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第5部 慟哭のアヌビス
#12 我等の中の種子
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「変異体って?」
テレビ画面から、小田切のほうを振り返って由羅がたずねた。
「"成り損ね"っていうのか、ごくまれにいるんだ。外来種になり切れず、醜い姿のまま発育が止まってしまうやつが」
禁煙パイプを取り出し、口にくわえると小田切が答えた。
「それ、変だろ? 外来種って、もともと人類とはまったく別種の生物じゃなかったのかよ」
由羅が突っ込んだ。
「彼らの由来には色々な説があってね」
冬美が助け舟を出した。
「中には人類の進化型じゃないかって学者もいるの」
「つまり、ミュータントってわけだな。実際、外来種と我々人類のDNAゲノムはほとんど変わらない。チンパンジーと人間の差よりずっと小さいほどだ。だが、彼らは人間にない器官を備えているし、身体能力の高さ、生命力の強さなど、いくつかの点で我々を凌いでいる。そしてあの残虐性、性欲の強さだ。いくら外見に差異はなくとも、客観的に見て、やはりホモ・サピエンスではありえない。この先人間が進化するとしても、あのような鬼っ子的存在になるとはとても思えないんだが」
「思えないんじゃなくって、思いたくない、だろ」
冷ややかな口調で由羅がいう。
「うちらから見れば、人間も充分残酷だからな。その進化型が外来種でも、全然驚かないよ」
「とにかく、あれが外来種変異体だとすると、杏里の身がますます危ないわね」
深刻な表情で冬美がいった。
「外来種はタナトスに異様な執着を示す。山口翔太も、黒野零もそうだったでしょ」
「元々タナトスは、そういうふうにできてるからな。性欲や生命力の強い者にとっては、格好の玩具だ」
「杏里を玩具扱いするのか」
由羅が低い声で。うなるようにいった。
「うちらは、いくらでも取替えの利く、使い捨ての道具だって、そういいたいんだな」
「由羅、落ち着きなさい」
冬美が叱った。
「誰もそんなこといってないじゃない」
「おまえたちの存在は貴重だ。そんなに簡単にスペアは見つからない」
小田切が、由羅の怒りもどこ拭く風といった様子で、淡々と続ける。
「タナトスもパトスもヒュプノスも、そう簡単につくりだせるものではないからな」
「なんだと?」
由羅の声が尖る。
「たとえ人間でなくとも、俺はおまえたちの存在を充分尊重してるってことだよ」
小田切が、感情の篭らない声音で締めくくった。
気まずくなった雰囲気を断ち切るように、そのとき重人が声を上げた。
さっきからノートパソコンを広げて何かやっていたのだが、見つけたものがあるらしかった。
「わかったよ、あの化け物の正体」
黒縁眼鏡の奥のつぶらな瞳が、きらきら耀いている。
「え? どういうこと?」
由羅が、一時休戦といった感じで、畳の上を重人のほうへとにじり寄った。
「恐いねえ、ネット探偵たちは。あっというまに正体を突き止めてるよ。403号室の呉耀子には、14歳の子どもがいる。秀樹という名の男の子だ。秀樹は生まれつき顔に障害があって、小学校のときはひどくいじめられていたらしい。何度か整形もしたらしいけど、治らなかったみたいだね。で、東京から2年前にここに越してきたらしいんだけど、そのときにはすでに秀樹はいないことにされていた」
「そうか。そういうことだったのか」
小田切はようやく思い出した。
「そういえば、杏里がいってたんだ。隣に、紙袋を被った同い年くらいの少年がいるって」
うかつだった。
怪物の正体は、杏里のいっていたその少年だったのだ。
色々なことが立て続けに起こったせいで、杏里との会話をすっかり忘れてしまっていたのだった。
「子どもが醜くなりすぎて、隠して育ててたってこと?」
冬美が不快そうに眉をひそめた。
「だろうね。本来なら僕等と同じ中2なのに、秀樹はどこの中学にも行かせてもらってないみたいだから」
パソコンの画面をスクロールして、次々とわき出す文字を目で追いながら、重人が答える。
「児童相談所の追及は、緩いからな。俺ら同様、あそこも人手不足が深刻だから」
「相手が外来種と決まれば、うちが行くしかないな」
由羅が立ち上がった。
「杏里を頼む。俺はこれから保護者面して現場に行かなきゃならない」
小田切がいうと、由羅がきつい眼で睨んできた。
「何いってんだか。最初から、道具のために命を張るつもりなんてないくせに」
「由羅!」
冬美が声を荒げた。
「いいすぎよ。杏里がかわいそうだと思わないの」
「冬美」
振り返った少女の瞳は、なぜか揺らいでいた。
「わかってるよ。あんたも小田切と同じだってこと」
冬美が虚をつかれたように黙り込む。
「気をつけてね」
何も考えていないみたいな、場違いに明るい声を出したのは重人だった。
「くれぐれも、人目につかないように行動してよ。ネット探偵団の餌食になったら、僕らまた引っ越さなきゃいけなくなるから」
「そう、それに」
冬美が気を取り直して、つけ加えた。
「この前みたいなヘマは許さないからね。もし今度また失敗したら、杏里には別のパトスをつける。あなたは訓練生に戻すから」
由羅のハート型の顔が紅潮した。
冬美に背中を向けると、奥の部屋にすたすたと入っていってしまう。
「あんまり由羅を責めるな。なんだかんだといっても、最後には彼女が杏里を救い出してるんだ」
その後ろ姿を見送りながら、小田切がいった。
「あの子は甘やかすとダメなのよ」
冬美の返事は容赦がない。
「杏里はよくやってる。ほんと、ズタズタになりながらね。それに比べると、彼女はまだまだ甘いわ」
「冬美の採点は厳しいからねえ」
重人がパソコンを見つめたまま、のんびりした口調でいった。
さすがの冬美も、この童顔の少年には何も言い返せないようだ。
やがて、奥の部屋から由羅が戻ってきた。
素肌の上から革の黒い胴着をつけ、同じく革製の真っ赤なミニスカートを穿いている。
蝙蝠の翼のような髪型、黒いシャドウで縁取りした釣りあがった眼と相まって、小悪魔のように見える。
「行ってくる」
低く、怒りの滲む声でつぶやいた。
「必ず、うちが杏里を取り戻す」
今まで泣いていたのか、眼が赤く腫れている。
「由羅」
冬美が腰を上げ、側に寄って少女の肩を抱く。
頬にそっと口づけ、ささやいた。
「無事に、帰ってくるんだよ」
ゆっくりと、由羅がうなずいた。
テレビ画面から、小田切のほうを振り返って由羅がたずねた。
「"成り損ね"っていうのか、ごくまれにいるんだ。外来種になり切れず、醜い姿のまま発育が止まってしまうやつが」
禁煙パイプを取り出し、口にくわえると小田切が答えた。
「それ、変だろ? 外来種って、もともと人類とはまったく別種の生物じゃなかったのかよ」
由羅が突っ込んだ。
「彼らの由来には色々な説があってね」
冬美が助け舟を出した。
「中には人類の進化型じゃないかって学者もいるの」
「つまり、ミュータントってわけだな。実際、外来種と我々人類のDNAゲノムはほとんど変わらない。チンパンジーと人間の差よりずっと小さいほどだ。だが、彼らは人間にない器官を備えているし、身体能力の高さ、生命力の強さなど、いくつかの点で我々を凌いでいる。そしてあの残虐性、性欲の強さだ。いくら外見に差異はなくとも、客観的に見て、やはりホモ・サピエンスではありえない。この先人間が進化するとしても、あのような鬼っ子的存在になるとはとても思えないんだが」
「思えないんじゃなくって、思いたくない、だろ」
冷ややかな口調で由羅がいう。
「うちらから見れば、人間も充分残酷だからな。その進化型が外来種でも、全然驚かないよ」
「とにかく、あれが外来種変異体だとすると、杏里の身がますます危ないわね」
深刻な表情で冬美がいった。
「外来種はタナトスに異様な執着を示す。山口翔太も、黒野零もそうだったでしょ」
「元々タナトスは、そういうふうにできてるからな。性欲や生命力の強い者にとっては、格好の玩具だ」
「杏里を玩具扱いするのか」
由羅が低い声で。うなるようにいった。
「うちらは、いくらでも取替えの利く、使い捨ての道具だって、そういいたいんだな」
「由羅、落ち着きなさい」
冬美が叱った。
「誰もそんなこといってないじゃない」
「おまえたちの存在は貴重だ。そんなに簡単にスペアは見つからない」
小田切が、由羅の怒りもどこ拭く風といった様子で、淡々と続ける。
「タナトスもパトスもヒュプノスも、そう簡単につくりだせるものではないからな」
「なんだと?」
由羅の声が尖る。
「たとえ人間でなくとも、俺はおまえたちの存在を充分尊重してるってことだよ」
小田切が、感情の篭らない声音で締めくくった。
気まずくなった雰囲気を断ち切るように、そのとき重人が声を上げた。
さっきからノートパソコンを広げて何かやっていたのだが、見つけたものがあるらしかった。
「わかったよ、あの化け物の正体」
黒縁眼鏡の奥のつぶらな瞳が、きらきら耀いている。
「え? どういうこと?」
由羅が、一時休戦といった感じで、畳の上を重人のほうへとにじり寄った。
「恐いねえ、ネット探偵たちは。あっというまに正体を突き止めてるよ。403号室の呉耀子には、14歳の子どもがいる。秀樹という名の男の子だ。秀樹は生まれつき顔に障害があって、小学校のときはひどくいじめられていたらしい。何度か整形もしたらしいけど、治らなかったみたいだね。で、東京から2年前にここに越してきたらしいんだけど、そのときにはすでに秀樹はいないことにされていた」
「そうか。そういうことだったのか」
小田切はようやく思い出した。
「そういえば、杏里がいってたんだ。隣に、紙袋を被った同い年くらいの少年がいるって」
うかつだった。
怪物の正体は、杏里のいっていたその少年だったのだ。
色々なことが立て続けに起こったせいで、杏里との会話をすっかり忘れてしまっていたのだった。
「子どもが醜くなりすぎて、隠して育ててたってこと?」
冬美が不快そうに眉をひそめた。
「だろうね。本来なら僕等と同じ中2なのに、秀樹はどこの中学にも行かせてもらってないみたいだから」
パソコンの画面をスクロールして、次々とわき出す文字を目で追いながら、重人が答える。
「児童相談所の追及は、緩いからな。俺ら同様、あそこも人手不足が深刻だから」
「相手が外来種と決まれば、うちが行くしかないな」
由羅が立ち上がった。
「杏里を頼む。俺はこれから保護者面して現場に行かなきゃならない」
小田切がいうと、由羅がきつい眼で睨んできた。
「何いってんだか。最初から、道具のために命を張るつもりなんてないくせに」
「由羅!」
冬美が声を荒げた。
「いいすぎよ。杏里がかわいそうだと思わないの」
「冬美」
振り返った少女の瞳は、なぜか揺らいでいた。
「わかってるよ。あんたも小田切と同じだってこと」
冬美が虚をつかれたように黙り込む。
「気をつけてね」
何も考えていないみたいな、場違いに明るい声を出したのは重人だった。
「くれぐれも、人目につかないように行動してよ。ネット探偵団の餌食になったら、僕らまた引っ越さなきゃいけなくなるから」
「そう、それに」
冬美が気を取り直して、つけ加えた。
「この前みたいなヘマは許さないからね。もし今度また失敗したら、杏里には別のパトスをつける。あなたは訓練生に戻すから」
由羅のハート型の顔が紅潮した。
冬美に背中を向けると、奥の部屋にすたすたと入っていってしまう。
「あんまり由羅を責めるな。なんだかんだといっても、最後には彼女が杏里を救い出してるんだ」
その後ろ姿を見送りながら、小田切がいった。
「あの子は甘やかすとダメなのよ」
冬美の返事は容赦がない。
「杏里はよくやってる。ほんと、ズタズタになりながらね。それに比べると、彼女はまだまだ甘いわ」
「冬美の採点は厳しいからねえ」
重人がパソコンを見つめたまま、のんびりした口調でいった。
さすがの冬美も、この童顔の少年には何も言い返せないようだ。
やがて、奥の部屋から由羅が戻ってきた。
素肌の上から革の黒い胴着をつけ、同じく革製の真っ赤なミニスカートを穿いている。
蝙蝠の翼のような髪型、黒いシャドウで縁取りした釣りあがった眼と相まって、小悪魔のように見える。
「行ってくる」
低く、怒りの滲む声でつぶやいた。
「必ず、うちが杏里を取り戻す」
今まで泣いていたのか、眼が赤く腫れている。
「由羅」
冬美が腰を上げ、側に寄って少女の肩を抱く。
頬にそっと口づけ、ささやいた。
「無事に、帰ってくるんだよ」
ゆっくりと、由羅がうなずいた。
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