18 / 51
第2章 浮遊する死者
#11 木崎浩介
しおりを挟む
グラウンドを半周して、3年生の教室のあるC棟へ向かう。
「翔ちゃんって、なんでもできるんだね」
早足で後を追いかけながら、私は言った。
今さっき見たホームランが、頭にこびりついて離れない。
これぞまさしく神スウィング。
それに、バットを振り切った時の、あの姿。
なんだか、戦場で勝利の旗を持って立つ、いくさの女神さまみたいだった。
かっこよすぎる。
あこがれてしまう。
私は初めて、俊以外に心惹かれる人物に会えた気がした。
同性相手にこんなにどきどきするなんて。
私、どうかしちゃったのだろうか。
「別に」
気のない口調で翔ちゃんが言った。
「小学生の時、父によく野球つき合わされたから」
「そうなんだ」
「父のつくった少年野球チームに入ってたのよ」
私はユニフォーム姿の翔ちゃんを想像して、楽しくなった。
さぞ似合ってたんだろうな、と思う。
「うちにその頃の写真あるから、今度遊びに来た時、見せてあげる」
「え、行っていいの?」
「いけない理由なんてないけど」
炎天下の陽射しから逃げるようにして校舎に飛びこむと、左手の職員室の窓から、机にかがみこむぼさぼさ頭が見えた。
「いるね」
翔ちゃんが振り向いた。
「うん」
私はうなずいた。
「日曜日なのに、何してるんだろう?」
ずかずかと入っていく翔ちゃん。
木崎先生のほかには、誰の姿もない。
「先生」
そっと近寄ると、先に翔ちゃんが声をかけた。
「ちょっと、いいですか?」
「な、なんだ? びっくりしたな、もう」
木崎先生が、大げさにのけぞった。
「戸影と、そっちは隣のクラスの…」
「矢守翔子です」
長身を深々と折って、翔ちゃんがお辞儀をする。
「トカゲにヤモリ? はは、こりゃ傑作だ」
ひとりで受けて、ひとりで盛り上がった。
「で、おまえら、何してるんだ? きょうは校庭開放日だから、部活ないはずだろ?」
校庭開放日とは、文字通り、地元の住人たちのために校庭を開放する一日だ。
だから近所の小学生や子連れのママたち、青年団の若い人たちがけっこう遊びにやってくる。
もちろん本校の生徒が使ってもいいのだけれど、一般の人たちの邪魔になるので、正式な部活動はしてはいけないことになっている。
「捜査です」
本気とも冗談もつかない口調で、翔ちゃんが言った。
「私たち、探偵始めたんで」
「探偵?」
先生の顔から笑いが引っ込んだ。
「きのうの件か? よせよせ。人の死を面白がるなんて、最低の人間のすることだ」
「面白がってるんじゃありません。あそこに居合わせた以上、私たちには、死んだ彼女のために、真実を突き止める必要があると思うんです」
「真実を突き止める? 馬鹿な。そんなの、警察に任せておけばいいだろう? 俺たち、そのために税金払ってるんだからさ」
税金云々なんて言い出すところが、木崎先生の人間としての器の限界を示しているようで、私は少なからず幻滅した。
第一、ジョークにしても、ぜんぜん面白くない。
「ところで、先生こそ何をなさってるんです? 日曜日なのに休日出勤ですか?」
頭の回転の速い翔ちゃんが、すぐさま話題を変えた。
「校庭開放日の留守番がてら、おまえらの通知表つけてるんだよ。これはもちろん、まだ見せられないがな」
通知表。
ますますげんなりした。
そんなの見たくないし、むしろ、すべてなかったことにしてほしいくらいである。
「じゃ、きのうはどうですか? 先生、校舎の戸締りの係として、このC棟の中、見回ってたんですよね? その時、4階の303の教室に入りましたか?」
「な、なんだよ、いきなり。俺を疑うのか?」
先生の顔色が変わった。
「入ったんですね?」
畳みかける翔ちゃん。
背が高いので、高みから見下ろされると威圧感を感じるのだろう。
「あ、ああ」
木崎先生が、割と素直にうなずいた。
「その時、窓は開いてましたか? それとも閉まってた?」
「刑事とおんなじこと訊くなよ。閉まってたに決まってるだろ」
「先生が閉めたとか?」
「ないない、そんなこと」
「じゃ、どうして彼女が落ちたことがわかったんです?」
「どうしてって…音だよ。音」
「窓の外から音が聞こえたんですね? それは303に居た時のことですか? それとも、屋上に上がってから?」
「303を出ようとした時かな。何か、重いものがぶつかるみたいな音がして…。それで、屋上に上がってみたら。戸影がいて…」
「なるほど」
翔ちゃんが質問を締めくくった。
「ご協力、ありがとうございました」
一礼してその場を去ると、私の手を引いて廊下に出た。
「あんなんで、何かわかったの?」
私が訊くと、こっくりと翔ちゃんがうなずいた。
「仮説が確信に変わりつつあるって感じかな。よし、じゃ、次は」
「次?」
私は目をしばたたかせた。
この子、すべて計画して、その通りに行動してるってことなのか。
「なんだったっけ? あのパソコンのいっぱいある部屋」
「コンピュータ室?」
「そうそれ」
「コンピュータ室は、2年生の棟、B棟だけど」
「わかった。案内して」
案内してと言いながら、先に立って歩き出すのはせっかちだからなのか。
「待ってよ」
私は小走りに後を追いかけた。
そして思った。
私、ひょっとして、ワクワクしてる?
これって、かなり不謹慎?
でも、と思い直す。
俊と母のことを忘れられるなら、この際なんだっていい。
それがたとえ、探偵の真似事でも。
「翔ちゃんって、なんでもできるんだね」
早足で後を追いかけながら、私は言った。
今さっき見たホームランが、頭にこびりついて離れない。
これぞまさしく神スウィング。
それに、バットを振り切った時の、あの姿。
なんだか、戦場で勝利の旗を持って立つ、いくさの女神さまみたいだった。
かっこよすぎる。
あこがれてしまう。
私は初めて、俊以外に心惹かれる人物に会えた気がした。
同性相手にこんなにどきどきするなんて。
私、どうかしちゃったのだろうか。
「別に」
気のない口調で翔ちゃんが言った。
「小学生の時、父によく野球つき合わされたから」
「そうなんだ」
「父のつくった少年野球チームに入ってたのよ」
私はユニフォーム姿の翔ちゃんを想像して、楽しくなった。
さぞ似合ってたんだろうな、と思う。
「うちにその頃の写真あるから、今度遊びに来た時、見せてあげる」
「え、行っていいの?」
「いけない理由なんてないけど」
炎天下の陽射しから逃げるようにして校舎に飛びこむと、左手の職員室の窓から、机にかがみこむぼさぼさ頭が見えた。
「いるね」
翔ちゃんが振り向いた。
「うん」
私はうなずいた。
「日曜日なのに、何してるんだろう?」
ずかずかと入っていく翔ちゃん。
木崎先生のほかには、誰の姿もない。
「先生」
そっと近寄ると、先に翔ちゃんが声をかけた。
「ちょっと、いいですか?」
「な、なんだ? びっくりしたな、もう」
木崎先生が、大げさにのけぞった。
「戸影と、そっちは隣のクラスの…」
「矢守翔子です」
長身を深々と折って、翔ちゃんがお辞儀をする。
「トカゲにヤモリ? はは、こりゃ傑作だ」
ひとりで受けて、ひとりで盛り上がった。
「で、おまえら、何してるんだ? きょうは校庭開放日だから、部活ないはずだろ?」
校庭開放日とは、文字通り、地元の住人たちのために校庭を開放する一日だ。
だから近所の小学生や子連れのママたち、青年団の若い人たちがけっこう遊びにやってくる。
もちろん本校の生徒が使ってもいいのだけれど、一般の人たちの邪魔になるので、正式な部活動はしてはいけないことになっている。
「捜査です」
本気とも冗談もつかない口調で、翔ちゃんが言った。
「私たち、探偵始めたんで」
「探偵?」
先生の顔から笑いが引っ込んだ。
「きのうの件か? よせよせ。人の死を面白がるなんて、最低の人間のすることだ」
「面白がってるんじゃありません。あそこに居合わせた以上、私たちには、死んだ彼女のために、真実を突き止める必要があると思うんです」
「真実を突き止める? 馬鹿な。そんなの、警察に任せておけばいいだろう? 俺たち、そのために税金払ってるんだからさ」
税金云々なんて言い出すところが、木崎先生の人間としての器の限界を示しているようで、私は少なからず幻滅した。
第一、ジョークにしても、ぜんぜん面白くない。
「ところで、先生こそ何をなさってるんです? 日曜日なのに休日出勤ですか?」
頭の回転の速い翔ちゃんが、すぐさま話題を変えた。
「校庭開放日の留守番がてら、おまえらの通知表つけてるんだよ。これはもちろん、まだ見せられないがな」
通知表。
ますますげんなりした。
そんなの見たくないし、むしろ、すべてなかったことにしてほしいくらいである。
「じゃ、きのうはどうですか? 先生、校舎の戸締りの係として、このC棟の中、見回ってたんですよね? その時、4階の303の教室に入りましたか?」
「な、なんだよ、いきなり。俺を疑うのか?」
先生の顔色が変わった。
「入ったんですね?」
畳みかける翔ちゃん。
背が高いので、高みから見下ろされると威圧感を感じるのだろう。
「あ、ああ」
木崎先生が、割と素直にうなずいた。
「その時、窓は開いてましたか? それとも閉まってた?」
「刑事とおんなじこと訊くなよ。閉まってたに決まってるだろ」
「先生が閉めたとか?」
「ないない、そんなこと」
「じゃ、どうして彼女が落ちたことがわかったんです?」
「どうしてって…音だよ。音」
「窓の外から音が聞こえたんですね? それは303に居た時のことですか? それとも、屋上に上がってから?」
「303を出ようとした時かな。何か、重いものがぶつかるみたいな音がして…。それで、屋上に上がってみたら。戸影がいて…」
「なるほど」
翔ちゃんが質問を締めくくった。
「ご協力、ありがとうございました」
一礼してその場を去ると、私の手を引いて廊下に出た。
「あんなんで、何かわかったの?」
私が訊くと、こっくりと翔ちゃんがうなずいた。
「仮説が確信に変わりつつあるって感じかな。よし、じゃ、次は」
「次?」
私は目をしばたたかせた。
この子、すべて計画して、その通りに行動してるってことなのか。
「なんだったっけ? あのパソコンのいっぱいある部屋」
「コンピュータ室?」
「そうそれ」
「コンピュータ室は、2年生の棟、B棟だけど」
「わかった。案内して」
案内してと言いながら、先に立って歩き出すのはせっかちだからなのか。
「待ってよ」
私は小走りに後を追いかけた。
そして思った。
私、ひょっとして、ワクワクしてる?
これって、かなり不謹慎?
でも、と思い直す。
俊と母のことを忘れられるなら、この際なんだっていい。
それがたとえ、探偵の真似事でも。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
旧校舎のフーディーニ
澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】
時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。
困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。
けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。
奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。
「タネも仕掛けもございます」
★毎週月水金の12時くらいに更新予定
※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。
※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる