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第2章 浮遊する死者
#4 事情聴収
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「どうぞ」
婦人警官に導かれて教室の中に入ると、面談の形に寄せられた机の一辺に、年配の刑事と若い刑事が並んで座っていた。
黙礼をして、その向かい側の席に腰をかける。
婦人警官が近づいてきて、私の背後に立った。
「戸影絵麻さん、15歳。3年2組の生徒だね」
手帳を広げて、年配の刑事が言った。
若いほうは、世代を反映してか、タブレットを手に持っている。
「きょう一日の行動を、なるべく詳しく話してくれませんか」
やさしい声音だが、口調には有無を言わさぬ威圧感がこもっていた。
緊張のあまり、何度も噛んでしまったが、なんとか一部始終を話し終えると、
「ほう。屋上にねえ」
年配の刑事が、目を細めて私を見た。
「君の所属する美術部は、午後1時には活動が終わっていた。なのに4時間もたってから屋上に行ったのはなぜか、話してくれるかな」
黙秘権、という単語がチラリと頭に浮かんだけど、隠してもいずれバレることだった。
スマホを調べられたら、美沙とのラインのやりとりは丸わかりなのだ。
「実はきのう…」
さっきさやかにした説明を、もう一度繰り返す。
付け加えることも、特になかった。
「俊っていうのは、君のお兄さんだそうだが、この学校の生徒かい?」
「いいえ」
私はかぶりを振った。
「兄は私立中学に通っていたので。愛媛県にある、英光学園です」
「ほう。英光といえば、ずいぶんとまた難関校だね」
「はい…。私と違って、兄は優秀ですから」
なるべく俊のことには触れたくなかった。
なのに、刑事は追及をやめようとしない。
「通っていたって、どういうこと? どうして過去形で話したの?」
「今、休学中で、家に帰ってきてるんです。寮生活のストレスで、ちょっと鬱っぽくなってて」
「なるほど。英光ほどの進学校ともなれば、プレッシャーも大変なものだろうからね。ところで、被害者とお兄さんとの間には、何か接点があったのかな。被害者が君に送ったというそのメールの内容、『シュンの秘密』ってのに、何か心当たりはあるのかい?」
ほら、来た。
私はぎゅっと奥歯をかみしめた。
顔色が変わらないように、注意する。
ここが正念場だった。
心当たりなんて、ない。
だって、俊と母の間の”あのこと”なんて、私しか知らないはずなんだから。
部外者の美沙に感づかれるはず、ないんだから。
そう自分に強く言い聞かせ、私は強い口調で答えた。
「ありません。見当もつきません。確かに、学区が同じだから、小学生の時は、美沙も俊も私も同じ学校でした。でも、私たち、仲のいいグループじゃなかったですし、俊はたぶん、小学校卒業までに、美沙とは口をきいたこともないと思います」
「なのに、今頃になって、お兄さんのことでラインしてきたわけかね。どうも、解せんなあ」
「とにかく、私は何も知らないんです。時間になっても、美沙は来なかったし…。それに、私、美沙を屋上から突き落とすなんてこと、絶対にしてませんから。ていうか、私の体格では、そんなこと、絶対に不可能ですから」
感情が高ぶってきて、私は訴えかけるように早口になった。
刑事にまで疑われたのでは、もうたまったものではない。
ただでさえ、俊と母のことで、精神的にきつい日々が続いてるっていうのに…。
「絶対、はありえないと思うよ」
対照的に間延びした口調で、年配の刑事が言った。
「例えばの話、被害者を睡眠薬で眠らせるなどの細工をすれば、小柄な君でもあのフェンスから投げ落とすことは不可能じゃないだろう。あ、これはあくまでも、一般論なんだけどね。睡眠薬云々は、今のところ、あくまでも私の想像だ。正直、まだ鑑識の結果待ちってとこなんだがね」
「そ、そんな…。それじゃ、警察ははじめっから他殺と疑ってるみたいじゃないですか…」
「うーん、どうかな。もちろん、自殺の可能性も、事故の可能性も十分に考慮するつもりだよ。ただね、君たちの話を聞いてると、その線は薄い気がするんだよねえ。だって、1階には先生たち、2階、3階には生徒がいて、4階の窓は閉まってたっていうんだろう? しかも、屋上には君がいて、誰も被害者の姿を目撃していないとくる。じゃあ、被害者は、落ちる前はどこにいて、どこから落ちたっていうんだい? 誰かが嘘をついてるとしか、考えられないじゃないか。で、なぜ嘘をついたかと言えば、それは自分の犯行を隠すため…というのが、一番わかりやすい説明だろう?」
よくしゃべる刑事だった。
ふつう、取り調べの時、警察はここまで参考人の前で事情を明かさないのではないか。
ふとそう思った。
私が子供だからと高をくくっているのか。
あるいは私をひっかけるためのテクニックなのか。
ただし、どちらにしても、新しい情報はなかった。
刑事の推理は、すでに私たちの間で話されたものばかりだったからだ。
そんな感じで、事情聴収はだらだらと何時間も続いた。
あとは、ほとんど同じ質疑応答の繰り返しばかりだった。
やっと解放されて教室を出ると、廊下の窓から見える空は、すで暗くなっていた。
雨が降っていないらしいことが、唯一の救いだった。
まっすぐ家に帰ろうと、自転車を押しながら、校門に差しかかった時である。
「トカゲちゃん、ちょっといい?」
門扉の陰から不意に声をかけられた。
長身のシルエット。
8頭身で、身体の重心が驚くほど上にある。
「あなたは…」
私は目を丸くした。
あの矢守祥子が、そこに立っていたのだ。
婦人警官に導かれて教室の中に入ると、面談の形に寄せられた机の一辺に、年配の刑事と若い刑事が並んで座っていた。
黙礼をして、その向かい側の席に腰をかける。
婦人警官が近づいてきて、私の背後に立った。
「戸影絵麻さん、15歳。3年2組の生徒だね」
手帳を広げて、年配の刑事が言った。
若いほうは、世代を反映してか、タブレットを手に持っている。
「きょう一日の行動を、なるべく詳しく話してくれませんか」
やさしい声音だが、口調には有無を言わさぬ威圧感がこもっていた。
緊張のあまり、何度も噛んでしまったが、なんとか一部始終を話し終えると、
「ほう。屋上にねえ」
年配の刑事が、目を細めて私を見た。
「君の所属する美術部は、午後1時には活動が終わっていた。なのに4時間もたってから屋上に行ったのはなぜか、話してくれるかな」
黙秘権、という単語がチラリと頭に浮かんだけど、隠してもいずれバレることだった。
スマホを調べられたら、美沙とのラインのやりとりは丸わかりなのだ。
「実はきのう…」
さっきさやかにした説明を、もう一度繰り返す。
付け加えることも、特になかった。
「俊っていうのは、君のお兄さんだそうだが、この学校の生徒かい?」
「いいえ」
私はかぶりを振った。
「兄は私立中学に通っていたので。愛媛県にある、英光学園です」
「ほう。英光といえば、ずいぶんとまた難関校だね」
「はい…。私と違って、兄は優秀ですから」
なるべく俊のことには触れたくなかった。
なのに、刑事は追及をやめようとしない。
「通っていたって、どういうこと? どうして過去形で話したの?」
「今、休学中で、家に帰ってきてるんです。寮生活のストレスで、ちょっと鬱っぽくなってて」
「なるほど。英光ほどの進学校ともなれば、プレッシャーも大変なものだろうからね。ところで、被害者とお兄さんとの間には、何か接点があったのかな。被害者が君に送ったというそのメールの内容、『シュンの秘密』ってのに、何か心当たりはあるのかい?」
ほら、来た。
私はぎゅっと奥歯をかみしめた。
顔色が変わらないように、注意する。
ここが正念場だった。
心当たりなんて、ない。
だって、俊と母の間の”あのこと”なんて、私しか知らないはずなんだから。
部外者の美沙に感づかれるはず、ないんだから。
そう自分に強く言い聞かせ、私は強い口調で答えた。
「ありません。見当もつきません。確かに、学区が同じだから、小学生の時は、美沙も俊も私も同じ学校でした。でも、私たち、仲のいいグループじゃなかったですし、俊はたぶん、小学校卒業までに、美沙とは口をきいたこともないと思います」
「なのに、今頃になって、お兄さんのことでラインしてきたわけかね。どうも、解せんなあ」
「とにかく、私は何も知らないんです。時間になっても、美沙は来なかったし…。それに、私、美沙を屋上から突き落とすなんてこと、絶対にしてませんから。ていうか、私の体格では、そんなこと、絶対に不可能ですから」
感情が高ぶってきて、私は訴えかけるように早口になった。
刑事にまで疑われたのでは、もうたまったものではない。
ただでさえ、俊と母のことで、精神的にきつい日々が続いてるっていうのに…。
「絶対、はありえないと思うよ」
対照的に間延びした口調で、年配の刑事が言った。
「例えばの話、被害者を睡眠薬で眠らせるなどの細工をすれば、小柄な君でもあのフェンスから投げ落とすことは不可能じゃないだろう。あ、これはあくまでも、一般論なんだけどね。睡眠薬云々は、今のところ、あくまでも私の想像だ。正直、まだ鑑識の結果待ちってとこなんだがね」
「そ、そんな…。それじゃ、警察ははじめっから他殺と疑ってるみたいじゃないですか…」
「うーん、どうかな。もちろん、自殺の可能性も、事故の可能性も十分に考慮するつもりだよ。ただね、君たちの話を聞いてると、その線は薄い気がするんだよねえ。だって、1階には先生たち、2階、3階には生徒がいて、4階の窓は閉まってたっていうんだろう? しかも、屋上には君がいて、誰も被害者の姿を目撃していないとくる。じゃあ、被害者は、落ちる前はどこにいて、どこから落ちたっていうんだい? 誰かが嘘をついてるとしか、考えられないじゃないか。で、なぜ嘘をついたかと言えば、それは自分の犯行を隠すため…というのが、一番わかりやすい説明だろう?」
よくしゃべる刑事だった。
ふつう、取り調べの時、警察はここまで参考人の前で事情を明かさないのではないか。
ふとそう思った。
私が子供だからと高をくくっているのか。
あるいは私をひっかけるためのテクニックなのか。
ただし、どちらにしても、新しい情報はなかった。
刑事の推理は、すでに私たちの間で話されたものばかりだったからだ。
そんな感じで、事情聴収はだらだらと何時間も続いた。
あとは、ほとんど同じ質疑応答の繰り返しばかりだった。
やっと解放されて教室を出ると、廊下の窓から見える空は、すで暗くなっていた。
雨が降っていないらしいことが、唯一の救いだった。
まっすぐ家に帰ろうと、自転車を押しながら、校門に差しかかった時である。
「トカゲちゃん、ちょっといい?」
門扉の陰から不意に声をかけられた。
長身のシルエット。
8頭身で、身体の重心が驚くほど上にある。
「あなたは…」
私は目を丸くした。
あの矢守祥子が、そこに立っていたのだ。
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