33 / 35
第5部 慟哭のアヌビス
#17 君の仮面の中の涙
しおりを挟む杏里が彼の正体に気づいたのは、その生殖器の形状を目の当たりにしたからだった。
細く長い、ところどころに棘の生えたそれは、人間の男性のものとは明らかに異なっていた。
挿入したら最後、逆棘を子宮壁に打ち込み、事が終わるまで本体がはずれないように固定する。
そんな機能を備えたペニスが人間のものであるはずがない。
そしてそれの恐ろしいところは、無理にはずそうとすると子宮どころか内臓まで裂けてしまう点だった。
杏里はそのことを、山口翔太とのセックスで思い知らされていた。
だから、慎重に事を運ぶ必要があったのだ。
幸い、性体験のまったくない秀樹は、杏里にかかれば赤子同然だった。
数秒フェラしただけで、あっけなく果ててしまった。
口の中いっぱいに含んだ秀樹の精液を、杏里は床に吐き捨てた。
さすがに飲み込む気にはなれなかった。
以前、友人の高橋楓が産んだ外来種の胎児。
あれを目撃してしまった以上、たとえ大丈夫とわかってはいても、体が生理的に受けつけないのだ。
秀樹は床に尻餅をつき、茫然と杏里を見つめているだけだった。
外見的には確かに不気味である。
しかし、外来種特有の狂気の光は、その目には見られなかった。
莢エンドウのような形状の頭部の両側に穿たれたその小さな目は、まるで怯えた小動物のそれのように気弱げで、以前紙袋の中から覗いていた少年の目そのものだった。
が、ここでやめるわけにはいかなかった。
外来種であれば尚更、彼の中には必ずあの凶暴性が潜んでいるはずなのだ。
それを他で爆発させないように、ここでその芽を摘んでおかねばならなかった。
そのことこそが、杏里がこの世界に生きる意味なのであり、使命でもあるのだから。
「どうだった?」
射精を終え、硬さを失ったペニスを握ったまま、杏里はたずねた。
ことさらコケティッシュに見えるように、小首をかしげることも忘れない。
「気持ち、良かった?」
秀樹がうなずいた。
無表情な仮面のような顔に、赤みが差している。
ペニスは棘を筋肉の間に納め、無害な形に戻っていた。
これなら挿入されても大丈夫、と杏里は思った。
仮に中で膨張したとしても、また射精にまで導いてやれば、はずすのはわけはない。
「じゃ、今度は本番ね。でも、その前に」
杏里は坐ったまま、するりとパンティを脱いだ。
己の股間に指を這わせてみる。
生理は終わったばかりだった。
人間の女に比べると、タナトスの生理期間は短い。
たいてい1日か2日で終了してしまう。
だからもう大丈夫のはずだったが、一応確かめてみた。
指についてきたのは、透明な愛液だけだった。
「いいわ。ゆっくり来て」
「だめだよ」
大きな口をかすかに動かして、くぐもった声で秀樹がいった。
あいかわらずしゃべるたびに、しゅうしゅうと空気の漏れる音がする。
「そんなことしたら、僕はどうなるかわからない。けだもののように、君を引き裂いてしまうかも」
充分にあり得ることだった。
杏里はそれで、興奮した翔太に乳房を引きちぎられたのだ。
「そうなったら、そうなったときのことよ。あなたが気にすることはないわ」
真顔で杏里はいった。
「私はね、この世界のゴミ溜めみたいなものなの。しかも不死身。滅多なことでは死ねないから」
「死ねない? 死なない、じゃなくて?」
「うん」
杏里は微笑んだ。
その違いに気づいてくれて、ありがとう。
心の底からそう思ったのだ。
「それに、世界のゴミ溜めって、どういう意味なんだい?」
秀樹がまた訊いてきた。
実際のセックスのチャンスを前にして、怯えているのかも知れなかった。
「世界中の人間が抱えている穢れを吸収するスポンジ、それが私」
「スポンジ・・・?」
「そう。だから相手のスイッチが入ったらもう逃げられないし、逃げもしない。体がそれに順応しようといろいろ準備し始めるから。たとえば、ほら」
杏里はM字型に脚を開き、己の股間を秀樹に見せつけた。
更に、人差指と中指で襞を開いて膣の中まで見せてやる。
中からねっとりとした露が溢れ出しているのがわかるはずだった。
「そんなふうに、なってるんだ・・・」
秀樹が感に堪えたような口調でつぶやいた。
「この中に、入れてみたいでしょ? その、あなたの体の一部を」
「う、うん」
「じゃ、しようか」
挿入の前に、これ以上昂ぶらせるのは得策ではなかった。
「来て」
杏里は仰向けになると、手を取って秀樹を自分の上に導いた。
半立ちになったペニスに右手を添え、膣口にそうっとあてがってやる。
「そう、そのまま、ゆっくり入ってきて」
「うう・・・」
秀樹が早くも愉悦の呻きを漏らした。
腰の位置を調節して、ペニスが入りやすい角度を作ってやる。
「ああ、き、気持ち、いい・・・」
秀樹が喘ぐ。
亀頭が完全に埋もれたところで、杏里は上半身を起こして秀樹に抱きついた。
「抱いて。キスしながら、おっぱいを、触って。そう、そんなふうに、ときどき乳首を強く、つねって。ああ、いい・・・上手よ、とっても」
自分も喘ぎながら、腰をうねるように動かした。
中で秀樹のペニスが限界にまで膨れ上がるのがわかった。
棘が強度を取り戻し、子宮の壁に食い込んでくる。
もう少しだった。
ここで射精にまで追い込んでしまえば。
もう、私の勝ちだ。
そう油断したのがまずかった。
「ぐわあ」
突然、秀樹が絶叫した。
杏里のマシュマロのように白い乳房から、血がしぶいた。
両の乳房に爪を突き立て、秀樹は上体をのけぞらせている。
杏里の子宮の中で、はちきれそうに膨らんだ肉棒がのたうちまわった。
「だめだ! できない!」
秀樹が叫ぶ。
「僕は君を滅茶苦茶にしたがっている。僕の体の中のけだものが、君を八つ裂きにしたがってる。でも、僕にはそんなこと、できないよ! 杏里、君は、君は・・・・」
ずるりと自らペニスを抜き取った。
ブチブチと肉の爆ぜる音がして、杏里の膣口から鮮血がほとばしる。
杏里は激痛に歯を食いしばった。
そんな杏里を横たえたまま、秀樹がゆらりと立ち上がった。
泣いているようだった。
小動物のような、つぶらな瞳で杏里を見下ろして、いった。
「ありがとう・・・杏里。僕はもう行くよ。最後に、君に会えて、ほんとによかったよ」
よろめきながら、階段のほうへと歩き出す。
「行くって、どこに?」
飛び起きて、杏里が叫んだときだった。
秀樹の真上の天井に、だしぬけに穴が開いた。
黒い石のように、何かがすごい勢いで落下した。
秀樹の首がグキっと鈍い音を立てて、折れた。
その陰から、見慣れたシルエットが現れた。
蝙蝠の翼みたいな髪型。
スレンダーな身体。
真っ赤なミニスカートに膝まであるブーツ。
由羅だった。
「杏里、大丈夫か?」
ぐったりとなった秀樹の体を片手で持ち上げて、シャドウに縁取られたような目で、由羅が杏里を見た。
「由羅・・・」
杏里の瞳から熱い涙が溢れた。
「ダメだったよ、由羅、そんなことしちゃ・・・」
引っかき傷だらけのその胸の谷間に、赤い痣が浮き出してきている。
「何いってるんだ、杏里。見てみろ、それを」
由羅がその痣を指差した。
それは、外来種の証、あの謎の刻印(スティグマ)だった。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
いつもと違う日常
k33
ホラー
ある日 高校生のハイトはごく普通の日常をおくっていたが...学校に行く途中 空を眺めていた そしたら バルーンが空に飛んでいた...そして 学校につくと...窓にもバルーンが.....そして 恐怖のゲームが始まろうとしている...果たして ハイトは..この数々の恐怖のゲームを クリアできるのか!? そして 無事 ゲームクリアできるのか...そして 現実世界に戻れるのか..恐怖のデスゲーム..開幕!
オカルト嫌いJKと言霊使いの先輩書店員
眼鏡猫
ホラー
書店でアルバイトをする女子高生、如月弥生(きさらぎやよい)は大のオカルト嫌い。そんな彼女と同じ職場で働く大学生、琴乃葉紬玖(ことのはつぐむ)は自称霊感体質だそうで、弥生が発する言霊により悪いモノに覆われていると言う。一笑に付す弥生だったが、実は彼女には誰にも言えないトラウマを抱えていた。
終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
日本隔離(ジャパン・オブ・デッド)
のんよる
ホラー
日本で原因不明のウィルス感染が起こり、日本が隔離された世界での生活を書き綴った物語りである。
感染してしまった人を気を違えた人と呼び、気を違えた人達から身を守って行く様を色んな人の視点から展開されるSFホラーでありヒューマンストーリーである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
キャラ情報
親父…松野 将大 38歳(隔離当初)
優しいパパであり明子さんを愛している。
明子さん…明子さん 35歳(隔離当初)
女性の魅力をフルに活用。親父を愛している?
長男…歴 16歳(隔離当初)
ちょっとパパっ子過ぎる。大人しい系男子。
次男…塁 15歳(隔離当初)
落ち着きのない遊び盛り。元気いい系。
ゆり子さん31歳(隔離当初)
親父の元彼女。今でも?
加藤さん 32歳(隔離当初)
井川の彼女。頭の回転の早い出来る女性。
井川 38歳(隔離当初)
加藤さんの彼氏。力の強い大きな男性。
ママ 40歳(隔離当初)
鬼ママ。すぐ怒る。親父の元妻。
田中君 38歳(隔離当初)
親父の親友。臆病者。人に嫌われやすい。
優香さん 29歳(隔離当初)
田中君の妻?まだ彼女は謎に包まれている。
重屋 39歳(出会った当初)
何処からか逃げて来たグループの一員、ちゃんと戦える
朱里ちゃん 17歳(出会った当初)
重屋と共に逃げて来たグループの一員、塁と同じ歳
木林 30歳(再会時)
かつて松野に助けらた若い男、松野に忠誠を誓っている
田山君 35歳(再会時)
松野、加藤さんと元同僚、気を違えた人を治す研究をしている。
田村さん 31歳(再会時)
田山君同様、松野を頼っている。
村田さん 30歳(再会時)
田山、田村同様、松野を大好きな元気いっぱいな女性。

無能な陰陽師
もちっぱち
ホラー
警視庁の詛呪対策本部に所属する無能な陰陽師と呼ばれる土御門迅はある仕事を任せられていた。
スマホ名前登録『鬼』の上司とともに
次々と起こる事件を解決していく物語
※とてもグロテスク表現入れております
お食事中や苦手な方はご遠慮ください
こちらの作品は、
実在する名前と人物とは
一切関係ありません
すべてフィクションとなっております。
※R指定※
表紙イラスト:名無死 様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる