確信に変わりつつあるって感じかな。よし、じゃ、次は」

「次?」

 私は目をしばたたかせた。

 この子、すべて計画して、その通りに行動してるってことなのか。

「なんだったっけ? あのパソコンのいっぱいある部屋」

「コンピュータ室?」

「そうそれ」

「コンピュータ室は、2年生の棟、B棟だけど」

「わかった。案内して」

 案内してと言いながら、先に立って歩き出すのはせっかちだからなのか。

「待ってよ」

 私は小走りに後を追いかけた。

 そして思った。

 私、ひょっとして、ワクワクしてる?

 これって、かなり不謹慎?

 でも、と思い直す。

 俊と母のことを忘れられるなら、この際なんだっていい。

 それがたとえ、探偵の真似事でも。



 



 





 

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